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おわかれと決意と旅立ちと②

 その頃、太陽宮では此度の騒乱の祝勝会が開かれていた。

 名目上は祝勝会。しかし太陽王シュテルの初仕事の側面が強く、太陽の長らく、人知れず巣食っていた大魔ディアンマの討伐を為した大勲をもってしての即位である。


 新王とは多くの場合において多くの政敵を抱えてるものだが、新王シュテルの態勢は即位時点で盤石と呼ぶほかにない。……敵になりそうな奴は事前にナルシスが刈り尽くしている。


 新王シュテルが酒杯を掲げる。


「太陽に巣食う大魔を排するがためとはいえ皆には少なからぬ苦労をかけた。だがこの戦果は百年二百年という長き目で見れば最良の結果であったと確信をもって言える。さあ勝利の美酒を掲げよう! 新しき太陽に!」


 シュテルの宣言とともに開始される祝宴に楽団のメロディーが流れ出す。

 喜ぶ者、浮かない顔をする者、不服を露わにする者、シュテルの即位で地位の保持が決まったも同然の勝ち組と負け組が一堂に会する。


 ただ、そんな中にあってもナルシスに近寄る者はいない。

 今回の未曽有の大災害の元凶が悪竜ナルシスだと誰もが知っていたからだ。てゆーか公表しているからだ。……多くの人にとってディアンマなどよりナルシスの方がよほど恐ろしいようだ。


「今回の被害者だがようやく総数が判明したようだぞ」

「……聞きたくないが聞かねばならんか。何千人だ?」

「20588名。ほとんどが第二身分で占められていた」

「やはり聞くのではなかった。悪竜めは何が目的だ、そこまでイルスローゼが憎いか」

「あれの考えなど人にわかるものか。ゆえの悪竜の忌み名よ」


「あの悪竜めは抜け抜けとこう言ったそうな。父上の王位へとつながる道を舗装して参りましたとな」

「屍で作った道か……! どれだけ殺した!」

「だが否定はできまい。アルシェイスに仮初の王位を与えて信用できる者と蛾の選別を行った手腕だけは、心ではどんなに忌避しようと否定できまいよ」

 

「ともあれ生き延びた我らは当座の安心を得たと考えてもよいのではないか?」

「であれば良いのだがな……」

「懸念が?」

「油断したところを襲うのが奴の常套手段ではないか。どの道あれが生きている限り我らに平穏は訪れんよ」


 恐るべきは悪竜ナルシス。彼らからすれば何をしたかも知らぬ大魔よりもナルシスの方がよほど恐ろしい。


 何しろこの男は悪びれた様子もなくテレサ・ガランスウィードとの結婚を報告し、落ち着いた頃に正式に式を挙げると宣言したのだ。最悪だ。完全にグルだ。

 今回の僭王アルシェイスの乱の発端はガランスウィード家がアルシェイスに鞍替えした件である。騒ぎが終わってからの電撃結婚報告だ。もう完全に最初から最後まで計算され尽くしていたとしか思えない。


 そんな悪戯三人衆は宴の席で集合し、シャンパングラス片手に談笑している。

 朗らかに笑う爽やか系貴公子のくせに中身はバーサーカーのルキアーノ。

 見た目は美しい文系青年なのに中身は超絶パワハラ野郎のナルシス。

 麗しい微笑みを浮かべながらも頭の中は悪い企みでいっぱいの魔女テレサ。まともな奴が一人もいない。ビジュアルは最高だけど中身は最悪だ。


「ひどい悪評だな。やっぱり式を公にしないのは恨みを買った自覚があるのか?」

「ルキアの自分だけは正義の側にいるというスタンスはどうにかならないのか。鼻について仕方がない」

「あら、でも今回ルキアはお手伝いしただけよね?」

「おいおい、手を尽くして救出にいった旦那を裏切るなよ」

「だってまだ式挙げてないし」

「まるで式を挙げた後は従順になるような言い方だな?」

「旦那様のご希望通り食わせものの妻であろうと思うわ」


 ナルシスが肩をすくめる。『困った女だ』、それとも『それでこそテレサだ』かもしれない。


「で、式はいつにするんだ?」

「この後の流れ次第だな。見落としがあれば延期せざるを得ない」

「あるか?」

「ある。必ず起きる。人を使うとはそういう事だ。私がどれだけ完全な安全保障をしようと必ず起きる」


 断言するからには起きるのだろう。可能性の話はしていない、ナルシスが必ず起きるというのなら必ず起きる。

 問題は何か所で発生し、どれだけの被害を支払うことになるかだ。


 さしもの悪竜ナルシスも未来の事はわからないようだ。難しい顔になっている。ルキアーノもだ。まばたきの間に幾度も思考実験を積み重ね、結局頭を振って嫌な考えを追い出す形になった。


「事前に警告してあるとはいえライアードだけでは厳しいかもな。豊国など最悪だ、うちの弟分が主力をこっちに連れてきてしまった」

「おかげでこちらは助かったがな。ディアンマのちからが想定を遥かに超えていた。ファトラの話ではもう少し余裕があると思ったのだが……」

「お前は人を見くびる癖があるからな。世の中にはお前が簡単に殺せる奴でも、お前にできないことを成し遂げる奴もいるもんだ」

「耳に痛いな。ルキア、本国に戻るなら気をつけろよ」

「そっちは問題ないさ」


 ルキアーノがあっけらかんと言う。深刻な話をしていたはずなのに、打って変わってこの言いざまだ。

 ナルシスは己が何かを見落としているのか少しだけ考えて、あぁと理解する。


「そういえばディアンマ殺しの英雄クンがいたな」

「そうだ。あいつにはフェスタでの知名度が足りないからいい契機になるぞ。ルーデット選帝公の姫を娶ろうってんだ、それこそレグルス・イース並みの活躍が必要になる。そう思わないか?」

「やれやれ、砂の計略を利用する気か。だがルキアもあれは初めてのはずだろ、話で聞いただけでは―――」


 ナルシスがそう言った瞬間にルキアーノが悪い顔になる。

 何か企んでいる顔だ。だからナルシスもテレサも脳裏に思い描いた馬鹿の顔にため息を漏らす。

 ルキアーノの悪戯には容赦がないからだ。


「あいつには利用価値がある。殺すなよ」

「わかってるって、俺にとっても大事な弟分だ」


 何にも信用ならない一言を言い、シャンパングラスを傾けるルーデットが悪い笑みを浮かべている。

 ルーデットの真に恐るべきところは、弱い人間の気持ちがわからない、超人である一点に尽きる。

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