ウェンドール805年3月22日 午前2時半①
転移光が消え去ってただの扉の戻った転移門の前に立ち尽くし、俺はただただやるせなさを握りしめる。
体感時間にして10秒前の出来事なのに実際にはもう24時間が経過している。再びこの扉を開けば+24時間だ。
イザールからの提案が太陽から手を引け、ではなく扉一枚を潜れだった時点で察しもつく。24時間以内に決着をつけるという意思表示だ。……当事者だったはずが一手で蚊帳の外に追いやられたか。
「最近陰湿な敵多すぎだろ。こちとら中三の小僧だぞ、手加減しろよ……」
正直あのメガネだけでも手に余るのにイザールだと? 頭おかしい布陣だろ、1エピソードに大ボスは二体要らねえんだよ。ディアンマも合わせて三体とか最終決戦じゃねえか。アニメなら最終回一時間特番だぞ。
アカン、尋常じゃないイライラで自分が何言ってんだか分からんくなってきた。
とりあえず眠ってるベルクスら三人を起こそう。転移先は荒廃した屋敷だ。屋敷と呼ぶにはやや手狭で、町の中にある屋敷って感じだ。
こういう感覚は俺が広大な森の中にあるでけえ屋敷で育ったからだろう。
厨房の裏口を開いて三人まとめて井戸に突き落とす。
「うわああああ! うわああああ!」
「なにこれぇ!? ここどこー!?」
起きたらしい。気絶してるやつを起こす方法として冷水は最強だ。絶対に起きる。これで起きないやつを俺は見た事がない。ちなみに籠城戦で疲弊した兵を叩き起こす方法としても運用されているようだ。むかぁし親父殿から聞いたわ。
「起きたかー?」
「リリウスか! 助けっ、助けてくれ。つか何が起きたんだ!」
腰にくくりつけてあるロープを垂らして三人を引き上げてやる。ベルクス君の頭に人間の頭蓋骨が乗っかってるんだがこの井戸の用途どうなってんだよ……
「井戸だったのか。すげえ数の人骨が沈んでたぞ……」
「すまんがそいつは俺も予想外だったわ」
三人がひそひそ密談を始める。
「あれ自白か?」
「完全に自白でしょ」
「…彼が一番の敵だよね……」
わるかったよ。でもあっさり捕まってて腹立ったんだよ。
駆け出しEラン冒険者にガレリアの教祖との奮闘を求めるほうがおかしいけど。
屋敷の外に兵隊の気配を感じる。大隊はいそうだ。ぶ厚い赤レンガの塀の向こうで屋敷を囲む連中は気配を隠そうともしていない。これを要約すると話があるから出てこいだな。
「いくぞ」
「どこだよ」
ずぶ濡れで元気が半減してる三人組を連れて屋敷の正門に回る。
漆黒の鎧と深紅の大剣二つという出で立ちの美女がいる。反射的にくるっと背中向けて逃げかけた己を叱咤し、根性出して向き直る。
「ああああ! 俺の大ッ、親友のラストさんじゃないですか!」
「……一瞬だけ逃げようとしなかった?」
気のせいです。
お話を伺うにこのダルタニアンの屋敷はやべー屋敷で、騎士団の最優先危機管理対象らしい。で、魔力反応があったからすぐさま急行してきたらしい。
「ここ俺が貰った屋敷なんで監視対象から外してよ」
「えー、もう書類上はアルチザン家の物になってるんだけどぉ?」
「なんで?」
「だって地税滞納が続いてたし」
なるほど、税金滞納が続いた結果差し押さえられたか。アルルカンも使うのは五百年ぶりって言ってたし仕方ないな。
「そう言わないでくださいよぉ、俺とラストさんの仲じゃないですかあ~~~!」
「そう言われてもねえ」
「税金ならアルルカンに督促してくださいよ。あいつすげえ金持ちだからポンと払いますって」
「どこのアルルカンよ……アルルカンって十三王のアルルカン様?」
「そのアルルカンですよ。あいつの本名はダルタニアン=アルルカン・ローゼンパームつって元太陽の王家なんです」
「その情報ほんとぉ?」
「ほんとほんと。何なら本人に聞いてくださいよ」
「気軽にお会いできる人物じゃないのよねぇ。それに友好国の王侯に税を払えってこじれそうで嫌だわ」
「じゃあ税はなしで認めて。お願い!」
「う~~~ん、獣の聖域の大使館別館扱いなら。ねえジェニファー、これでいいと思う?」
副官さんがキリッとした態度から小難しそうな顔になる。
