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大悪魔ディアンマ④

 彼はちっぽけな男だ。

 レティクル・ギガントであるこの身からすれば米粒のように小さな男だ。


 でもいつからか目を離せなくなった。


 床まで垂らした細長い金髪と黒流水のローブ。多くの悩み事を抱え込んだように潜められた眉根と凶悪な目つき。この四方世界に敵なしと謳われた夜の魔王は常日頃からそのような目つきで私をにらむ。


 いつかの日、時折戦況を伝えに来る彼に問うたことがある。


「なにゆえにそうも睨む」


 恨んでいるのか、生み出した事を?

 憎んでいるのか、戦いの運命を負わせた事を?

 厭うているのか、この私を?


「……」


 夜の魔王レザードはしばし考え、こう答える。


「他意はない。疲れが出ているだけであろう」

「左様か」

「うむ、けして他意のある事ではないぞ母者よ」


 何ともな返答でひょうし抜けしてしまった。

 答えを恐れ、強張っていた体からちからが抜ける様を彼は同じ問題と捉えたようだ。


「母者もお疲れのようだ。時には外に出て羽根を伸ばすも一興、望まれるならこの手をとられよ」

「だがの」

「危険はない。我を何者と思うておる」


「このアリスリートを守うてくれるか?」


「不快か? たしかに思い上がりだったかもしれん」

「いや、悪くない、悪い気持ちではない」


 一段と不機嫌そうになった彼への慰めでもなくそう答えた。

 あまり口のうまくない彼女だから、不意に口を突いたのが本心であった。ただそれだけだ。だから続く言葉を出すのは勇気が必要だった。


「どこへ連れて行ってくれる?」

「むっ……要望はないのか」

「美しいものが見たい。お前が美しいと思うものを見せておくれ」

「心得た。さあこの手を取られよ」


 この日は名も知らぬ湖を囲む花畑に連れて行ってもらった。

 一輪の小さな白い花を好きだと言った彼に理由を尋ねると「小さいものは可愛いであろう?」と真面目な顔つきをしていた。


 彼女は白くて小さな野百合が風に揺れる様を見つめながら、彼との語らいを楽しんだ。


 歳月が流れていく。時折この下を訪ねてくる彼との外出も時折やった。連れていけと言える性分ではなかったから、彼から切り出してくれるのを待つ日々で、「ではこれにて」と帰っていく彼の背中を何度悔しい想いを抱えて見送っただろう。


 でも彼女はそれでよかった。数年に一度の逢瀬であったも彼女にとっては至上の喜びであった。

 だが喜びの時は長くなく、この逢瀬もある時を境にぱたりと止んだ。


 彼が恋をしたからだ。彼が恋をしたのは小さくて白い異郷の女神アシェラ。彼女が知らぬ間に恋に落ち、いつの間にか子をこさえていた。


 彼女は嘆いた。涙さえ真っ黒な炎となりて大地を腐らせていく。

 彼女は悔やんだ。摘み取った野百合が我が手の中で燃えてゆく。

 彼女は泣いた。なぜこの想いを伝えなかったのかと泣き腫らした。


「あぁどうして、どうして我が身は小さく白くなかったのだろう……?」


 合わせ鏡のアリスリートは願った。



◇◇◇◇◇◇



「合わせろ、リリウスッ!」

「おう!」


 俺とフェイの拳がディアンマの腕の肉をこそぎとる。蚊に刺された程度のダメージは入った、って次の瞬間には超速度の腕の振り払いがやってきて吹き飛ばされてしまった。


 着地したフェイの膝が揺れている。俺には大したダメージじゃなくてもレジスト値五桁以下にはものすごいダメージだったようだ。


「ぐっ、くぅっ……くそ、僕がこの様とは……」

「いいから休んでろ。ユイちゃん、フェイの治療頼んだ!」

「はぁ~~~い!」


 パタパタ駆け寄ってきたユイちゃんに任せて俺は再びディアンマの下へと走り出す。


 大悪魔を囲む12枚の夜の鏡からアストラルバスターの砲撃が飛び交う戦場は現代艦隊戦って感じだ。攻城戦かもしれない。


 身の丈がキロメートル単位はありそうな大悪魔の周囲を超戦士どもが飛び交う。霊体特攻のアロンダイク装備保有者のみ、レジスト五桁以上が最低ラインという頭のおかしい戦場だ。


 一発も被弾してないルーデット卿とルキアーノは頭が超おかしいな。ファトラ君とナルシス君ですらたまに治療受けに後方に下がっているというのにルーデット家はやはり頭がおかしい。未来予知レベルでの戦闘行動ってのが最高にイカレてる。


 夜の鏡から黄金に輝く光の矢が飛び出してくる。その光線のような一射は大悪魔の頭部を一撃で粉砕しやがった。ウルド様の超時間チャージ技か!


