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神々の世紀①

 宴の音頭は俺に任された。本日の主役が俺だから的なクールな意味じゃねえ、マネー的な意味だ。今日は俺のおごりだ。なんかもう面倒くさいから東方移民街の屋台ストリート三つ丸々貸し切ったぞ! 食い放題だ!


 色とりどりの提灯の明かりの浮かぶ階段通り。その頂点には月へと吠える雄々しき狼のマークが目印のホテル銀狼がある。


「あれがホテル銀狼?」

「なんだ、来るのは初めてか?」

「……何度も来ていたがまさかホテルとは思わんかったわ。九龍城的な悪党の住処だと思ってたわ」

「九龍城が何か知らないが間違いではないな」


 王都の裏社会(移民街限定)に悪名轟く銀狼団の住処だから間違いではないな。


 じつは一回潜入しようとした事があるがものすごい魔力圧をぶつけられて逃げたんだよね。今考えてみるとバルバネスだったな。

 王都に来て数週間の俺がバルバネスさんから睨まれたんだ。そりゃ二度と近づかんわ。


 まぁ気を取り直して乾杯の音頭を取る。俺は階段の一番上から、ここに集まった千人近い面子に向けて酒杯を掲げる。


「完全に死ぬ気で挑んだくせにまたまた生き残ってしまった俺だ!」


 死ねーっていう野次はやめろよな。

 拍手が正しいぞ。拍手しろ。


「大悪魔ディアンマとかいう頭のおかしい怪物に挑んだ癖に生き延びた面倒くせえ連中とこうして楽しめるんだから生きてるのも悪くないよな! だが、まぁ、死んじまった奴もいる。まずは黙祷を捧げたいと思う」


 黙祷を捧げる。正直名前を知らない人の方が多い。

 実力的にメインメンバーから数段落ちる赤薔薇騎士団の皆さんや黄金騎士団や冒険者ギルドの死者が多かった。

 死体すら残っていない人のほうが多い。名前を言われても顔も思い浮かばない人もだ。


 それでも不思議とわかるもので、あぁあの時あそこにいた人だなって思うと胸が苦しくなる。レグルス・イースも死体の見つからない一人だ。夜の魔王から打撃をくらって大亀裂に落ちていってから行方不明だ。


 俺は全力でやった。みんなもだ。その結果としての死は勲詩となり人々の語り継がれていく。

 だからせめて名前だけは覚えておく。誰かから聞かれた時にあいつは勇敢に戦って死んだと誇りを持って語れるように!


「勇者たちに!」

「「勇者たちに!」」


 乾杯を終えると後は自由に飲み食いだ。

 何だかんだで千人近い大所帯だから騒がしいもんだ。パレードには参加しなかったアシェラ信徒もこっちには来てくれている。イース海運からはお断りの使者だけが来た。


 宴開始十秒でさっそくバトル大会が開催されている。大丈夫? 宴という言葉の意味理解してる? ストリートファイト会場じゃねえよ?

 どうして宴会やると武を競い始める馬鹿が出てくるのか……


 馬鹿代表フェイ君と豊国の国家英雄が一回戦目からガチンコ勝負している。

 互いに徒手空拳で避ける避ける……


 なんだあいつら、マジすぎるだろ。楽しい宴の席で大武術大会決勝みたいなマネすんじゃねえ。


 そしていつも通り賭博の胴元をやる銀狼団の訓練されたライカン達よ。

 あっちの屋台では大酒飲み大会か……


 俺のおごりだと理解した上で全力で金儲けに来てやがる。

 俺の複雑な心境も知らずに高笑いをするホテル王がやってきた。賭博王かもしれない。


「わはははー! どうだリリウス、飲んでるか!?」

「お前は儲けてそうだな?」

「おう!」


 俺の金で運営して儲けは全部銀狼団か。嫌な事実だ。

 大酒飲み大会ではバトラが大張り切りだ。レスバ族も大勢参加してるからいつかの嫁取り大会思い出すな。あの時優勝賞品のところに座らされていたラトファが今や一児の母か。感慨深い。


 トキムネ君がジョッキと妻子を連れて近づいてきたから覇竜弾ぶちかまして気絶させるわ。あいつの娘自慢しつけえんだ。

 俺の気功弾を斬りやがっただと!?


