義賊誕生!
ローゼンパームに来てから一ヵ月ほどが経ち、久しぶりにギルドに顔を出すとシシリーが手を振ってきた。
超ブンブン振ってる!?
完全に用事あるやつだこれ!
「どしたの?」
「あーひどい言い草。全然顔出さないんだもん、心配してたに決まってんじゃん」
ちげーや用事ねえやつだ。
「ごめんごめん。最近カトリたんに特訓してもらってたんだ」
おいニヤニヤするな。何考えてるかだいたいわかるけど。
「やっぱりあっちの特訓?」
「真面目な方だよ。ちょっと俺弱すぎでね、カトリたんの相棒ならも少し頑張らんといけないって奮起してるのさ」
「うんうん男の子だね。頑張る子もお姉さん好きよ~」
頭めっちゃ撫でられるけどやっぱり俺の背低いからですかね?
閣下の呪いの装備外したんで背も伸びてくれないかな。十二歳で140はちとまずいぜ。せめて170まで伸びてほしい。
「で、あっちの方は?」
「聞きたがるなあ」
「暇なんだもん!」
「せんぱぁ~い! 仕事してくださいー!」
暇も何もルーの受付はめっちゃ混んでますけどね行列できてますけどね。さすがルーは安い女やで。
てゆーかシシリーもしかしてダメな人?
「私Bラン以上の上級依頼担当だもーん」
「手伝ってくださいぃ~~~!」
ルーやその同僚は資料探したり冒険者捌いたり、ドタバタ大忙しなのにシシリーたんだけ優雅に紅茶飲んでやがる。
ひでぇ、安くない女シシリーさんマジひでえ。
「リリウス君だけ特別に超特級で依頼受け付けするよ? 嬉しい?」
いやいや行列に並んでる連中から殺意の眼差し感じてて超怖いんですけど!?
「あのガキ、シシリー嬢と親しげにしやがって……!」
「殺す。あとで殺す」
「あれが噂の変態のペットか初めて見た」
「ティト神ダブルSのか? まさかシシリーまで毒牙に―――許せねえ!」
「俺も許せねえよ! カトリの姉御だけでも許せねえのに!」
行列の連中がスクラム組んで突進してきやがった!?
ステルスえもん助けてー!
「ガキが消えた!?」
「潜伏魔法だ、みんな気をしっかり張れ!」
「殺せー! 見つけ次第殺せー!」
やべええええええええええ!
殺る気満々じゃねえか! そして外野が賭けを始めやがった。ちょっと俺の生死でギャンブルはやめてもらえませんかねぇ……
「ふっ、俺に任せな(イケボ)―――ディスペルマジック展開!」
「不発してんじゃねえか!」
ゴン!
「ぐあ! 不発じゃねえ、しっかり発動したわ!」
「じゃあ何で見えねえんだよ!」
「もうギルドから逃げたんだろ!?」
酒場のキッチンにいますぜ。ちょいとスプーンを拝借して―――そのケツ穴もらったああああああああああ!
ドス!
「ぐお!?」
ドス!
「うぐぅっ」
俺は無敵だ。ディスペル使う厄介な魔法使いには二本いくぜ!
ドスドス!
「あががが……!」
お前はイケメンだからミスリルソードじゃあああああああああ!
ドドドドドドス!
「ふぎぃぃいぃッ!?」
十五人の冒険者の処女を散らしたところで透明解除。ふぅいい汗掻いたぜ。
併設の酒場でギャンブルしてた胴元のドワーフのテーブルから銀貨を全部頂戴するぜ。俺の生死で儲けようとした罰だ。
「お、おい……?」
「あんたもあいつらの仲間入りしたいのかい?」
「へへへ、どうぞ」
茶色いスプーンちらつかせると快く譲ってくれたぜ。やっぱり話せばわかるのが人間だよな。
シシリーのところまで戻る間に蹲ってスプーンを抜こうとしつつも痛くて抜けない三人のケツを蹴るぜ。ははは、悲鳴が心地いいぜ。
ケツ穴スプーンの真に恐ろしいところは治療魔法で直そうにもまずはスプーン抜かねえといけねえ。だが抜く時は二倍痛えぜ。
「シシリー、最近なんか面白そうな噂はないかい?」
「……最近夜中に義賊が出るらしいの」
ほぅ面白そうだな。ねずみ小僧や石川五右衛門みたいなさぞ立派な奴なんだろうな。
「なんでも悪党を全裸にして吊るして、この者不埒な悪漢のため成敗いたしたって張り紙残すらしいんだけど……」
「騎士団の方では義賊に報酬を出そうって話もあったらしくて、正体を突き止めるよう依頼もあったんだけど、中には何の罪もない人まで出てくるようになって結局依頼は破棄になったんだけど……」
おかしいな、その人達にはちゃんとイケメン死すべし慈悲はないって張り紙しといたはずなんだけど?
