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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
余談編其の二 リリウス商会の旗揚げ
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デブの訪日①

 半年程度の年代ジャンプが起きます。

 その間に何が起きたかは後日不……自然補足が入ります。

 あれからそれなりの月日が流れてウェンドール805年が終わる年の暮れ。放浪癖のある我が妻が毎度の旅に出かけている間に俺はシシリーと愛し合っている。


 疲れ切ったせいで俺に枝垂れかかるシシリーの亜麻色の髪を梳く時間が一番好きだ。この綺麗な亜麻色の髪を見ていると誰かを思い出せそうだから……


「すっかり甘えちゃった。奥さんに悪いわね……」

「気にすることはないさ、ラクスなら毎度の旅の空さ」


 彼女は本当に旅が好きみたいだ。ティト神殿を介してあちこちに出かけて時折ふらりと戻ってくる。

 いつも面白い旅の話をしてくれる。最近は吟遊詩人もいいかも?って言ってたしね。


「今度はどこへ?」

「ダージェイルを回るって。俺もフェニキア以西や南方の魔神領域には手を出していないから興味があったけどね」

「なのについていかなかったんだ? もしかして不仲だったり?」

「そこは問題ないでーす。新事業立ち上げと重なっただけ、タイミングが悪かっただけだよ」

「まぁいいか。おかげでこうして構ってもらえるしね?」

「シシリーが望むのなら俺の家に住んでもらってもいいんだよ」

「そういうのはもういいの」


 もういいらしい。どこがもういいのか聞くのは野暮か。


 シシリーはいっそう心の闇を深めたような気がする。カトリのいない空白の日々が俺らにもたらすものは過去への強い憧憬と、もう帰って来ない大切なものを突きつける苦しみだけだ。

 最近は本当にカトリのカの字も会話に出てこない。出すと泣いてしまいそうだからだ。


 彼女の呼吸が浅く落ち着いてきた頃に誘いをかけてみる。


「もう少し火遊びしてみる?」

「うん、もっと可愛がってほしいなあって」


 ドバン!

 ものすごい勢いで扉が開いた。


 いったいどこの馬鹿だ?と振り返ってみるとユイちゃんがいたぁ……


「……」

「……」


 ユイちゃんの目が血走ってるんですけど!


「探しましたよ」

「……」

「この雪の中二時間も待ちました」


 やべえ、今夜はユイちゃんと外食の予定だったのに忘れてた。

 ユイちゃんが鉄球を振り上げる。時の大神から貰ったとかいうガンダムが使いそうなハンマーだ。


 やばいやばいやばいやばい。

 言い訳だイイワケが必要だ。至急! すぐに! 必要なのぉ!


「なんで何も言ってくれないんですか?」

「ユイちゃんは今日も綺麗だね」


 ユイちゃんがキッと睨みつけてきた。泣いてる!


「そりゃあ綺麗ですよ。今夜のために朝から頑張ってお化粧しましたもの。服だっていいのを買いましたもの。今夜のデート本当に楽しみにしていたんですもの。二時間もずぅっと待ちぼうけしてましたもの―――あなた達が楽しんでる間に!」

