デブの訪日⑤
「なぜだ、なぜそんなに傷ついてまで戦う!」
「―――救世の使命がため」
人形劇の演目は救世主リリウス・マクローエン太陽の王位継承編らしい。
カチャカチャと音を立てて動く木製の太陽王シュテルが救世主へと問いかける感動のシーンらしい。
ガーランドは少し離れたところで出店しているおでん屋台から興味深そうに観劇している。豆電球みたいな店主に問う。
「あれは本当なのか?」
「さぁてどうなんでしょう」
ピカピカハゲ頭の店主が穏やかに笑っている。
店主は何が真実かなんて興味はなくて、気にしているのは本日のおでんの沁み具合だけだ。幸い本日の出来栄えは上々。むすっとした怖いお顔のお客さんも味のわかる御仁のようだ、熱々のおでんを口に放り込むスピードが落ちない。
「はふはふっ。しかしご店主のおでんは美味いな。以前高坂の国で食べたものより格段に美味い」
「おや、お武家さんもあちらに? 随分と遠いでしょうに何でまた」
「武者修行だ」
「ははぁ、大陸のお武家さんもおやりになることはあちらと変わりないんですねえ。どこを回られました?」
「六軍国を中心に西周りだな。西田から入って梅津、九玄、船で西陣まで渡って紀伊……」
国々の名を挙げていくと店主が目を丸くしている。あちらの出身といってもそこまで詳しいわけではない。精々が生国と近隣くらいだ。
「随分と回られましたなあ」
「武を極めたい一心でな。若い頃はあちこちを旅したものだ」
「じゃあ今はどうしてなさる。まだ旅の途中ですかい?」
「いいや、生国で軍を率いている」
「そいつはご立派だ。しかしどんな心境の変化ですかい?」
「なぁに、ある日突然悟りを開いたまでよ。武には到達点は存在せず鍛えれば鍛えただけ伸びるのよ。ゆえに切りがない。このままでは旅を終えることなくジジイになってしまうと気づいたのだ」
「ははぁ、なるほどねえ」
「それとだ。武は己のためではなく誰かのために使うものだと気づいたのよ」
「ご立派じゃありませんか」
「そう言ってくれるのはご店主くらいのものだ」
「親父さんは褒めちゃくれないんですかい?」
「父か……」
刹那ガーランドの眼を掠めるのは父との冷え切った関係とその記憶であった。
思えば褒められたこともない。振り向いてもくれなかった。今となってはどうでもいいが、思えば父は俺を憎んでいたんだろうと思う。
「っと、なごんでいる場合ではなかった。あの人形劇に出てくる男だがそれほどの有名なのか?」
「太陽にその名を知らぬ人はいないってくらいには有名でさ」
「それほどにか」
「ええ、あっしからしたら昔っから寒い日にやってくるお客さんなんですがね。みなさんからしたら近づくのも恐れ多いお人のようです」
「奴めもこの屋台に?」
「ええ、たまに来てくれますよ」
冷酒を傾けながらニヤリとする。この味がわかるとは奴も中々男ぶりを上げたではないか、と感心したのだ。
「いつも違う女性を連れてきますがね」
(まったく、マクローエン卿と同じ道を辿っているではないか……)
「ご興味がおありで。そんならこいつを進呈しますよ」
店主が鍋蓋の重しにしていた一冊の本を差し出してきた。
どうやら絵本のようだ。表紙に大戦斧を担いだ若き魔戦士が描かれている。……ガーランドの戸惑いは深い。
「本を出したってんで貰いましたあっしは字が読めねえんですよ」
「そ…そうか。ではありがたく頂戴しよう」
ガーランドが戸惑いながらも表紙を撫でる。マジで呆然としている。ここ数年で間違いなく一番の衝撃だ。
この絵本のタイトルは『伝説の冒険者リリウス・マクローエンその生涯』とあった。遠くの地で出世した弟分が自伝出してた時、人はこんな反応になる。
(なになに第一章、野良犬と呼ばれた男。第二章、美しきファラ・イース……)
読んでみる。最初の方は中々正直に書かれている。右側が文章、左側が挿絵の構成で、正直に言えばこの美少年誰だよとは思ったが読み進めていく。
途中からエピソードが完全にファウスト・マクローエンだったが気にするのはやめた。オマエ極北の貴公子だなんて呼ばれてないだろと言いたいのをぐっと堪える。
大筋はこうだ。実家では妾腹の野良犬と呼ばれる健気な美少年リリウスが、それでも家族に振り向いてもらおうと領内で善行を積むも家族からは冷遇される日々。
領民からは感謝の雨あられ。近隣の淑女はリリウスに会いに領地までやってくるモテモテぶりだ。そいつはファウストだろ。
しかしとうとう決定的な出来事が起きた。義母が雇った暗殺者がリリウスの身に迫るのだ。
(……黒幕はたしか南のフォルセ子爵だったはずだが)
この辺りからもう嘘しか書いてない。そもそも挿絵のこいつは誰なんだ?
