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救世主伝説リリウス①

 帝都アシュタルト旧市街の冒険者ギルドはもうそろそろ閉店の頃合いだ。

 現着が夜の八時手前。ギルド内は閑散とし、職員は終業に向けていそいそと働いている。とりま受付窓口に直行する。


「ご依頼でしょうか?」

「ちょいとお尋ねしたい事があってね。この辺りの迷宮で暴走してるのある?」


 綺麗系の受付嬢がちょっとだけ困った顔つきになる。


「ございます。ムラスパ、カデンツァこの二つが暴走中につき軍が対処に動いております」

「何だと! 私はそんな話は聞いていないぞ!」


 なぜか過剰な反応をするアリオス君である。


「まぁ軍の動きなんて関係のない人は知らないものだよ」

「だが……。パンノア…どうして……」


 動揺するアリオスを他所に暴走迷宮の場所が記載された地図を買う。迷宮内の地図も買う。

 解毒剤も魔法薬も買う。ダンジョン内は陸の孤島だ。必要な物は全部買う。


 Eランが色々買い込んだもんだから受付嬢の顔色が変わる変わる。


「あの、暴走中の迷宮は軍が封鎖していて冒険者の方は入れませんが……」

「ですよね」

「それ以前にそのぅ、リリウスさんのランクでは暴走迷宮に挑むには辛いんじゃないかと……」


 ここで俺は仲間達に振り返る。

 ラクスとアリオスとネルへと言ってあげる。


「諸君、これが常識的な一般人の意見、一般人の世界だ。これが諸君らの世界だ!」

「いえ、あの、ちょっと……?」


 空気の読めない受付嬢は無視。


 俺はまるでビジネスマナー講師みたいに大げさな手振りで世界を二つに切る。もちろん表現の一種だ。


「諸君らは常識を捨ててこちらの世界に来なければならない。俺のいるこちらとは英雄の世界だ。ルーデットとか太陽の王家とか不滅竜の末裔とか砂のザナルガンドがひしめく頂点の世界だ! 俺は全部と戦ってきた!」


 ここからは苦労話だ。こういう目に遭うから覚悟しとけよってやつだ。


 ローゼンパームで呑気に冒険者やってたらルーデット家と太陽の王家の戦争に巻き込まれて最後にはライアード総艦長との一騎打ちだ。もちろん勝った。負けてたら死んでる。

 フェニキアでは魔王の呪具と戦い女神アシェラとその神兵と戦い、最終的に襲ってきたのが仲間だと思い込んでた守銭奴の聖銀竜だ。人生で一番死ぬかと思った。

 ジベールではあれだな、全部イルドシャーンが悪い。何もかも綱渡りで思い出したくないレベルだ。

 殺人教団の教祖に追われて逃げ込んだフェスタでは頭のおかしい総艦長とルーデットの長男に率いられて祖国奪還軍に参加。ガレリアとガチンコでやり合いながらようやくたどり着いたエレンデュラから巨大戦艦が飛んでいってポカーンだ。

 一年にも及ぶ長旅の末に帰ってきたローゼンパームじゃ太陽の王家の馬鹿王子との決闘だ。悪神の使徒とのバトルもあった。


「どうだ素晴らしいだろう。これが今日から諸君らの日常となるのだ」

「……そんな世界は嫌なんだけど」


 ラクスちゃんから呆れ系脱力つっこみがきた。俺も本心からそう思う。

 エッチで怠惰な暮らしをしたいだけなのにどうしてこうなった?


「今夜はほんの入り口までさ。詩的な表現をすると冥府の入り口ってやつさ」

「死にたいわけでもないのよね」


 そんな可愛い抵抗をするラクスちゃんを抱き寄せる。嫌がらないなこの子。

 せっかくだしキスしとこ!