イケメンに生まれた、それだけで多くの罪がある。彼らに弄ばれた乙女達の涙をそっと拭ういい義賊だと思うんですがねぇ……
「その人達みんなお尻に剣で刺された形跡があって……」
やめろ俺に疑いの眼差しを向けるな。
「世の中は広いな、そんな悪魔みたいなやつがいるのか」
「「「どの口で!?」」」
そりゃ上の口ですがな。下の口から出るのは汚いものだけだからね。とりあえずツッコミ入れた冒険者全員蹴っとくぜ。
「カトリから聞いたんだけどリリウス君ご領地ではお尻にスプーン刺す悪魔って恐れられてたとか……」
「俺は子供だよ? 子供にそんな恐ろしいことできるはずないよね?」
「だよね!」
「「「だ、騙されるなー!」」」
黙れ、ミスリルソードで殴り倒して全裸にしてギルドの看板の横に吊るしてやるぜ。
十五人全員きっちり吊るしてやるとさすがにいい汗掻いたぜ。
ん、みなさん何でそんな目で見るんです? さっと目を逸らすなさっと。でもシシリーさんはなんでウットリした目で吊るされた連中見てるんですかねぇ……
「リリウス君無敵すぎる……」
シシリーたんの性癖にも問題ありそうで怖いぜ。サン・イルスローゼには変態しかいないのかな? というか俺の周りには変態しかいないの? なんだか真人間のフェイが懐かしくなったぜ。あいつどうしてんのかな?
「フェイ・リンってやつの情報あったら教えてくんない?」
「次のターゲット?」
ちゃうわい純粋な友情だわい。
喧嘩別れっぽい感じだけど俺は好きだからね。あいつからかうと面白いし。
「フェイフェイフェイ……聞いたことないわね。ルー知ってる?」
「知ってますよ! 私担当ですもん!」
ルーやるじゃん。俺が冒険者けちらしたおかげで仕事も一段落してるし、感謝しろよ感謝。感謝はそのツルペタボディではなく情報で払ってもらおうか。
「すごいんですよ、こないだ登録したばっかりなのに実力はBランク相当もあるんじゃないですかね。王都近辺のネームドを四匹も持ってきた時はさすがに目を疑いましたよ」
ネームドってBランク以上しか受けられない賞金首の魔物だよね?
あいつそんなやばいの狩ってるの? カトリたんみたいな先生でもいるのかな? でもあいつが祖父以外の下につく姿は想像できねえぜ。孤独な僕カッコいい系だもん。
「まさかソロで?」
「ソロですぅ」
「へえ、リリウス君のお友達すごいじゃん」
強い強いとは思っていたがそこまでとはな。まともにやり合わなくて正解だぜ。
レベル十五でその強さならまだまだ伸びしろあるな! 俺と違って!
「あいつじいさんの九式竜王流とかいう変な武術で世界一の武術家になる夢持ってるからね、強い魔物じゃんじゃん回してやってよ」
おりょりょなんですその疑惑に満ちた目つきは?
