皇帝の奇病②
フェスタには独自に風習がある。独自の風習のねえ国なんてねえよと言われてしまえばそれまでだが月と同数日には祭りをやるってだけの話だ。
四十四、つまり四月四日はお祭りの日だ。フェスタ帝国東部のマルガ市はラクスリラクスのお祭りの真っただ中で、路上のいたるところに露店が広げられ、広場では旅芸人がジャグリングや軽業を披露している。
ルーデット卿がこんな事を言い出した。
「ラクスリラクスか。……何とも懐かしい空気だ」
「思い出が?」
「そうだね、色々とあるよ」
卿の眼差しに郷愁がにじむ。いつかの日の思い出が眼を掠めたのか、卿は足を止めて祭り囃子に耳をそばだてている。
「今日くらいはのんびりと過ごすのもいいだろう。宿を決めて各自自由に行動するように」
「本当か!?」
「やった!」
俺もフェイも大喜びさ。
初見の俺らでも迷いにくい市街地の正門広場の宿に三部屋を取ると卿が足早にどっか行った。海の覇王の休日の過ごし方も気になるが尾行はやめておこう。
残された面子はフェイとアシェラとベルクス君と俺の四名だ。
「どうする?」
「祭りの冷やかしだろ。初めての町だし固まって見て回るか?」
「よくそんな気力があるな。まぁ日中は付き合ってやってもいいが」
「ボクは遠慮しておくよ。マルガは初めてだし一人で気楽に見て回りたいんだ」
ぼっち主義の女神が単独行動を提案。じゃあ俺ら三人で適当にぶらつくか。
祭りとなれば金が要る。まずはギルドに突撃さ。
「何でギルドに来たんだよ。休みなのに依頼を受けるのか?」
「ベルクス君のようなその日暮らしの低ラン冒険者では思いも寄らないかもしれないが、俺らのような富豪級冒険者は手持ちの素材を換金して必要な時に金に換えるんだ」
「なるほど」
ステルスコートには約数百万ユーベル相当の素材が詰まっているんだ。素材が今も無事かどうかについては知らん。
ギルドの受付で魔物の買い取りを打診して裏手の解体場に回る。
さてさて何が出てくるやら。適当に詰め込みすぎてステルスコートの中身がパンドラの箱になってるからな。
解体場のお姉さん方が言う。
「あんたが買い取り希望の客かい。どんな魔物持ち込んだんだい?」
「そいつは見てのお楽しみってやつですよ奥さん。ステ子、適当に金になりそうな魔物出しなさい」
ステルスコートから出てきた触手がバジリスクの死体を取り出す。悪くないな。
動く鎧の死霊リビングアーマーもいいチョイスだ。アサルトワイバーンもいい。一頭あたり金貨百枚超えの大物だ。
大物ばかりと十頭出したところで止める。解体場のお姉さん方がどん引きしているからだ。
「あ…あんたら何者だい?」
「リリウス・マクローエン、ただのEランクですよ」
「アサルトワイバーンの群れ持ってくるEランクなんているわけが……まさか鋼竜山脈を越えてきたんじゃないだろうね……」
だってルキアーノがワイバーンの群生地でも構わず飛び込むんだもん。
お姉さん方が呆然としながらアサルトワイバーンの中でも一際でかいキング級を見上げている。このワイバーンの王様は総出で倒したんだがルーデット卿の秘剣技エクスカリバーがなければブレスで圧倒されていたかもしれん。
「まぁ出所はいいじゃないですか。それよりも総額いくらで買ってくれます?」
「……時間がかかるよ。三日は貰わないと正確な金額は出せない」
「急ぎで金が欲しいので即金で貰えるなら安値でいいですよ?」
「安値でって……」
「正直この程度の魔物幾らでも狩れるんですよ。そうだな、ヘルガー銀貨で8000枚でどうです? 内30枚分は銅貨でいただきたい」
「急ぎってまさかラクスリラクスのお祭り見物かい……?」
「はい」
「ええぇぇぇ……」
「この人達はいったい何なの?」
「交渉の仕方が完全に頭のイカレたSランカーよね……」
