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エピローグ① 敵の名は

「起きろ、おい、起きろ!」


 やけに切羽詰まった声で目覚めればフェイとアシェラが俺を覗き込んでいた。

 そう心配そうな顔すんなよ、別に死んでるわけじゃ……


「意識はしっかりしてるね。大丈夫? ボクのことわかる? あぁとりあえずは大丈夫そうだ。すぐにアルテナ神殿に連れていこう」

「……」

 何言ってんだお前らって言おうとしたが声がうまく出せなかった。


 ただただ目蓋が重い。ぐっすりと眠れそうだ……


「寝るな!」


 俺を抱き上げたフェイが切羽詰まった顔でこう叫んだ。

 重傷者じゃねえんだよと言いたい。でも声がうまく出てこない。のどが乾いている。のどがガサガサしてひどい違和感だ。かなり苦労して声を絞り出すと「ヘイ」になってしまった。


「……けっこう余裕あんな」

「あるわけないだろ馬鹿かよ! 死にかけどころか八割死んでるんだぞ。見ればわかるだろ!」


 アシェラがすげえ怒ってる。フェイと言い合いが始まった。

 俺を出汁に喧嘩すんなよ……


 声がうまく出てこない。でもフェイは俺の質問をよく聞き取ってくれた。


「カトリは……」

「聞くな」

「シェーファは……」

「銀狼団には騎士団が追撃を掛けている。好き勝手暴れた落とし前をってやつだがどうだろうな。あっちにはバルバネスとニーヴァがいる、騎士団でも勝てるかどうかはわからん」

「バル…」


 バルバネスは不在のはずだ。そう言おうとしたらフェイに睨まれた。


「頼むから大人しくしていろ。後でいくらでも話してやるから少しは自分の身体を労わってくれ」


 空中都市の仮設神殿に飛び込んだ後はもう覚えていない。

 目覚めた時には三日後の夕方で、マクローエン家王都支部全員集合という面白い状況であった。おいお前ら俺の病室でホームドラマすんな。息子夫婦が見舞いにきた年寄りじゃねえんだよ。


 仏頂面の姉貴がカルテを出してきた。いつもならカルテ=鈍器なのに殴られないなんて珍しいな。たまにフリスビーにもなる。


「あんたがここまでヤラれるなんて珍しいわね。ここまでの大怪我は初めて見たわよ」

「そんなに?」

「ええ、神殿長のお墨付き。逆になんで生きてるの?」

「ひでー、姉貴ひでー!」


 診断書の内容もひどい。全身凍結死傷。心肺機能停止。肝臓欠損。右腕欠損。下半身全損。

 〇患の生存理由が不明ながら蘇生処置を試みる。注意、クラッシュ症候群併発の恐れあり。


 下半身全損って何だよ!

