約束と忘れ物と
「決闘だ、俺は決闘を申し込むぞ!」
朝一番で部屋にやってきたルドガーはこんな事を言いだした。
昨晩はずっと鐘楼台から宙吊りにされていたくせに素晴らしい元気だ。元気君に改名しろ。
「お前も懲りないなあ。んで、日時は?」
「朝食の後、裏の森へ来い!」
人目につかないところで徹底的にやろうってわけか面白え。
だが森は広すぎんだろ、渋谷区で待ち合わせするようなもんだぞ、せめてハチ公的なシンボルをよこせ。
「森のどこだよ」
「泉のところだ!」
おけ大体わかった。わからなかったら待ちぼうけさせてやる。
そして朝食後、やっぱり自信がなかったのでステルスコートを使ってルドガー達の後をつけることにした。
だって裏の森に泉が幾つあると思ってるんだよ俺が知ってるだけでも七つはあんぞ。
ルドガーとバトラとアルドは鍵の掛かっている物置きからこそこそと剣を二本持ち出し、誰にも見つからないようにこそこそ屋敷を出ていった。
ははーん、これはあれだな?
決闘の場に武器も持たずに来るとは愚か者め、みたいな感じで正当化しつつ刃物でビビらせようとしているな。
裏の森の泉に到着する。
愉快な三馬鹿は俺が来るのを楽しみに待っているが俺実はもう到着してるんだよね。
お ま え ら の後ろにだ。
「赤ヘル軍団のフルスイング舐めんなボケー!」
その辺に落ちてた木の棒を使ってルドガーの頭にフルスイング!
ボカン!
ルドガーは一撃でぶっ倒れた。
そんな兄を心配してしゃがみ込むバトラの頭は、ちょうどトスバッティングの位置だ素晴らしい。
「ホームランじゃー!」
ボカン!
カキーンとはいかないが渾身の手応えでバトラも気絶。
ステルスコートを脱ぐとアルドがまとわりついてきた。
「わーい、リリ兄ーけっとうしよー!」
「お前決闘がなにか知ってんの?」
「しらなーい」
アルドは可愛いなあ、お前はそのままでいいんだぞ。
いやこの際だからアルドも参加させてあげよう。仲間はずれはよくないしな。
「決闘の準備をしようか。その辺にあるちっこい石を集めてきてくれ」
「うん!」
「遠くには行くなよ、迷ったら大声で俺を呼べよ!」
「うん!」
アルドが元気よく飛び出していった。
その間に気絶した馬鹿どもを物置きからちょろまかした荒縄で縛り上げ、苦労して宙吊りにするとアルドが戻ってきた。ニッカニカの笑顔で小石を山盛り持ってきている。
「殺意を感じる量だ……おまえ本当に決闘がなにか知らないんだよな?」
「うん!」
天然でこの量持ってくるとか将来有望すぎる。
俺はもしかしたら最強の敵を目の前にしているのかもしれない。
「決闘ってのはさ、石を投げてこいつらに当てる遊びなんだ。一番大きな悲鳴をあげさせた方が勝ちだぞ!」
「はーい、わかったー!」
リリウス軍一回の表の攻撃は256個の投石であった。
どこもかしこも青痣だらけのルドガーとバトラがものすごい勢いで喚いている。
卑怯だ、正々堂々と勝負しろ、恥ずかしくないのか、だそうだ。いったいどの面下げて罵れるのかってこの面だよマヌケ面。
刃物持ち出した時点で容赦する気ゼロなんだよ馬鹿野郎。
「お前らも懲りねえなあ。俺とお前らじゃコ〇ン君と三馬鹿くらいの性能差があんの。ただの子供が、体は子供! 頭脳は大人! その名は名探偵コナ〇! に勝てるわけねーだろ」
「コナン誰だよ!?」
「ざけんな、俺がリリウスなんかに頭で負けるわけがないだろ!」
ほほう、言ったな?
「47×87は!」
「4089!」
「……!?」
え、ええっと……47に80を掛けて3760で……7を掛けたら4089で合ってる! こいつ二桁の乗算を即答しやがるだと!? 算盤でも習ってるのか!?
「13の二乗は!?」
くそっ、逆に問い返してきやがった!