まさかぶん投げられるとは思わなかったらしい。
「この場で回答できるような話ではございませんが、私見では聖域の保有する別館をこちらのリリウス君が相続したという形で相続日から逆算した地税と相続税を納めていただけるのなら問題ないかと」
「いくらになりますか?」
「詳しい金額はわたくしでは分かりかねます。後日王宮の……あなたって豊国で叙爵されていましたか?」
されてない。ラストから略式で勲章と金一封貰っただけだ。
「爵位を持つ家系の当主またはその信任を得た者以外がこの貴族街で居を構える事自体が国法で禁じられております」
「じゃあアルルカンに話をして聖域の大使館扱いにしてもらうか」
「相変わらず変なパイプばかり持ってるわねー。冒険者に飽きたらうちで外交官やりなさいよ、向いてると思うわよ」
「怒らせるの担当になりそうだけどいい?」
「怒らせないようにして頂戴。開戦の使者にしか使えない外交官なんて雇えないわよ」
「残念だな、怒らせるのだけは得意なのに」
「正直は美徳のはずなのに何でかデメリットばかりなのよねえ。これを美徳とか言い出したのいったい誰なのかしら?」
さあ。
世の中にはよくわからない価値観が存在する。正直は美徳という謎の価値観だ。何しろ正直に物を言うと大抵の人を怒らせてしまうのだ。例えば……
「ラストさんはこんなに気立てがよくて美人なのに何で彼氏ができないんでしょうねえ」
「怒る要素がないわねえ」
怒られなかった。正直も悪くないね。たまにはね。
ベルクス君たちが「この人達だれだよ」って言ってきたから紹介しとく。ベイグラントの第三王女ラストさんと赤薔薇騎士団の皆さんだ。
「なんでお前はベイグラントの王女様と普通に話してるわけ……」
「だって友達だし。ねー」
「うんうん、お友達よねー。シェアハウスするんだもんねー」
しねーよ。
ラストさんは30までに結婚できなかったら喪女同盟を集めて郊外の丘に建てた屋敷でのんびりお暮しになる予定だ。入居者にカトリ。下男に俺を予定しているらしい。
もう一度言う。シェアハウスしねーよ。
まぁそろそろ現実と向き合うか。もう手遅れかもしれないけど務めを果たそう。
「じつは今太陽の王位争いに関わっててさ」
「また変な冒険しちゃって! あなた冒険者なのよね? 政治に関わりすぎるの嫌って言ってたじゃない」
「友達の関係で断れなかったんだよ」
「顔が広いのも問題ねえ」
で、アルシェイスVSシュテルの争いをやってて俺はシュテル派。豊国に援軍を出してほしいって話だ。
太陽を裏から操る大悪魔ディアンマとか未来から帰還したファトラ・ガランスウィードが予言した王都地下迷宮の暴走とか洗いざらいくっちゃべる。
「物騒ねえ。新しい演劇の台本?」
「今ナウで起きてる大問題の話。なあ、援軍頼めないかな?」
「気軽に言ってくれるわねえ。わたくしの一存で決められる規模のお話じゃありません。かと言って国王様に持っていく理由もないのよね」
う~~~ん、見えていた回答。冷静な時のラストさんってわりと常識人だからね。
シュテルのサイン付きの書簡があるならまだしも、俺の要請で動いたりはしないか。
「だよね。変なこと言ってすまん」
「嫌にあっさり諦めるのね」
「だってもう時間が経ちすぎてるし。これ全部21日の深夜の話だぜ。日付けが回って22日か」
ラストがへんてこな顔になる。何言ってんだろこいつって顔だ。
俺そんな変なこと言ったかな、って徹頭徹尾変な話してたわ。
「ねえリリウス君あなたねえ、今が何日かきちんとわかっていて言ってる?」
「なんだよ」
「今はウェンドール805年3月21日の午後11時半よ」
「へ?」
ど…どういうことだ。24時間経ってるはずなのに……
「時差っ、ローゼンパームとの時差はどうなってる!?」
「三時間よ。だからあちらではたしかに22日にはなっているはずだけど」
ってことは22日の午前2時半か。
すげえ、すげえぞ、ティト神殿で扉を潜ってからまだ30分も経ってない。まさか大きい方のクロノスの仕掛けか? ファインプレーだ!
まだ勝機はあるぞ!