 俺どうなったんだよって思ったが全身なんともねえ。シーツの下を確認したら俺の息子もきちんと存在したぜ。


「馬鹿ねえ、まず確認するのがソコなの?」

「このカルテ見た男子の百パーセントはこの行動を取ると思う」

「馬鹿ねー」


 姉貴といつものコントやってると水差しを持ってきたラクスちゃんが胸に飛び込んできた。


「馬鹿ぁ! 戦いに行くなら行くって言いなさいよ!」

「快く送り出してくれたような?」

「ちがうの! あれはカトリーかアビーのところに行くんだなって思ってたの!」


 さすがの妖怪サトラレも日の浅いラクスちゃんにまでお見通しされるわけではないらしい。妻よ、夫を信じなさい。


 病室で目覚めを待ってくれていた仲間達と調子はどうだぼちぼちでんなという関西人みたいな会話をしていると、バトラ兄貴がこんな事を言い出した。


「そういえばシュテル陛下からお前が目覚めたら至急連絡をよこせと言われていたんだ。さすがに重傷者を引っ張ってこいって話にはならないだろうが伝えても構わないか」

「構わないけど」


 兄貴が思念話で連絡を取り始めた。騎士っぽいな。

 兄貴もトキムネ君も黄金騎士団に入隊したんだよなー。


 おっさん王が駆けこんできたのはこの五分後だ。なんて落ち着きの足りねえ王様だ。フルーツ詰め合わせの籠を提げて現れたおっさんは騎士団長時代となんら変わらない様子だ。


「おう、再起不能級の大怪我と聞いていたがもうすっかり元気じゃねえか。悪運の強い男だな。で、早速で悪いが銀狼事件の話をしたい。人払いを……」


 おっさんが室内を見渡す。


「アシェラ神は残ってくれ」

「初手人払いとか重要案件じゃないですか。正直まだ頭が回ってないんですがね」

「なら無理やりにでも頭を回してくれ。銀狼事件の被害者数の概算が出た」


 そいつはヘビーだ。

 まいったな、たしかに無理にでも構えなきゃ聞けない話題だ。


 不満そうに出ていく仲間達。最後にユイが出ていったのを見届けたシュテルが盗み聞き防止の静音の結界を張る。随分と念入りだな。


「本題に入る前に確認しておくぞ。先の大魔ディアンマ討滅の際に大人ファトラからもたらされた本来の犠牲者数が約80万という話だったな?」


 ?

 なんで今そんな話をする?


「そうだと聞いているがそれがどうした?」

「今回の銀狼事件の犠牲者だが約80万人だ」


 は……?

 どういう偶然だ? いやそもそも偶然なのか?


「今回の犠牲者が79万6000人と推定されている。二つの事件を合わせると犠牲者は81万2000人前後だ。これは東方移民街や王都城壁外区画などの流民を数えていない数字だ。もちろんファトラの数字も彼らを数えてはおるまい。民政局は彼らの実数を把握できていないからな。お前らの所感も聞かせてほしいのだ。これは本当に偶然なのか?」


 気にした事が無いといえば嘘になる。

 だがフィクション由来の造語なんか気にする必要もないと考えていた。だがこんな答え合わせをされると嫌でも連想してしまう。


「歴史の修正力……」


 変えたい未来がある。守りたい人達がいる。

 そのために必要なちからを手に入れた。そう思っていた。


 最大の敵は己の弱さだと考えていた。だが最大の敵は、定められた運命なのかもしれない。



◇◇◇◇◇◇



 空中都市にあるトライデント名義のアパルトマンの一室で、ナルシス・イルスローゼは暗い顔で書類束をめくっている。

 左手に書類を。右手にはファトラから借りパクした手帳を。

 81万3844人という数字があまりにも重くのしかかり、彼の美貌を暗く染め上げている。


「気に喰わんな、所詮我らは運命のダーナの手のひらの上ということか」


 最良の未来を作り上げたはずだった。だが大魔を倒した一月後に一瞬でひっくり返された。

 ナルシスは部屋の隅に立つ元副官へと声をかける。


「ナディール君よ、リリウスめは何と言っていたって?」

「歴史の修正力と漏らしたそうです」

「センスの良い言葉だ。ならば我らが敵は運命というわけか」


 倒した椅子がぎしりと軋む。

 彼が脳裏に描くは夢の出来事だ。テレサそっくりの女神と共に見た滅びの日、第一予言。


「運命は変えられない。変えたとしても辻褄合わせでひっくり返される。つまり奴らの敵とは……」


 合わせ鏡のアリスリートはアルザイン・ゴーストを『敵』と呼んだのではない。

 第一予言という未だ起きぬ確定した運命が敵なのだ。


「だが解せんな、なぜ情報を出し渋る。もしや情報を与えてはまずいのか?」


 ナルシスの英知が設問に対する答えを模索する。

 だが情報が足りなすぎる。パズルに例えてもよい。僅かなピースから未来を夢想するのは愚かしいを通り越して馬鹿げている。そしてすべての情報を持つ者どもがピースを出し渋っている。これが理解に苦しむ。


「我らが知りえることで不確定の事象が確定するとでも? ……最悪第一予言は捨て置いてもよい。太陽とは関係のない遠い地の出来事だ。だが第二予言だけは……」


 第一予言はおおよそ今回の百倍の規模。それだけの犠牲を誰かが勝手に支払うのなら許容もできる。


 だが第二予言は星一つの規模だ。リセット。創造神からもたらされる終末の日。

 これだけは何としても食い止めねばならない。できねば人類が滅びる。


 ナルシスは考え続ける。

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