冬に咲く青いバラ(03)
本編の登場人物
リリウス・マクローエン
本編の主人公。ケツにスプーンねじ込む悪魔と恐れられている変態。ロザリアお嬢様の手下A。番外編時では9~10歳である。
ロザリア・バートランド
ゲーム『春のマリア』における悪役令嬢。我儘で高飛車な高慢ちきと三拍子そろっているが、友人や身内に対しては周囲が驚くほどの優しさを示す。まだロリなので戦闘能力は低め(それでもリリウスの五倍強い)。
バイアット・セルジリア
ロザリアお嬢様の手下B。通称デブ。いつもおやつ食べてる食いしん坊だが、他の部分は意外にもしっかりしている。自己管理能力だけが問題。
シャルロッテ
バイエル辺境伯の三女。ロザリアの乳兄弟も同然の親友。でもバイアットは好きじゃない。
ガーランド・バートランド
帝国騎士団長にしてロザリアの兄。騎士団の世代交代に腐心し、手駒の一つとしてリリウスに目をかける。
フォルセ子爵との交渉は破談に終わり、俺は一応の義理から村長をカトル村まで送ってやった。
村長が村の衆に破談の経緯を説明するとみんなして落胆してたぜ。
「一応、まだフォルセ子爵が兵を出してくれる可能性もあるっちゃあるからさ!」
俺はそう励ましてから村を去る。
欠片も信じていないこの励ましは山一つ越えてきた分の義理に対してだ。
可哀想だが仕方ない。貴族は怒らせると本当に怖いんだ。
密かに毒を盛ったり誘拐して屋敷の地下牢に閉じ込めるくらい平気でやる。貴族なんてのは基本やべー奴しかいねえんだ!
マクローエンに戻った俺はこの話を忘れることにした。
一般的に夏は社交シーズンにあたる。
貴族はこぞって国内のリゾートに集まり社交界という名のパーティーで親睦を深めるんだけど帝国では逆ね、積雪で交通を遮断されるせいで冬の帝都こそが社交シーズンになってるの。
狩猟にも遠乗りにも出かけられないストレスをダンスとおしゃべりで解消するわけ。
社交界は色々な名目で開かれるわ。お固いのだったら第一王子派閥だとか官庁OB会とか、緩いのだったら狩猟を愛する会とか帝都紳士同盟とか美食倶楽部とか、もちろんわたくしの知らない会もたくさんあるのでしょうね。
殿方って殿方同士の秘密の会を作りたがるもの。
貴族の多くが無理をしてでも帝都に別邸を作るのはそういう輪から外されないためなんだけど、維持費の問題もあって帝都貴族連盟とは疎遠な家もたしかにあるわ。リリウスのおうちとかね。
活気溢れる帝都も夕暮れに染まる頃にはその活気を失い、眠るように静かに人影が消えていく。
眠りかけた町を影のように走る黒塗りの馬車で、紐閉じ三枚の招待客の名簿に目を通しているとため息が出てきた。
貴族社会には面倒なシキタリがつきものだ。
挨拶する順番もそうだし、話しかけてはいけない人もいる。
今宵バイエル辺境伯の社交界は第一王子派閥の集まりなので関わってはいけない人はいないけど、その分気遣わなければいけない人が多い……
停止した馬車から降りると、チーズみたいに溶けた夕日が西の山脈に落ちていく頃だった。
「少し肌寒いわね、手袋を用意させるべきだったかしら?」
「そうですか? 暑いくらいだけどな~、もしゃもしゃ」
でしょうね、汗掻いてるもの。
「あんたコート着てるようなものじゃない」
「もしゃもしゃ、そうそう脂肪という名のコートを、もしゃもしゃ」
「その一仕事終えたみたいな顔やめなさいよ」
真っ白い歯をキラーンさせてるバイアットのお尻を蹴飛ばして屋敷の中へ……
今宵このバイエル辺境伯の屋敷で開かれる社交界、今宵わたくしロザリア・バートランドは父の名代である。父は朝から体調不良で寝込んでる。ところで二日酔いってどんな病気なのかしら?
