エピローグ③
王都の復興作業は騎士団を中心に行われる。他所からの冒険者も集められて大掛かりな作業で、復興の見通しはちょっとつかない。
大魔討滅の際にギルド本部が爆散したせいで余所の街に移っていた王都の冒険者も戻ってきた。生憎知ってる奴は少なかった。
冒険者の友達と言えばアーガイル君なんだが普通に生きてたし住んでるアパートの住人も守り抜いたってんだからすげえ男だ。復興作業の間に何だかんだで生存者もちらほら出てきた。
ただまぁ東方移民街の方はほぼ全滅だ。俺が眠っている間に有志の学生ボランティアが様子を見てきたらしいが生存者は百名ほどだったそうな。経済を回していた銀狼団を失い四巨頭体制も崩壊したあの街は今後どうなるんだろうな。
復興作業に従事する俺は炊き出し場でスープを飲んでいる時に、珍しい人物に出会った。
グランドマスター・ブラストだ。彼は大魔討滅のあとはカイルーン本国に出かけたそうだが、今回の事件があって慌てて戻ってきたそうな。
すげえ不機嫌そうなしかめっ面してる大師ブラストが木材を敷いてスープ飲んでる俺の隣にどっかり座った。
「痛ましい事件ばかりが続くな。本来北区の魔導災害避難所はギルド本部だったのだ。あれが残っていたならルピンも死にはしなかった」
「ですね」
不機嫌の理由は幾つもあるのだろうがルピンさんは大師の懐刀だったから精神的なダメージもでかいんだろ。
「銀狼シェーファ、危険な男だとは思っていたがまさかここまでの事態を引き起こすとは……」
「ですね」
それ以外の言葉が出てこない。
あいつを認め、仲間に引き入れた俺がどの面を提げて何を言える。過ちだった。わかり合えるはずなんてなかった。大きな犠牲を支払ってそう思い知っただけだ。
「……今する話でもないんだろうがお前のSランク昇格が決まった」
「俺は何もしてませんよ」
「そう思っているのはお前だけだ。昨年の大罪教徒の件だけでもよかったが大魔討滅が決定的だな。今回の救助活動もお前を中心に行われた。胸を張れ、お前の功績は疑うべくもない」
Sランク冒険者証は後日発行されるらしい。大師は証が出来たら連絡を寄こすと言い残して去っていった。
Sランク冒険者。誰もが目指す冒険者の頂点。……何だろうな、何も嬉しくない。
心にぽっかりと空いた大きな穴が喜びも悲しみも全部吸い込んでいくブラックホールみたいになってる。
なお後でフェイに自慢しに行ったらすげえ悔しそうな顔をされたので小躍りしてやったぜ。でも何も楽しくなかった。
◇◇◇◇◇◇
五月の某日。極北の帝都フォルノーク旧市街の冒険者ギルドは夜の迎えて喧騒に包まれている。仕事終わりの冒険者が酒を酌み交わすのは毎晩の事で、この光景はきっと百年先も変わらない。
そんなギルドに大熊みたいにでかい冒険者が入ってきた。のそのそしてそうなイメージとは裏腹にキビキビしている冒険者はでけえ大戦斧を担いでカウンターに直行……
その前に受付嬢に呼び止められた。こっちもまたでけえ女だ。
艶やかな闇色の毛に覆われた魔狼族の受付嬢リュースザナドだ。彼女が笑顔で手招きしているので、さすがのでけえ冒険者も無視はできなかった。彼にできるのは精々嫌そうな顔でアピールしてやるくらいだ。
「バーンズ、あなたにギルドから打診があるの。というのもリリウス・マクローエンという少年についての聞き取りなんだけど」
「またぼっちゃんの素行調査に協力しろってのか。悪いがそいつは何度も断ったはずだ、俺は領主様は裏切れてもぼっちゃんだけは裏切れねえ」
ギルドからは度々この手の打診がある。というのもバーンズ・トロンの出身はマクローエン領だ。あの閉鎖的な土地ではマクローエン家の情報は入らない。土地の冒険者ギルドも非協力的だ。
ギルド本部で暴れるリリウス・マクローエンとは何者か?
ギルドはこれを知りたがり、時には金貨の詰まった袋を提示してきたがバーンズの答えはいつもこうだ。
「それがいつもの感じじゃないのよ」
「何だよ」
「そのリリウス・マクローエン君だけどこの度Sランク昇格が決定したの」
「は……? そいつはどんな冗談だ、ぼっちゃんはまだ冒険者になって二年ぽっちのはずだろうが」
「それだけの功績を挙げてきたのよ。本部から届いた戦歴はわたくしから見ても腰を抜かすような大活躍よ。でもどこの誰とも知れない少年をSランクにするとギルド幹部会が渋い顔をするの。だから簡単なプロフィールでもいいから調べておきたいのだけど」
「何だよそうならそうと言ってくれよ。そういうことなら喜んでしゃべるぜ!」
バーンズが笑顔で色々と語り出す。
彼はいつもブスっとしている寡黙な仕事人というイメージなので、リュースザナドも戸惑ってしまうしゃべりっぷりだ。
聞き出せるだけ聞き出したリュースザナドは書き起こした乱雑に散らばったエピソードをどう清書したものかと悩みながら……
「ねえバーンズ、以前は断られたAランク昇格の話だけど?」
「あぁ俺はやるぜ。ぼっちゃんがSランクになったんだ、俺だってAランカーぐらいにならねえと顔向けできねえ」
「じゃあ昇格用の依頼を探しておくわね。審査にはわたくしが立ち合うから準備が整ったら声をかけるわ」
「おう、頼むぜ!」
大熊バーンズが上機嫌のまま酒場のカウンターに向かっていく。
その姿を見送ったリュースザナドはため息をこぼし、くしゃくしゃに丸まった手配書を伸ばし直す。
銀狼シェーファという名の大物賞金首の手配書だ。
罪状は数えるだけで卒倒しそうになる。アシェラ神殿本殿での破壊活動及び神殿長エリシュ並びに大司祭ラケスの誘拐。王都ローゼンパームでの大量虐殺。人類の敵指定を受ける殺人教団ガレリア教祖イザールとの共謀。
それだけではない。彼の罪を書き連ねるのに五枚の羊皮紙が必要になるほどだ。
懸賞金は800万ユーベル。冒険者ギルド発足から数えても三番目にランクインする高額賞金首だ。
手配書に映りこんだ懐かしい少年の写真を見つめるリュースザナドは震える手で自ら丸めた手配書を伸ばし続ける。くしゃくしゃになったモノクロ写真にある少年の姿に、かつての愛らしさなど見いだせない。
「シェーファ、これがあなたの望み? どうしてこんな事に……」
リュースザナドの黒い瞳からポロポロと涙が零れていく。
全てを捨て去ったはずの男は、きっと己を心配して涙を流す人の顔さえ思い出せないにちがいない。