マジのSランカーは酒場で金貨出して好きに注文して余ったら釣りはとっとけパターンだ。ルキアーノは半日仕事で金貨うん百枚稼ぐからな。百人規模の大規模クランがしっかり準備を整えて挑む高難度S級クエストを半日で終える頭のイカレたSランカーだ。
このあと上級職員を交えた交渉を素早く行い、大量の銀貨を木箱で貰ってステルス収納にポイ。銅貨は240枚の銅貨を80ずつで頭割りしてお祭りの軍資金にする。
さあ祭りへって時にベルクス君から質問があるらしい。
「さっきの銀貨はどうなるんだ?」
「王都に戻ったら頭割りで分けるよ。装備整えちゃえよ」
「マジか!? いやぁ、お前らについてきて正解だったな。苦労はしたがすげえ収入だ!」
大喜びするベルクス君がイルスローゼの通貨との交換比率を聞いてきたが知らんわ。両替商に聞いてくれ。
なお交換手数料は冒険者ギルドのほうがずっとお得だ。ギルド会員へのサービスだな。
なぜかフェイが渋い顔してる。
「こいつ何か苦労したか?」
「走ってないけど実力不相応の迷宮に挑まされてるだけでひどい苦労だろ」
それとアシェラが色々いじり回してベルクス君の戦闘力が不思議向上している。
レベルの向上に伴う種族紋章の成長志向の方向変更とか小難しい話をされたわ。眠ってるだけなのに強くなれる変な魔法も使ってるらしい。英知の女神というだけあって手札の多さが頼もしいな。敵には回さない方がいいんだろうな。
シェーファが言ってた。どんなに強い英雄であっても毒には勝てないって。
人体に精通する女神だ、毒物にもさぞ詳しいのだろう。
「じゃあどこ行く?」
「適当にぶらつこう。気づいてるんだろ?」
「まぁな」
冒険者ギルドを出た途端に尾行者がついた。おそらくは斥候あがりのギルド職員か、ギルドが子飼いの裏の仕事人だ。
「大した奴じゃないし放置でいいだろ」
「裏にいるのが大した奴の可能性から目を逸らすなよ。何が目的だと考える?」
「突然現れた実力不明のEランクに興味深々なんだろうぜ」
「何の話だよ」
何もわかってねえベルクス君には適当な返答をする。
「俺らに熱い視線を送る可愛い子ちゃんがいるんでな、ナンパしようかって相談だ」
「今の会話からのその答えだけは絶対ねえだろ……」
ベルクス君は意外と考える奴だから想像力で答えを補ったようだ。一党のリーダー向きの素質があるね。フェイがフォローする。
「気にするな。ただの雑魚だ」
「気にはなるがまぁお前らがそういうなら……」
お祭りの出店巡りをする。意外と子供用のオモチャに興味のあるフェイが露店の店主に遊び方を聞いている。意外なことに数点お買い上げときたもんだ。
「そんなのどうすんだ?」
「バトラ達の子供にやろうと思ってな」
なるほど!
「俺も何か買ってってやるか」
「それがいい。クロノスも喜ぶだろ」
なっ、なるほど!
クロノスがオモチャで喜ぶとか欠片も考えなかったわ。フェイのこの何気ない普通の発想力にはしばしば驚かされるな。一児のパパとしての俺がゴミすぎる。
大通りと大通りが交差する四辻では大道芸人の一座が来ているようだ。大男が樽を高く高くと積んでいき、道化師が宙を飛び跳ね樽を飛び越していく。古典的なターン・ハットだな。
「さあ積み上げたるは十段の樽、見事これを飛び越えられたなら拍手喝采のほど!」
高さおよそ十メートル。緊張を高めるドラムロールの中で道化師の少女が飛び跳ね、見事積み上げられた樽の頂点にバク宙で降り立つ。いやぁすごいすごい。俺らも素直に拍手してるぜ。
「なあ、お前らなら飛べんのか?」
「野暮はよせ」
「素直に楽しめよ」
「ぐぅ、気になっただけだろ!」
その時、樽上の道化師が大声を発する。
「そちらの方が挑戦なさりたいとのこと。この道化者と張り合いたいという面白いお客様にどうぞ拍手を!」
え、俺?
