大悪魔ディアンマ⑥ しまっちゃうリリウス
ディアンマ戦六度目の再編成が行われ、レジスト値の回復が必要だと診断された連中でバトルフィールドを出る。ディアンマのちからを制限する特別製のバトルフィールドから出るととっくに夜が明けていた。
一部が更地になった王都の一角では仮設陣地が設営され、休憩中の連中の間をアルテナ神官が走り回っている。当然のように姉貴が働いてるぜ。
軽く手をあげるだけで挨拶しておく。拳をグッと掲げて挨拶返しされたぜ。がんばんなさいよって奴だな。
俺は一緒に後方にさがってきたルルとしゃべってる。
「へえ、じゃあバルジ脱獄からずっとアシェラの手先やってたんだ」
「報酬に釣られてな。いやいやさすがは英知のアシェラ、あれは断れない」
「どんな報酬だよ」
「A鑑定だ」
うわっ、俺も欲しい。
研究職の魔導師なら鑑定スキル貰うためなら親兄弟の魂でも売ると思う。
「使いこなすには神殿での修業が必要だが我には伯爵がいるからな。学業の片手間こつこつ修練を積む予定なのだよ」
ルルが上機嫌だ。素材の真贋や使ってみないと効果がイマイチ分からない試作品の状態がわかる鑑定スキルなんて魔導師は寿命を一年を残して全部貰うって言われても欲しがると思う。
フェイとレテとユイがのんびり座ってる絨毯まで行き、のんびり休憩する。
フェイよ、どうして俺の肩を揉む。
「……お前の肉を食ったら魔法抵抗力が上がったり」
「しねえよ! その考え方ジャングルの奥地に住む野蛮人のじゃん!」
俺の肩から手を離して!
ユイちゃんがそっと薬湯を手渡ししてくれる。さすがユイちゃん。この薬湯は魔力器官の治癒を促進し、ついでに魔法抵抗力を高めてくれる秘薬であるようだ。
アシェラ神の指示でルルやアシェル達がこの日のために増産した特級の霊薬だってさ。
「仮眠とります? わたしの膝が空いてますよ」
「それも悪くないな」
ディアンマ戦で神経が研ぎ澄まされたな。
いま俺の知覚野は限りなく広く、この王都全域まで広がっている。空間支配の権能が増大しているのだろう。
王都の端っこ東方移民街の方角からこちらの様子を観察している一団がいる。忘れもしねえぜ、てめえらの魔力波長はよぉ。
「フェイ、レテ、ちょいと冒険に行かないか?」
「あん? 今がどういう状況かわかっていてまだ抱え込もうって……」
フェイが途中でお察し。
「あぁ、なるほどな。いいぜ。レテの仇討ちだ」
「おう、散っていったレテの仇を取ろう」
「なんの話~ぃ? 勝手に殺さないでほしいんだけどー」
レテが唇尖らせて拗ねちゃった。
さあて、いっちょ殺ったるか!
◆◆◆◆◆◆
夜渡りによる一瞬の空間跳躍で襲撃を仕掛けるのは九龍城のような巨大集合建築。瞬時に空間振動に気づいて急行してきた連中をフェイとレテの三人で一蹴する。
最高神クラスの女神と戦ってる最中の俺らに敵う者がいるなら出てこいやあ!
逃げる奴は逃がしてやる。立ち向かってくる奴は皆殺し。俺らの足はまっすぐに不浄の魔力へと向かう。
「悪い子はどこだー!」
「悪い子は出てこーい!」
「観念して出てきなよ! 絶対逃がさないんだから!」
不浄の魔力波長が空間跳躍。座標を特定して俺らも跳ぶ。
そこは王都南の路地裏だ。木箱と動物の死骸が散乱する、不良少年の溜まり場になっているような場所だ。
コーネリアスはそこにいて、俺らの姿を見て怯えている。
「悪い子はっけーん」
「なっ、なんで……」
俺はクケケクケケとにんまり笑ってやる。
コーネリアスがもう一度夜渡りで飛ぼうとしたがその術を禁じる。コーネリアスがディスペルバック反応で燃え上がる右腕を押さえてしゃがみ込む。
魔王級の術者からの制限だ。最悪肉体が吹き飛ぶほどの反動が来るぜ?
