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おわかれと決意と旅立ちと①

 宴の席で始まったストリートファイトはヘンテコ形で終わった。酔っぱらったラストが暴れ出したので、みんなで必死になって止めるという謎のレイドバトルが発生し、最終的にみんな殴り倒されて、アルテナ神官のお世話になる事態だ。


「楽しい祝勝会のはずなのにどうして怪我しちゃうんですか……?」

「僕も好きで怪我をしたわけじゃない。……あの女幾ら何でも強すぎやしないか」

「豊国で一番強い騎士様らしいですよ」

「……そんなことは知っている」


 馬鹿にされている気がしたフェイだがユイのは無自覚だ。無自覚で三つの子供でも知ってるような当たり前の事を、知らないんですか?と言わんばかりの態度で教えてくるのだ。


 誰に対しても媚び媚び百パーセントなユイちゃんであるがフェイの事は下に見ている。以前一撃で負けたせいだ。あの油断してもらった一発がこんにちの関係にまで響いている。


「知ってるなら喧嘩売りに行かないでくださいよ。わたしフェイのそーゆーところ心配なんです。誰にでも喧嘩売れるほど強くはないんだからぁ」


 うんぬんかんぬん。

 ユイちゃんが口を開く度にフェイのイライラが増す。


「あぁもういい。わかったわかった」


 しかしフェイは耐えた。ユイは腹立つけど耐えた。彼も大人になりつつあるのだ。


 お説教ばかり口にするユイを放置してリリウスを探す。愚痴を聞いてもらうためだ。すぐに見つかった。階段通りの踊り場の端っこにあるおでんの屋台で酔いつぶれていた。


「は?」


 思わず二度見してしまった。

 アルコール適正最強と名高いドルジア人がまだ30分も経っていないのに酔いつぶれて、突っ伏していたのだ。フェイでなくても二度見する。そこいらの石畳みではホテル王まで酔いつぶれて酒瓶を抱えて眠っているではないか。


 何食わぬ顔をして冷酒とおでんに舌鼓を打つアシェラ神に聞いてみる。


「何があったんだ?」

「楽しくおしゃべりしてたら急に寝ちゃったんだ。疲れが溜まってたのかもね」


 本当は泥酔ドランクの魔法で眠らせたのにしらばっくれるアシェラ様であった。


「こいつらが疲労くらいで潰れるもんか。あんた酒に強いんだな」

「まさか。ドルジア人はほっとけば勝手にハイペースで飲んでいくからさ、こっちはのんびり飲んでいれば勝手に潰れてるよ。フェイ君は何事も張り合おうとするからいけないね」

「なるほどな、英知のアシェラは伊達ではなかったか」


 繰り返すがアシェラ様は卑怯な魔法を使ったのである。とんだ嘘つきだ。嘘つき女神だ。

 しかしフェイ君は良い助言を聞いたとホクホク顔だ。もはやリリウスやシェーファに飲み比べで負けることはないなとか考えてそう……


「良いことを聞いた。邪魔したな」

「飲んでいかないのかい。温まるぜ」

「こいつらを放置するわけにいくか。ま、ほっといても風邪なんか引きそうにないけどな」

「面倒見のいい奴だなあ」


 介抱というほどの話ではない馬鹿二人の放置場所を変更するだけだ。幸い馬鹿のホテルがすぐ上にあるので、フロントにいって預けるだけよかった。


 屋台通りに戻る。ストリートを三つも貸し切ったのだから色々見ないと損だと考えたのだ。……馬鹿二人に毒された思考だ。


 屋台通り三つは貸し切りだがジモティーも飲み食いしていい。リリウスはそこまでケチじゃない。ここらへんがシェーファとちがうなと考えているフェイは、砂のザナルガンド討伐の際にネコババされた宝石貨幣5000枚の存在を知らない。

 シェーファは当然としてリリウスに金を任せてもいけない。早く気づけ!


