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戦いの後で①

 魔王の脅威去りし夜明けの王都。空気の弛緩した、気の抜けた一瞬を狙う者がいる。聖ファティマの大鐘楼から光のブリオネイクを掲げる大罪教徒は、望遠鏡でしか捉えられない超長距離狙撃の構えだ。


 狙いはリリウス・マクローエンただ一人。ターゲットが勢揃いしている今なら誰であってもいいが、彼の脅威度を考えれば確実に仕留められる今を逃す手はない。


「狙うなら今しかない、クラウ先輩なら必ずここを狙うと思っていたよ」


 背後からの声の主にブリオネイクを突きつける。

 ドレイク・ルーターもまたリニアレールガンを突きつけたまま、両者は引き金を引くタイミングを失した。


「ドレイク、少し見ない間に随分と老け込みましたね」

「色々と苦労を抱え込んできたもんで。先輩、退いちゃくれませんかね?」


「……彼はいま仕留めた方がいい、そう思いませんか?」

「そいつは短慮っていうんですよ。リリウス・マクローエンを殺すと強大なゴーストに変貌すると言っても殺りますか?」


 アスラリエル・サファの眼に逡巡が掠める。


「好都合です。友のゴーストなら冷酷非道の銀狼であっても不覚を取るかもしれない」

「短慮って言ったでしょうが。放置すれば太陽が沈むレベルのゴーストですよ? 仮に仕留めきれなかった場合、どこまでの被害になるかも想像もつきません」

「夜の魔王なら倒したのでしょう?」

「別件だと考えています」


「証明できるものはありますか?」

「我らが友情では足りませんか?」


 ここが分水嶺だ。答えを間違えるとドレイクと相打ちになる。サファから見ればドレイクの武装は不明だが、自信満々に出てきたからには殺傷力が低いとは考えにくい。

 ドレイクは心根は真っすぐな男だ。約束さえすれば武装を引っ込めるはずだ。


 サファは嘆息をつき、ブリオネイクの励起状態を停止させる。


「今回は退きましょう。他ならぬ我らが友情に懸けてね」

「先輩が本当に友情を重んじるお人ならここまで言いませんが、ロキ神に誓ってもらえますか?」

「……誓わないと言えば?」

「この場で仕留めさせてもらいます」


 ブリオネイクの状態は解いたがドレイクの銃口は未だサファの額にある。……冷や汗が出てきた。


(見誤った? ドレイク程度軽くあしらえると慢心をしたか……)


