おわかれと決意と旅立ちと③
目覚めたら朝日がのぼっていて、楽しい宴会が終わっていた。
俺はホテル銀狼のスイートルームで呆然としている。
「嘘やん……」
今日は飲むぞー!ユイちゃんも抱くぞー!という独身最後の夜気分でいたのに気づいたら終わっていた。
「嘘やん……」
枕元には請求書がある。388ユーベル金貨の請求書だ。冷酒とおでんしか食ってねえのに……
ものすごいボッタクリに遭った気分だ。しかも睡眠薬飲ませる悪質なボッタクリだ。約1500人分の宴会費ってこんなになるんだな、いい勉強になったわ。
そんなスイートルームには数々の面々が死んだように転がっている。俺が眠っている間にしこたま飲んでいたのだろう。知らねえ人までいんじゃん。
「うわー、うわー……」
なんかもうよくわからない悲鳴をあげながらこっそり部屋を出ると、廊下にもよくわからん数の酔っ払いがぶっ倒れてるんだ。パッと見ホラーだよ。
文字通り足の踏み場もない死屍累々の酔っ払いゾーンを抜けるとアシェルが酔い覚ましの水を片手に、眠るクロノスに膝を貸している。
アシェルが流し目を送ってきた。いつもどおりの美人さんだ。
「忙しくて落ち着いて話をする機会もなかったねえ」
「そうだね」
と応じつつ昨夜は話をする予定だったのを思い出した。
これを詫びると微笑みで返された。母になりかつての鋭さが抜けきってる!
「別に構いやしないよ、疲労が溜まっていたんだろ?」
「かもな。酒で潰れるとか俺も歳かねえ」
「幾つになったんだっけ?」
「二月に14になった」
「まだそんなもんか。の割りに色々抱え込んじゃってねえ」
「好きで抱え込んだわけじゃ……」
というのはズルイ答えだ。魔王の呪具になんのデメリットもないなんてあるわけがなかった。アシェルからも散々言われていた。なのにステルスコートを手放さなかったのなら自業自得だ。
「ちからが欲しかったんだ。不相応なちからを求めた馬鹿な子供の末路がどんなものであっても、受け入れるつもりだったよ」
「そうかい。せっかく拾った命を大事に思うなら呪具は捨てるんさね」
首を振る。俺はステルスコートを手放さない。
それがとても愚かな判断に思えたようで、アシェルが険しい目つきになる。
「呪具一個分の想念で出てきた夜の魔王があれだよ。二つ揃えた次は奇跡なんて起きないかもしれない。それでもまだ使い続けるってのかい?」
「信じるって決めたんだ」
長年一緒にやってきた相棒だから信じる。
色々と遠回りしてきたけど最初からこうしていればよかったんだ。ステルスコートは相棒だ、こいつを信じ切ってみせる。
「……信じれば奇跡が起きる?」
「起きるさ。二度目の奇跡だって起きるさ。三度目の奇跡だって起きる。起きないなら俺がそれだけのちからを手に入れる。夜の魔王を退けるちからを」
アシェルが何かを言おうと口を開き、でも封じ込めるみたいに首を振る。
たぶん俺の決意は変わらないってわかったんだと思う。
「心配してくれたことには感謝するよ」
「別にいいさ。アシェラ様は問題ないと言っていたし、別に悪い判断だって決まったわけじゃないしね」
「? アシェラが問題ないと言ったのに捨てろと考えたの?」
「あの御方はご自分に正直な方さ。アシェラ様のご発言のすべてがあんたにとって益のあるものじゃない。あんたはこの子の父親だしさ、みすみす早死になんてさせたくはないんだよ……」
信徒が神の意向に背くか。
クロノスへの愛情があればこそ背く。母ってのは偉大だな。やべえ、父の存在感が皆無だ。
「そ…そういえばクロノスの育児についてなんだけど……」
「あん? 育児には参加しなくていいって言わなかったっけねえ。親権に関しては全部こっち。この子はフェニキアの大事な王太子なんだ、くれって言われてもやれないし最初からそのつもりの約束だったはずだよ」
「そういう約束ではあったけどねえ。そのね、なんか居心地悪くて……」
アシェルが笑い出す。
「小市民だねえ。気になるなら養育費くらい出しておくれよ、それでチャラさ」
「うん」
小市民リリウスはムハンマドから貰ったほぼ全額が差し出すのである。
宝石貨幣で1000枚だ。気前よく使ったせいでだいぶ目減りしてるな。
「ありがたいねえ。新しい神殿の建立なんかで国庫に金がなくてね、大助かりだよ」
「フェニキアの財政そんなにまずいの?」
「前に王様やってた馬鹿の浪費のせいで苦しい時に神殿建立さ。今年はもうどうにもならないから魔法で仮の神殿作って誤魔化したくらいなんだ」
でもアシェラ神の帰還でどうにかなりそうって話だ。黄金神殿の再建を断念した理由が、アシェラの命令しか聴かない、湖に住む神聖存在が原因だったからだ。
フェニキアの金の成る木アシェラ神殿が復活すれば来年からはのんびりできるらしい。
「それとたまにはこの子に顔を見せておくれ、何だかんだで父親のことを気にしているんだ」
「うん、たまには顔を出すよ」
「じゃあこの話はおしまいさね。……残った時間はあんたの冒険の話を聞かせておくれよ、この子もきっと知りたがってる」
「うん、じゃあとびっきりの話を……」
その時、通路の曲がり角から顔を出してるアビーが家政婦は見たみたいな驚愕の顔をしているのである。どんなタイミング!?
アシェルも彼女のことを知っているようだ。アシェルは冒険者ギルドの二階に住んでたしね。
「なんだいアビゲイルのあの驚きようは?」
「あれなるは愚物の女だ」
クロノスが起きてた!?