リリウス貴族になるの巻
王の間は張り詰めた緊張感に包まれている。
大勢の人々がいるのに無駄話一つしない。訓練されている。ボケたい! こんなシリアスには耐えきれねえ、大ボケをかましてドッカンドッカン笑わしてやりたい!
しかし経験上この手の場所でボケても滑るだけだ。自重しよう。
「リリウス・マクローエン!」
アルステルム宰相に呼ばれて一歩前に出る。
「この者は此度の騒乱解決がために奔走し、無実の罪にて捕らえられた人々を救い出し、さらには大悪魔ディアンマ戦においては一等の戦功を挙げた。シュテル王は大変お喜びになられている!」
玉座にいるおっさん王子……おっさん王がニヤリってやってる。
大丈夫? ボケ要求じゃないよね?
「よってこの者に太陽勲章をお授けになる!」
無言だった参加貴族とかいうモブの皆さんがどよめいてるぜ。
太陽勲章がどんな勲章か知らんがかなり良い物貰えた感じだわ。
「またこの者に伯爵位、共にマルスピットをお与えになる!」
モブの皆さんが熱狂してる。驚くために呼ばれたのかお前達は!?
ま…マルスピットでどこじゃろ? 領地? もしかしてリリウス君は領主様になっちゃうんですか?
シュテルから勲章を受け取る。事前に伯爵から作法を教わっておいたので完璧だ。
「おっさん、マルスピットってどこ?」
「馬鹿もん、あとでコンラッドにでも聞け。ほれ、後がつっかえとるんだ、とっとと下がれ」
しっしって追い払われたわ。勲章をもらった英雄に対して失礼すぎる。
勲章貰ったら出て行っていいシステムだ。王の間から出ていこうと思ったが他の奴がどんなものを貰うのか気になるので部屋の隅で見物しよう。
と思ったが伯爵のお姉さんのツェリさんがやってきて、別室へと案内されるのである。
移動したのは王の間から階段を六段下がっただけの通路にある控室。三畳一間ほどの小さな個室で、テーブルと椅子が二脚あるだけの密談用の部屋だ。
書棚というよりもハンガーラックみたいな棚が並び、羊皮紙がずらりと並んでいる。羊さん可哀想。まぁ羊じゃないと思うけど。
わかりやすく羊皮紙と言っているが原材料は多岐にわたるのさ。
「さあどうぞお掛けください。何かお飲みになります?」
「じゃあお茶を」
「どのようなお茶が好みかしら。王宮というのは賓客をおもてなしするために様々な茶葉を常備しているものなの。もし気を遣ってお茶だと言ったのなら、今なら変えてもいいのよ」
さすが太陽宮。さすがはアルステルムの女だ。
ツェリさんは一等魔道官の資格を持つ才女だ。そりゃあ婚約者に裏切られて令嬢社会の暗黒面に落ちた悲しきベイダー系女子かもしれないが、やはり伯爵のお姉さんって感じがする。格上感の話だ。
「じゃあフルーツジュースをお願いできますか? フルーツは本日のおすすめで」
「ええ、一番良い物を用意させるわ」
ツェリさんは席を外すでもない。思念話か何かでご注文しているのだろう。
思念話を飛ばしながらも会話は途切れない。何気ないスキルだがTHE貴族って感じだ。
「太陽勲章並びに農園の授受をお喜び申し上げますわ。わたくしツェリーリア・アルステルムから褒章の説明を致します。ご不明な個所がありましたらどうぞその場でお尋ねくださいまし」
あ、なーるほどね。貰った物の説明をするために個室に移動したわけだ。
ツェリさんが勲章保管用の木箱をすっと差し出しながら説明してくれる。
「まず太陽勲章ですがこちらは年金付き勲章となります」
すげえ!
戦記ものでお馴染みの勲章ですが皆さん不思議に思ったことはありませんか?
そう、何でこいつら勲章貰って喜んでるんだろう?っていう些細な疑問です。じつは勲章には年金が付いてくる物があるんですよ。
年金って普通は20年ぐらいの兵役を満期退役してようやく貰えるものだからね。日本でも年金なんてお父さん達が頑張って頑張って頑張り続けてようやく手にする老後のハッピー遊び放題券だ。こいつが貰えるんだ。すげえよな!