「ロザリア!」
「シャルロッテ!」
辺境伯の姫シャルロッテは帝都住まいの同い年。ちいさな頃は三日と空けずに互いのおうちを行き来していたせいか、五歳になるまでシャルロッテの事を本当の妹だと信じてたわ。
ここ数年は領地から出てこなかったので、会うのは本当に久しぶりだ。
「お互い背が伸びないねー」
「まだまだこれからよ、イゼルは裏切ったけど!」
「それ本人には言っちゃダメよ。パーシアス兄様を越しちゃったって気にしてるもの」
ちなみにイゼルはロートシルト侯の四人目の姫で、パーシアスは三つ上の婚約者の事だ。年下の婚約者に身長で抜かれた彼はショックで領地に引き籠ってしまったらしい。悲しい事件だ。
「バイアットは……また大きくなったね」
「そうなのよ……」
シャルロッテが日増しに横に太っていく少年から目を逸らしながら言った。気持ちは理解できるわ。
「もしゃもしゃ、二人ともありがと~~、ぼくもっと頑張って大きくなるね!」
「褒めてないわよ!」
「お願いだから自制してッ、いつぽっくり逝くか不安で仕方ないの!」
怒鳴られてもポップコーンを食べるのをやめない、それがバイアット。
シャルロッテがバイアットのお腹の肉を掴んで引き延ばす。取る気かな? 物理は無理だと思うよ?
「と~れ~な~い~!」
「もしゃもしゃ、取れるもんなら取ってるよ、もしゃもしゃ」
びっくり。一応痩せたい願望あったんだ!
シャルロッテとバイアットがいつもの微笑ましいやり取りをしていると彼女のお父様がやってきた。
ニコニコしながらやってきた辺境伯は実の娘よりも先にバイアットの肩を抱くから不思議よね。いつも言ってるシャルロッテのお婿さんにって話本気なのかしら?
「ハハハハ、よく来たね二人とも。今夜は南洋産の香辛料の初披露も兼ねていてね、好きなだけ食べていってくれたまえ」
太鼓腹を叩いて大笑いする辺境伯もバイアットに負けず劣らず横に太い。親子に見えるほどだ。それもそのはず親戚関係なのだ。
「お父様はバイアットに甘すぎるわ!」
「彼の大食は見ているこちらまで気持ちよくなるからね。さあさ、この煮込みなんてどうだろうね」
おすすめの煮込み料理をもしゃり始めるバイアット。そしておいしそうな香りに誘われてやってくる横に大きな方々……なんで競争が始まるの!? ファイトなの、フードファイトが始まったの!?
「おいしいなあ!」
バイアットの爽やかな汗がギトッと輝いてるの。
なんとかしてスリムにする方法はないのかしらね? 無理ね、いつも何か食べてるもの。
「大人にも負けぬ食い意地……やはりうちのシャルロッテの夫は彼しかいない!」
「絶対にいやですわ……」
「スリムな方がいいものね」
「バイアットが嫌なの……」
「なんで?」
「私まで太りそうだから嫌」
納得の理由だ。
シャルロッテママも太ってるものね。というかご家族揃って肥満体だものね。シャルロッテだけが痩せてるのは本人の不断の努力と決意らしい……
さて、わたくしはわたくしでお仕事をしないと。辺境伯の次に爵位の高い方にご挨拶するのがセオリーだけど、アレクシス候はまだ来てない、となるとドゥシス候かな?
と思っていたら初老のフットマンが大声で来客を告げる。
「バートランド伯爵家ガーランド・バートランド伯爵! レントゥール侯爵家アゼリア・レントゥール子爵! マールエル伯爵家レクス・マールエル様! エインザー伯爵家ルワース様! ライセル騎士家カトル・ライセル騎士候! おなーりー!」
「ぶふぉっ!?」
「ロザリア!?」
待って、おにーさまの参加なんて聞いてないわ!
淑女が揃ってキャーキャー叫び出しちゃった……
「まぁ閣下がいらっしゃるなんてあたくし聞いてなくてよ。知っていればもう少しきちんとしたドレスを着てきましたのに」
「ああ、なんて凛々しい横顔……」
「綺麗……あの方はレクス様と仰るの? どんな淑女よりもお美しいのねぇ……」
評判は上々、って感じかしら?
