過去と未来④ 首都再訪
ベルサークへの道中、スクルドとかいうサムライエルフがひたすらウザい。パーソナルスペースが機能してない彼女はひたすらベタベタしてくる。普段なら嬉しい美少女とのふれあいであるが……
「なあお前けっこうやるよなぁ。俺の配下になれよ、一緒に戦場を駆け抜けようぜぇ~」
ウザい。ウザすぎる。背後から俺に張り付いて顎や首をさわさわしてくる。
陽キャにはたまにこういう奴がいる。他人の迷惑を考えないどころか俺が構ってやってるんだから嬉しいよな!ってタイプの空気読めないやつだ。進化先にパリピとドキュンがあるタイプのポケモンだ。
あまり思い出したくないやつだがシェーファとかこのタイプだったよな。
精神の根底に自分の方が格上だという確信のあるタイプだ。
「なあ無視すんなよ。お前だってバトルが好きなんだろぉ~~?」
「別に好きじゃないけど」
「じゃあ何で俺と戦ったんだ? 大爺様の客人ならそういえばよかったはずだ」
このタイプの輩は確かに腹立たしいが馬鹿ではない。
自信に見合う実力か頭脳を持ち合わせている。ただムカつくタイプなだけだ。
「面白いこと言うじゃん。イデじいさんの名前を出せば回避できたと? 嘘だろ?」
「ま、バトルを回避できたかどうかは不明としてだ。回避する努力はできた、なのにしなかったのはお前も闘争の虜だからだ。そうだろ?」
厄介な女だ。会話のペースを握られたままじゃ防戦一方になるな。
「なぜ兵を欲しがる。どこかと戦争でもするのか?」
「している最中だ。俺は建国事業を任されていてね、戦のために兵力を欲している。お前なら大歓迎だ、千人将にしてやる。初陣の出来次第じゃ軍団をやる。働きが良ければ戦後に初輪か西陣あたりを一国やろう。どうだ?」
「どこだよそりゃ……」
いや、まさか和名か?
「イース海運と組んで東方にエルフ国家を建国してるってのはあんたか?」
「そうだ。あちらはいいぞ、武が支配する闘争の世だ。お前も男児に生まれたなら己が武を証明したいはずだ。来いよ、一緒に楽しもうぜ」
うわぁ、戦争屋だー。
俺のような愛と怠惰の使徒とは絶対分かり合えないタイプだわ。
イデじいさんの作った特殊空間を歩くこと十数分。ベルサークが到着する。以前は渓谷に入ってから二日はかかったはずなんだがな。
ベルサークはやはり美しい都だ。色々な土地を巡ってきたがこれ以上の景観はなかった。噴き出す水と虹と広大な森に囲まれた大渓谷だ。……予定だとアクセルの野郎をぶっ飛ばした後に到着するつもりだったんだがな。
嘘だろあいつ普通真っ先に出てくるだろ。三下の分際でもったいつけやがって。
だがここまで来ればあいつが出てこないわけがない。俺らの魔力を感じ取り、すぐにやってくるはずだ。
「フェイ、レテ、ここからが本番だ。奇襲に警戒しろ」
「わかっている」
「うん!」
しかし警戒の甲斐もなく普通にウルド様とご対面するのである。
ベルサークも奥の奥という都と森の境にある開けた芝生に寝っ転がって昼寝してたわ。不思議とイラッとしたので水筒の中身ぶちまけてやったわ。
「なんじゃあああ!」
「なんじゃあ、じゃねーよ」
「リリウスッ!」
何だよその幽霊でも出た反応は。
「化けて出よったか!」
「死んでもねーよ。俺らが死を覚悟してベルサークまで迎えに来たんに呑気に昼寝してやがって。せめてアシェルみたいにサーガを歌って雰囲気を作っておけ」
「実家でサーガを謳っておったら頭おかしい女になるじゃろ……」
「逆説的にアシェルが頭のおかしい女になるからやめろ」
「じゃがおかしいじゃろ……」
すごい、ファンタジー世界人の感性からしておかしいアシェルがすごい。
出産のために帰った実家の窓辺でサーガを口ずさむのってやっぱりおかしいんだ。いやあれこそ芸人魂かもしれない。芸人ならば例え誰も見ていないとしても破天荒に生きるべきなんだ。
なお気になって後日あの時の状況を尋ねたところあれはクロノスに聞かせたやってたんだってさ。
しかし今直面するべき問題はウルド様だ。俺らが必死こいてベルサークまで迎えに来たのにナニやってんだよ。
「スケッチじゃ」
「ドクソしょうもねえ」
「そういうな。ほれ、これを見てみろ」
ウルド様のスケッチブックを借りる。普通にうまいな。普通に。
さすがハイエルフとか伊達に長生きしてねえなとか、そこまでのレベルじゃないけど普通にうまい。気合いの入った美術部の高校生くらいはうまい。
しかし題材はなんだこれ。かなり気持ちの悪いモチーフだぞ……
最後のページ。いや最初だ。ここが最初なんだ。次元の穴の向こうから闘争の女神が現れる構図。これはパカの神話か!
