偽証精霊シェーファVSカトリーエイル①
カトリとマルディークの決闘は追いかけっこの形となった。
距離を取れば取るほど一方的に攻撃できるカトリーエイル。
刀の届く間合いであれば何者にも勝利する最強の刀師。両者のぶつかり合いは自然と互いの有利な間合いを作る形に―――
「藤堂夢幻流―――飛燕脚」
投擲具が支配する空をマルディークが一直線に距離を詰める。空渡りの上位版とも呼ぶべき弾道弾の動きでカトリへと迫り、振るう斬撃は限界まで凝縮したオーラブレード。
ギィィィィイイ!
衝突する金属と金属が奏でる嫌な音が鳴り響く。
「これは防ぐとはね。良い槍だ、勝ったら貰うね?」
「残念、元々レンタル品なの!」
互いに空中で踏ん張りは利かない。剛腕を頼りに宝槍レヴァティーンを振り回して剣聖を退けようとするが―――
マルディークが宙を踏んで二段ジャンプ。曲芸のような見事な背面蹴りでカトリを地面にたたき落す。
「じゃあ所有者には悪いことをするね。これはかわせるかな? 止水刀・突」
空中のマルディークが不安定な姿勢のまま必殺を放つ。流れる水さえも穿つ無空の遠距離突き。
地面に叩き落されたままのカトリが勘だけを頼りに見えぬ殺人突を回避する。マルディークは続けて三度放ったがすべて回避されて嬉しそうだ。
「やはりカーディアスの血統はすごいな! 今のボクの必殺だったんだけど軽くかわすとはね! ……不可視や奇襲じゃなくて反応できない速度に重きを置くべきかな?」
「それをあたしに聞いちゃうの!?」
「もちろんリクエストにも応じよう。僕は時間稼ぎをするだけでいい立場だ」
マルディークの目が戦況を確認する。
レグルスはアシェラ神に釘付け。まぁやはりというか何というか食わせ物な女神だ。戦闘向きではないとはいえ神王級、そう簡単に獲らせてくれる首ではない。
銀狼シェーファは東洋人の青年に抑え込まれている。敵ながら見事と呼ぶ他にない技量の持ち主だ。年齢から考えてもあの技の冴えはおかしい。おそらくは仙境の住人か。
戦いは膠着している。誰かひとりでも早く敵を倒して加勢に行きたい状況だ。だがマルディークにはそこまでしてやる義理はない。
「せっかくルーデットの系譜と戦える好機だ。心往くまで楽しませてくれ!」
「若返ったおかげで童心に戻っちゃったか。元気なおじいちゃんとか痛々しいねぃ」
「口だけは強い子だ。でも足りないな、カーディアスのような圧倒的な威圧感が無い。女の子だから仕方ないと思うけど15歳のカーディアス・ルーデットの方がずっと強かったよ?」
マルディークから放たれる闘気の質が変化する。
闘争の場の空気がピリピリと張りつめていく。だがそれは空気の変化ではないのかもしれない。カトリーエイルの直感が感じ取った死の気配なのかもしれない。
肩に刀のみねを当ててトントンと刀を弄ぶ少年はたしかに剣聖と呼ばれる男だ。それを今更ながら実感した。
「あの頃の彼は神様のような存在だった。世界に並ぶ者なき大英雄だった。だからお嬢さんには期待しすぎていたのかもしれない」
爆発的に高まり続けるマルディークの闘気上昇がピタリとやむ。
嵐の前の静けさを思わせる不穏な静寂が訪れ、カトリの心中では本能からの警告が鳴りっぱなしだ。
(戦えるっちゃ戦えてたから勘違いしかけたけど、やっぱりマルディークは別格か。リリウス君こいつに勝ってたよね? あの時どうだったっけ?)