「そんな子とリリウス君のコンビとかやばそう。いったい何をやらかしてきたの?」
えーそんなひどいことしてねえけどな。
「魔物ぶっころしたり悪党のケツ穴にスプーンねじ込んで旅してただけだよ?」
「リリウス君って悪い子ではないのよね……」
「方法は間違えてる気がしますけど……」
「それとイケメンのケツ穴にもスプーンねじ込んできたね」
「「イケメンは許してあげて!?」」
へへ、絶対に嫌です。
君達が見知らぬイケメンを庇うその一事だけでも、奴らは大きな罪を背負っているのだ。
言うなれば君達の未来さえ間接的に救っているんだ。
「俺さ、いつか世界中のイケメンをトイレから出てこれないようにするのが夢なんだ」
「その腐った夢早く捨ててお願い!」
「過去に何があったか知りませんけどそーゆーの良くないと思いますぅ」
へへ、絶対に諦めません。
「そうそう、グランナイツってクランの情報もあったら教えて?」
「グランナイツかぁ……聞かないわね、ルー知ってる?」
シシリーたん本当に何も知らないんだね……
美しい置物か何かなのこの人?
「バトラさんのクランですよね! 私担当ですよ!」
ルー大活躍やな。ルーは本当によく働く安い女だぜ。
「以前は細々とした依頼で王都を離れていることも多かったんですけど、最近は王都地下迷宮に挑戦していますね」
「安い情報だな、もっと詳しいのくれよ」
「また安い安い言ってる。高い情報だったらお金くれるんですか?」
あげるよ。ドワーフから銀貨二百枚まきあげたからね。ほら二十枚あげるよ。
「本当にくれるんですね。あなたもっと悪質な人かと思ってました」
「綺麗なお姉さんならまだしもルーに見直されても嬉しくないから情報ください」
「失礼な人ではありますけど。ええと……」
「失礼!」
突然割込みやがって、と思ったらクラウとかいうメガネ魔法使いじゃん。
お前もイケメンだけど生真面目そうだからスプーンは勘弁してやるよ。女の子泣かす側というよりも遊ばれる側だからね。
「ユイは来てませんか!?」
「顔を出してはいないと思いますぅ。どうかしたんですか?」
「昨晩から帰ってこないのです、それで!」
それでの後にはなにが続くのだろう。
メガネ君とシシリーを険悪な眼差しで睨みつける。
「依頼でも出しますか、昨晩から失踪しているグランナイツの神官ユイについての情報求むと?」
「あなた方は……! こんな時まで不干渉を貫く気ですか、今ならまだ間に合うかもしれないのに!」
「冒険者同士の揉め事には一切関与しない規則ですので」
厳しいぜ、さすがシシリーたんは安くねえ。でも非戦闘員の事務員が冒険者から恨みを買うのは良くないよね、命が幾つあっても足らなそうだし。
俺はとりあえず最初からギルドの隅っこでガタガタ震えながら酒を飲んでる馬鹿どもにでも話を聞こうか。
「おいそこのお漏らし四人組」
「お…おう」
ちょっと前にユイちゃんに絡んでいた馬鹿どもだ。たしかクラン『トールダム』つってたな。以前はアマゾネスもいれた五人組だったはずだが今は四人しかいない。
「女の方はどうした?」
「あいつならガキ専門の男娼窟に入り浸ってるよ……」
俺のせいかな?
「お前のせいだよ。一撫でで性癖歪ませるとかどんだけ……」
ティトのせいでした。
「ユイちゃんの行方について有益な情報をよこせ。できなかったらミスリルソードな?」
「行方でいいならおそらくはアンセリウムだろうな」
「アンセリウムなんぞ?」
「表では取り扱えない品を取り扱う闇オークションだ。盗品やら人やら、それこそ魔物までな。詳しくはカトリの姉御に聞けよ」
絶対美少年奴隷買う常連さんですわ……
あのショタコン美女が今までどれだけの美少年を毒牙に掛けてきたのか考えるだけで興奮してくるぜ。俺は女の過去は気にしないどころかオカズにする男さ。
だが今はユイちゃんの安全第一だぜ。ソッコー家に戻ってカトリたんに聞いてこようと思ったその時……
「リリウスくーん! どおしてお姉さんを置いてくのぉぉぉぉ!?」
カトリたんがおもっくそ胸に飛び込んできたぜ。あんた変態だけど超有能だな!