そしてなぜか得意げな顔をするウルド様が超可愛い。なんだよ愛らしいな。
「ふふん、やはりおぬしなら気づくか。どこかのくるくるぱーと違って見せ甲斐があるのぅ」
「ウルド様、これどこで?」
「ほれ、あれじゃ」
壁画か。これは壁画を写し描いたものか。
首都の風景に紛れる苔むした壁画は神話を描いたものだったのか。それも太陽の聖典なんてチャチな偽物じゃない、古代の神兵が描いた真実の物語だ。
「なんで俺は以前これをスルーしちまったんだ?」
「ぬしはまだマシじゃ。ワシなどここで生まれ育ったのに気にも留めなかった」
ウルド様がスケッチブックをクルーゼに渡す。
「これを壁画にしてイルスローゼの主だった里すべてに残せ。自動修復の術などを用いて可能な限り長く保たせよ。費用はサ・トゥーリーから持ち出してよい」
「承る。だが教育に関してはよいのか?」
「史実は史実でしかない。知るべき知識は伝える、じゃが過去に縛るつもりはない。忌まわしい過去が時を越えて今の子らを縛るのは不健康じゃ」
ロリババア帝王学が炸裂し、クルーゼが衝撃を受けてよろめいている。耳をほじり始めたね。
「すまない、よく聞こえなかったのでもう一度お頼みしたい」
「なんでじゃ! 絶対聞こえとったじゃろ!」
「しかしウルド様の口からそのようなお言葉が出るとはとてもとても」
「出るわ! たまに出とったじゃろ!」
「もしや偽物―――!」
「本物じゃあ!」
そろそろ助け船を出してやるか。
「ウルド様、族長の目的はウルド様を怒らせて戦おうとしているだけだよ」
「わかってるわい! なんじゃと!?」
ウルド様いじりも久しぶりだな。反応がいいから楽しいんだ。怒らせると死ぬけど。
死ぬけど。
「いいなー、俺もウルドと遊びたいなー」
スクルドがものすごい遊んでほしそうな目をし、イデじいさんが笑っている。どうやらウルド様は昔からいじられキャラらしい。
イデじいさんの微笑みがピタリと止まる。このじいさまの怖いのはこういうところだ。
「さあ支度も整った頃であろう。そろそろ王のところに参ろう」
なぜか不明だが流れでエルフ王へと謁見するらしい。
皆の激しい戸惑いを感じながら流れるようにエルフ城にあがり、四方を水路に囲まれた祭壇のような場所に招かれたのである。普通にエルフ王がいるー。
靴を脱いでリラックスしているエルフ王が絨毯の上でくつろいでいる。
イデじいさんもウルド様もスクルドも靴を脱いで大きな絨毯に上がり込む。中央文明圏では見ない風習だな。
「吾輩らは靴を脱ぐことで友好を示すのだよ。主は靴を脱ぎ害意がないと示し、客は主のもてなしに感じ入り靴を脱ぐ。無論強制はしない」
つまり靴を脱がなかったらハイエルフ三人+オリジナルナインが激怒するわけか。強制はしないだと? これ以上の罠を俺は知らない。
当然ではあるが俺もフェイもレテもクルーゼですら靴を脱いだ。空気の読める仲間たちが大好きです。
まずはクルーゼが進み出る。
「お初にお目に掛かる。エルトリア26士族を代表して参ったネピリムのクルーゼである。セルトゥーラ王のお目に掛かれたことこれ以上の喜びはない」
「ほぅ、随分と遠くから来たな。まぁ座れ、同席を許すなどともったいつける席でもない昔語りであるが興味があれば聞いていくがよい」
「喜んで拝聴いたす」
今度は俺らが、と思ったら王の目がこっちに向く。
「こないだの小僧どもではないか。随分と育った、見違えたぞ」
「その節は大変なご無礼を働きました。平にご容赦のほどを」
「よい、あの犬めの粗相もあるゆえ責められたものではないわ」
今度はレテに向かう。
「お前はあの時の娘だな?」
「はい、お目に掛かるのは三度目です。滾々と湧き出る泉の里のレテにございます」
「よせ、面従腹背は好かぬ」
「そのような……」
レテが言葉に詰まる。無いとは言い切れないのか。
それとも面従腹背がむつかし過ぎたか。
「恨み言もあろう。呑み込めとも言わぬ。お前も以前とは見違えたぞ、ちからを磨いた意味についてこの場ではあえて問わぬ」
意外にもお優しい言葉だ。当然ではあるのか?
王はあの時アクセルの蛮行を止めた側だ。俺らもさすがに全面戦争するつもりはないぞ。レテだってそこまでは望んでない。狙いはアクセルのみ。
誰も知らぬ内にあいつだけ仕留めたかったんだがな。こうなってはそうもいくまい。望まぬ落とし前で済まされる覚悟も必要だろう。
「場は後でしつらえる。恨みはそこで晴らせ」
「はい……」
「だが過去には拘泥しないことだ」
「……!」
レテがエルフ王を睨みあげる。でもすぐに立場を思い出したのか顔を伏せ直した。フェイよここは肩を抱くところだ。真剣に聞いているんじゃねえ。
「過去を睨めば現在と未来が見えぬ。前も見えぬ者は足元の小石も見えずに躓き倒れるのだ。人の目はそこまでうまくできておらぬのよ」
「それは…どういう意図なのでしょうか……?」
「ではまずはその話を語ろうか。我らが冒した小さな躓きの話だ」
エルフ王が語り出す。
よくわからないけどとりあえず真面目に聞いておいた方がいいと思う。