仇敵アクセルを倒せ①
アクセルは首都を覆う世界樹の枝葉が作り上げたドームの上で待っていた。人が乗っても平気な葉っぱの上に座り込み、世界樹の実を食べている。……改めて見るとやはりでけえな。
色々な怪物を見てきた。その意味で言えばアクセルはさほど大きな怪物ではない。
だが人間形としては相当にでかい。ヴァナルガンドよりも大きい。トロールやオーガほどもある。何よりも肉体の厚みだ。発達した胸筋から腹筋のラインなんて壮絶だ。この筋力から繰り出される攻撃にハイエルフの魔法力が乗るのだ。
やっぱり強いな。倒さなければならないのに、本能が逃げたがっている。
あの日の俺らとはちがう。そう言い切れるだけ積み上げてきたちからが逃走を選びたがっている。半端者とはいえハイエルフはハイエルフってわけだ。
アクセルが手元の世界樹の実を平らげてからこちらを向く。
「へえ、あの時の小僧どもか。お前らそんなだったか? 随分とタッパが伸びてやがるな」
「トールマンの成長は早いのさ。てめえを倒せるようになるまであっと言う間だったぜ」
「早く老いて早く死ぬ下等種が言うじゃねえか。そっちの娘っこに復讐でもせがまれたかい、泣かせるねえ」
視線が向いただけでレテが震え上がり、フェイが庇うみたいに前に出る。
「これは僕らの意思だ。アクセル、お前を倒すために技を磨き上げてきた」
「ま、どっちでもいいや。イデ=オルク殿の命令では従うしかない。精々遊んでやるよ」
決闘の立ち合い人である大賢者イデが言う。
「改めて釘を差しておく。殺害は禁じる。言うまでもないが首都での戦闘行動も禁じる。決着は双方が負けを認めた時のみだ。アクセル殿?」
「問題ない」
「リリウス、フェイ、レテ、君達もよいね?」
「仕方ない。死ぬ寸前までに留めておこう」
アクセルが噴き出す。
「正気か? 殺害を禁じるってのはお前らを守るためのルールだぜ。思い上がった小僧どもってのは見るに堪えねえなあ」
「言ってろよ。終わった後にも同じセリフが吐けたなら拍手してやるよ」
「わかったわかった。じゃあ場所を移すぞ、勝手についてこいや」
アクセルが世界樹のドームから跳躍で飛び降りていく。
何気ないジャンプで数百メートルの距離を開け、大森林の中へと消えていった。
アクセルの背中を憎々しげに見つめていたフェイから歯ぎしりが漏れ聞こえる。
「純粋な肉体性能では歯が立たんな」
「加えて肉体の復元能力もある。魔法攻撃性能を持たない銀狼シェーファを想定するべきか」
「……その程度で済めばいいんだがな。レテ、あれを出せ」
「うん」
レテが矢筒から取り出したのは貝殻で作ったドリルみたいな矢だ。この矢に俺とフェイの神気を込めていく。
この腐食の神聖法術を宿した矢は俺らに友好的なとあるハイエルフが作った最強の一矢。アクセルにも効果的だと太鼓判を押してくれた切り札なのさ。
ちからを込めた分だけ強くなる矢。俺ら向きの武器だ。製作者のウルド曰く頭部を撃ち抜いたなら確実に殺せると。
フェイが毒々しい闇の輝きを帯びた矢をレテに返す。
「意図的な殺害は禁じられている」
「そうだね。悔しいけど、仕方ないよね……」
俯くレテのしょぼくれた背中を二人で叩いてやる。
頭上に疑問符浮かべているレテには言ってやる。
「誤射なら構わんぞ」
「そうそう! バトルの最中だ、誤射くらい仕方ないって!」