この辺りから真面目に読む気が失せたので流し読みしていく。ハイエルフの都ベルサークに潜入したエピソードなんかは真実なのに嘘にしか見えなくなってきた。
太陽ではカトリーエイル・ルーデットの出会いが美化1000%で書かれ、五大国会議の裏で蠢くシュテル騎士団長の陰謀からルーデット家を守ってカトリとキスしてエンドだ。
絵本はここで終わっている。次巻へ続くって書いてある。
「この本はどこで手に入るのだ?」
「LM商会本店なら手に入るんじゃないですかい。ほら、あそこです」
店主が指さす。
高台にあるここから見下ろすローゼンパーム市街地にどどん!と建つ金ピカの趣味の悪い建造物は気になっていたが……
「LM……?」
「へい、リリウス・マクローエン商会っすわ」
ガーランドは呆然。
信じて送り出した弟分がとんでもない馬鹿野郎に成長していた……
あのクソ建造物のセンスだけは許せない……
◇◇◇◇◇◇
マクローエン家孫世代第二号のファルコはすくすくと育っている。最近ではSランク冒険者のモヒカンにいたくご執心らしく積極的に毟りに来る。
「こら、髪の毛毟っちゃダメって言っただろ!」
「たい!」
たいって何だよ!
でも可愛いから許しちゃう。
年の瀬は騎士団も忙しいらしくバトラ兄貴は最近家にも帰れていないらしい。せっかく良い酒を持ってきてやったのにね。
俺の経営する空中都市の賃貸アパルトマンにいたのはラトファとファルコだけだ。
本日はちょっとした報告があって来ている。
「えぇぇ、トキムネがぁ?」
「うん、失踪しちゃったんだ」
最近うちのワンダーランドの用心棒も揉め事を起こして辞めたトキムネ君が失踪した。
思えば予兆はあった。だってあいつこないだ俺にカネ借りに来たし。冒険者として一からやり直すって言うから30ユーベル貸したらトンズラこきやがったんだ。
ここにトキムネ君の書き置きがある。
「探さないでくださいねえ。また古典的な文言つかっちゃって!」
「あいつらしいよね」
一見破天荒そうに見えるトキムネ君だがセオリーは外さない。
ダメ男テンプレの王道を往く、いわばダメ男の王様なんだ。
「ほんとにごめんねえ。あいつ幾ら借りてったの、あたしが返すよ」
「いいよいいよ、大した額じゃないし。何よりトキムネ君にお金貸すときは返ってこない覚悟はしてるから」
あの馬鹿野郎には総額100ユーベルは貸してると思う。
別にどうでもいい金だ。理由は前述の通り貸した時点で落としたと思って忘れることにしているからだ。
「しかしトキムネ君はどこに行ったんだろ。ラトファ、心当たりない?」
「う~~~ん、ひどい取り立てはやめてね」
「やんないってば。あいつ腕だけはいいから戦力として抱えておきたいんだよ」
マジで認めるのは癪だが俺の人生において俺に土をつけたのがアクセルとシェーファとトキムネ君だけというクソのような事実よ。
実際トキムネ君はけっこう強い。戦闘員としては魅力的な人材だ。
「もしかしたらトゥールのところかも」
「え、無職の分際で逃げた嫁さん迎えに行ったの? てゆーかトゥールちゃんの実家ってどこだっけ?」
「知らなかったの? リリウス君やバトラと同じドルジアだよ。バトラの話だとマクローエンよりだいぶ南の方らしいけど」
「マジか……」
トゥールちゃんアルテナ神直属の戦闘部隊オーブハンマーとかいうエリートだからてっきり都会の子だと思ってたわ。
やべえ、もしかして歴史の修正力が働いてるんじゃ……
じつは今まで黙っていたがトキムネ君は原作ゲームに出てくるキャラだ。負けイベントのボスなんだ。まぁトキムネではなくサナダって名乗ってたけど。
エンズっていう寒村を根城にする山賊の親玉で、ゲーム主人公であるマリア様はトキムネ君に負けて人質にされちゃうんだ。でも事情のある系の山賊で最終的に悲しい結末が待っているんだよね。
「ね…ねえラトファ、もしかしてランダーギア領のエンズ村じゃないよね?」
「なぁんだ、やっぱり知ってたんじゃん」
確定。
やっべえ、トゥールちゃん死んじゃうじゃん。あの事件が来年の秋頃となるとまだ何も起きてないはずだけど、後でアシェラに相談しなきゃ。
「顔色悪いけどそのエンズ村だと何かあるの?」
「なっ、何もないけど! でもそうだね、この一件は俺に任せてくれよ。来年の秋前には三人とも確保しておくからさ!」
「なんで来年?」
「時期的にその方がいいかなーって……」
「……(じー)」
ものすごい怪しまれている。
だから叔父さんの髪の毛毟らないの! ファルコ!