おにーさまがああして部下をぞろぞろ連れてくるのには理由がある。
まだ二十代前半の独身の騎士団長とお伴の選りすぐりの美形は、一時の恋の語らい相手としても、結婚相手としても魅力的な方々なの。すぐに黄色い歓声に包まれちゃうくらいにはね。
つまりは負担の分散ってわけね。あの数の淑女とダンスを踊れば目が回っちゃうもの。
「閣下、ご機嫌麗しく」
「ドロシー嬢にお会いできた幸運を、辺境伯に感謝を。後ほど一曲お相手願えるでしょうか?」
「閣下のお誘いを拒む愚か者はおりませんわ」
「ご無沙汰しておりましたな」
「ハイランド候お久しぶりです。いつご領地から?」
「七日前だ。今年の雪降りは早かったが帝都が閉ざされる前に着けてよかった、予定通り今頃出ていたら引き返すしかなかった」
「でありましょう。おや、そちらのレディーは?」
「今年で十三になる末の娘のベルディナです。閣下がいらっしゃると聞き、このパーティーで社交界デビューさせたのだ」
「ガーランド騎士団長閣下、ハイランドが姫ベルディナにてございます」
「ガーランド・バートランドだ。姫にお会いできて嬉しく思う」
「娘のデビューを頼んでもよいかな?」
「俺などでよろしいので?」
「なぁに貴公以外は断るつもりだったよ! ハハハ!」
「ベルディナ姫はどのような曲がよいか?」
「エスクードワルツを」
「ははは、こやつが自信があるのはまだそれだけなのだよ!」
「もうッ、お父様ったら!」
おにーさまは社交界に集ったお歴々とたっぷり語らった後に、ゆっくりとこちらにやってきた。わたくしもお会いするのは一月ぶりなんだけどぉ……
「おにーさまがいらっしゃるなんて聞いてませんわ」
「聞いてたら逃げたか?」
肩をすくめたその言い様は、言外にリリウスのようにという含みもある。
騎士学院生も参加する夏の短期遠征に誘ったらしいんだけど袖にされたの、まだ根に持ってるのね。
「リリウスじゃないんだから逃げません。後で一曲踊ってくださいます?」
「恐悦至極」
膝を着いて手を取る様は我が兄ながら惚れ惚れするほど貴公子ね。
影でいったいどれだけの姫を泣かせてきたんだろう……
そのうち楽団が音楽を奏で始めると使用人がまだたくさんの料理が載せられたテーブルを脇にどけ、中央にダンスホールを作る。
おにーさまは先の約束通りハイランド侯爵のベルディナ姫と一曲踊った。わたくしもシャルロッテと踊り、次にバイアットで、辺境伯。あとは壁の花でも楽しもう。
ダンスは楽しいけど連続で踊るのは大変。二つ三つも踊れば疲れて椅子に座り込む人だっているし、ずぅっと踊りっぱなしの姫もいる。
ダンスに勝る楽しみはなしとは誰の言葉だっただろうか?
どれだけかの時間の後、おにーさまが誘いに来た。
せっかくだから無邪気で可愛い妹でも演じてあげましょう。そーゆーの、お好きでしょ?
「これほどキレのあるステップを踏める淑女はそうそういるものではない。上達したな」
「おにーさまから散々武芸を仕込まれましたもの」
「そうとも、武芸はすべてに通ずるのさ」
発言が脳筋だ。
おにーさまは不思議な人だ。一回り以上年が離れているせいか、一緒に遊んでもらった記憶はない。そもそも遊んでる姿を見た事がない。
おとーさまのセリフを借りれば『アレは無駄な事ができない極度の吝嗇家』となる。ここで問題なのは無駄をしない、ではなく気質的にできないという点だ。何のストレスも感じずに無駄な行動を省いているのだ。
遊びに費やす労力さえもケチる感覚というものは、想像さえできない。でも言葉に意味があるように、口から無駄なものが出てこないヘンテコな人間とだけ理解している。
「そういえば巷でこのような噂が流れているらしい」
枕詞で油断を誘い、その中身は何を推し量るものなんだろうか?
「多忙でめったなことでは社交界に参加しないと公言する騎士団長だが、騎士団に多額の寄付をしている方の集いには顔を出すこともあるらしい、そんな噂だ」
「ふ~ん、事実ですの?」
「可能な限り参加するようにしているのは事実だ。そしてそこは問題ではない」
何が言いたいのかな?