どこぞの森での遭遇戦で二度マルディークを撃退している。
一度目はルナココアが襲撃した隙を突いて。二度目はラストとシェーファという強力な戦力に加えて豊国の騎士団がいた。
奇襲と数の暴力。今はどちらも足りない。……悔しい。
(この中だとあたしが一番弱い。相手が悪いなんて言い訳してちゃ神狩りとしてやっていけない。でも……)
身がすくむ。怖い。
マルディークは戦っちゃいけない相手だ。近接戦闘なんて絶対にやってはいけない。接近された時点で撤退を判断しないといけない強敵。……でも敵の中では一番倒しやすい。
闘争の舞台が神々の領域に入り、敵は最低でも史上の英雄クラス。マルディークごときを倒せない戦士なんて神狩りは必要としていない。
(これがリリウス君の見ている風景。敵はすべて格上どころか世界でも最上位、倒すべきは迷宮から蘇る古代神。……異常な速度で強くなるわけだ)
怖い。でもワクワクも止まらない。この闘争は彼女の知らない世界だ。
退屈を持て余していた彼女の知らない刺激に満ちた闘争の世界だ。ここには狭い世界で調子こいてたカトリの知らない強敵がうようよしている。
(あたしはまだまだ強くなれる。剣聖を越えて史上の英雄を越えて―――やっぱりあたしもルーデットだね)
ルーデットの血が騒ぐ。強さを求めるのはルーデットの本能だ。長きにわたりウェルゲート海の覇王と恐れられてきた理由はルーデットが最強であるからだ。
眼前の剣聖が前足に全霊をちからを込めて言う。
「腹は決まったかい?」
「ぶっ飛ばす!」
「いい返事だ、それでこそルーデットだ」
再開の瞬間に銀狼シェーファが咆哮を挙げる。理性の吹き飛んだ、完全に人間を辞めた竜の咆哮だ。
干渉を打ち破られたアシェラが尻もちを着きながら叫ぶ。
「逃げろ!」
鑑定の女神の愛らしい顔が焦りに歪んでいる。
事態が何か恐ろしいフェーズへと移行した。何の根拠もなく信じられる焦り方だ。
「敵とか味方とか言ってる場合じゃないぞ。逃げろ、アレに喰われる前に!」
無残にも切り刻まれて拘束された銀狼は動かない。だが銀狼から出現した無数の魔腕が触れる物を凍らせていく。
凍らせた物からも魔腕が出現する。無数に増え続ける氷の腕が無差別に周囲の物を同化していく。
真っ先に避難してきたフェイがアシェラを抱いてさらに遠くへと跳躍で逃げる。
対峙するカトリとマルディークもあの光景には言葉を失った。
「休戦でいいかな?」
「ルーデットらしからぬ賢明な判断だ」
マルディークが空を踏んでさっさと逃げていく。
やっぱり長生きのコツは撤退シーンの見極めにあるんだろうなあと思いながら精霊化したシェーファを見つめる。
凍結と同化を繰り返して街を吞み込んでいく彼の姿はもはや生ける大災害だ。むかしは可愛いショタだったのに何でこうなった?
「このままじゃ王都を丸呑みにしちゃうね。ローゼンパームの事あんま好きくなかったけど、そうも言ってらんないよね」
レヴァティーン・レプリカントを投擲してシェーファ本体を刺し貫く。着弾と同時に爆発したがダメージは軽微だ。やはり人間の形態よりも頑丈になっている。
だが効果はあった。無軌道に周辺の器物を取り込んでいた偽証精霊の敵意の眼が完全にこちらに向いた。
貸与されたレヴァティーンの二本目をぶちこむ。今度は魔腕がガードに動いたが飛翔するレヴァティーンは魔腕を紙切れみたいに引き裂いて再び着弾。やはり効いていない。
だがやはり反応している。偽証精霊シェーファの魔腕が狼頭へと変化し、カトリーエイルを襲う。
投擲具でブチぬいてやってもオーラの塊が怯むはずもない。構わず襲ってくるのでひらりひらりとよけていく。ファングサーバントは無限に増えていくが頭は一つ。しかもレヴァティーンをぶち込まれて顔真っ赤になってる頭だ。回避に徹すればよけられないほどではない。
「当てるつもりないの? でも仕方ないか、銀狼クンそんな強くないしね」
挑発が効いたのか偶然か。十字架のように奇怪な姿形をする偽証精霊から雄々しい孤狼が出てきた。まぁ好機といえるだろう。
意識を呑まれている状態よりも人の知性があるほうがやりやすい。なら最初にやるべきは挑発に挑発を連打して怒りで我を取り戻させるべき。
「あー! 弱いって言われてマジになっちゃった! でも仕方ないよ、銀狼クン弱いんだもん! 俺は強いぜみたいな顔してるけど戦歴けっこうボロボロだよね。うちの親父にも負けてるし!」
「ゴガァァアアア!」
予想通りというか予想以上の反応というかガブリと噛みついてきたので空中ジャンプで避けて二段ジャンプでさらに上に。
だが銀狼がカトリーエイルを遥かに凌駕する動きでまたガブリときた。速度も剣聖以上。噛まれたは即死。……思ったより危険だ。回避に徹しても逃げきれないかもしれない。
脳裏をよぎったのは下手を打ったという予感。アシェラが逃げろと言った意味がようやくわかった。
これはやはり偽証精霊だ。凍結の魔法力の塊で触れた瞬間に殺される。そういう予感がある。
だがカトリーエイルは挑発を続ける。
「いい子ね、さあおいで!」
次の瞬間には突進を避け損ねて右腕を食いちぎられた。
肉体の使い方を思い出し始めている。これは時間を掛ければ掛けるほど強くなるモンスターだ。
脳髄に響く痛みと軽くなった右肩の違和感に堪えながらカトリーエイルは宙を駆ける。
稲妻のように追ってくる偽証精霊を背に感じながら、泣き叫びたいのを堪えて走る。
カトリーエイルは切り札の四十枚の金貨が入った革袋を握り締めながら、空を駆けて行った。