「いいの?」
「いざとなれば全力で逃げる。構わん、お前の思う通りにしろ」
俺らの憎しみとレテの憎しみを比べるつもりはない。
俺には故郷を失った彼女の怒りなんて想像もつかない。だが同じく故郷を失くしたフェイならわかるのかもしれない。
殺さなくてもいい。殺すのなら全力で協力する。それが男の仁義だ。
浮遊の術を掛けてバトルフィールドへと降りていく。
◇◇◇◇◇◇
ベルサーク近郊の森は穏やかだ。
木漏れ日の落ちる深い森を歩いていく。敵の姿はまだ見えない。疑似感知スキル・蜘蛛の陣を手当たり次第にばら撒いていくフェイにもやや焦りが見える。
「前回はすぐに気配を捕まえられたんだがな……」
「前回は舐められていたんだろ」
「らしいな」
エルフは森の祝福を受けた存在だ。事にハイエルフは精霊の声を聞く、地域の代弁者とも呼ぶべき超越者だ。……例えが悪くて地方議員みたいなっちゃったな。
だがアクセルに精霊術師のちからは無い。奴にあるのは強靭な肉体と古き森人相当の絶大な魔法力のみ。
そして一番厄介な、長い時間をかけて積み上げた武錬だ。
森を歩いていく。アクセルの行方が掴めない。襲っても来ない。なんだこの時間? フェイも不思議に感じているらしい。
「警戒されていると思うか?」
「そんなタマじゃねえだろ」
「じゃあこの時間は何だよ」
完全に俺らを舐め切ってるハゲ人狼が襲いに来ない理由か……
「弄ばれてるのでは?」
「それだな。じゃあ釣るしかないか、エサは何がいい?」
「三人まとまってる奴らが一人一人に分かれたら来るだろ。だってよ、これお前なんか一人で充分だって挑発になるぜ?」
「名案だな、それでいこう」
二人と別れて一人になる。てくてく歩いて森の奥へと進んでいく。そして叫ぶ。
「このハゲぇぇえええええ!」
あらん限りの声で叫ぶ。挑発は大得意!
「三下の分際でもったいつけんじゃねー! 俺はてめえなんかさっさと倒して自由時間を満喫してえんだよ。雑魚が大物感出そうとしてんじゃねえ!」
出てこない。シーンとしてる。
これはもう切り札を切るしかねえな。
「怖いのか! 俺が怖いんだろ、てめえのような毛根死滅したハゲが若くてハンサムな俺に敵うわけがねえもんな! あぁそうそう、てめえの想い人のスクルドだがなあ!」
ここからは嘘です。
「昨日なあ、あいつと愛し合ったんだよ。馬鹿女ってのは本当に扱いやすいぜ、ちょろっと誘ったらホイホイついてきやがってよお。いやあ500歳越えの女なんて馬鹿にしていたが俺は感動しちまったよ」
音もなくアクセルが降ってきた。
ハゲ尻尾がピーンしてやがるぜ。怒れよアクセル。その怒りはまだ俺の怒りまで届かない。
「何に感動したかわかるかい?」
「……」
「普段澄ました面してるあいつがよぉ、後ろからガン突きしてやるとイイ声で鳴くんだよ。お前にも聞かせてやりたかったぜ、あいつのおねだりする顔をよお!」
「殺す」
アクセルが拳を振り上げて打ちかかってくる。
早い。ウェルゲート海で戦った誰よりも早い。だが見えているぞ。お前がまだ本気じゃねえのもな。
手札もわからねえ相手に真正面から挑むなんて舐めてる証だ!
練りに練りこんだ喪失弦モルダラをアクセルの拳と衝突させる。何らかの状態異常が発現したのか拳を突き出したままよろめいた。……驚いた面すんなよ、俺だってまだ本気じゃねえんだぜ?