「人間適度に命の危険があったほうが燃え上がるんだぜ。甘い夢を見たけりゃついてこいよ」

「強引な男ね。わかったわよ」


 このあと俺は泣き叫ぶラクスちゃんを抱えて迷宮を踏破するのである。

 ステルスコートは相変わらず無敵でしたとさ。



◇◇◇◇◇◇



 スケールの大きな洞窟と表現するしかないムラスパ迷宮最深部。迷宮核の守護者である無駄に大きなゴーレムとの戦いは優勢だ。やはり無機物相手なら分子分解が効くね。


 冥府体験ツアー三人は守護者戦には参加させてない。彼女らではこのレベルの戦いについてこれない。


 ゴーレムは強い。鋼鉄の身体は痛みを感じず恐怖も持たず、プログラム通りに敵を殺すだけの兵器だからだ。

 だがその分搦め手に弱い。敵へと近寄り粉砕するだけに限定された行動ルーティンでは俺の歪曲空間から抜け出せない。

 俺は一歩も動かずとも、ステルスコートの触手に宿した分子分解の魔術で制圧できる。


「ゴーレムを守護者に選んだのは失敗だったな。メタを取れれば木偶と変わらないぜ!」


 分子分解の魔術ディスインテグレーションは文字通り物質の結合を解く。岩だの鉄だのと言ったところで分子の結合体だ。結合を解かれたゴーレムの身体は砂よりも細かい原子へと変わる。

 まったく笑いが止まらない。以前の俺なら確実に倒せない苦手な相手だ。魔法一つでこうも変わるかよって感じだ。


 帯状の触手が触れた箇所を粒子に変えていく。無数の触手に囲まれてゴーレムは何もできずに無意味な咆哮を放つだけだ。迷信に怯えるような馬鹿なら怯んだかもしれないが、俺にはゴーレムの咆哮など意味を為さない。恐慌スタン目的のしょうもないプログラムだって理解しているからだ。


「一かけら残さず砂になりな、お前にはもう何もできない。これ以上の悪あがきはコアの破壊をもって贖うことになるぞ」


 迷宮核が屈したようにゴーレムが霧散する。

 俺には勝てないと認め、命乞いに移ったってわけだ。……迷宮が人語を介するかは知らん。


 俺の勝利を最初から最後まで見つめていたアリオスが呟く。


「強すぎる…これが英雄か……」

「すごい……」


 感嘆の吐息を漏らす彼女達にウインクしておく。恋しちゃっていいんだぜ?