変態を引き摺りながらシシリーたんのところに戻ると話し合いがエキサイトしてたぜ。
「ルーデット卿を紹介してください! でなければカトリーエイルさんを!」
「ギルドとしてそうした打診は可能です。お時間は掛かりますが……」
「今すぐ必要だということくらいわかっているのでしょう!?」
こいつ中々熱い男だな、気に入ったぜ。
「シシリー、こいつには俺が協力するよ」
「あなたは……?」
「なぁに通りすがりの変態の飼い犬さ。ユイちゃんとは見知らぬ仲ではないんでね」
俺を信じろ!
この目つきの悪い子供信じていいのかってシシリーたんに目線で確認とるな!
「リリウス君なら問題ないでしょ。でもルーデット卿を頼るなら……ま、カトリに聞けばいいわ。いいわねカトリ?」
「へ、ルーデットって……うちがどうかしたの?」
「あなたがカトリーエイルさんですか! 卿のご息女の!?」
「カトリたんのパパがどうして出てくるんだ?」
「友人がアンセリウムの競りに出される疑いがあるのです! どうにか卿に会わせていただけませんか!」
「とはいえあたしも勘当されてる身だしねえ……」
「そこをどうにか!」
俺を無視して会話進めるのやめてもらえます?
「ここはもう大天使シシリーたん説明お願いします」
「え、私天使?」
いや照れる場合じゃないよ?
ボケをしっかり拾ってくれるのは嬉しいけどね。
「ローゼンパームの裏社会にルーデットっていう凶悪なマフィアのボスがいるんだけど、それが変態のお父さんなの」
二行で分かり易い説明ありがとうございます。さすがお高い女だぜ、短い言葉で実に分かり易い。
何事もスピーディーに進めたい俺としては、面倒くさいやり取りはなしにしたいぜ。
「カトリたん、俺をアンセリウムに連れてって!」
「いいよ!」
チョロいぜ、チョロすぎて色々怖くなってくるぜ。
マフィアのボスの娘がこんなにチョロいはずがねえよ、もしかして俺てのひらで転がされてる? そうとは気づかず調子の乗る俺を格上の悪女がコロコロ転がすなんて興奮しかしねえぜ。
闇オークション会場なんて聞いたからどんな魔窟なのかと思えば空中都市の貴族街の端っこにあるらしい。世も末だな。
その辺で辻馬車を捕まえるより短距離なら走った方が早いので走る。俺らくらいの高レベル冒険者になると電車くらいの速度で五時間は走れるからね。道中できちんと説明もしてもらう。そもそもカトリたん何者なの?
「あたしの家族は元々フェスタにいたんだけど、政治闘争に負けてサン・イルスローゼに移住してきたの。もう十年になるかな?」
フェスタってのは同じウェルゲート海の南東に位置する南の大陸にある国だったかな?
無敵艦隊なる海上戦力を持ち、サン・イルスローゼとは古来からドンパチやってきた国だ。亡命先の選定に敵性国家は妥当だよね。
ちなみにカトリたんの本名はカトリーエイル・ルーデットといい、親父さんはアルトリウス・ルーデットというらしい。
「親父も兄貴も凄腕だったからね、冒険者やりながらお金貯めて私設武装組織作ってたらそのうち規模が膨らんで、今では裏社会のボスなんて呼ばれてるわけ」
「凄腕とは控えめな表現ですね。無敵艦隊の総艦長つまりは国軍の総大将が冒険者など始めれば瞬く間にSランクも当然でしょう」
詳しいねメガネ君。たしかにガーランド閣下が亡命先で色々やらかしたらそのくらいの地位には着いちゃうだろうな。あぁぁ、なんかやばそうな軍事国家作りそう……国民全員徴兵制で男も女もガチムチだぁ……
「ところでカトリたん何歳?」
「ピッチピチの二十三だよ?」
「今の流れでそれを聞きますか……」
そうこうと話をしている内にお屋敷に到着……貴族街で一番大きな屋敷じゃないですかやだー。
屋敷の正門には浅黒い肌をした屈強な男衆が警護を務めている。どいつもこいつも並みの冒険者じゃ歯が立たない強さを感じるぜ。この威圧感、帝国騎士に近いな……
「怖がらなくていいわよ。こいつらみんな親父を慕って亡命してきた部下なの」
「そして三大クラン『トライデント』の構成員でもあります。全員がBランク以上、Sランクも数名います」
国軍のトップとその部下だもんね! 絶対に喧嘩したくない!