 サファは己が窮地に陥った理由を知らない。

 彼はサファのよく知る後輩ではあるが、そこから九年の経験を重ねた神狩りだ。ゆえに邪神兵の扱いという一点においてドレイクは予想を裏切る行動を取った。


 だがサファにとってドレイク・ルーターはただの学生で、未だ侮りが残る。


「キミには無理だ、ドレイク、キミは非情になりきれない」


 サファが振り返り、ブリオネイクの切っ先を、ファラ・イースに抱かれて眠るリリウスへと向ける。


 鳴り響いた一発の銃声。

 アスラリエル・サファだった死体は頭部を失って大鐘楼から落ちていく。死体は石畳に落ちる前にさらさらと砂のように溶けて消えていった。


「撃てますよ。敵に情けをかけたせいで友を失った経験があれば、誰だって撃てるんですよ……」


 ドレイクはくさくさした気分を紛らわせるみたいに煙草に火を点ける。


「禍根を残したか。わりいなリリウス、先輩の始末を任せちまうことになった」


 未来に帰る前の大仕事と思ってみれば逃げられた。

 何とも締まらない結果だが、本命はこっちじゃない。今頃過去に戻ってきた真実の目的に手を出している頃だろう友を想い、ドレイクはめっちゃいい顔で親指を握り込んだ。



◇◇◇◇◇◇



 テレサ・ガランスウィードは暗い闇に座り込んでいる。ここはアシェラの構築した次元結界だ。ディアンマによる再接続を封じるため、ここに放り込まれた。


「全部終わったら迎えに来るからさ、それまで眠っていればいいよ!」

 って言われてひと眠りしたけれどアシェラからの迎えはない。


 あれからどれだけの時間が経過したかなんて分からない。外の様子なんて分かるはずもない。

 ここは静かで、誰もいなくて、寂しい気持ちと後悔ばかりが溢れてくる。


 音のない闇の中で何を間違えたかずっと考えている。でも苦しさが募ると思考が停止して、また泥みたいに眠った。


 迎えは来ない。

 浅い眠りと覚醒を繰り返す。夢と現実の境がわからなくなる。


 迎えが来ない。頭がおかしくなりそうだ。人恋しさを閉じ込めるみたいに抱えた膝にちからを込めた。


「アシェラ様、遅いな……」

「悪い、遅れたな」


 暗闇に光が差す。

 闇の蓋が開かれて、そこから光をまとう黒髪の男が手を差し伸べている。テレサは彼の姿を見上げたまま何も言えなかった。


「何だよ、遅れたのをそんなに怒っているのか?」


 テレサは首を振った。そんなことで怒ったりしない。

 色々やらかした。彼には刺客だって差し向けた。殺して死体を太陽炉に投げ込んだ。太陽の王家を処理する適切な手順として必要だったからだ。


 だからテレサは、彼が生きているなんて、彼が迎えに来てくれるなんて考えもしなかった……


「……怒ってないの?」

「不手際は多かったな」


 やっぱり怒ってるんだ、そう思った。


「キミらしくない手は大方ディアンマの仕業なんだろうが手ぬるくてアクビが出そうな展開だった。もっとドス黒くてきつい手を打てよとは考えていたぞ」

「なんの話よ」

「悪戯の話に決まってるだろ相棒。キミがいつものプレイングに徹していたらここまで優位には運べなかったから、結果的にはよかった。テレサがいつも通りだったなら私も負けていたかもな」


 ナルシスがいつも通りの微笑みを浮かべる。悪い悪戯ばっかり考えてる悪党の微笑みだ。だからテレサもつられて悪い顔になっちゃう。


「ふぅ~~~ん、じゃあ貸し一つにしといてあげる」

「そのセリフが出てくるなら安心だ。ほら、出てこいよ」

「ええ」


 彼の手を握る。思いっきり握りしめても彼は痛がったりしないけれど、その手を握り、闇の底から引きあげてもらう。


 もうすっかり夜が明けている。白明の空は紺色が混ざってとても綺麗だ。

 王都の街並みは何か大きなモノに圧し潰されたみたいに荒野然としていて、まだ無事な街並みは遠く、少し離れた空には天空都市が浮かんでいる。……ナルシスは手ぬるいと言ったけどギリギリだったのかもしれない。


 ここには数名の男がいる。悪戯三人衆の三人目のルキアと、もう一人は知らない子だ。顎の細い耽美系の顔立ちと、相反する磨き抜かれた戦士の表情がどこかナルシスを想起させられる。従弟にも似ているけどあの子は可愛い系だから全然ちがう。