 守護者の消えていった地面に大きなヴォーパルアクスが出現する。退去料だ。こいつは触手で収納して、迷宮核へと近寄る。


 迷宮が地震のように震える。コアの怯えが伝わってくる。

 岸壁に埋め込まれた巨大な目のような迷宮核から魔力の腕が触手のように這い出す。だが俺の歩みを止められるほどじゃない。


「安心しろよ壊したりはしない。だが退去料にはちと足りないんでな、エナジーは貰っていくぞ」


 コアに触れてリバイブエナジーを抽出する。

 これはスキルエクリプスに覚醒した者なら誰にでも可能だ。目に見えない魂の内側からエナジーを絞り出すよりも、目に見えるコアに触れながらちからを奪い取るだけだ。


 僅かながら抵抗がある。エナジードレインはお嫌ってわけか。吸血鬼のドレインを喰らった奴の感想を聞いたことがあるが生きた心地がしなかったっていうしな。


「抵抗するなら破壊する。半分は残してやるから安心しろよ」


 語り掛けると迷宮核が応じてエナジーの抽出がスムーズになる。

 すごいな、俺の魔力総量の百倍は軽く超えている。鼻血が出てくるとはドレインのやりすぎは危険だな。


 迷宮の震動が止まる。

 モンスターパレードの完全な鎮圧がここに成った。拳を握りしめたのは確かな達成感を感じたからだ。救世主の名に相応しい仕事だと胸を張って言える。


 みんなのところに戻り、みんなの肩を抱く。


「さあ戻ろう」

「ええ、そうしましょ――わああああ!」


 夜渡りで迷宮の第三層まで戻る。

 迷宮内に仮設陣地を設置していた軍は戸惑いの中にある。突然消失した魔物。突然現れた俺ら。あとはなんだ、そうだな、それだけで驚愕できるか。


 軍属の将校が呆然とした表情で進み出てくる。


「まさか貴公らの仕業か……?」

「迷宮の鎮圧ならその通りだ。冒険者クラン『神狩り』の頭目リリウスとこっちはアリオスだ。当代の救世主として断言する、ムラスパ迷宮の鎮静は済んだ」


「ほ…本当に貴公らが…それもたった四人で……」

「疑うなら存分に疑ってくれ。最下層まで威力偵察を出してもいい。誓って魔物一匹のこっちゃいないぜ」


 大歓声が俺らを包んだ。

 不思議なものでこれを素直に受け入れ、共に喜べる気持ちがある。どうやら俺の中にも愛のような不思議な感情が芽生えたのかもしれない。


「一応中隊程度は残しておいて迷宮の動向を見守るといい。迷宮核の行動原理は現象や法則ではなくコアの心働きによるものだ」

「鎮圧を成し遂げたのではないのか?」

「賢くない悪あがきをする奴もいる。人間にだっているだろ?」

「そうか、そういうものか。わかった。兵は残す」


 いい返事を聞けたので再びの夜渡りで地上へ、というところで将校が引き留めにきた。


「貴公とはまだ話したいことが山のようにあるのだが!」

「暴走している迷宮がまだ残っている。先にそちらを鎮めてからだ」


 将校が男泣きを始める。

 なぜとは言わない。モンスターパレードのどうしようもない絶望を肌身に感じた奴なら泣きもする。


「貴公は…あぁ何という存在だ。もう一度名を教えてくれ」

「神狩りのリリウス。善神アルテナの命を受けて救世の任を帯びる者だ。普段は冒険者ギルドにいるんでな、また何かあればそっち経由で頼む」


「わかった。神狩りのリリウス、貴公の志とアルテナ神の導きに万の感謝を」

「じゃあな」


 軽く手を振り返して迷宮の外へ出る。

 もうすっかり夜も明けたか。芝生に覆われた稜線から見上げる太陽は燦然と輝き、この地を覆う災厄は残るが一つ。


 太陽の輝きの下、熱狂を宿した瞳のアリオスが問いを放つ。


「先ほどの話は本当なのか?」

「どこの部分だよ」

「善神アルテナから使命を帯びて」

「あぁそこか。咄嗟に使っちまったけど嘘ではないぜ。でも俺アルテナのこと好きじゃないんだよね」


「そ…そうなのか。どうして?」

「腹に一物抱えてる系の女は可愛くないから。疑ってもいいんだぜ、女神と出会ったなんて信じる必要はない」


「たしかに普段なら信じない」


 アリオスが握手を求めてきた。


「だが今なら何だって信じられる。この光景に勝るリアリティなどありはしない。君が救世主でないというのなら私だけはそう信じよう。リリウス、君と共に戦いに赴けたことが私の誇りだ」


 アリオスとがっちり握手を交わす。

 俺を救世主だと認める男が一人現れ、だが彼の自信の所在はどうなんじゃろ?


「じゃあその勢いで迷宮もう一個いってみようか!」

「「えっっ!?」」


「大丈夫だ、救世主が共にある!」

「……ちょっと…やだな」

「あの…もう起きてるのもつらいっていうか……」


 女子二人からギブアップ宣言が出た。


「アリオスはいけるよな!?」

「え…あ……いや…そのぅ…な?」

「おう、いけるだろ?(重低音ボイス)」


 パワハラに屈したアリオスががっくり項垂れる。

 俺はさっそくグリフォンを口笛で呼び、女子二人を宿に送り届けて迷宮のおかわりに出かけるのである。




 2021年最後の更新となります。

 最終章までたどり着けず。しかし涙を拭って来年へGOという前向きな気分で大晦日を迎えております。


 皆様の今年はどんな感じでしたでしょうか?

 どんな感じであれ来年も良い一年になるといいですね。ではよいお年を~~~


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 今年はこの作品に出会えてとても楽しかったです。 良いお年を
[良い点] 一番楽しみにしている作品です [一言] 良いお年を
[一言] 毎日内容が濃い話を楽しませてもらってます。 来年もよろしくお願いします!
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