凍りついた王都③
凍結の白い霧への対策は俺の魔法抵抗力を広げる手法を取った。
当然尋常の技ではない。アシェラ神しか使えないような古い神々の術法によるもので、効果は二時間ほど。それ以上は俺の魔法抵抗力が保たない。この術のデメリットは魔力消費の激しさだ。理論上二時間で俺の魔法抵抗力は凍結の魔法力に負ける。
また術の性質上調査隊は俺から離れられない。手分けして捜索は不可能。
高速移動もできない。アイスフィールドを無効化するより早く移動すれば俺は大丈夫でも他が死ぬ。
厄介な霧だ。アシェラの御業を使ってもここまでの制限が付く。騎士団が手をこまねいているのも理由もわかるぜ。
このアイスフィールドを構築した術者は超一流でも利かない大魔導だ。ルーデット卿の魔法抵抗力をも貫通するフィールドを三日四日も維持し続けるなど尋常の存在ではない。騎士団はハードエレメントだと断定した。
降り立った王都は凍りつき、人々は氷の彫像へと変じて日常という名の芸術品と化している。
ルーデット卿が首を振る。彼らは治療可能地点を超えた死者だ。
最初はアルテナ神殿という話だったが南区には知り合いの家も多い。バトラ兄貴の家も南区にある。
「すまないが先にバトラ兄貴のところに寄らせてくれ。あそこには生まれたばかりの……というには年齢がいってるがファルコもいるんだ」
「無論だ。無私の精神は英雄の心ではない、あれは弱者が願った都合の良い偶像だ。英雄ならば己の心に従うのだ」
ルーデットの英雄像好き。家族を疎かにするヒーローって嫌だよね。
途中でシシリーパパやベルクス君たちが住んでる集合住宅に通りかかった。ここまで来て後回しにできるか!
「生存者は居ませんかー!」
「救助だ! 生存者は声を挙げよ、物音でもいい!」
氷の張った木目の床を歩きながら声をあげる。ガッタガタ物音がしてるわ。
すぐに一室の扉が開く。六十代くらいのおじいちゃんが出てきたわ。
「アルトリウス君か!」
君……?
そういやルーデット卿ってここに住んでたんだよな。まさかご近所付き合いもしっかりやってたんスか?
強すぎる。男として強すぎる!
アパルトマンのドアが次々と開いていく。なんだ、けっこう無事な人多いじゃん。
「助かった。食料の備蓄は問題ないんだが水道管が凍りついていてね、そろそろ外に誰かやろうと相談をしていたんだ」
「無茶をする前に来れてよかった。ブランは?」
豆知識、シシリーパパのブランさんは元冒険者の商人です。
「上で若いのをまとめてるよ」
「わかった。皆は手荷物をまとめておけ、貴重品だけでよい。この一件は太陽王シュテル陛下の命にてアルトリウス・ルーデットとこちらのリリウス・マクローエンに託された。陛下の命は王都住民の保護だ。すぐに出るぞ!」
「おおっ、君とカトリちゃんなら安心だ!」
「義賊もいるなら心強い!」
ちょっと待て。なんでリリウス・マクローエン=謎の義賊バレしてんの。クソッ、さては王都ジャーナルのデスクだな! 他人様のプライバシー切り売りしやがって!
ブランさんに会うため二階への階段をあがる。
「でも安心しました。この分だとけっこう生き延びている人も多そうですね」
「そう思うかね? ここは私が結界を施した特別な建物だ。彼らが生き延びている理由はそれだけだ」
希望が秒殺された。
「見たくもない現実と相対する覚悟は決めておきなさい」
「はい……」
結果的に言えばベルクス君の妹のレイラとアスフィーは無事だった。
シシリーパパとママも無事。
探索開始から26分でアパルトマンの住人36名を保護できたのは上出来と言えるだろう。だが疲弊した彼らを連れてバトラ邸を目指すなど……
「どうしてそんな話になるのだね」
「え?」
「ここの結界はまだ保つよ。私は残るからカトリとフェイ君の三人で兄家族を連れてきたまえ」
そ…その手がありました。
待ってろ兄貴! ユイちゃんの後に助けに行くからな!
◇◇◇◇◇◇
濃霧の中を走っていると何となく敵の気配を感じた。なお敵かどうかは不明。
「エンゲージ! 強敵だ、気をつけろ!」
「は? 雑魚だろ、蹴散らすぞ」
「脅威度びみょー、軽くやっちゃおう!」
敵も気づいたらしい。地面から伝わる振動が消えた。戦闘行動に移行したな。
フェイとカトリはあの言い様だったけどけっこう強そうな敵だ。
「藤堂夢幻流―――誘宵・桜」
ちょ―――!
濃霧の向こうから落ち葉のような無尽斬撃が飛んでくる。切っ先だけが再現したオーラアーツとか!
手数が多すぎる。真横へのクイックムーブで回避する。
濃霧を突き破ってトキムネ君が飛んできた。早い! じゃねえよ! トキムネ君じゃん!
「斬鉄!」
「ざんてつじゃねえよ馬鹿!」
手斧で受ける。攻撃を放ったトキムネ君の姿が溶けて消える。
気づけば背後から首に刃を当てられた感触。
「うひ」
「っち、てめーかリリウス。じゃあそっちの気配はフェイか」
振り返るとトキムネ君が納刀しているところだった。お…俺が負けた……? トキムネ君ごときに?
嘘だろどんな卑怯な手を使ったんだこいつ許せねえ。俺は怒ったぞ。告訴もやぶさかではない。
「リリウス! こいつらバトラとトキムネだ、殺すな!」
「遅いよフェイ君」
くっそ、俺の華麗なる戦歴が汚された。トキムネ君に負けるとか世が世なら切腹ものだぞ。
という発言をしたら……
「てめえマジでふざけんなよ。そこまでの差はねえよ」
「かもな。いやマジで見直したよトキムネ君、まさか俺に土をつけるとはいつか殺すわ」
「へっ、やってみろい」
みんなと合流する。バトラもいたわ。トキムネ君の妻になってしまったアルテナ神官のトゥールちゃんもだ。
この凍結の霧の中をアルテナの術法でゴリ押ししてきたのか。
全身に氷片を張り付けてけっこうな満身創痍だ
「あれ、ラトファは?」
「ユイと留守番だ。子連れで突破するわけにはいかないから……救助を待つのが正解だったらしいな。どういう手品だ?」
俺の魔法抵抗力を広げている空間の快適さの話だ。
「選ばれた神兵にしか使えない超魔法」
「なんだそりゃ。まぁいい、それよりこれはどうなっているんだ。まさか王都全域がこうなっているのか?」
「無事なのは空中都市だけだ」
「ダーナよ! くそったれ、こうなったら無理してでもあっちに新居を建ててやる!」
妻子のために頑張れよ。男は一人では強くなれない。守るべき女がいるから強くなれるbyルピンさん。無事かな、心配だな……
この後クランハウスからユイやラトファ達を助け出し、アパルトマンの住人も合わせて空中都市へと避難誘導した。
タイムリミットの二時間はこれで使い切ってしまった。
天の梯子から濃霧に覆われた王都を見下ろしながら、魔法抵抗力の回復を待つ俺は……
「なあ、後どれくらい待てばいい?」
「さっきからそればかり聞いてくるじゃないか。時が来れば声をかけるから仮眠でもしてなよ」
呑気に眠れる気分ではない。
不思議な胸騒ぎを感じながら、眠るでもなく目を閉じる。俺にはそれしかできない。
この凍りついた街に閉じ込められたみんなの顔を思い浮かべながら俺は……