「ええっと……」
「169だ! 見たか、これが正当なるマクローエン嫡子のちからだ!」
こ…こいつら……じつは頭良かったのか。
くそぅ、これでも理系の大学出てるんだがな。実年齢二八+一歳なんだけどな。
「……認めてやるよ、どうやら本当におつむの出来はいいようだな」
「わかったらさっさと縄を解け!」
「だがそれとこれとは話は別!」
「「!?」」
「今この場に置いて絶対的に優位なのはこの俺。お前は得意げに算数問題でも出してな、俺は好き勝手に投石ごっこさせてもらうからよ」
「ま、待て! 算数問題を先に出したのは―――うげ!」
「わははは、どうだ痛いか痛いだろう! だがその痛みがやがて快楽へと変わるのだ!」
「いたいかー! わははは!」
「さあ正当なるマクローエン嫡子の秘められた力を出してみろ! その身を狂気に委ねてなんか強そうな姿に変身する安っぽい裏設定があるならやってみせろ、すぐさま珍獣小屋に売り払ってやる!」
「やるー!」
「売却した金は帝国の恵まれないロリたちへのボランティア活動に寄付してやる。どうだ素晴らしいだろう、お前らのような何の価値もない排泄物製造機でも人様の役に立てるんだぞー! わははー!」
「そこまでにしたらどうだ」
呼びかけに振り返ればなぜか天使のようなロザリアお嬢様と……ガーランド閣下がいた。
に、逃げた方がいいのかな?
「へ、いい夢見せてもらったぜ、あばよ!」
全力ダッシュで逃げるが……
「ぐへ」
閣下にシャツの襟を掴まれ逃走に失敗した。
何なのこの人、出遭ったらもう逃げられない魔王か何かなの?
突如現れたガーランド閣下は一太刀でルドバトコンビの縄を切り解くと、じろっと俺を睨みつけてきた。怖いので正座するけど睨むのをやめてくれない。
もしかして児童虐待で逮捕されちゃう系ですかね……
「アイタタタ……くそぅ、超いてえ、特にアルドからぶつけられたやつがめちゃ痛え。こいつ投擲系のスキル持ってるぞ絶対」
ルドガーがじろっと睨むとアルドが天使の微笑みで超かわいい。
「アルド、兄ちゃんに石投げたらダメだぞ」
「うん!」
「あ、ダメだ絶対わかってねえや」
バトラが説得を試みるも失敗。五歳児だもんな。
その間にこそこそと近寄ってきたルドガーが内緒話するみたいに耳打ちしてくる。
「さっきから震えが止まらないんだが、このおっかねえ人誰だよ?」
「何年後かに騎士団長になる人」
「なんでそんな偉い方を知ってるんだよ……ってバートランドのお嬢様の誕生日パーティーに行ってたんだったな。となるとあっちがロザリア様か……」
ルドガーがロザリアお嬢様を見るとお嬢様スマイルが炸裂した。こっちも超かわいい。
赤面するルドガーが俯く。
借りてきた猫みたいに大人しいんですけどこいつら本当にお馬鹿で有名なルドバトコンビですかね?
とりあえず現状を把握すべく閣下に質問してみよう。
「あのぅ、児童虐待で逮捕されちゃう感じですかね?」
「むしろ君が虐待を受けていると思っていたのだがな。おかげで用意していたシナリオがおしゃかになった」
「ほほぅ、家族から虐待を受けている可哀想な子供を救出して恩と情の鎖で縛りつけるシナリオについて詳しくお尋ねしても?」
「面白い奴だな。真っ向勝負は信条ではないが」
超かっこよく卑怯な方法が得意って言いましたね……
「あえてこの場は一撃にて雌雄を決しよう。マクローエンを捨て俺の下へ来い」
嫌ですとは言えないプレッシャーを感じるので……
「……嫌です」
頑張ってみた。
「何故だ、マクローエンにしがみついても未来はないぞ」
ロザリアお嬢様の腰巾着になっても未来はないんですよ。
てゆーか一撃でおしまいではないんですね、わかってました。そんなあっさりした人ならこんなところまで追っかけてこねえよ。
「家にしがみつく気はありません。俺は冒険者になります」
「それは大人になってからの話だろう。認識に齟齬があるようだが、このままマクローエンにいて成人まで生きられる可能性は低い。十中八九暗殺される」
「暗殺だと!?」
閣下の言葉に飛びついたのは意外や意外ルドガーだった。
「そんな事はあり得ない! こいつは庶子とはいえ列記とした父上の子です、それを暗殺などといったい誰が!?」
「誰が? ラキウス・マクローエンが、ファウスト・マクローエンが、ルドガー・マクローエンが、バトラ・マクローエンが、リベリア・マクローエンが、誰もに等しくその可能性はある。いや俺を前にしてあり得ないと断じたお前は除外してもよいのかもしれないなルドガー・マクローエン。しかし四年五年と時を置けばわからんぞ? 今は幼くとも互いに成長していけばつまらない諍いでも人死が出る」