「い…いくらですか!?」
「年200ユーベル金貨です」
俺始まったな。
俺の人生始まったわ。死ぬまで毎年平民の生涯年収の五倍貰えるなんて、もうゴールしてもいいよね。もうユイちゃんとエッチな事だけして暮らすわ。
「給付は十二月中から一月の間に黄金騎士団本部で受け取り、または指定の住所への一月中の郵送をお選びになれます」
「ん~~~年末の自分の予定が想像もつかないので騎士団に受け取りに行きます。もし期間内に受け取りに行けなかった場合はどうなります?」
「その場合はわたくしどもアルステルムをお訪ねください。太陽勲章を得られた御方への不義はけっして許しませんわ」
あ、貰いに行けなかったら給付無しになるパターンだ。
しかしアルステルム家に泣きつけばどうにかしてくれるわけだ。伯爵とは末永いお付き合いになりそうだ。……やだな。
おっと本音が漏れた。危ない危ない。本来なら一年の終わりに年金をいただけるのだが今回は春先とあって、特別に200ユーベルをこの場でいただけるらしい。年末にも貰えるらしい。人生が始まりすぎている。
女中さんがドリンクを持ってきてくれた。紫色のよくわからない生搾りジュースだったが爽やかな飲み口がじつにいいね。さすが太陽宮だ。
「続いて叙爵の説明になります。リリウス様は本日から伯爵位となります。これは異例中の異例、長きに亘る太陽の歴史においても一度の戦功で伯爵位をいただいた御方はわたくしも存じ上げません」
「あー、じゃあけっこう無茶言っちゃったんですねえ」
「もしやシュテル様とお約束を?」
「ええ、助けてやるから上級貴族位をくださいって頭を下げたんですよ」
ツェリさんも何となく察していたようだ。納得のいった顔になっている。
まぁ平民から伯爵なんてそれくらいあり得ないんだろうな。だってアルステルム家ですら伯爵位なんだぜ。
「シュテルには頭が上がらなくなりましたね」
「わたくしはそうは思いませんわ。ディアンマ討滅にはそれだけの価値があります。太陽ではなく辺境国家なら王の娘を与えられ継承権付きの王族となっても何らおかしな話ではないのです。胸をお張りください、リリウス様はそれだけの偉業を成し遂げたのです」
まいったな。真正面から褒められると反応に困るぜ。
パレードの後だから勘違いしそうだ。
「では、まぁ、少しばかり調子に乗ろうと思います」
「ええ、そのくらいが丁度よろしいかと」
貴族位の説明に戻る。
まずは権利だ。爵位を得た者は新しい家を興す権利が与えられる。つまり独立したにも関わらずハッタリのためにマクローエン姓を名乗るしょっぱさから解放され、最高に格好いい家名を考えていいわけだ。
ただし他家と被ったり関係を暗示する名称を勝手に使ってはいけないようだ。
「家名と家紋付きの旗を貴族院にお持ちになればリリウス様は正式に太陽の貴族に名を連ねる事になります。期限はございません、ごゆっくりお考えになられるのがよろしいかと」
「ノリと勢いでは恥ずかしい想いをしそうですもんね」
「ええ、リリウス様は自業自得としてもご子孫を思いやり良い名を考えられるのがよろしいかと」
冗談でもシャドウブレイザー家とか付けたらアカンわ。クロノスが虐められる。
しかし家紋かぁ……
冗談で最高に格好いい名前までは考えた事あるけど、家紋までは考えた事もねえわ。
「家紋ってどういう感じがいいんでしょうか?」
「参考になるかと思いこちらを用意しました」
辞書並みに分厚い、デスクトップパソコン本体並みの本を用意されたのである。
これが伝説の貴族名鑑なのである。
説明しよう、貴族名鑑とはその国の貴族家を網羅する鈍器の事だ。これを見ればどこの家がどこと血縁があるなどの情報が手に入る、どこの貴族家にも必ず一冊は存在する鈍器なのだ。
騎士学院に入る前にバトラとルドガー兄貴が熟読してたな。でもうちにある貴族名鑑古くて役立たずだったはずだ。親父殿の代のだししゃーない。ちなみにこれ一冊で金貨20枚オーバーというクソやべえ品なんだ。でも政治畑に手を出してる上級貴族は毎年買い替えてるらしいぜ。貴族社会怖いよな。