「てめえ、おいコラ、いきなり攻撃するとはどういう了見だ!」


 トキムネ君が肩をいからせてズンドコやってくるぞ。どうなってんだ?


「手加減してやったのか?」

「いや…まぁたしかに軽めに打ったけども……」


 本気でやってみるか?

 夜渡りで背後を取り、全力で後頭部に膝をぶちこんでみるとトキムネ君があっさり沈んだ。


「どうだ?」

「やっぱりトキムネ君はトキムネ君だったわ。お前はどう見たよ」

「すまないがこのレベルの連中の強弱はよくわからないんだ。フェイらへんまで来てくれないと評価のしようもない」


 シェーファレベルになると戦いの次元がちがう。英雄の領域でも頂点に近い位置にいるせいで、有象無象の強い弱いがよくわからないらしい。

 俺も言ってみたい。すまないがもう少し強くなってから来てくれって言ってみたい!


「そんな事よりアシェラを見なかったか?」

「見てないけどどうした」

「鑑定スキルを貰いに行こうと思ってな」


 天才か。

 普通は思いつかない。神に直訴して加護を貰おうなんて常識的に考えて思いつかない。鑑定の加護の価値を考えれば恐れ多いにもほどがある。特に親しくもない女神に直訴して神代の秘宝クラスの加護をよこせなんてホテル王にしか言えないね。


「お前すごい事考えついたな。交渉材料あんの?」

「ふっ、チャレンジは無料でできるからな」


 ホテル王哲学が炸裂した。

 そうだ、チャレンジは無料だ。俺達の心が幾ら傷つこうが罵倒を浴びせられようが心が折れない限りチャレンジは何度だってできるんだ!

 傷ついても苦しくっても諦めない限り可能性がそこにはあるんだ!


「やろう! 俺も鑑定スキル欲しい!」

「S鑑定貰うぞS鑑定! S鑑定のためなら女神だって口説き落としてやるぞ。わははー!」


 俺達はたぶん酔っぱらって正常な判断ができていない。

 しかしやると決めたらヤルのが男なのさ。

  


◇◇◇◇◇◇



 宴の席で鑑定の女神アシェラは屋台で楽しく飲んでいる。

 ツルピカじいさんのおでん屋台だ。こちらでは馴染みのない醤油ベースの味付けだけどアシェラの舌には合ったようだ、冷酒も進む。


 煮込んだ出汁が食材に沁み込み、素材はきちんと本来の味を主張する。苦いだけで食えたもんじゃないと思い込んでいた茄子マウチの串は素晴らしい仕上がりで、何より今宵は少し冷える。


 砂漠の女神はアツアツのおでんと口に運び、軽く汁をすすってご満悦だ。

 小さな屋台だ。席は二人座れば満員で、外にも折り畳みのテーブルがあるけど合わせても六人が限度。


 そんな屋台で信徒ファティマと並んでおでんと会話に興じている。……と言ってもファティマの中身はファティマではない。

 中身は悪徳信徒のラケスだ。今はイルドシャーン王子の下にあり、砂のジベールの内情を探る任務を帯びている彼だが、鑑定スキルを介してこうして遠方まで心を通わせることもできる。


