戦いの後で④
羅紗のカーテンを閉じた室内は暗く、一筋の明かりだけがグレイド翁が持つグラスを照らす。葡萄酒は昨年できたばかりのもの。特に評判の良かったここ三年の間で一番の出来だと云われる上物だが、グレイド翁は口をつけようとしない。
「起源を求めてきた。なにゆえガランスウィードだけが呪われたようにディアンマを輩出するのかと、我らのルーツに答えを求めてきた」
対座する先代の王アルビオン七世はグラスを傾けるばかりで相槌もしない。
長い付き合いだ。互いの距離感は計り終えている。
「ガランスウィードの宝槍レヴァティーンには聖地へと至る道のりが刻まれていたはずなのだ。だが刻印は削り取られていた。長き戦働きに耐えられなかったのか、何者かが削り取ったのか、聖地へと至る道のりは失われていたのだ……」
グレイド翁は目元を伏せ、グラスを見つめ続ける。
己の手の震えは止まらない。
「ゆえに十五代前の当主サラディーン・ガランスウィードはレヴァティーンを迷宮に捧げた。いつの日か迷宮から完全なレヴァティーンがもたらされると信じて。……だが出てくるのはいつも不完全なレプリカントよ」
「剛毅な話だ。迷宮による武具の複製なんて不確かな物にまで頼ろうとは、正気の沙汰ではないな。なにゆえそこまでして聖地へ往こうと思うた?」
「太陽神ストラのやってきた聖地リーンスタップの場所を探し出し、我らが神に問い質したかったのよ」
「どのように?」
「我らは真に貴方様の御子であるのかと。ただ、ただ相違ないの一言を聞きたかった……」
暗室の奥から堂々たる美丈夫が進み出てくる。
裸身に古い民族模様を施したベストと簡素な足履きのみを着用した男だ。絶望と呼べるほどの魔力圧を有しながら男の表情には慈悲がある。
「この者は……」
「聖地の御方よ。太陽竜ストラが御子にして聖地の守護者、バルバネス殿だ」
氷柱竜バルバネスがグレイド翁の肩に触れる。
恐怖に震えるグレイド翁の眼には彼が死神に見えているのかもしれない。
「聖地はここより遥か西方、ベイグラント大陸南端の竜の谷だ」
「なんと…なんと、そのような場所に……」
グレイド翁が面をあげる。
憔悴した顔は以前にも増して弱弱しく、こけた頬は老いよりも病を感じさせた。
「まこと貴方様がストラの御子であらせられるか?」
「相違ない。お前が我らが父の血を引く者である事実に重ね誤りはない。グレイド、遥かなる同胞よ、心に巣食った疑念は晴れたか?」
「痛み入る。この胸にもはや疑念はない!」
グレイドがグラスを煽る。
のどを伝うワインの雫が血のように絨毯を赤く染めた。
カーテンが開かれる。太陽は青空の中に輝き、窓辺から見えるのは華やかパレードの光景だ。
行進する騎兵と屋根のない馬車には新しい英雄たちが乗り込み、熱狂する民衆へと手を振り返している。
リリウスが、シェーファが、フェイが、晴れやかな顔つきで手を振っている。
黒く美麗なバイコーンに乗るナルシスは膝にテレサを抱きかかえ、ルキアーノはフェスタ海軍の軍服に身を包みその隣を。
ちゃっかり馬車を用意されてるグランナイツも歓声に応えている。トキムネなんかは花束を渡されたので調子に乗ってリップサービスをして、奥さんに耳を引っ張られている。
艶やかな赤薔薇騎士団は全員が騎乗し。アシェラ信徒からは代表してフェニキア女王アシェルと巫女ファティマ、王太子クロノスが参列する。
イース海運からは財団総帥ファラ・イースと警備部の面々。喪服を意味する黒のラインの入った小物を帯びている。
国賓滞在用のホテルのスイートから戦勝パレードを見下ろす先代太陽王が嬉しそうに手を打つ。
「あれが新時代の英雄よ。なあグレイド、ワシらの時代はもう終わったのだ、そう思わんか?」
返答などあるはずもなかった。
毒杯をあおったグレイド翁はすでに事切れ、だらりと垂らした腕からグラスが転がり落ちていた。
先代は目を伏せ、小さく頭を振る。
「なあグレイドや、思い出さんか、昔もこうしてパレードを見ていたよなあ……」
先代が昔話をする。返答などあるはずもないのに、彼は思い出を語り続ける。
バルバネスが退室する間際、ちらりとグレイド翁の死体を見つめ、すぐに目を逸らす。
「所詮は虫けらか」
人は愚かで救いがない。
竜の眼から見る世界は、きっと美しいものではないのだろう。