ぺらぺらめくってアルステルム家のページへ。アルステルムほどの大貴族になると四ページもつかっておられるな。
家紋はピラミッドに真実の瞳を嵌め込んだ怪しい家紋だわ……
「当家の家門はアシェラ黄金神殿を意味するものですわ。この神殿の上部だけが離れているのに気づかれまして?」
「はい」
完全に秘密結社でびっくりです。
「これは当家の領地がダージェイルの角にあり、フェニキアとはちがう国に属しているという事実を指しているのです」
「家紋には意味があるんですねえ」
「意味のない家紋もありますが、やはり名のある家は意味のある家紋のほうが多い傾向にあります」
学のない成り上がりは無意味な家紋を付けるというディスりにしか聴こえなかったよ。
これは意地でも意味のある家紋にしないといけないな。
「こちらの貴族名鑑は進呈いたします。ごゆっくりお考えなさいませ」
「い…いいんですか?」
「はい。アルステルムからのささやかなお礼だと考えていただければ」
すごい、完全にアルステルム家が味方だ。これはもう怖いもの無しだ。
伯爵ともなれば権利が山のように存在する。これらの説明をしてもらい、まとめたものを書面でもいただいた。親切すぎる。
続いて義務のお話だ。権利があれば義務もある。常識だ。
伯爵ともなると出兵の際に兵員を要求される場合もある。伯爵の場合は最低でも二百人の兵隊を用意するか、金500ユーベルの戦費負担を……
やべえ、伯爵になると金の吹き飛び方もやべえ。
「とはいえリリウス様の事情を鑑みればその種の要請はないかと」
「ありませんか?」
「土地持ちの領主家であれば要請もございます。長く続いた家であれば要請もございます。ただ叙爵されたばかりの家への要請というのは聞いたことがございませんので、必ずとは言えませんが前例踏襲の観点からリリウス様の代ではまずございません」
「ほっとしました」
「もし何か無茶な要請があれば当家までお越しください。必ずや取り下げてごらんにいれます」
親切すぎる。裏があるレベルだ。
アルステルムは怖い家だ。魑魅魍魎の跋扈する太陽で長年宰相を輩出し続けるトンデモナイ家だ。親切が怖いのだ。
「あのぅ、親切すぎて怖いんですけど?」
「裏はございませんわ。アシェラ様の大恩ある御方であれば、当家が身を粉してお守りするのは当然なのです。誤解を恐れずに端的に言えばアルステルム家が全面的に後援致します」
なぜか何も安心できないのは伯爵のせいだろう。
あいつ自爆覚悟でTS薬飲ませに来るマッドだからな。死なば諸共ですニヤァが忘れられないんだよ。
最後にマルスピットを貰った件についての説明だ。
これは領地ではなかった。フェデル市にある葡萄農園の一部を指す名称であり、俺はそこをゲッツしたのだ。つまり毎年葡萄酒が樽で何個も貰えるよってやつだ。もちろん好きな品種を作らせてもいい。葡萄農園の一部のオーナー権ってわけだ。
株主という考え方でもいいと思う。こちらからの指図や人件費の支払いなしに葡萄酒を送り続けてくれるそうだ。
ツェリさんが去年のワインを注いでくれる。よくわからないけど旨かったと思う。
「いかがでしょう、去年の物は特に評判が良いのですが」
「やはり味わいがちがいますね」
美女の前だから見栄を張った、ちがいの分からない男リリウスである。
ツェリさんがきゅーっと飲んでるけど飲み方からしてちがうわ。マジモンの上級貴族のご令嬢はさすがだ。
今年作った分を秋冬に送ってくれるとの事だが、とりあえずフェデル市の貯蔵庫に保管してもらう事にした。ワインに旅をさせてはならないというしな。通っぽいな俺。好きな時に飲みに行こう。
もちろん売ってもいいらしい。フェデル市のワインなら樽一個で金貨300枚にはなる……