「その程度の加減はできるつもりです」
「決闘とか言い出して刃物持ち出した奴が言います?」
「……脅しに使おうとしただけだ」
それだ、と言わんばかりにガーランドが大仰に肩を竦める。
これは閣下が正しい。兄弟喧嘩に刃物を持ち出すなんて考え自体が危険なのだと、こいつらは理解していない。獅子は遊びで猫を殺すが加減を知らぬ馬鹿は人を殺し得る。
裁判なんて存在しない帝国において貴族は平民の生殺与奪を握っている。
マクローエン家雇用の兵隊百名はファウル・マクローエン男爵の命令で動くが領主の息子の命令にも従う。
こうした前提条件を踏まえて言えば領主の息子なんて存在は領内において誰も咎める者のいない無敵の暴君だ。
父母以外に誰も咎める者はおらず増長したこいつらは目についた村娘を浚ったり気に食わない輩を殺させるくらい簡単にできる。
こいつらの意識が兄弟喧嘩に留まっているのはまだ幼いからってだけだ。
他家に目を向ければ齢三十を過ぎた領主のロクデナシのボンボンが村娘を凌辱して回るなんてありふれている。帝国ってのはそーゆーロクデモナイ国だ。
「先年の雪に埋もれて死にかけたという話も怪しいと睨んでいる。なあリリウス、犯人を見ているのではないか? 記憶喪失などと言い張るのは簡単には手を出せない相手だからではないか?」
それは俺も考えていた。
悪意の坩堝のような実家で、庶子が死にかけたなんて事故よりも殺しを疑うに決まっている。というか調べが綿密すぎる、もしかしてマクローエンの屋敷内にスパイを潜入させているのかもしれない。いや、もしかして貴族の屋敷すべてにスパイが……? やべえ、指摘すると口封じされそうな気がする。
「それを知りたければ俺の物になるんだな」
怖っ、目線と表情だけで考え読み取るんじゃねえよ。
ダメだダメだ、やはりガーランド閣下は怖すぎる。こいつのいる職場とか怖すぎて胃に穴が空いちゃうよ。
「むー!」
うなり声になんぞやと振り返ればロザリアお嬢様が大変ご機嫌斜めだった。
「おにーさまばっかりリリウスとお話してずるい! わたくしだってリリウスとお話したいのにー!」
「すまんな」
閣下が両手をあげて引き下がるポーズ。新発見、この恐ろしい人も可愛い妹には弱いんですね。
ロザリアお嬢様が俺の手を握ってきた、感触が柔らかすぎて同じ人間とは思えない。ロザニウムか、ロザニウムなのか? 元素記号に大発見だ!
「リリウスがいじめられてるなら助けなきゃって思ってきたの」
なるほどなるほど。
「でも楽しそうにしてたからわからなくなっちゃった。ほんとはね、リリウスをうちの子にしちゃおうってお兄さまと話してたんだけど……」
なにやら正史ルートの香りがする。
もしかして本来のリリウスはこうしてロザリアお嬢様の腰巾着になるんですかね? 幼い頃から虐待されてた子供が実家から連れ出してくれた天使のような美少女に……俺なら忠誠捧げちゃうね! 恋しちゃうね!
「あー……別に楽しかないけど死ぬほど辛いってわけでもないですよ。こいつらは懲りない馬鹿どもだけど」
「貴様!」
「そこまで悪い連中ではないんです。子供の悪意なんてものは嫉妬か親の影響ですから」
激高し掛けたルドガーがしぼむ。
ガキはガキでも十二歳なら色々と考えだす年頃だ、俺への敵意がどこから湧いているのか理解してくれれば不幸な未来へのけん制になるかもしれない。
「閣下、先ほどのお話に戻りますが犯人は本当に見ていません。ですが俺が本当に警戒すべき敵が誰なのか、目算くらいはついているつもりです。閣下がこの場で口にしないご配慮も含めてね」
ネタバレ、絶対に義母だと思う。
義母の息子たちの前で指摘しないのは馬鹿コンビに会話を妨げられたくないからで、それだけの理由でしかない。
「そうした配慮はできるのに己を値を釣り上げるのはやめないわけか。おかげで増々ほしくなった」
「ロザリア様、俺だって本当はロザリアお嬢様と一緒に行きたいです」
お嬢様の愛らしいお顔がパッと華やいだ。
「でも行きません。ここは確かに地獄のような場所だけどそれでも俺の実家なんです、逃げ出した先にある未来で後ろを振り返るくらいなら俺は成人してから堂々と立ち去りたいのです」
お嬢様がしょんぼりとし、ガーランド閣下が重々しく頷く。ようやく諦めてくれたらしい。
「わかった。マクローエンには数日ほど滞在する、改めて話をしようか」
何もわかってねええ!
あれか、はいと言うまで絶対に諦めないドラ〇エの王様かよ!?