 未来ドレイクが叫ぶ。


「復元能力発動までは安全だ。威力よりも手数だ、可能な限り叩き込め!」


 対神聖存在とはこういうものだ。壊して再生させる。このサイクルで魔力を消費させ続ける。HPゲージが欲しいような果てのなさに心折れちゃいそうな何とも根気のいる戦いだ。


 大悪魔の全身が復元する。と同時に黒い炎の津波がやってきた。

 えげつねえ魔法力の塊だ。港町に放ったら地形が抉れて数キロは海に沈むようなクソ魔法だ。


 シュテルが俺らを守るように前に出る。


「サポートは手を出すな。あれは危険だっ、ナルシス、ファトラ、俺達で必ず抑え込むぞ!」


 シュテルが先頭に立ち、太陽の王家組が干渉結界で威力減衰に挑むようだが―――

 魔力の無駄だ。俺が散らせる。


「トータル・エクリプス、魔法エネルギーを相殺する!」


 俺達を圧し潰そうと迫る黒炎の津波が消失する。


 エネルギーは必ず減少し、減少した分は境界の向こう側の世界へ移動する。世界を一枚のコインに見立ててもいい。表でエネルギーが発生すると裏面では負のベクトルのエネルギー流が発生する。

 この負のエネルギー流を視覚的に捉えることはできない。だがもし裏面に巨大なエネルギーが存在したなら表側は負のエネルギースポットと化し、あらゆるちからが働かない特異な空間と化す。

 空間はその表裏において常にエネルギー総量がイーブンであり、表裏のエネルギー総量は常にゼロだ。

 この虚無と光の法則を理解するなら適切な例えは焚き火だ。焚き火を起こせば熱エネルギーが発生し、裏の空間では同程度のエネルギー凹みが発生する。焚き火の熱量が下がれば裏の凹みも同程度の回復をする。

 この魔術は表裏の空間をつないで正と負のエネルギーをぶつけて相殺する。


 物理攻撃には無意味だが魔法攻撃ならどれだけの威力だろうがトータル・エクリプスで殺せるのさ。……おいお前達、はよ反撃に移れ。呆然とすんな。


「まさか反射できなかったのを蔑んでんのか?」

「馬鹿もんがっ、上出来だ上出来!」


 ガハハ笑いをするシュテルに背中を一発叩かれた。クソ痛えぞコラァ!

 くつくつ笑ってるルーデット卿まで叩いてきた。


「いやいやまったく頼りになる男だよ」

「よくやった、さすがは俺の弟だ!」


 ルキアーノが飛びついてきた。髪の毛ぐっしゃぐしゃにするのはやめろ。

 ナルシスまで不機嫌そうに叩いてきた。八つ当たりくさいな。


「ふんっ、あの強度の魔法を無効化されては魔導師の立つ瀬がないな。まだ可能か?」

「あの魔法無効化は派手に見えても魔力消費は軽度だ。千発打っても響かないね」


「面白い回答だ。……勝てるな」

「ええ、後は押し切るのみ。往きましょう!」


 ファトラ君を先頭に、アストラルバスターによる無数の着弾光が弾ける大悪魔へと総攻撃だ。

 このすぐ後にアシェラとクロノスがやってきて、存在抹消の剣『クラウ・ソラス』で大ダメージを与える。


 アシェラは第二陣も率いてきた。ラスト率いる豊国の騎士団でも戦力上からトップスリーと赤の賢者メルキオール。イース財団警備部からエルロン率いる戦闘部隊。暗黒竜のニーヴァちゃん。


「部隊の再編制だ。神聖存在を叩き続けて魔法抵抗力が激減した人を後方に回して治療するよ。回復次第戦線復帰してもらうから焦らず言うことを聞いてね!」


 当然のようにフェイが後方送り。傍目には問題なかったように思えたルーデット卿とナルシス、シュテルも待機へ移る。

 ややサポート寄りの俺やドレイクはそこまで消耗していないが、最初から最前線で大悪魔に食らいついているシェーファ、バルバネス、ファトラ君、ルキアーノは継続。こいつらは格がちがうな。レグルスは体力切れで一旦下がるらしい。ジジイだししゃーない。


「いい削り具合だ。大悪魔の魔力残量は76%だ、この調子で頼むよ!」

「うう…む」

「残りが76パー…だと?」


 レグルスとシュテルがうめく。

 クロノスのクラウ・ソラス一発で9~10%削れるらしい。こいつを二回命中させている事を考えれば、約一時間の間に俺らが総攻撃を加えて4~6%ってわけか。


 ふぅー、危ない危ない、ドレイクから事前に五日五晩戦い抜いたって聞いてなかったら卒倒してたぜ。


 ユイちゃんがステルスコートをくいっと引いてくる。


「な…なんでリリウスだけ余裕そうなんですか?」

「さあ。不思議なことにちからがあふれ出てくるんだ」


 俺のちからは未だ無限の領域と接続し続けている。異界の知識と異界のちからは幾ら引き出しても限界がない。もう少し有益に使えれば、とは思うがな。

 俺の魔法制御能力は夜の鏡12枚によるアストラルバスター射出でほぼ使い切られている。トータル・エクリプスの待機も含めれば余裕はない。ちからだけが余りまくっているってのはどうにも落ち着かない気分だ。


「頼もしいですよ。こんな状況だけどリリウスがいてくれるから、私まだ笑っていられるんです」

「可愛いこと言うじゃん」


 腰を抱き寄せる。嫌がらないなー。


「全部終わったらデートに行こう。二万ユーベル使ってパァっと遊ぼうじゃないか」

「約束ですよ」


 戦士は戦いの最中に約束をする。必ず生きて約束を果たそうと無理めな約束を交わして生還の糧とする。別名死亡フラグだ。


「ユイ、前に出るなよ。俺の守れる範囲にいろよ」

「リリウスこそ無茶しないで」

「誰に物を言っているつもりだ。我は……」


 ふと自分の名前が思い出せなくなり言葉に詰まった。でもユイが何度も唱えてくれるリリウスという名前で思い出せた。


「俺は魔王リリウスさんだぞ。悪魔なんぞに負けるもんか」


 霊体を復元した大悪魔ディアンマが黒炎の霧を散布してきた。生物を外部内部と問わず腐らせて殺す超広範囲魔法ってところだがトータル・エクリプスで相殺する。


 大悪魔討滅戦の第三ラウンドが始まる。

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