仇敵アクセルを倒せ②
不意の遭遇戦ならともかく準備時間はたっぷりあった。夜の魔術の行使に足りるだけの神気を練り上げる時間がだ。ベルサークに向かうまでの道中、あれだけの時間があれば充分だ。……スクルドに浪費させられた時は悲鳴を挙げそうだったがな。
練りに練り上げた神気を魔術へと変換する。
空間のつながりを混線する。通常の移動行動はランダムテレポートとなりこの場は抜け出せない迷路と化す。当然だが俺へと接近する経路は存在しない。魔法も人も拳も俺へは絶対に届かない。
「クソがあああ!」
アクセルが咆哮と共に自らを強化するウォークライを発動する。
エネルギー相殺の魔術トータル・エクリプスを仕掛けて強化の法を無効化する。同時にアクセル本体から魔法力を流出させる。減少量は微々たるもんだが長期戦だしこんなもんだろ。
部分透明化した無尽蔵のステルス刃を鞭みたいにしならせてアクセルを切り刻む。
頭部をかばって防御するアクセルにはそれしかできない。純粋な近接戦闘の名手では空間系魔術を打ち破れない。
「どうしたアクセル、遊んでくれるんじゃなかったのか?」
「ぐっ、くぅ……」
防御に徹するアクセルの眼に闘志はない。
逃げ道を探して彷徨う弱い光を灯す眼は、あの日の俺らと同じものだ。圧倒的なちからに怯えていた俺らとだ。立場が入れ替わっただけだ。これが闘争の本質だ。
弱者と強者が立場を入れ替えながら虐げて復讐されてを繰り返して永遠に終わらない円環を作り上げる。争いは継承されて子と孫と子孫が永遠に争い続けていく。
俺はハイエルフとの戦争なんてクロノスに押し付けたくはねえぞ。命ってのはそんなくだらねえ争いのために生まれるもんじゃねえだろ。
無尽蔵に繰り出す透明刃による攻撃で傷ついたアクセルの肉体の修復が遅れ始めた。三時間やってようやく魔法力の下限が見えてきたか。
「そろそろ再生手品もおしまいか。他に手はないのか?」
「……」
「さっきまでの威勢はどうした? もう憎ませてくれないのか?」
「……」
だんまりか。これは本当に手が無いな。
「俺の勝ちでいいか?」
アクセルが後ろに跳び退く。
苦し紛れのバックステップの成功にアクセルが戸惑う。
「逃げたきゃ逃げろよ。逃がしてやる」
「その余裕面ァ、後で後悔に染めてやる」
アクセルが森の中に消えていく。
はい、ランダムテレポート。森の中へと逃げていったはずのアクセルが俺のド真ん前に現れて驚いてやがる。逃がすわけねえじゃん。
「どうした、逃げないのか?」
「クソがああ!」
ヤケクソで繰り出されるアクセルの拳だけが別空間に飛ぶ。何度やっても俺へと連結する空間はないって理解したはずだろうに。
だが空間を軽くいじっているだけだ。軽く手を加えれば―――
俺のサッカーボールシュートが歪曲空間を通過してアクセルの膝裏を正確に叩く。膝かっくんで体勢を崩したアクセルの背中へと三つ重ね竜王剄をぶち込む。
防御無視の心臓破壊を喰らったアクセルが倒れこむ。苦悶するハゲ人狼だが数秒で回復しやがった。
「嬉しいぜアクセル、お前は何度でも俺を楽しませてくれるんだな。さあ立てよ、遊んでくれるんだろ?」
「化け物め……」
そいつは俺の側のセリフだったんだがな。恐怖に染まった目つきも、震える体も、全部俺の側のものだった。
アクセルを倒すために修行を積み上げてきた。しかし気分は最低だ。
だから俺は最低な気分でケツダンスを炸裂させるぜ!
「おいおいアクセルさんよぉ! そんなもんですかあ!」
ちょっとだけ殊勝な態度取ろうと頑張ってたけど無理だったぜ。
切ない雰囲気出して知性をアピールしようと思ったが無理だったぜ。正直言うとクッソ楽しいです!
「お前を倒すためにすっげえ修行してきたけどさ、無駄だったかなあ!? だってお前クソ弱いもんよ。スクルドとウルドのせいでハイエルフのレベルの高さにビビってたけどお前雑魚じゃん! 空間系魔法に手も足も出ねえでやんの! マジすか! ハイエルフのくせにマジすか!」
圧倒的な強さで仇敵をぼこすの超楽しい!
だってこいつイイ表情するもんよ。簡単に負けて悔しいですってかあ!
「さくっと死なれても面白くねえから精々あがいてくれよ。大丈夫、俺がきちんと遺言まで聞いてやるからさ。後でお前の遺言晒し大会してやっから安心してくれよ!」
「ぐぬぬ! てめえ!」
「おおっ、その威勢だよその威勢。そいつがねえと張り合いがねえんだ。さあ第二ラウンドやろうぜ、圧倒的に蹂躙してやるからよ!」
と軽い宣言からのモルダラ!
森に響き渡るアクセルの悲鳴が心地いい!
モルダラを再度セット。攻撃力に何の変化もないけどドリル回転させるぜ。
「ランダム状態異常タァ~イム。さてさてどんな苦しみが待っているかなあ?」
「何をしているかお前はぁああ!」
スクルドが現れた。とりまアクセルにモルダラぶち込んでおくか。
「ぐああああ!」
「俺を無視するな!」
「すまない手元が滑った」
スクルドめ、何をしに現れた?
刀を抜いたスクルドが宣言する。
「弱者をいたぶるが所業あまりに見るに堪えぬ。これ以上はこのスクルドが相手になる!」
「いや、これイデじいさんも認めた決闘だし」
「助太刀いたす!」
話を聞くつもり皆無のスクルドから干渉波がやってくる。俺の空間迷路が根こそぎ破壊されていく。慌てて事象干渉力を追加していくが効果がない。
激高するスクルドが歩いてくる。一歩近づく度に魔術迷路が砕け散っていく。まるで津波だ。砂の城が津波に抗えるわけがねえ!
俺ではスクルドの行進を止められない。実力差もあるが一番の問題は種族固有の能力によるものだ。ハイエルフは魔力放出量に制限がない。常に暴走状態にあるのと同じで、簡単に言ってしまえばこいつらは常時ハードエレメント化しているんだ。
スクルドがアクセルを庇いて前に出る。俺は飛び退って距離を取るしかなかった。
「弱いんだから無理するなよ」
「……邪魔をするな」
「その様でよくも言うよ。文句なら後で聞いてやる、こいつを倒した後でな」
スクルドが刀を構える。その眼に宿るのは殺意だ。
覚悟はしていた。最悪ハイエルフとバトルになるってな。お前に恨みはないが―――
「スクルド、倒させてもらうぞ」
「トールマンふぜいがよく吼える。やってみろよ」
第二ラウンドだ!