カトリたんが話をつけるとあれよあれよと屋敷に通され地下への階段を下って劇場ホールのような大きな場所に案内された。帝国のより遥かに華美で金掛かってそうだぜ。
舞台の中心で、背の高いイケてる伊達男が何やら部下に指図している。
「今夜はフェルレイクの日だ、飾りつけはそのように行え」
「ハッ!」
「そこはもっと女神ディアナを意識しろ! 狼のプレートを持ってこい、月桂樹もだ!」
「ハッ!」
飾りつけの指示でしたか。顧客が貴族や豪商なのでそのあたりもしっかりするのね。
振り返ったルーデット卿なるカトリたんの親父はこれまた威厳に溢れる渋い美中年でした。艶やかな黒髪のロン毛にキリッとした面構えに整ったお髭。藍染めのキルトスカーフをワンポイントにした海軍制服は僅かな皺さえない瀟洒な伊達男だ。
「ねえ親父、ちょろっと話聞いて欲しいんだけど?」
「……エルフの奴隷ならいまはおらんぞ」
娘の性癖知り尽くしてるね……
エルフ美少年が来たら俺捨てられちゃうのカトリたん?
「やだなー、そういうんじゃないのよ。あたしにはリリウス君がいるしね」
ルーデット卿の威厳に満ちた瞳が僅かに陰る。娘の趣味ではないような気がするくらいの戸惑いですねわかります俺もそう思います。見た目子供のアサシンだからね。
「こちらのクラウ君のお話を聞いてほしいんだー」
「お初にお目に掛かるヘンデルベルクのクラウと申します。こちらに私の友人が売却されたと聞き、買い取りに参りました」
「それは心配であろうな。ならば今宵の競りで買い戻せばいい」
えげつねー、けど商売人なら当然だろうね。
同情はするけど、正当な方法で正当な価格で買えという話だ。
俺個人としては奴隷制度に文句もあるけど、この世界一部国家を除けば奴隷商売は合法だからね。ここやばいオークション会場だけど。
日本生まれの俺としては理解し難いけど、この世界においても過去の地球においても奴隷は不幸の一つの形でしかない。
罪を犯して奴隷落ちする奴もいれば、借金のカタに奴隷落ちする奴もいて、誘拐されて奴隷落ちする奴もいる、そんで金銭で購入されたら奴隷身分が確定する。
人権が機能してねえとか法律なにしてんだって言いたくても、そもそも人権が息してねえ。法律にそこまでのちからはないんだ。売られたら買い戻す、売った連中をしばいて金を取り戻す。できるのはそれくらいだ。ちからこそパワーな世界だぜ……
「……先に友人の安否を確認させてください」
「私が商品に手をつけると?」
「処女なら処女のまま売りますよね。処女の美少女ヒーラーとか絶対高値つくし」
「あなたは誰の味方なんですか!?」
失礼しました。でも地球時代の商売人の血が疼いちゃうんです。
「そのくらいはいいでしょ?」
「おい」
卿が顎をしゃくるとその辺の兵隊が慌てて走っていった。
すぐに戻ってきたそいつは車輪付きの鉄檻を引いてきた。檻の中にはぐったりと項垂れたユイちゃんが座り込んでいる。当然のように魔封じの首輪付きか、まぁ当然だな。
「ユイ!」
クラウが呼びかけると神官ちゃんの目に生気が戻る。名前をキーワードにした昏睡魔法か、高度なものを簡単に使ってやがるぜ。
「クラウ!」
鉄格子を挟んで仲間二人の感動の再会だが拍手さえない。
冷たい警戒の目線だけが冷たく取り囲んでいる。
「必ず助け出します、必ず」
「うん……うん……」
そろそろ俺の出番だな。商売Dの底力ってやつを見せてやるぜ。
「ルーデット卿、俺はリリウスと申します。アポ無しはお詫びしますが俺ともお話してもらえませんか?」
帝国騎士の正三位礼を使って話を持ち掛けると黙考した後で頷いてくれた。色々深読みしてくれると嬉しいぜ、商売の基本は実体の幻惑だからね。
「こちらのユイちゃんの値段はどのくらいと踏んでいますか?」
「ユーベル金貨で二百から七百」
やばい金額だぜ。そんなもの払えるはずがねえが、客層の面白そうな闇オークションなら本当にそれぐらいで捌けちまうんだろうな。聖七位階のヒールが使える美少女神官なんて、金持ちのジジイ垂涎の品だろうし。
「君も買い戻しをしたい口かね?」
「商売の邪魔をする気はありません。気に入って仕入れた商品に後から盗品だと難癖つけられるのは嫌なものです」
「では交渉に来たのか。何を出す気かね?」
話の早い人は好きだぜ。交渉相手としては厳しい相手だけどな。
「卿のお嫌いな人物の首を取って参りましょう。彼女と首の交換でいかがでしょう?」
ものすごく重い沈黙がやってきた。
あれれ俺外しましたかね?