 東方移民にはフェイと同郷も多い。詳しく聞けば地域的な差異はあるだろうが子供のころに食べた料理なんかも屋台には並んでいる。


 水牛の骨髄を出汁にした古牛汁タウ・ジー花茶ホワン・シーで暖を取りながら適当に歩いていると、どんよりしたテーブルを見つけた。楽しい祝勝会だってのに反省会の空気だ。

 ベルクス達三人組だ。今回は野営地でポーション運んだりと完全にサポート要員だった連中が沈んでいる。


「どうした?」

「……いや、別にどうってわけじゃ……」


 ベルクスの目が泳ぐ。口にしていいかどうか迷う素振りと、問い質したい思いで揺れている。

 やがてベルクスが拳を握りしめ、真正面から見据え、言う。


「ベティのことだ」

「僕も詳しくは聞いていない」


 リリウスはベティの話をしなかった。誰も聞く勇気がなかった。

 ベティと一番長い時を過ごしたのはあいつだから、イザール戦での話の流れから推測したにすぎない。


「聞いていないがそういう事なんだろうな。イザールはベティの人格を消したと言った。あいつがこの場にいないって事実が真実の証だろ」

「フェイはそれでいいのかよ」

「いいわけがない」


 ベティとは少なくない時を共に過ごしてきた。最初は敵だと警戒していて、いつの間にか共にいるのが当たり前になって、段々と、段々と仲間だと思い始めていたのに……


「いいわけがない。リリウスもいいと考えているわけがない」

「何か案があるのか?」

「ない」


 フェイには策がない。搦め手は苦手だ。死んだ人間を生き返らせる術など知るはずがない。癒しの守護星アルテナにも死者蘇生の奇跡はなかった。

 だがそれでも信じている。勝利へと突き進む本能に懸けてはリリウス・マクローエンは天才だ。あいつが負けたままでいるはずがない。


「リリウスを信じろ。考えがまとまればあいつから必ずベティ救出の方法が出てくるはずだ。あいつなら絶対にベティを取り戻せる」

「信頼してんだな……」

「当たり前だ。お前は知らんだろうがあいつが時間をかけて策を練った時は凶悪だぞ、時間さえあればあいつは砂のイルドシャーンにだって負けないさ」


 ふとベルクスの表情が壊れ物みたいに儚く見えた。

 失った自信と何もできないでいる自分に心底傷ついている顔だ。……己の弱さを許せなかった頃のフェイと同じ顔だ。


「……俺ようやくわかった気がするんだ。リリウスが魔王の呪具なんかに手を出した理由は、きっと今の俺みたいにちからが欲しかったからだ。ちからが手に入るなら魂なんか幾らでも売る。……売りたいのに、悪魔は俺なんか見向きもしねえ」

「何もできない自分が許せないか?」


「……まぁな。お前らが羨ましいよ。ちからだ、ちからが欲しい。ベティを助けに行けるだけのちからが……こんな情けない気持ちお前にはたぶんわからねえんだろうな」

「武術に救いを求める奴は誰だって自分の情けなさを許せなくなった奴だけだ」


 フェイが酒杯を突き出す。わりいが乾杯なんて気分じゃねえ、そう言おうとしたベルクスが頭を振る。

 ちがう。これは乾杯なんかじゃない。東方の風習には疎いベルクスでも気づいた。


「目的は一緒だ。一緒に来い、ベティを取り戻すぞ」

「俺なんかが何の役に立つんだよ……」

「なら死ぬ気で鍛え上げろ。リリウスは慎重な男だ、勝利の目算がつくまでは動かないはずだ。その時お前が使い物にならないなら置いていく」


 フェイが微笑む。戦鬼の笑みだ。


「今の実力は問題じゃない、決行の日までにどれだけ鍛え上げられるかだけだ。それともやる気がないのか?」

「馬鹿を言え、やる気だけなら俺が一番だ」


 男二人が酒杯を打ち鳴らす。

 三馬鹿がクラン『ゴッドイーター』に加盟した瞬間である。

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