太陽勲章がしょぼく見えてきたな。やべえ、感覚がマヒってきた。
「説明は以上になります。書面にもまとめておきましたがご質問があれば当家か貴族院までお問い合わせくださいね」
「はい、色々とありがとうございました」
「お役に立てて何よりですわ」
ツェリさんと別れの挨拶を交わして退室する。
ちょうど隣の部屋からフェイが出てきたわ。こいつが何を貰ったか気になってたんだ。
「よう、お前何貰ったよ?」
「……」
何で黙るんだよ。
「……騎士候位。なんでお前が伯爵で、僕が騎士候なんだよ」
「だって」
だってお前そこまで活躍できなかったじゃん。って言ったらマジの殺し合いが始まる気がするので止めておこう。
「だってなんだよ」
「何だろな」
「はぁ…何だろうなあ。お前領地貰ったろ、町とか治めんのか?」
簡単に説明しとく。ワイン農園の一部オーナー権の話だ。付き合いで酒を飲んでも好んでは飲まないフェイはどうでもよさそうな顔してるわ。このワインが下手な領地よりカネになる話は黙っておこう。
「飲み助のお前にはいい話じゃないか」
「まぁな。ところで騎士爵の他には何か貰ったか?」
「報奨金だな。年金付きの勲章も貰ったぞ」
報奨金が200ユーベル。年金は30ユーベルらしい。
太陽勲章の年金については黙っておこう。俺にも情けはある。
ユイちゃんがフェイの隣の部屋から出てきた。どうやら王の間で論功行賞受けたやつはみんなこの辺の個室で説明を受けているようだ。
「あれ、リリウスもフェイもこんなに近くで説明を受けていたんですか?」
ユイちゃんの報酬内容もフェイと同じだったらしい。
すまない、俺だけたくさん貰って本当にすまない。
「ニヤニヤしてるぅ~」
「ムカつくよな」
「そういうなよ、今日は俺のおごりだ、みんなでパァっとやろうぜ」
しばらくこの辺りでおしゃべりして時間を潰し、知り合いが出てくるのを待ってみる。
不思議な事にバトラ兄貴が何にもしてないのに騎士候になっていた。どうもシュテルからの出産祝いであるらしい。兄貴のLUK値すげえな。
で、黄金騎士団に誘われているらしい。
イルスローゼも今回の内紛でガタガタしていたから戦力拡充の意味でも優秀な冒険者を登用しているのだそうな。
「返事はなんて?」
「保留にしてある」
「なんで、いい話じゃん?」
「……お前への不義理かと思っていたんだけどな」
別にいいのに。
妻子がいるなら安定した仕事の方が絶対にいい。高ランク冒険者の収入は段違いにいいけど、その分リスクも高い。育児を乳母に任せるのか知らんが戦力ダウンしたグランナイツでは以前と同じ依頼は受けられないはずだ。
クラウの抜けた穴は大きい。今回あいつとガチで殺り合って本気で痛感した。
「俺のことなんか気にするなよ。兄貴の仕事はラトファとファルコを守る事だろ」
「そう言ってもらえると気楽なようで癪だな。だが、今の俺ではもう危険なクエストに行こうなんて気にはなれないだろうな」
しゃべってるとトキムネ君も出てきた。騎士団に誘われたが保留にしてきたらしい。仲がいいなこいつら。
シェーファも出てきた。太陽勲章と報奨金を貰ってホクホクだ。爵位は子爵位を用意されたらしいが事前にお断りを表明して報奨金の増額させたらしい。600ユーベルだ。
ファトラ君からレヴァティーンと30万ユーベル貰った上にだ。さらにファトラ君が所有する太陽の武具を選べるってんだから一番儲けてるまである。
未来組二人は報酬を辞した。明日にでも未来に帰るんだそうな。だからまぁこの場にはいないのさ。
「じゃあ帰って仲間内での宴会でもやろうか」
提案するとバトラが渋い顔になる。
「王宮でのパーティーがあるって聞かなかったのか?」
「いいよ。そんなのより俺はみんなと気兼ねなく過ごしたい」
マジな話出席しても居場所がないと思うぜ。
というわけで久しぶりに俺の持ち家に戻り、パーティーの準備をするのさ。名目はそうだな、ディアンマ倒したおめでとうかな?




