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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
余談編其の二 リリウス商会の旗揚げ
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古い香りに誘われて

 アルルカンはナルシスに雇われた、というと彼のような高名なヴァンパイアロードにとって屈辱的な表現になる。彼は一定値を割るまでは温厚な男なので些細な表現は気にしなくていいが、ここを割ると本気で殺しに来るので注意するに越したことはない。


「ローゼンパーム大公アルルカン、その名に偽りなくば王都を愛する気持ちは同じはずだ。復興に協力せよ」

「構わんが何をしでかすつもりだ?」


 こんな感じであっさり雇われたのである。

 ナルシスは一応兄の子孫にあたる男なので当たりも優しいのである。他の人間がこんなふうに居丈高に来たら確実に焼かれている。


 アルルカンに与えられた仕事は主にティト神殿の機能拡張だ。

 旅の扉の転移先の調査と新たな扉の設置。まずは前者から始めた。32枚の扉も転移先が不明な物が残すは24枚。ナルシスに言って23名の魔導官を借りたアルルカンは一度でこの解明に挑む。人海戦術は優秀だ。


 アルルカンが潜るのは扉の間の奥にある不自然な扉だ。一個だけ他とは離れた場所に設置された、いわゆる怪しい扉である。


(こんなものあったか?)


 ゲート・オブ・トワイライトはアルルカンとティト神が構築したシステムだ。全部過去の彼が作った。なのにこんな扉は記憶にない。


 いったいどこにつながっているのか?

 やや警戒しながら扉を眺めていると壁に文字が刻まれている事に気づいた。


 古ぼけた文字は辛うじてイルスローゼ語族と呼べるものだが他民族の言語と混在して正確な意味は読み取れない。この感覚はJ-POPに日本語と英語が交じっている感覚だ。


(まぁよい。どんな場所だろうと往けばわかる)


 光り輝く扉を潜る。

 転移先は埃をかぶったどこぞの地下室であった。


 霊廟のような地下室には何もない。棺も生贄も何も。見慣れた術式が部屋全体に刻まれている。これはアルルカンの術式の模倣だ。緻密だが効率は悪い改悪版だ。


(出来の悪い粗悪品のようで何とも言えんな。やはり何者かが私の術式を悪用したのか?)


 地下室を出る。狭く細い通路を歩いていく。やがて光が見えた。


 通路から行き着いたのは聖堂だ。雄々しくそそり立つ不気味なティト神像を奉る邪悪の聖堂だ。

 この瞬間のアルルカンの動揺は果てしない。この広い世界のどこかにはティトを崇めるおバカ宗教が存在する疑惑からくる動揺だ。元ティト神殿長のくせに警戒が増すあたりティトへの信頼がない。


 地下通路とちがって聖堂は荒れ果てている。賊徒が荒らしたというよりも時間経過による荒れ方だ。


 聖堂を出ると石畳の広場。ここは雑木林に囲まれているようだ。

 石と土の混じった長い歴史を感じる朽ちたアーチを潜ると古い町があった。行き交う人々の言葉は辛うじてイルスローゼ語族であるものの、異郷の言葉のように意味不明に聞こえる。

 衣類や建物の様式から見るに中央文明圏ではない。


(どこだ?)


 珍しい異邦の地を適当に歩いていると広場に出た。貧しい町だが子供たちが人形演劇に群がっているのを見ると、こういうものはどこにでもあるのだなと思う。

 時がどれだけ流れてもこの光景は変わらない。五百年前だろうと十年前だろうと人形劇は子供の心を掴み、キャンディーは売れない。この世の理みたいなものだ。


 少し興味が向いたので人形劇を見物する。ドロドロだ。男と女の愁嘆場だ。教育に悪すぎる。


「最近の子供たちはこんなものを喜んでみているのか……」


 凄まじいジェネレーションギャップだ。娘の読んでる漫画を確認した父がレディコミのいきすぎた表現に戦慄するようなものだ。


 人形劇に群がる子供達とは少し離れたところで、食い入るように演劇を見つめている娘っこがいたので近寄ってみる。ナンパではない。この町の名前を知りたいだけだ。


「君、少しいいか?」

「昔彼とこんなふうに見ていたんです」

(突然独白が始まったのだが……)


 よくわからないけど私も年を食ったものだと感慨に耽るアルルカンである。

 若者がフリーダムすぎて理解できない。


「お祭りの日に彼とこんなふうに。ごめんなさい、思い出が美しいからいつまで経っても泣いてしまうんです」

「君の涙の理由について尋ねたわけではないのだが」


 キョトンとしている若い娘とアルルカンが見つめ合う。

 やがて娘の方から笑い出した。なんで笑うのか理解できない。


「あぁごめんなさい。てっきりそんな感じかと。お兄さん、いったいどんな御用です?」

「この町の名前を教えてもらいたい。わかるなら国名も頼む」

「国名もですか? ふふ、怪しい旅人さんなんですね」


 よく笑う娘っこだ。愛らしい容姿と大人びた態度。年齢は18よりも下かと思ったがもう少し上なのかもしれない。


「国名なら、ほら」


 指さすのは人形演劇。折り板の粗末な舞台の裏に隠れた奏者が叫ぶ。


「あぁドルジア、そなたは我が身、我が胸を焦がすほどに美しい。どれだけ捧げればそなたは振り向いてくれるのだろう!」


「ここは始祖皇帝ドルジア様のお造りになった帝国。守護聖竜レスカの見守る帝都フォルノークです」


 呆然とするアルルカンが高い壁に覆われた彼方の王宮を見やる。

 彼もまた大概引きの強い男であるのだ。

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