デブの訪日⑥
俺とのバトルに満足がいったらしいガーランド閣下がこう言った。
「今夜は飲むぞ」
「そのセリフは拘束を解いてからにしてもらえませんかねえ……」
「ん? あぁすまんすまん、忘れていた」
俺は今ガーランド閣下の肩に担がれている。ミスリル銀を織り交ぜた魔獣拘束用の頑丈な縄でグルグル縛られている。相変わらず扱いがひどいぜ!
とりあえずジャンプシューズの短距離転移で拘束から脱出しておく。
「大罪教徒の闇渡りか?」
「系統はおんなじ技ですね。てゆーか普通に大罪教徒の名前が出てくるんですね」
「我が国とは不倶戴天の敵どうしであるしな」
なお前騎士団長ドロア・ファイザーは大罪教徒の家系であり、数十年前に父と一緒にドルジアに亡命してきたというトンデモ事実があるが、現時点での俺は知らない話だ。
「彼奴らはこちらにも出るのか?」
「以前ちょいと殺りあいまして。アスラリエル・サファって陰険メガネはご存じです?」
「知らんな。だが第三位か、空位だと聞いていたが席が埋まったか。どんな奴だ?」
「頭も魔法の腕も卓越しているトンデモ野郎です」
「手強いか?」
「俺よりは手強いでしょうね」
「ならば油断ならんな」
酒を飲むという話なので俺が出資している夜天酒場へと連れていく。閣下のような方はこういう場所では危険な話をしないから牽制も含めている。面倒な話はやめてね。
ケモっ子ウエイトレスに適当に注文して最優先で持ってきてもらう。オーナー特権だ。
「しかし閣下がイルスローゼにいらっしゃるとは思いませんでした。御多忙なはずでは?」
「最近はそうでもないさ。俺の理想とする組織がだいぶ固まってきたおかげでそれほどの仕事量ではない」
「では観光で?」
「そう思うか?」
思わない。初手から俺の腕を試しに来たくらいだ。観光気分の人のする行動じゃない。
無言でジョッキを傾ける時間が流れる。世の中にはアルコールを摂取しないとできない話ってのが存在し、そいつは大概厄介事だ。
「クリストファーに会ったな?」
「はい」
わかってはいたがヘビーな話題だな。
「彼奴はお前の目から見てどうだった?」
「真面目な男です。真面目すぎて自らの心変わりを許せない、どうしようもない馬鹿野郎でした」
「そうか……」
閣下はどこまでご存じなのだろう?
わからない。この方は今もなお俺にとって謎の塊だ。
「クリストファーが帝国に戻ってきた。彼奴の目的は俺とお前が想像する通りだろう」
「ですか」
「ああ」
会話が弾まない。話したいことがあったはずだ。問いかけたいことも、山のようにあったはずだ。なのに何も出てこない。
黙々と酒を飲み、途切れ途切れの会話をしてまたジョッキを傾ける。
閣下がぽつりと言う。
「元はと言えば俺の失態だ」
「かもしれません。シェーファをどうするおつもりですか?」
「俺はどうするべきなんだろうな……」
「迷っておられるのですか?」
「俺とて情はある」
俺らは真面目な話をしている。
しかし離れた席のおっさんどもが超うるせえ! いい年こいてナンパしてんじゃねえぞラァ!
「閣下、一旦中座させていただきます」
「うむ、それがいい」
成敗許可が出た!
俺は光の速さで女の子三人組のテーブルでナンパをしているオヤジどもを蹴り倒す。まずはてめえだデブオヤジ! 背中から蹴り倒してストンピングじゃあ!
「てめえら、俺が真面目な話をしている時にナンパしてんじゃねえぞラァ!」
「おおっ、リリウス君じゃないか!」
へ……?
女の子の手を握っているオヤジがそう言った。俺の脳内記憶フォルダに検索を……
あれ、デーブンパパことセルジリア伯爵バランジットさん? デブのパパじゃん。
「リリウス、お前なんてことを……」
「へ? 親父殿ナンデ親父殿? じゃあ……」
今しがた蹴り倒したオヤジを見下ろす。この巨漢どこかで見覚えが……
むかし故郷でワイバーン退治に向かった時に……
「ばっ、バイエル辺境伯サマ!」
「リリウス君、そろそろ足をどけてくれまいか?」
「ごごごご! ごめんなさい!」
俺は土下座した。超土下座した。
なぜ土下座したかというとバイエル辺境伯は故郷近隣の貴族をまとめる大親分だからだ。なんて人蹴ってんの俺ぇ!?