空気の読めない馬鹿や酔っ払いと同じ扱いですか? フェイが悪戯小僧みたいに笑ってるぜ。
「ご指名だ。いってこいよ」
「わざと失敗して笑いものになるのと成功して白けさせるのどっちがいいと思う?」
「さあな。どっちにしても笑って迎えてやるよ」
「他人事だと思ってこの野郎。大歓声で帰ってきてやるから見てやがれ」
道化師をマネして一礼をし、ジャンプで樽の上に出て道化師の少女を振り回して頭上へ回して着地ならぬ着樽と同時に決めポーズ。
俺の頭上で決めポーズしている道化師の子のアドリブぢからの高さよ。
「合わせてくれるかい?」
「如何ようにも」
さすがプロ。
道化師の少女と呼吸を合わせて自分達の体を使ったジャグリングをする。代わる代わる樽の上に着地を繰り返しながら笑顔でポーズを決めていく。
観客の反応はもちろん大歓声さ。……フェイよ、なぜ外したなみたいな顔をする。
◇◇◇◇◇◇
なんかもう普通に一座の芸人みたいに芸を披露する時間がすぎて、気づけば昼頃になっていた。
座長さんもおひねりが大量なんでホクホク顔だ。昼飯をおごってくれるらしい。
旅芸人一座のジャック・ザ・アンビリーバボーはマルガ市の端っこにある空地にテントを設営し、夜はここで営業するようだ。昼間は宣伝と小遣い稼ぎみたいなもんだってさ。
座長は恰幅のいい中年オヤジのジャックさん。とにかく声のでかいオヤジだ。
「冒険者にしたっていい動きだったな! 位階はどんなもんだい?」
「Eですよ、E。まだまだ駆け出しっすわ」
「ガハハハ! なんだいそんなもんかい。うちのラクスについて来れるくらいだからDくらいはあるんだと思ってたよ」
道化師の少女はラクスというらしい。話を振られれば応じるって感じでそっけない態度がじつにいい。講演中は愛想がいい分ギャップがなおよい。道化師の化粧を落としたら美少女だったからさらにいい。
大正義美少女というだけで何をやっても高評価なのである。
白くて小さくて可愛い。何だかベティを思い出して複雑な気分だ。
「お前さんらはマルガは長いのかい?」
「あちこち駆け回る冒険の日々ですよ。この町だって明日には出ていきます」
「そうかいそうかい。じゃあ夜の講演はぜひ見ていってくれ、忘れられないアンビリーバボーな一夜にしてやるよ!」
座長さんからツバがめっちゃ飛んでくる。
すげえ、いい人なんだろうけど不快指数すげえ。細かいことを気にしない人は気にしないんだろうけどツバがね、料理の皿にもね……
「フォークが進んでねえな。若いんだからたっぷり食えよ、遠慮なんかすんな!」
人柄はいいんだろうけど……
人には誰しも欠点ってあるよね。合う合わないもね。人はいいみたいだし情報収集ってやつをやってみるか。
「ジャックさんの一座は西から来たんですよね?」
「おう、西はラハンから東はオストリンクまで。年がら年中旅の空よ。リリウス君は西部の出身かい?」
「俺の故郷は遠く世界の果ての大ドルジア帝国っすよ」
「聞いたことのねえ国だなあ。まぁさすがの俺らも国を出たりはしねえからな!」
「船は高いですもんねえ」
「そうそう足代だけで干上がっちまうよ。トライブには若え頃に行ったことがあるがよ、商いの聖地ボルガだ。知ってるかボルガ、ルーデット市やオストリンク市と並ぶ大きな港町だ」
悲報、俺の話術が拙すぎて話題をリードできない。
そこにラクスちゃんがフォローを入れてくれるのである。
「座長、彼は何か聞きたいことがあるみたいだけど?」
「おおそうだったか! なんだい!?」
「だっせ。フォローされてやがる」
「リリウスのそういうところは安心するな」
「じゃあお前らがやってくれよ。あー、皇帝陛下が倒れた的な噂聞いたんスけど本当なのか知りたいんですよ」
「マジか!?」
悲報、逆に座長さんにマジ驚きされた。
「マジかよ、ちょっと前まで帝都にいたんだがマジか!」
「病気なんて噂は聞きませんでしたか?」
「おう聞いてねえ。それどころか結婚するって噂でもちきりのハッピームードだったぜ……ライアード総艦長がご病気か、やっと落ち着いたってのに困ったもんだな」
「いえ、まだ噂の真偽も不明なんです。俺らもよくわからないからこうして聞いているわけでして」
「なんだよ、そういう事か。まっ…病気なんか嘘のほうがいいけどよ、噂になってるってことはアレだろ? 火のねえところに煙は立たねえだ」
「そうですね」
「ま、不安になるのはわかるぜ。長かった混乱期の末の平和だ、長続きしてほしいもんなあ。後で商業ギルドのダチ公にも探りを入れておくから講演後に聞きにこいよ」
「いいんですか?」
「俺も気になるしよぉ、こうしてのんびり旅暮らしやってられんのも平和ありきだしよ」
座長さんはぽつりともうあんな混乱はいやだよなあって言った。
フェスタの人々にとっての偽らざる想いはやはり、もう内戦なんて嫌だなんだと思った。