「ま、いいでしょ。あんなバカでも長い付き合いの仲間なの。だからきちんとしてあげてほしいな」
「うん、任せてよ」
忘れずにこの場でメモしておく。気づいたら三人とも死んでいたなんてごめんだ。
じゃあそろそろ、と言ってお宅を出る時にファルコ君が俺のシャツを掴んで離さない。
「たいたぁい、たいたいぃ!」
「別れたくないみたい。大好きな叔父さんだもんねえ」
「可愛すぎるだろ。ファルコ、また近いうちに来るからな」
ファルコのモヒカン頭をがしがし撫で回す。俺が大好きすぎるあまりモヒカンにしろとせがんでバトラ兄貴を困らせたほどの逸材だ。いずれはLM商会戦闘部隊で働いてもらおう。
ところで「たい!」って何だろ?
幼児言葉に大きな謎を残しつつも歩いていく夜道。晩飯はラトファのところで終えたが眠るにはまだ早い。
久しぶりにギルドにでも立ち寄ってみるか。
閉店間際の午後八時過ぎともなるとさすがの冒険者ギルドも閑散としている。今のような時間にクエストボードを見ているのはGやFといったニュービーだけだ。朝昼夕は怖い先輩方がいるからね。ゆっくり見れるのはこの時間だけなのさ。
ニュービー達には心の中でひっそりとエールを送っておく。俺にもこんな時代がありま……なかったけどありました感。
ギルドの職員はニュービーを無視して閉店作業中。とりあえずルーに声をかける。
「嫌な人に会ったのですぅ」
「なんてことを言うんだ。せっかく顔を見に来てやったのにつれねえな」
「クエストも受けなくなった冒険者さんが何の用ですぅ?」
「だから立ち寄っただけだって。……最近俺の情報買いに来た奴いる?」
「追っ手ですぅ?」
「うん、今張り付かれてる」
ギルド周辺に来た瞬間に何者かがマークしてきた。ってことはギルド近辺で張っていたわけだ。
「ギルドで対処しますぅ?」
「いいよ。ただの裏取りのつもりで立ち寄っただけだし」
「どうするのです?」
「決まっている、敵は根こそぎ殺しつくす」
世の中ってのはシンプルだ。殺せば敵はいなくなる。
なぜかルーが悲しそうに目を伏せる。
「あなたのことは嫌いです。あなたならシェーファさんを変えてくれると信じていたのに、あなたの方がシェーファさんのようになってしまった……」
何を言ってやがる。俺はあいつを否定するために存在しているのに。
「俺はあいつじゃない。削ぎ落すことを強さだと考えたあいつに、心の豊かさこそが強さなんだと教えてやろうとしている俺があいつと同じはずがない」
「……同じですよ」
ギルドを出る。
敵は殺す。殺しても殺しても湧いてくるなら根絶やしにするだけだ。
◆◆◆◆◆◆
後ろ暗いところのある奴は暗いところを好む。裏通り、路地裏、闇の中、奴らは知っているのさ。お天道様の下は歩けないってな。
血溜まりに沈んだ刺客は六人。尋問のために一人は生かしてある。
首を掴んで宙づりにし、問いはテンプレ。
「何者に雇われた?」
「……」
「吐かないのは自由意志か? それとも呪印付きの木っ端暗殺要員だからか? ……お前らにもそんな目ができるんだな」
木っ端暗殺要員と罵倒した瞬間に暗殺者の目に浮かんだのは誇りを冒涜するものへの怒りだ。そんな矜持があるのなら暗殺なんてやらなければいい。
「ありきたりなセリフですまないが素直に吐くなら逃がしてやる。どうだ?」
「……死ね」
暗殺者が口から毒針を噴く。
口から吐き出した針ごときが俺の肌を突き破れるはずもないが、毒々しい粘液が少し肌に付着した。暗殺者がニヤリと笑う。この程度の量で俺を殺せるとは相当な毒物だな。
俺の全身から清浄な光が発露する。はい、毒の無効化成功。