「あ……おっ、お願いだ、見逃してくれ! 頼むよ、ぼぼぼぼくだって別に好きであんなこと、ただキミ達が襲ってきたから撃退しただけで!」
時間の無駄だから悪党の言い分には耳を貸さない。
「ねえフェイ君、こいつ悪い子だよね?」
「ああ、悪い子だ」
「とぉ~~~っても、悪いおじさんだよ!」
「すまない。謝る、謝罪する、キミの下についたっていい! 財産も差し出そう。ぼくの研究データでも欲しい物なら何だって差し出す!」
コーネリアス、お前の命乞いを聞くのは二度目だ。
お前は本当にどうしようもないクズだ。どうしようもなくなってから命乞いをしても意味がないって、前世でも今世でも、いつになっても学べないどうしようもないクズだ。
「コーネリアス君」
「あ…え、何を……」
「君のような悪い子はね、もうしまっちゃうしかないんだ」
コーネリアスの首根っこを掴んでステルスコートにしまっちゃう。ジタバタ暴れてるけどもう遅い。
「しまっちゃうぞ、しまっちゃうぞ~~~君のような悪い子はしまっちゃうぞ」
はい、コーネリアスの収納完了。ステ子ちゃん、遠慮なく食っていいぞ。
俺達はとっても晴れやかな気分で仮設陣地に戻っていき、仲間はずれにされたユイちゃんからこう聞かれた。
「何をしてきたんですか?」
「お花摘みだよ」
「三人でですかぁ~?」
「そうだよ。なあフェイ?」
「ああ、悪い花を摘んできただけだ」
「悪い花だったねー」
クスクス笑ってこの冒険はナイショにする。死体漁りのジジイの話なんて耳汚しなだけさ。
ま、心残りだったのさ。
仲間達の顔を見つめる。フェイとは随分長い付き合いになったな。レテには少しばかり嫌われていた気もするが彼氏を付き合わせてばかりの悪い友達だから仕方ないか。ユイはいつも通り可愛いね。
ここに居ない奴らもいる。でも、こいつらの顔だけは忘れないようにしよう。
「なんだよ、アホみたいな顔して?」
「ありがとうな」
フェイがアホみたいな顔になった。
「急になんだよ。逆に怖いぞ」
「素直な気持ちってやつだよ。お前らがいたから今日までどうにかやって来れた。ありがとう」
いつもなら気恥ずかしくて言えないセリフも今日はすんなり出てくる。
どこまで保つかと思ったがそろそろ限界だ。
俺は今日みんなの未来を切り開く、ディアンマだけは必ず道連れにする。その後に未練がないわけじゃないが……
「やっぱりカトリに会いたかったな」
「終わったら会いに行けばいいだろ。ディアンマを倒したらフェスタだ」
「そうだな」
そう出来ればいいな。
空が澄み渡っている。今日は命を終えるにはいい日和だ。
◆◆◆◆◆◆
ここは真っ暗な闇の中だ。
音もしないし声も聞こえない。耳鳴りさえも聞こえない完全な静寂の空間で、コーネリアスは存在するかどうかもわからない出口を探して走り回っている。
(ここはまずい。早く、早く出ないと!)
ここは奇妙な空間だ。踏みしめている床がいったい何でできているのかもわからない。
靴の裏から伝わるぶよぶよした感触。……わからないはずがなかった。本当は己が今何を踏みしめているかを理解している。だが認めたくなかった。
時折踏んでしまうずぶりと踏みぬいた感触と、触れた時の感触。死体漁りのコーネリアスにわからないはずがない。これは慣れ親しんだ腐肉の感触だ。
走っても走っても走っても靴が踏むのは腐肉の大地。いったいどれだけの死体を集めたものか、腐肉の大地に終わりはない。
(なんだここは、なんだこれは、いったい何が起きているんだ!?)
高位のネクロマンサーと言えどこれほど多くの死体に囲まれた経験はない。
若い頃であれば天国だって喜んだかもしれない。死体を解析して操ろうとしたかもしれない。でもここには音がない。彼の大好きな悲鳴もなければ匂いもない。
ここには何の喜びもない。無限に冒涜を重ね続ける死の世界だ。
だからコーネリアスは出口を求めて走り続ける。彼の本能が叫んでいる。ここには耐えられない。早く出ないと心が壊れる。
『誰かいないのか! お願いだ、リリウス、ぼくをここから出してくれ! お願いだ!』
広範囲に放ったはずの思念が広がらない。
灯火の魔法も使えない事を考えれば魔法行使権限を奪うフィールドなのかもしれない。
許しを請いながら走るコーネリアスはやがて松明の明かりを見つけた。
明かりも広がらず、狭い範囲を照らすだけだがたしかな光を見つけて少し気が落ち着いた。沼地のように頼りない腐肉に三本の松明が差し込まれている。
火の番はいない。
(でも生活感はあるね。ぼくと同じ閉じ込められた者か……)
松明を刺した場所は野営地といった風情だ。元は食料品や武器を収納していたらしい木箱があちこちに散乱し、分解されている。松明の正体は木箱を分解した板だった。
オリーブの瓶詰めは中のオイルを残して空。他にも瓶が転がっているが全部空だ。
(水は? 一滴でもいい、何か残っていないのか!)
腐肉の中に沈んだ一本のワイン瓶に目を留める。ラベルを見ればフェデルシャトーの葡萄酒だ。コーネリアスは瓶に飛びついて掴み上げたが中身はやはり残っていなかった。
(食料事情は悪いようだ。こんなところでは仕方ない…か)
のどが乾いている。
今は一滴の水が欲しい。大量に飲めたなら最高だ。……いや最高なのはここから出る手段か。
やがて遠くから松明の明かりが近づいてくるのが見えた。
コーネリアスは駆け寄りたい衝動を堪え、コミュニケーションの方法について考える。声も出せない。思念も届かない空間で敵意がないことを伝える方法についてだ。
悩むコーネリアスの靴先に何かが当たった。ふと足元を見れば人の腕らしき物が転がっていた。……ワイン瓶に夢中で気づかなかった。
人の腕には齧りついた痕跡がある。明らかに人種の歯型だ。
松明を手に取り辺りを照らす。色々な物が転がっていた。まとめて並べられた十を超える頭部を見つけた時には冷や汗が背筋を伝った。
遠くから松明の明かりが近づいてくる。