 美しい砂漠の少女の姿に降りたラケスが冷酒を傾けながら言う。


「ふ~~~む、聞いた限りでは時の大神の正体は3だと思うのですがな」


 昨日リリウスとやった問答の焼き直しのような会話だ。

 時の大神の正体はアシェラの弟。名前も存在も自らの手で消した忘却された神。となればその正体は……


「リリウス・マクローエンの正体は夜の魔王の転生体。そう考えれば何もかも納得が往く、と思うのですがね?」

「まぁそうだね。正直に言えばボクもそちらを押したい」


「しかし主張は控えると」

「うん、この際正体はどうでもいい気がしてきたんだ」

「脅威はないと。夜の衣に仕込まれた魔王を無害化する仕掛けがあればそう脅威ではないとお考えで?」


 アシェラが可愛らしく首をひねる。

 どうなんだろうねっていうひどく曖昧な態度だ。あれが真に夜の魔王なのか、呪具に込められた負の想念なのか、アシェラにも判断はつかなかった。


 一つだけハッキリしたのは夜の魔王は人を憎んでいる。遥かなる神代において人は神の駒であり、神を憎めばこそ人も憎い。その存在を許せず根絶やしにしたくなる。

 アシェラも昔はそうだった。でも己を慕う人々の中で暮らす内に少なからず情が移った……

 変わったのかもしれない。


 だが父は変わっていなかった。あの頃と同じまま、変わらぬ憎しみを抱いて現世へと降臨した。ならばその目的も大昔のアシェラと同じだろう。


 そして変わったかもしれない奴がもう一柱いるのかもしれない。神々の兵隊の手に落ちる前に次元のはざまに逃がしてやった弟の事だ。


「時の大神、それほどの存在ですか?」

「それほどの存在さ。あれが何を考えているのか僅かなりと推測がついた今、ダーナだの何だのと言ってはいられないよ」

「ではアシェラ様はいかがなさる」

「手のひらで踊ってやるさ。奴の作ろうとするものがボクの望みに近しいものなら、いや、おそらくは近いはずだ。だからボクを組み込んだ。精一杯ご奉仕してやれば見返りも期待できるはずさ」

「願わくば私が見届けられる範囲だとよいのですがな」


 ラケスはそう言いながら冷酒を傾ける。鋭い冷たさと仄かな甘みが気にいったようだ。

 砂漠の味付けは濃い目が多いから、たまの異国料理は全面アウトか良しのどちらかで、今回は良しの方だ。


「ムハンマドに動きがあります」

「ジベールの予言者が動くか。どこだ?」

「範囲は五大国全域。ですが太陽は安全なようですね、ナルシスめに事前に潰されたと報告があがっております」


 脳裏に描いたのは黒髪の悪竜ナルシスの傲慢な微笑み。でかい態度を取るだけのちからと知性を持ち合わせた怪物で、その精神性はやや幼いながらも凶悪な男だ。

 今回の一件で神々の闘争のステージに這い上がってくるだけの資格も得た。


「ふん、涼しげな面してよくやるよ。悪竜は殺しておいた方がいいかな?」

「アシェラ様が望まれるのなら。ただルーデットが去った後がよろしいかと」

「キミもあれが怖いか。……まぁそうだね、あの一族は策が意味を為さない。特に二人の子息の方の危険度は最悪だ。ルーデットの本能は破邪顕正だ、関わり合いにならない方がいいね」


「自覚はあるのですね」

「ほっといてくれないかな」


 二人組の少年が階段を下りてきた。一人は目つきが凶悪な少年で、もう一人は守銭奴のホテル王だ。高そうな酒瓶を抱えて、ニコニコしながらやってくる。

 鑑定の女神は気さくに手をあげて応じながら、アンニュイな顔でぼそっと言う。


「忙しくなりそうだね」

「恩を売る好機ではありますな」

「まぁね」


 少年二人がニコニコしながら近づいてくる。鼻息も荒い。貞操の危機を感じるぞ。


「い…忙しいで済むのかな?」

「さぁて。では私はそろそろ……」

「待て! 逃げるなよ!」


 アシェラは慌てているけど、馬鹿どもの用件を見抜いたラケスはさっさと逃げるのであった。ファティマの肉体で久しぶりの自由を満喫しようと考えていたりする。

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