 誰なんでしょうねって思っているとナルシスが何気なく言った。全然ちがう内容だった。


「父上が太陽王に立たれた」

「そう」


 もうあんまり興味はなかったが流れで一応聞いておく。


「アルシェイスは?」

「ショックが大きいようでしばらくは立ち上がれそうもない。しばらくは僻地で療養かな?」

「オモチャにするつもりでしょ?」

「いやいやまさか、さすがの私も加減はするさ。あいつは面白いオモチャだから壊さないように大切にね」


 そんなアルシェイスだがお咎めは無し。療養後は騎士団にポストを用意させるとか。


 事後報告みたいな会話が続く。テレサは首を捻っている。ナルシスがこんな話をするなんておかしいから、どういう意図があるんだろうって彼の顔色を読もうとする。

 言い出しにくい本題だけ避けるような会話と、珍しく困った顔をしてるナルシスが不意に放り込んできた。


「ガランスウィードの処遇だが……」


 本題はそれか。やらかした自覚はある。敗戦の身であれば色々と酷な要求もあるだろう。嫌だと言っても通らないような、罰が……


「そちらもお咎めなしだ」

「へ……?」

「今回の騒動の責めはすべて私が負う」


 テレサが慌てる。


「なっ、なんでそんな事になるのよ!」

「ハハハハ! 今回の一件は私の仕掛けた新年一発目の悪戯なんだから当たり前だろ。というかだ、この形にできなければガランスウィード糾弾の流れは止められない」

「だからってあなたが罪を被ることないじゃない……」


 ここでルキアーノが口を挟む。


「悪戯心はそこまでにしとけよ。テレサ、気にかけてやる必要なんてないぞ、こいつへの罰は三等魔導官への降格だけだ」

「おい、バラすなよ」

「テレサ、冷静な判断をしろよ! こいつの本題はこの後だ!」


 ナルシスがプイと横を向く。珍しく不貞腐れた態度だ。相変わらずルキアには弱いんだなあって感じだ。


 ナルシスがどれだけ緻密に策を練ってもルキアは一手で突き崩す。彼に対して相性がいいのはテレサで、悪戯三人衆は三すくみの関係性にあった。十年続けてきた友情が変わらないのは喜ぶべきかもしれない。

 罵り合ってどつきあって策に嵌めて、最後に残ったのはこの三人だ。


 ナルシスが握手を突き出してくる。なんで握手?って思ったけど握ってみると、抱き寄せられてしまった。


「父上から身を固めろと言われた。お前の落ち着きがないのは守るべき家族がおらんからだと以前から再三にわたってガミガミ言われてきたが今回の一件で堪忍袋の緒が切れたらしい。今すぐ結婚しろとご立腹なんだ」

「そ…そう……」


 ものすごい早口だった。


「だが私には結婚なんて古めかしい慣習の何が良いのかまったく理解できない。法律上夫婦と認められた、だから何だ?というのが正直なところでメリットが見当たらない。特に財産関係の制約が多すぎる。最適解は事実婚だと考えているくらいだ。予め離婚時の取り決めをしておく契約婚でもいい」


 めっちゃ早口だ。

 ぽかーんとしてたテレサが込み上げてきた苦笑に何とも言えない笑顔になる。


「相変わらず馬鹿ねー。式でドレス着るじゃない、女の子はみんなあのドレスに憧れているのよ。惚れた女の喜ぶ姿を見たいから式を挙げるのよ」


「メリットに比べてデメリットが多すぎる」

「じゃあ惚れた女の一番綺麗な姿が見れるのよ。これでも足りない?」

「その観点はなかった」

「どう、結婚も悪くなさそうでしょ?」


 テレサがどや顔で言った瞬間だ。ルキアーノが頭を抱え、隣のファトラが嫌そうな顔になり、ナルシスがとびきりアクドイ顔になる。


「悪くない。なあ、テレサの一番綺麗な姿を見せてくれないか?」

「……唐突じゃない。仕込みじゃないでしょうねー?」


「信用がないな。私だってたまには将来とかそういうものを色々考える。十年先、二十年先、その時我ら悪戯ブラザーズがどうなっているかを考えるのだ」

「さすがに解散でしょ」

「解散したくない」

「シュテルが落ち着けって怒鳴るわけだわ」


「十年二十年の先に我らはきっと誰かの夫であり妻となっている。現時点においてまったく想像もつかないが……今回の事で身に沁みたよ。テレサ、キミを別の奴に取られるのは最低の気分だ」

「ファラさんはいいの?」

「お前が欲しい。お前だからこんなに長く付き合えたんだ。……嫌なら断れよ」

「嫌じゃないよ」


 テレサは少しばかり考える。どうすればこいつから望む愛の言葉を吐き出させられるかっていう程度の話だ。


「じゃあ形式はどうする?」

「アディリスの湖畔の教会でやろう。出席者はなしだ。二人きりで式を挙げよう。お前の一番綺麗な姿は私だけのものだ」

「いいじゃない」


 山間の景勝地を思い浮かべる。アルビオン七世の愛した湖畔の避暑地で出会った頃はここまで長い付き合いになるなんて想像もしなかった。

 悪戯ばっかりして大人を困らせるのが楽しかったあの頃と今がつながる気がして、何だか笑ってしまった。


 その微笑みをなんと読んだものか、ナルシスが不安そうに眉根を寄せる。


「文句があるなら早めに言えよ」

「いいえ、今の時期のアディリスはきっと綺麗よ」


 二人が唇を重ね合う。

 苦々しい顔つきでそれを見つめるファトラの肩をルキアーノが叩く。優しい。

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