この手の人物なら一人や二人どころか百人単位で敵がいると踏んだけど?
「ではイレオ・ファルネーゼ伯爵の首を取ってきてもらおうか」
「なんで真に受けてるの親父!?」
「イレオ―――財界の大物ではないですか!」
「年齢や体形の情報に加え、肖像画と屋敷の場所まで案内させる人員をお借りしたい」
「構わん。おい」
早速用意されたぜ。仕事早いなここの兵隊、やはり元は騎士階級なんだろうな。
最高の戦闘能力と知性を持ちながら上官の命令を疑うことなく実行する狂信者、それが騎士だ。個人での戦いならともかく、組織化されたこいつらとは絶対に喧嘩したくないぜ。
買い戻す金もねえ。まともにかち合いたくねえ。となればユイちゃんを助けるためには俺が持ちうる最大の商品を売るしかねえ。暗殺だ。
「ちなみにどういう人物ですかね?」
「善人ならば断わるかね? 安心したまえ金稼ぎの好きな悪党だよ。そう大した相手ではないのだがね、幾つかの特権を有しているおかげで手を焼いている。彼を殺してくれたら十分なお釣りも出そう」
裏も取らずに信じるほど純真ではないが、この場はまぁ信じるよね。心の平穏のために。
「じゃ、パパっと行ってきますね!」
三十五分後、首の入った壺を掲げるぜ。
「やりました!」
「…………」
「………………」
「………………」
「………………」
せっかくやり遂げてきたのに空気悪いですね。
はい首です。ちゃんと頭部も付いてますぜ。
「……ふむ、本物のようだ」
その恐ろしいアサシンを見る目やめてもらえます?
カトリたんとクラウまでそんな目しないでくれます?
「おい、このリリウス君は何をどうしてきた?」
「ハッ」
俺を屋敷の傍まで案内してくれた兵隊がキビキビしゃべるぜ。
「屋敷の近くまで案内したと思えば急に姿を消し、数分後には首を持って現れました。あの屋敷には幾重にも魔法結界が重ねられ中隊規模の私兵に厳重に警護されていたはずですが暗殺の後も何ら騒いだ様子もなく、むしろ主が殺されたことに未だ気付いてないものと思われます! こ…このような報告は甚だ不本意でありますが!」
「理解し難いな……」
「リリウス君が怖い……」
「この少年はいったい……」
だからその恐ろしいアサシン見る目やめてください。
ユイちゃんください。お釣りもください。
「君は何者かね?」
「巷で噂の悪党のケツ穴にミスリルソードねじ込む義賊ですよ。その正体はカトリたんの飼い犬です」
「お前はまた恐ろしい犬を飼い始めたな……」
「拾った時はこんな恐ろしい子だとは思わなかったわよ。迷子になったとか言って十層階層主ソロ攻略してくるような子なの……」
「二十層の階層主一人で倒しちゃうカトリたんにだけは言われたくないんだけど……」
「君らは化け物かね?」
「親父には言われたくない! 何年か前ふらっと一ヵ月くらい姿を消したと思ったら五十四層まで行ってたじゃん!」
「この人達は本当に私と同じ人なのだろうか……」
クラウ君が青ざめてるけどあんたも相当な使い手だよ。
ルーデット卿から鍵を借りてユイちゃんの鉄檻を開ける。目に涙を溜めたユイちゃんは安心したみたいだね。
「あなたは……」
いやいや、いやいや、涙溢れ出すのはおかしいでしょ。
怖くないよリリウス君は可愛い妖精さんですよー?