「今夜のことは俺が悪かった。全面的に反省している! だからその武器をしまって―――ぐはぁ!」


 四基の噴出口からバーニアを噴かせるハイパーハンマーが俺を打ち据えてマンションの壁を破壊しても足りずに俺を空中へと放り出すのであった。


 薄れゆく意識の中で見たものは、大慌てのシシリーが四つん這いになって逃げ出すシーンである。


 BAD-END



◇◇◇◇◇◇



 いやぁ、ひどい目に遭ったぜ。

 俺の人生においてユイちゃんに殺されるルート分岐があるとは思わなかった……ということもないか。あるわ。


 あの後二日間くらい監禁されたけど最後にはご機嫌になってもらったぜ。リリウス肩たたきはやはり最強だ。あのヤンデレ神官ちゃんにも通じる最後の武器さ。


 監禁生活を終えた日の昼頃、LM商会王都本店に顔を出すとフェイ専務が渋い顔をしている。


「おう、どうした?」

「お前こそどうした。音信不通だったじゃないか」

「ユイちゃんに監禁されてた」

「マジかよ。あの女普通に働いてたぞ。何ならこの一年で一番上機嫌だったくらいだ」


 ユイちゃんの闇が一番深い気がする。

 俺はもしかしたらものすごいモンスターを育ててしまったのかもしれない。


「女遊びもほどほどにしろよ」

「おう。で、そっちも問題か?」

「シシリーが失踪したせいで仕事が進まん」


 ユイちゃんキミはなんてことを……

 シシリーのご冥福を祈って王都の空に敬礼する。


「いや、死んでないぞ」

「安心したよ。え、失踪するって書き置きでも見つかったのか?」


 フェイが一枚のメモ用紙を掲げてくれた。

 内容はあれだな、ほとぼりが冷めるまでルーデット卿のところでお世話になりますだ。俺だけの猫だと思っていたら他にも飼い主がいた程度のショックだ。人によっては三日くらい泣くぞこれ。


「リリウス、お前が行って連れ戻してこい」

「え、でもほとぼりが……」

「いいから行け! あの女がどれだけの事業を抱え込んでいると思っているんだ。正直いまのLM商会はシシリー無しじゃ回らん!」


「マジ?」

「マジなんだよ。言っておくが僕じゃどの書類をどこに回せばいいかもわからないんだぞ。特にアーバックス関連のサポートは高度すぎて無理だ。とっとと行ってこい!」


 この日、LM商会の社長が「シシリー助けてー!」って泣きながら王都をダッシュする光景が各所で目撃され、王都ジャーナルのせいでいつものゴシップ記事に仕立てあげられたのである。いつものことだね!



◇◇◇◇◇◇



 王の都アノンテンに逃げ込んだシシリーはルーデット卿を相手に愚痴を言っている。何を聞いても笑っているルーデット卿は、使用人に手振りで合図して紅茶のおかわりを用意させている。

 愚痴ってるシシリーののどが乾いた頃を見計らったのだ。


「もう笑いごとじゃないんだから。本気で殺されるかと思ったわ!」

「ははは! いやなに、彼も相変わらずで安心したよ」


「安心? あの浮気癖は治さないといつか本当に死んじゃうわよ」

「若い男の病気のようなものさ。放っておけば十代の終わりには治るよ」


「……アルもそうだったの?」

「私には海という謎多き恋人がいたからね」


 海の覇王らしいエスケープ方法だ。実際十代の彼は時間さえあれば五人乗り用の小型帆船で近海を回っていた、冒険野郎な青春を送っていた。


 テーブルに突っ伏して不貞腐れているシシリーは甘えたがっている。年上の愛人の前でしか見せない姿だ。

 ここで甘えさせないのが海の覇王である。


「彼はまだ若い。キミが導いてあげなさい。それはキミの成長にもつながる。人はよく宝石に例えられるがキミも彼もまだ原石だよ」

「私もう原石じゃないつもりなんだけどぉ?」

「いいや、まだ原石だよ。最初から完成していた私ではキミに男女の何たるかを教えてあげられなかった」


 一見不貞腐れているシシリーだが真面目に聞いているらしい。

 そういうところが愛らしくて、カトリならきっと何も聞いていないだろうなとも思う。真面目だから可愛いわけじゃない。娘と一緒に見守ってきた娘だから愛しいのだ。


「私と妻が共に成長したように男女は一組で長い道を歩き完成するのだ。カトリの代わりに彼を導いてあげなさい。あの子もそれを望んでいるはずだ」

「うん、そうしよっかな」


 シシリーが頷いた時だ。

 ルーデット卿がバルコニーの窓を開く。するとどこかから情けない声がやってきた。まだ遠くから聞こえているだけだけど、どんどん近づいて来ている。


「ほら、彼も呼んでいる」

「しょうがないな~~~」


 シシリーが立ち上がる。客室から出ようとして……

 また戻ってきた。


「また来てもいい?」

「愚痴くらいならいつだって付き合うよ」

「愚痴以外は?」

「彼が泣いてしまうよ」


 シシリーが意味ありげなウインクを置いて去っていく。

 本当に意味のない仕草だと断定したルーデット卿が静かなティータイムに戻ると……


「旦那様、ラスト王女殿下からパーティーの招待状が届いております」

「さて、私も逃げ出さねば」


 伊達男卿がバルコニーからひらりと飛び降りる。

 社交界シーズンの豊国ではいつもの光景である。

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