「馬鹿な、お前はアルテナの術法を納めていないはずだ……」
「あぁこれか。アルテナ神お手製のアーティファクトだ。魔力はドカ食いされるがその分効果は最高だ。装着者には実質上の不死を与えるのさ」
「怪物め……」
「で、吐く気になったか?」
「教団はお前の所業をけっして許さぬ! 私を倒したとてお前の死は確定だ。生ある者にはデス神の手から逃れるすべはない!」
「そうかいデス教団かい。ありがとう、じゃあ死にな」
暗殺者ののどを握り潰す。嫌な感触だが最近は慣れてきた。
生者が俺だけになった裏通りに新たなお客さんらしい。今度のは手強いな。
よくわからない魔力反応だ。高度潜伏魔法で抑えているようで、多少は漏れ出している。どんな力量の手合いなのかまるで掴めない。
「やああんたもデスきょの人かい?」
「……」
身なりはかなり良い。貴族階級のような扮装をしている。
顔面に巻いた布は顔バレ防止か? 読めない相手だな……
「反応は無しか。今日のお客さんはコミュ力足りてねえ奴ばかりだな、たまにはおしゃべりな刺客がいてもいいじゃねえか。そうは思わねえか?」
「ふっは!」
おっ、ウケたか。何でも言ってみるもんだな。
「一応聞いておくがやるって事でいいんだよな?」
「……」
刺客が剣を抜く。構えずに腕をぶらりと垂らしてこちらを睨んでいる。正体を隠すために流派を特定させないつもりか。ここまで徹底している敵は珍しいな。
初手からトップギアだ。仕留める。
キンキンキンキン! 馬鹿な!? 伝説のキンキンキンが通じない! じゃねえ、ジャンプシューズで背後に回ってドーンが通じないだと!
つか俺のトップギアに軽々とついてくるとはな。あのクソ長え長剣で殺人ナイフの理不尽軌道についてくる技量といい……
「……」
手招きしてやがる。
「いい度胸じゃん。本気を見せろってわけだ」
指ぱっちんからのダークゾーン発動。
即時ジャンプシューズで闇の結界から退避して高台へ―――
「ステ子、アンマテライフル用意!」
アンチマテリアルライフルでの中距離狙撃だ。狙い撃つぜ!
あ、銃弾が斬られた。嘘だろ暗視下での時速1650kmの銃弾だぞ……
連射する。四発目を斬ったところで俺の位置を特定したらしい。こちらに向けて走り出した。
転移して射撃ポイントを変えて再度狙撃する。ライフルを構えた瞬間に腹部に強烈な衝撃! 蹴られた?
咳き込みつつも相手を確認すると刺客が手招きしてやがる。
「その程度か?」
「上等!」
正面から斬りかかる。こいつはたしかに強いが弱点も抱えている。傲慢さからくる慢心が―――
慢心が―――
慢心はないね。綺麗に捌くなあ、剣術の見本かよ。
「じゃあ基本戦闘に慣れてもらったところでトリックプレイだ!」
全周囲から放つ透明化した刃と夜の腕による転移圧縮攻撃。切り抜けられるもんなら切り抜けてみやがれ! もちろん俺も心臓を抉りにいくぜ!
100ターンを一瞬に凝縮したような攻防の後、負けた。嘘だろ……
俺が突き刺しにいった殺人ナイフは掴み取られて心臓まで届かず、刺客の剣は俺の首の手前にある。
「どうして殺さない?」
「今のは良かった。俺でなくば対応できなかったはずだ」
だが対応されて負けた。負けた奴の末路は決まっている。死だ。
「充分な成長ぶりだ。俺は嬉しいぞ」
「は? お前なにもんだよ……」
刺客が顔面を覆っていた巻き布を取り去る。
ひええええええ!
「ガーランド閣下だぁああああ!」
「なぜ逃げる!」
俺は逃げた。必死こいて逃げた。
「ぐへ!」
しかしシャツの襟首を掴まれて逃走に失敗した。前にもこんな事あったな……