「会いたかったんですよ、名前も言わずに行っちゃうんですもん……それにキスだって」
「へへ、名前なんて無粋なものを聞くのはよしてくれ。キスを忘れてたマヌケな飼い犬さ」
檻の中で二人幸せなキスをした。
ハッピーエンドだね!
つかユイちゃんグイグイ押し込んでくるんだけどキスに本気すぎませんかね。恋してるレベルなんですけど、どこにそんなポイントありました?
「ユイ……?」
メガネ君の戸惑いを置いて会場から温かな拍手。優しい世界。
「リリウス君よかったね(ほろり)」
カトリたんどの立ち位置!? 怒ってくれていいんだよ浮気だよこれ!?
つか今気づいたんだけど周りをぐるりと囲まれてやがる。
明らかに格上の連中ばかり三個中隊が拍手してくれてますけど俺やばくね?
ルーデット卿が手を振り上げると拍手が一斉に止む。訓練されたようなピタリとした静寂の後、軍靴を鳴らして闇オークションの主人がやってきた。
ユイが震えている。
ルーデット卿の冷たい視線には、生命を害するだけのたしかなちからがあるようだ……
「恋人たちの再会、久しぶりに心震える素晴らしい演目だった」
うそだー、涙くらい出さないと説得力ないよ!
「第一幕はこれにて閉幕。だが幕間の時はそう長くは許されぬ、準備は整っているかね?」
何の話ですかね?
幸せな二人はそのまま教会へって感じで式の準備ではないですね。俺馬鹿だけどそのくらいはわかります。
「まさかこれで終わりと思っているのかね?」
「物語ってのはだいたいキスしてハッピーエンドですからね」
え、なんで笑い出したんですかね。
ハリウッドでは常識ですよ。
「左様、演劇はそのようにして終わるものだ。だがこれは演劇の世界ではない。そこなユイ嬢を連れ去り我がアンセリウムに持ち込んだ輩は市中に堂々とのさばり、彼女らを狙う悪意は未だ健在。これで幕引きにしては観客からのブーイングは避けられまい」
「観客とはどなたでしょう? もし親切な観客の中にこの後の展開を知っている人がいたなら、哀れな恋人たちに助言を叫んでくれはしないでしょうか」
「よろしい。親切な私が教えて進ぜよう」
うそだー、親切な人なら裏社会の首魁とか呼ばれねえよ。
いや待てよ、お釣りってこれのことかな?
「そのお釣りありがたく頂戴しますよ」
その後の展開は実にスムーズだった。
何しろローゼンパームで起きていることなら大概は知ってる裏社会の首魁の手引きがある。どんな悪党だろうが所在と人数が割れていればステルスコート先生は無敵だ。
おんどりゃあ、広島男児舐めんなボケぇえええええええええええ!
「死に晒せド外道がぁああああああああ!」
「ぎゃあああああああああああ!」
深夜も遅く悪党どものねぐらに単独奇襲!
ベッドですやすや眠る馬鹿どものケツ穴にミスリルソードが突き刺さるぜ。
今宵の俺は血に飢えている!
速やかに八人のケツ穴を蹂躙し―――っち、一人足りねえや。だがまずはこいつらの処刑だ処刑!
夜中だというのにまだ人通りも多い繁華街の屋根から全裸にしたこいつらを吊るしていつものメッセージ。
『この悪辣非道の冒険者どもは罪なき乙女を奴隷に売り払ったが罪にて成敗いたした』
あはははははは!
小判じゃないけどチラシを撒きまくるぜ。
サン・イルスローゼではもう生きていけなくしてやるぜ。その前に騎士団に捕まって牢屋送りだろうがな!
さて最後の一人を探しに行くか……
と思ったら闇の中からルーデット卿が出てきた。へへ、閣下並みの潜伏魔法怖いんでやめてください。つかその手にぶら下げてるガン泣きのイケメンはもしや?
「馴染みの娼窟に潜り込んでいたようだな」
「さすが裏社会の首魁ですね、見事な働きです!」
ドドドドドドドドス!