腰に吊るした神剣アキシオンから何の音もさせずに華麗なステップを踏むおにーさまの眼差しは、静かかつ貪欲にわたくしの価値を計ろうとしている。
わたくしはただ、おにーさまとのダンスを楽しみたいだけなのに。
「この噂は騎士団から流している。つまりプライベートな時間を切り売りしてのささやかな資金集めというわけだ」
「おにーさまのお時間ってお金になるんだ……」
「箔付けなのさ。希少価値を付帯して俺の値を吊り上げるのも箔付けなら、俺を招待できた家に実際の家格以上の価値を与えるのも箔付け。普段は上流も上流という集まりにしか参加しない姫君も、俺の参加を聞けばあれやこれやと手を回して招待状を手に入れてしまうらしいぞ?」
それが誰のことだか一発でわかってしまうからひどい。
ドゥシス侯爵家のドロシー様だ。
「ドロシー様がお可哀想。お気持ちにお応えになるつもりはありますの……?」
「個人的な感情で物を言えば好ましいと考えている」
「婚姻に個人的な感情以外の何が必要なんですの?」
「騎士団の利になるか否か。俺は利を重んじるつもりだ」
兄はこういう人だ。損得勘定第一のケチンボなのだ。
公私にわたって帝国に奉仕しているのだから結婚くらい好きな方と為さればいいのに……
「いえ、きっと無理ね」
兄は無駄を省いてしまう。贅沢は無駄。享楽も無駄。何の疑問もなく省いていく無駄の中に、きっと己の心さえもあるに違いない。
無駄に着飾った人々が一時の享楽に浸る社交界は、兄の目からはどのように映っているのだろうか……
「俺はそこまで人非人ではないぞ……?」
うぐぅ、も…もしかして心を読まれた?
「洒落たドレスで舞い踊る姫君の艶やかさを無駄と切り捨てようとは思わん。財力を示し意中の女性の気を惹こうという努力を笑いはしない。許容と拒絶が別物であるように、我ら貴種の在り方を無駄と言い切ったりはせん。……まったく滑稽なものだな」
「滑稽? どなたが?」
「帝国貴族社会における社交界は立食パーティーの形式が多く、そもそもの目的は領地の食材や酒をお抱えの料理人の手で過分に良く仕上げて輸出先を広めようというものだった。だがそうした目的はすでに形骸化し、その自尊心を満たすためのみに財をひけらかすようになった。路傍では空腹に喘いだ民草が座り込み、僅かな寄付を求めて雪上に素足で立ち尽くしているというのにだ。我ら貴族という存在のすべてが滑稽な道化師なのだ」
「あら、滑稽な道化師でけっこうじゃない」
兄は必要を必要な時に為すケチだ。
だから兄の言葉には常に意味があり、その一つはわたくしへの教育なのかもしれない。
でもわたくしにもプライドがある。簡単に兄の色に染められてあげるほど、ロザリア・バートランドは安くないって教えてあげる必要があるんだ。
「ならば精々面白おかしく踊ってさしあげましょう。帝国という名の舞台、そのスポットライトの中で誰よりも可憐に美しく踊って魅せれば、ご満足なのでしょう?」
「その気位は素直に好ましいよ」
素直に認めるくらいなら、最初から面倒を言わなければいいのに。
演奏が終わり、ダンス場を離れる。二曲続けて踊るのは精神的に無理。
「ロザリア、もう一曲どうだ?」
「あ、ちょうちょだ! 待て待て~~~!」
架空のちょうちょを追ってダッシュで壁花! 兄の相手を二連続は無理すぎる! ええぇ、なんでついてくるの……?
「ああそこの、シャンパンを二つ。できればよく冷えた物を」
完全にわたくしの分だこれ……
助けてリリウス・バリヤー……おにーさまからわたくしを守って……
「いや、まったく困ったものですよ、あのリリウスとかいう子には!」
「へ?」
やけに聞き覚えのある名前に振り向けば、まるっこいおじさまが他のおじさま相手に何やら話し込んでいた。少し気になるけど距離があるせいで盗み聞きしにくい。
「どうかしたのか?」
「あら、ロザリア様ごきげんよう」
「先ほどのダンスとてもキュートでしたわ。後でわたくしとも踊りましょ!」
「ではわたくしはその間にガーランド様と……」
「ナチュラルに抜け駆けするでない」
「ね、ね、あのクロスステップのコツ教えてよ。あんなに綺麗にキメるのどうすればいいの!?」
給仕からシャンパンを受け取って戻ってくる僅かな間におにーさまは淑女七人に囲まれていた。兄からはフェロモンでも出ているのだろうか……
「別に大したことではないの。あそこのおじさまのお話にリリウスって名前が出ただけで」
と口にした瞬間に兄の姿が空間転移の如く消え去り……
「これはフォルセ子爵」
「やあこれは騎士団長殿。さきほどの妹君とのダンスは素晴らしかった、美男美女のご兄妹とはお父上が羨ましい」
「ハハ、そう手放しで褒められては面映ゆいな。何やら聞き覚えのある名前を耳にしてな、そうリリウスと、それはもしやリリウス・マクローエンの事では?」
「……夏に一悶着ありましてな」
「ぜひそのお話を伺いたい」
一瞬でまるまるしたおじさまから必要なことを聞き出していた。
ヘイト管理の必要もない吸引性! リリウス・バリヤーは高性能すぎる……