視覚を混乱させて無数の俺を見せる幻惑歩行『死曲』でアクセルの周囲を回る。
「すまない」
「……何がだ」
「スクルドにフラレたお前にする話じゃなかった。本当にすまない。本当に反省している。そうだ、昨日撮影した写真を見せてあげよう。これで仲直りだ!」
「殺すッッッ!」
アクセルの拳が俺の幻影を貫く! かかったな! あのイザールも引っかかった気配を移した幻影だ。
うまいこと引っかかったハゲ人狼の背中に殺人ナイフを突き立てる。がゴムタイヤみたいな強い弾力に押し戻されてしまった。
アクセルの裏拳が飛んでくる。ボッと空気を切り裂く裏拳をジャンプシューズの短距離空間転移で回避する。
転移先はやや離れた梢の上にする。ライアードから頂戴した呪具はタイムラグがあるから近接戦闘では使いにくいんだよね。
アクセルがものすごい形相で見上げてくる。その顔が見たかったんだ。殺してやるって顔に書いてあるくらい怒ってもらわねえとよ、俺の独り相撲みたいで寂しいじゃねえか。
「空間転移には対応できねえんだな。ありがとうよ、今のでお前の弱点一個見つけたわ」
「小細工ばかりの小僧め!」
アクセルが跳躍。俺のいる梢めがけて空中を一直線にやってくる。
じゃあお前の弱点二個目だ。お前はステルスコートの隠密性を見抜けない。
大樹の幹に一旦退避してからアクセルが拳を空振りした瞬間を狙ってディアナの聖剣パラディーンで眼球を一個もらう。
変則空中四弾ジャンプで背後に回って右足のアキレス腱も貰う。
アクセルが俺を探している。ハゲ耳をピクピクさせてる。少し距離をとってからお望み通り透明化を解いてやる。
「へえ、もう目玉治ってんのか。復元が早くてキモいな」
「逃げ回るのは相変わらず得意か。だがそれだけだ、お前のショボい攻撃では俺は倒せん」
本当だったら逃げるわ。
だがそんなわけがない。魔法力には限りがあり、食事を摂らねば回復しない。神聖存在でさえ神気が尽きれば死ぬのにしもべであるハイエルフが神を超えた不条理を持つわけがない。しかもこいつは幾つも世代を重ねた劣化ハイエルフだ。第一世代であるセルトゥーラ王や第二世代のイデじいさんと比べりゃ何段も格下だ。
「じゃあ本当に倒せないかどうか試してやるよ」
指抜きグローブこと夜の腕の遠隔奪取効果でアクセルの耳を一つもぎ取る。
敵には悲鳴一つ聞かせたくないってか。
「アクセル、お前が焼いた里の者どもの苦しみはこんなものではなかったぞ。百や二百の死は覚悟してもらう!」
「小僧があああああああ!」
再びアクセルが打ちかかってくる。
だが俺は! お前が! 弱るまでヒット&ステルスを止めない! これがリリウス・マクローエンの戦い方だ!
◇◇◇◇◇◇
遠くから戦闘音が聞こえてくる。
壁のように大きな大樹の根っこをジャンプで飛び越えたばかりのフェイはあの野郎って気分だ。
分かれたフリして釣り出し作戦の裏の意味は、透明化してついてこいって意味だったんだがなって感じだ。当然リリウスが気づかないわけがない。あいつはこの手の作戦を考えさせたら天下一品の卑怯者だ。もちろん褒めている。
だかららしくない行動には怒りもある。
「あの野郎、抜け駆けしやがった」
レテが隠者のマントを脱いで姿を現す。
「フェイフェイ! あの音ってリリウスが戦ってるんじゃ!」
「他にどんな可能性がある」
「なに落ち着いてんのって言ってるの! リリウスが死んじゃうよ、急いで助けに行かないと!」
「必要があるとは思えんな」
「なんで!」
レテはわかっていない。当然かもしれない。
リリウスは隠すのが本当にうまいから洞察力に乏しいレテでは当然だ。
「あいつが一人でやると決めたのなら殺れるんだろ。あいつの前じゃあ口が裂けたって言いたくないし認めたくはないがな。今のリリウスは僕よりも強いぞ」
「フェイの方がずっと強いと思うけど……」
嬉しいことを言ってくれたので肩を抱いて微笑みかけてやる。
だが事実だ。それは変わらない。
リリウス・マクローエンは最強だ。死ぬほど腹を立てた事もあるし馬鹿だ馬鹿だと罵ってきたし今でも根に持っていることの一つや二つあるけれど、これを認めなかったことなんて一時もない。
卑怯でも姑息でも何でもいい。勝利こそが揺るがない賛歌なれば。
(本気を出したお前に勝てるなんて一度だって思ったことはない。なあリリウスよ、姿の見えない義賊は最強だってアクセルにも刻みつけてやれ)
轟く破壊音は時を重ねるごとに激しくなっていく。
だがフェイはすでに勝利を確信していた。




