過去を越えて
最盛期は人口124万を誇ったローゼンパームも今やゴーストタウンと化した。ほぼ無傷な空中都市はいい。そこに住む30万の人々からすれば対岸の火事だ。
だが下層街や中層街の被害は甚大で生き延びた人々には希望が必要だ。
王都の復興作業は終わりが見えない。王宮は各地の領主家や陪臣の貴族家へと復興支援のために必要な人手や資材を要請している。
住人も募集している。特にインフラに関わる農村部に関しては三年間の減税を約束してイルスローゼ各地から引っ張ってこようとしている。
もう誰の笑い声も聞こえなくなった街にある、ハンス君のいない洋裁店で俺はぎゅっと拳を握り締めた。
「仇は取る。だから安らかに眠れ」
ハンス君とジェスト親方の死体は見つかっていない。つまり路上に無数に転がる原型を留めず砕け散った死体のどれかなのだろう。
悲しみに暮れていると誰かに肩を叩かれた。フェイかな?
「探したぞ少年」
「あわわわわ!」
クルーゼだ。レスバの強い戦闘民族のクルーゼ隊長だった!
「クルーゼ隊長!」
「隊長ね、君からそう呼ばれるのも久しぶりな気がするな。まぁよい、頼みがあるのだが聞いてはもらえないだろうか?」
はて何じゃろな?
ハンス服飾工房を出ると知らないエルフ数名とサ・トゥーリーのエルフ女子がいた。ラトファもいる。全部で十人くらいいる。この面子で俺に用事?
「ウルド様が一向に帰って来ないのでね、こちらから迎えを出そうという話になったのだ」
「そういえば帰って来ませんね」
「君は……そういえばあの時は」
俺自身の痛い急所だ。
ウルド様は再誕した夜の魔王に転移で飛ばされたらしい。当時の魔王の発言から察するに神の森の首都ベルサークに飛ばされたとは聞いている。
「俺の不甲斐なさが原因です」
「殊勝な態度のところすまないが責任の押し付け合いは好かない。森人の悪い癖でね、その手の言い争いで時間を無駄にするのは大の得意なのだ」
クルーゼがちらっと背後を見る。ラトファパパとかいうエルネス族長の態度は肩をすくめるに留まっているが、他のエルフは苦虫を噛み潰したような顔をしている。図星って感じだ。
「そこな小僧が大父祖たる夜の魔王の呪具使いか。たしかに何か感じるものがあるな」
「感じるものだと? 呪具に振り回される災害の担い手ではないか」
「オリジナルナインを相手に彼や我らに何ができるというのだ。ウルド様でさえ何もできなかったのだぞ」
ラトファパパがフォロー入れてくれた。
どうだ、これが頭の固い森人だと言わんばかりにニヤリとするクルーゼ族長が視線を俺に戻す。
「このとおり我らは議論が大好きでね、まともに付き合っていたら君の寿命が終わってしまう」
「そのようですね」
話を戻そう。ウルド様が帰って来ない問題だ。
「でもウルド様って長距離転移使えましたよね。ほっとけば戻ってくるんじゃないですか?」
「かもしれんな。だが古き森人の時間間隔は我らの数倍どころではないぞ、帰ってくるのは千年後かもしれない」
ありそう。
ハイエルフならありそう。あいつら寿命千年を若死にって表現するもん。でも疑問が一周回って戻ってきたな。なんで俺?
「君は便利な転移門を所持していたはずだな。あれでベルサークの近くまで送ってほしいのだ」
「なるほど」
納得したところでハンス服飾工房の地下にいたフェイとレテが戻ってきた。
しっかり盗み聞きしてたって顔だ。
「リリウス、時が来たと感じるがお前はどう思う?」
「雪辱の時か?」
「アクセルに一泡吹かせるだけのちからは身につけた。ならばこの機を逃す手はない」
フェイの眼に宿るものは闘争心ではなかった。達成感と感慨と、あとは……
フェイの眼が彼の隣にいるレテに留まる。あの日俺達は大きな罪を背負った。罪はあまりにも重く俺達の心を押しつぶし、それでも足りるものではなかった。
あの日俺達は弱かった。だが今はちがう。
大樹の洞に隠れてガタガタ震えていた過去を越える時が来たんだ!
「往くぞ! レテの里の者どもの無念を晴らすため!」
「ハゲ人狼を討つ!」
「うん、いこう!」
思えば始まりはこの三人だった。
随分と長い付き合いになった。どつき合いながらも今日までやって来れたのは同じ目的があったからだ。
「「ベルサークへ!」」
三つ心重ねて拳を突き上げる。