ドドドドドドドドドドドドドドドス!
「ひぎぃぃぃい!?」
まだまだあ! ユイちゃんの恐怖はこんなものではない!
ドドドドドドドドドドドドドス!
「あががががが!?」
「トドメだ、対男性究極奥義―――キンタマケール発動!」
ブチュッ!
最高の手応えだがまだ足りん。二玉目いきまーす!
ブチュッ!
「ひぎぃやあああああああああああああああああああああ…………」
「ふっ、成敗」
なんでルーデット卿はそんなに面白そうに微笑みながら俺を見ているんですかね?
「これほど楽しそうに悪党退治するやつは初めて見た」
「趣味ですので!」
ケツから血の洪水を垂れ流すイケメンも全裸にして、ほうら皆様のさらし者になーれ♪
ロープで縛って屋根から吊るして成敗完了!
だが今宵は最後に一言付け加えるぜ。
「ローゼンパームの紳士淑女の皆々様に告ぐ! 悪なる者は怯えよ、善なる者はエッチな青春を謳歌せよ! この俺がいる限りローゼンパームに悪は栄えぬ。どんな小悪党だろうが大罪人だろうが必ずやこのような目に遭うと知れ! 義賊は、悪人のケツ穴を決して見過ごさない!」
はははははは! さらだばー!
と言いつつ屋根から引っ込むだけだぜ。逃げられるとまずいんで騎士団が来るまで待機しとこ。
ルーデット卿は帰ってくれていいよ、怖いから。
律儀に付き合ってくれなくていいよ、マジ怖いから。
「リリウス君にとっての悪とは何かね?」
裏社会のボスがそれ聞きますかね?
「俺の平穏な暮らしを邪魔する者ですかね」
へへ、ルーデット卿の敵になんか回りませんぜ。答え間違えたらこの場で斬られるやつでしょこれ?
卿が満足げに頷いてくれたので死亡フラグ回避ヤッター!
「気に入った」
「はい?」
それはそれでおかしな流れですねぇ……
「善悪など所詮は主観、つまりは視点の違いに過ぎないのだとその年で理解しているのだな」
めっちゃ頷かれてるけど俺のどこが気に入ったんですかねぇ……
完全にやばい子供なんですけどねぇ……
「以前はさぞ高名な人物の薫陶を受けていたと見たが?」
どうなんだね?って視線で自白を呼び掛けてきますが俺から閣下は裏切れませんよ。
あれだけの恩義を受けておいて裏切れるはずがないし、それ以上に俺あの方を慕っているんです。
「その口の堅さも気に入った!」
どうあっても気に入られてしまう自分が憎い! なんでガーランド閣下といい厄介な人物ばかり俺を気に入るんだ、ええい理由を言え理由を!?
「勧誘したいところだが君も望んでおらんようだし、カトリに嫌われるのも本意ではない。というわけで今回は縁を繋いだで良しとしよう。何か困ったことがあれば私の下に来なさい」
つまりまだまだ始末してほしい悪党がいるんですね……
伊達男卿はそう言い残すと闇の中に姿を消した。騎士団も騎乗で駆けつけてきたし俺もぼちぼち帰るかな?
グランナイツを襲った誘拐事件。事の起こりはささいな物欲だった。
バトラの魔剣ラタトゥーザを欲した邪な冒険者が「あの生意気な小僧どもを潰そう」と幾つかのクランに話を持ち掛け、その一つがユイを連れ去った。
根幹となるクランは今潰したが話を持ち掛けられた連中がまだ残っている。
詳細についても資料で渡されているので明日明後日中に全部始末してやろう。トールダムはすでに成敗済みなので除外だ。
へ、リリウス君はクールに始末するぜ。ケツ穴をな!
後日なんとなく気になったのでカトリたんに勘当された理由を尋ねてみた。だって勘当されたというわりには親子仲悪くなかったもんね。絶対くだらない口喧嘩の末に出ていけって言われただけだよね。
「商品のつまみ食いで追い出されちゃったの(てへペロ)」
「一応聞いとくけど料理じゃないよね?」
「エルフの美少年奴隷♪」
俺はそんなカトリたんと冒険の日々である。
身の危険を感じる!