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王都混沌④

 王都地下迷宮最下層。

 イザールの殺人ナイフがテレサの首を掻っ切る寸前、悪霊の背中に暗黒の剣が突き立つ。完璧に入った奇襲攻撃にイザールの体が九の字に折れる。


「がぁっ!」


 殺人人形の特殊な体に斬・突系統の攻撃は意味を為さない。だがイザールの背中に突き立ったのは最悪の魔力剣『喪失弦モルダラ』だ。

 バッドステータスを付与する凶悪な一撃にイザールが悲鳴をあげる。


(私の背後を取っただと? 馬鹿な、伏兵には注意を払っていたのに!)


 ガレリアの教祖が殺しを止めて飛び退る。


 大ジャンプで逃げるイザールへと追撃の刃が走る。最近行方不明になってたクロノスと悪徳信徒グリードリーの二人が、不意を打たれて対応の遅れるイザールの身を十字に切り裂いた。……とはいえやはり斬撃は効果が薄い。聖銀の剣でも消去の剣でも手応えはカスだ。


 一旦スライムに化けてから人間形を取り戻したイザールが見たものは、最下層の入り口である転移魔法陣の上に布陣するアシェラ神殿の軍勢だ。


 アシェルとファティマ、二人の巫女と並び立つ褐色の肌の美しい少女の姿には戦慄すら感じる。


「鑑定のアシェラがここで出てくるか……。だが、どうやって?」

「そこなテレサ嬢が最下層への転移をする際にコードを盗もうと企んでいたのがキミ一人じゃないってだけさ」


 王都地下迷宮の最下層はディアンマの最後の砦だ。立てこもられたら厄介極まりなく、座標を掴む必要があった。

 まさかリリウスが暴走した結果テレサがここに逃げ込んでくれるとは予想だにしていなかったが、おかげで二つの陣営がここに入れた。


「考えることは同じか。さすがだな性悪女神」

「古代の悪霊に言われたくはないな。依頼の範疇にテレサ殺害はなかったはずだろ?」

「そうだね、依頼人からは禁じられている」

「じゃあ退きなよ」


 その言い分がおかしかったのかイザールが笑い出す。

 アシェラはイザールが大嫌いだ。主義主張が根本から合わないからだ。


「我らガレリアに殺人以外の機能を期待したなら依頼人の落ち度だ。この苦しみに満ちた世界から解き放ってやるのが我らの喜びなのだ」

「本気で言ってそうだから怖いんだよな……」


 戦闘状況は一見アシェラに有利だ。近接戦闘能力の高いクロノスとグリードリーと、悪徳信徒の軍勢でイザールを挟み撃ちにできる。だがそれでもイザールには勝てない。

 勝てないが、この場をまるく治める自信がある。


「王都地下迷宮のエナジーをやるよ。その代わりテレサ君はこっちで貰う。どうだい?」

「悪くないな」


 イザールが殺人ナイフを鞘に納める。くしゃりと歪んだ表情はじつに不愉快そうだ。


「しかし依頼人ね。裏は取ったつもりだが二股を掛けられていたか……」

「そういう事だね」


「慎重な男は嫌いじゃないがひっかけられるのは大嫌いだ。とはいえここは素直にファトラ君の手腕を褒めておくか」

「そうしなよ。メインディッシュが残っている状態で無理をするものじゃない」


 アシェラの口ぶりはこちらの狙いを見透かしてのものだ。

 ガレリアは今回の依頼の報酬としてディアンマの無力化を約束されている。それ以上に関しては何の約束もないが、厄介な怪物をさしたる苦労もなく手に入れる好機なので乗った。


 ファトラとの契約の際に提示された報酬を、アシェラが知っているのなら話は簡単だ。与えられた情報量が多い方が本命だ。


「最後の獲物は早い物勝ちか。いやはや彼も性格が悪い」

「従順な子羊よりも毒のある蛇のほうが好きな男がよく言うよ。……さて、テレサ君の処遇だが」


 悪霊と鑑定の女神の視線が一斉にテレサに向く。

 うずくまる彼女はビクリと震えあがり、頭を抱えたままこっちを見ようともしない。


「当代のディアンマは随分可愛らしいな」

(アリスリートを吸収した事で人の心が強く浮き上がったのかもね。ディアンマの影響力もかなり低い。となるとあれは倒されたフリか? クロノスめ、どこまで計算していた?)


 何もかも時の大神の手のひらの上のような嫌な気分を顔にも出さず、テレサの肩に触れる。ビクリと震える彼女にかける言葉は優しいものにする。


「キミをディアンマの影響から解放してあげよう」

「わたくしは誰なの……?」

「キミはテレサ・ガランスウィードさ。少しばかり厄介なゴーストに憑依されているだけでキミはキミなんだ、こんな事最初から悩む必要もないくらい簡単な事実さ」


 テレサがしばしの沈黙の後でおずおずと顔をあげる。

 泣き濡れた瞳に、優しい女神の微笑みが映り込む。


「本当に、解放…してくださるの?」

「任せなよ! なんたってボクは幸運のアシェラだぞ。泣いてる子を幸せにするくらい簡単さ!」


 と胸を張ってえらそうに仰ったアシェラ様が手招きでクロノスを呼ぶ。


「なんだ?」

「キミの消去の権能でさ、ちょこちょこっと彼女の加護を消してほしいんだ。というか全部消してほしいんだ!」

「はぁ? なぜ余がそんな面倒なマネをせねばならん」

「頼むよ~~~美味しい物食べさせてやるからさ! それをアシェルと一緒に食べなよ。喜んでくれるからさ!」


 クロノスが秒も考えず即決する。


「その約束を忘れるなよ」

「クソちょろ」

「今なにを言いおった!?」

「お前は素直でかわいいなあ。ずっとそのままでいろよ」


 クロノスがテレサの魂に触れる。真っ黒に染まった魂の付着物を指をグルグルかき回して、わた飴を作るみたいに集めてしまう……

 クロノスが泥でもついたみたいな嫌そうな顔になってる。


「そんなのでもちからの結晶だから消すのはもったいないと思うな。もし消すつもりならボクにおくれよ」

「そちにくれてやる物などない」


 と言ったクロノスが消すか食うか迷って……

 ぱくん! 食った! ものすごくマズそうな顔になってる。


「誘導も簡単。お前は本当に素直だなあ」

「貴様ぁああああ!」


 クロノスの怒りのパンチがアシェラを襲う。

 こうしてテレサはディアンマの影響下から脱し、クロノスもパワーアップした。


「いやー、お前とは長い付き合いになりそうだ。よろしくね!」

「黙れえええええ!」


 鑑定眼を開くアシェラ様もご機嫌だ。クロノスを育てて都合のいい兵隊にする計画が順調だからというのもあるが、最後の決戦に向けて必要な最後のちからが芽生えたからだ。


(あらゆる権能を無効化するグングニルにも近い存在抹消のちからの確保。ディアンマに挑む最低条件はクリアできた。後は結果を引き寄せるのみ)


 アシェラは震える腕を拳の形に握りしめ、信徒に向けて振り上げて見せる。


「みんな、がんばってね!」

「「え……?」」


「ボクが見守っててあげるから絶対に勝ってね! 幸運の女神がついてるんだ、勝ったも同然だよ!」


 残念ながらアシェラは弱い。魔法力だけは呆れるほど高いくせに他の数値はカスだ。

 だから、まぁ、応援だけするつもりのようだ。

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