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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
余談編其の二 リリウス商会の旗揚げ
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ナルシス立志伝⑥

 王の都アノンテンを並んで歩く二人の男。道行く人々は、どちらも太陽の王家の者だとは露知らず彼らに見惚れている。

 ついでにいえば片方が、かつてこの地を治めていた偉大なる大王の親友であったことも知らない。


 かつて友と歩いた雑踏を往く年老いた吸血鬼は眼をすぼめて盛況な市を眺めている。

 ふいに目蓋を掠めた切なさと、じんわりとあふれ出す涙は捨てる。今はもう意味のない感傷だ。


 感情を誤魔化すみたいに市を冷やかす男に苦言を呈する。


「お前は容赦というものを知らんのか」

「知っている。強者の高慢から来る油断の別名だ」


 これは今いる青果露店に関するものではない。王宮での交渉に対するものだ。

 社長からのオーダーに対して完璧な仕事をしたつもりのナルシスは聊か不満そうだ。


「全力でというオーダーだ。ならば彼の想定する利益の三倍も四倍も出さなくては格好がつかん」

「面子の問題でいじめられる女が可哀想とは思わんのか……」


 なぜか長命種の王侯からは好かれるラストさんである。おそらくこのクラスの連中からすると可愛い女に見えるのかもしれない。何しろ彼女の欠点は高すぎる攻撃力だけだ。他は完璧なのだ。他は。


 LM商会アノンテン支店に戻る。未だ改装途中の廃屋からはトンカチを打つ音が絶えない。

 それでも外観だけはだいぶマシになってきた。敷地の周りを囲む鉄柵を新しいものに交換し、伸び放題だった庭草を手入れしただけでも随分と見られるものになってきた。


 支店では副官ならぬ副支店長のナディール元一等魔導官と直属部隊サンズ・オブ・ザ・サンの隊員が分析業務に励んでいる。全員がラサイラ魔導学院卒の魔導官で構成されたエリート集団だ。


「閣下」

「閣下はよせ、支店長だ。ローゼンパームに送る建築資材の手配はどうだ?」

「必要量の20%を確保。第一陣はいまテレサ様がティト神殿に持ち込んでいるところです」


 ナディールから渡された書類をささっと読む。

 王の都アノンテン周辺の市町村からも買い付けを行った結果王都復興に必要な20%分の建築資材を確保し、即納分を第一陣として王都ローゼンパームに送りつけたところだ。

 確保した資材だけでも相当な量なので今後二か月の間、300台の馬車をフル回転してようやく王都に送り込める算段だ。そしてこれはまだ20%でしかない。彼の愛するローゼンパームを復興するにはまだ五分の四も足りない。


「アノンテン周辺での調達は限界か」

「ええ、範囲を広げれば輸送の問題も出てきます。ふふっ、旅の扉を有する我らが輸送に困るなんて笑ってしまいますがね」


 このジョークにはナルシスも笑ってしまった。ナディール君のことは中々の堅物だと思っていたが軍服を脱いでからはだいぶ付き合い易い男に変わった。以前までは自ら律しているところもあったのだろう。

 見かけよりも熱い男なのだ。でなければ太陽の王家でもなくなった男を手伝うために魔導院を退職してまで付き合ってくれるわけがない。


「まったくだ、便利な設備なら便利に使わないと意味がない。支店を増やすぞ。私とアルルカン王はこのまま新支店開業に向かう、こちらは任せるぞ!」


「リリウス社長の了解を得ずによろしいのですか!」

「懐の深い男だから喜んでくれるさ。しばらくはフィギング・アルテナ市にいる、用があればコードAGで連絡を取れ」


 今帰ってきたばかりのナルシスとアルルカン王が忙しなく去っていった。

 最近の彼は活動的で楽しそうだ。以前は退屈を持て余すがゆえに享楽的な行動が多かったから、最近は健康的で溌剌としているふうに見える。


 思えば彼に足りない物は使命だったのかもしれない。

 彼は何だってできるのに回される仕事は誰にでもできるものばかり。何だってできるのにやりたい事なんて一つもない。そんな彼にとって救世の使命は人生を懸けるに足りる大きなおもちゃ箱なのだ。


 アルルカン王を仲間に引き入れるなんて最初は不安しかなかったが王都復興を主張してあっさり協力者にしてしまった。

 王都復興資材の調達を名目に王宮から大金を引き出して潤沢な資金で支店を運営している。そして実際に王都復興に王手をかけているではないか。

 これがほんの四日間の出来事だ。ようやく支店が形になってきたと思えば新店開業のために出かけるのだ。まったくあの方には限界がないのかと仕事ぶりだ。


「まったく。だから貴方の傍からは離れられないのですよ。貴方がどこまで往くのか気になって仕方ないじゃないですか」

「あぁそうだ!」


 ナルシスが走って戻ってきた。

 今ちょっとだけ恥ずかしい本音を漏らしたナディールはドギマギしている。聞かれてないよな?って不安でいっぱいだ。


「ラスト王女との会談内容は記載しておいた。調印式までには戻る!」

「あ、はい、わかりました!」

「それとな」

「はい、何でしょう支店長」


「ナディール君の本音が聞けて嬉しいぜ」

「なぁ! きっ、聞いていたんですか!?」

「偶然聞こえたんだ。あぁそれと支店長は今日から君だと言っておいただろ、じゃあなナディール支店長殿!」


 ナルシスが嵐のように去っていった。

 ポカーンとしているナディールが会談内容をまとめた報告書を見て笑い出す。

 独立自治権を勝ち取ってやがる。あの男は減税だ免税特権だなんて低次元の話は初めからするつもりはなかったのだ。国家と戦うなら必要になるのは国家と同等のちからと立場だ。

 あの男は口先一つでベイグラントから国をもぎとってきたのだ。


 身震いがする。あの男には本当に限界なんてものがないのだ。竜の翼は羽ばたいた分だけ遥かな高みへと上がるのだ。


「本当に飽きさせてくれない人ですよ貴方は」


 太陽の悪竜が世界へと羽ばたく。

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