俺はもしかしたら絶対に逃げられない魔王に目をつけられたのかもしれない……
ガーランド、ロザリアのバートランド兄妹がお泊りすることになり実家は天地をひっくり返したような大騒ぎとなった。
親父殿は口に手を突っ込んでアワワアワワしか言わないし、義母はびびって部屋から出て来ない。
仕方なく次兄のファウストが応対している。
「と、当家へようこそガーランド様。お話によれば数日は逗留するとの事ですが……」
「日程は区切っていない。強いて言えば……」
やめろ、俺がはいと頷くまでという目で睨むでない。
ええいなぜ俺に執着する。理由を言え理由を!
「ところでファウスト君はなぜ尻を押さえている? 痔か?」
「ええと……そのようなものです。不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
ファウストのケツ穴には昨晩寝てる間にスプーンをねじ込んでやったからな。環境に優しい木製だ、紳士たれ! そして閣下は俺を睨むな俺を。
「俺は何もやってませんよ!」
俺がやりました。
「木匙とかこいつのケツ穴にねじ込んでませんから!」
「お前ぇえええええええええ!」
ファウストがものすごい形相で飛び掛かってきたが、万年ベッドで寝たきりの病弱君に後れを取るものか、さっと避けてすれ違い様にケツを蹴り上げてやる! ケツ穴めがけてトゥキックだぜ!
「そこは、そこはぁぁぁ!」
バタン。ファウストが死んだというか気絶した。
次兄のファウストは親父殿の遺伝子が入っているとは思えないほどの薄幸の美少年。
攻略キャラでもおかしくない外見の金髪の王子様キャラが情けなくもケツを押さえながら悶絶する様は心底笑える。合掌。
「イケメン死すべし慈悲はない」
「わーい僕もやるー!」
アルドの追撃は痛ましくもケツからそれて股間へ……ファウストの金髪が一瞬で白髪へと変わった。
アルドお前はよくやった、将来こいつに誑かされるであろう少女達の未来を守ったのだ。成仏しろよ合掌。
気絶したファウストの代行をルドガーが務め、突然の客人をきちんと歓待してその間に用意させた客間に放り込んでようやく一息つける。
「ご苦労さん」
「お前に労われる筋合いはない……! ガーランド様がお前に目を付けるとはな、まったく何がどう転ぶかわからんものだがこの関係も正さねばならないのかもな」
「何の話だ?」
「未来の話だ。俺は騎士志望だ、十五になれば帝都の騎士学院へ行き騎士団を目指す。そして互いに騎士となってまで正子だ庶子だとお家のしがらみでいがみ合い続ける気か?」
「一方的に敵意を向けてくるくせに」
「ぐっ……それを清算する必要があると言っているんだ!」
怒ったルドガーがずんずん歩いていく。
が振り返りやがった。まだ何か言い足りないのか?
「子供の悪意は嫉妬か親の影響って話だったな? だが俺はお前に嫉妬など感じたことはない。ならお前にどうして怒りを覚えているんだろうな……」
立ち去るルドガーにはあえて答えは出さない。本当はとっくの昔に気づいているのに正そうとしてこなかっただけだからだ。全部親父殿の浮気癖のせいだ。
自室は荒れたままなので自室に宛がわれた客間でのんびりしていると……
ドバン!
ひぃぃぃぃぃ! ガーランド閣下が押し入ってきやがった!
「明日はロザリアとピクニックへ往け」
強制イベントのお知らせでした。
ロリとお手々つないでピクニックとか誰が得するんだよ。
「俺だ!」
からの仲良くなると死亡ルート突入なので完全に罠なんだ。強制イベントからの死亡ルート確定とかどうやって回避すればいいんですかね……?
そろそろ五月だというのに雪が残ったマクローエンの丘を、赤毛ロリとキャッキャウフフしながら駆け上がるぜ。
でもピクニックに出掛けて一時間後、ロザリアお嬢様は疲れたと言い出した。
「おんぶして」
「疲れるの早くないですかね?」
「おんぶして」
「かしこまり!」
バートランド公爵家は遺伝子レベルで押しが強いらしい。
ロリを背負って勾配のきつい丘をのぼる。
一歩踏み出す度に玉の汗が額から靴へと落ちていくが、俺は耐える! だって男の子だもん!
「大丈夫?」
「へいちゃらさ!」
お嬢様の欠片も膨らんでない胸の感触とすべすべの太ももを楽しめるなら俺はどんな労苦も厭わない!
「へいちゃらさ!」
「うん、わかったわ!」
「嘘、信じないでもう限界なの!」
丘の中腹あたりに潰れたカエルみたいに倒れ込む。
あー、地面の冷たさが気持ちいい。
無理無理人間には限界があるんだ、自分と同じくらいの体重を載せて丘をのぼるなんてマッチョじゃないと無理。
お嬢様? なんでケタケタ笑ってらっしゃるの?
「あははは、リリウスってば体力ないのね。おにーさまなら片手で抱えてくれるもの」
「お願いだからあの化け物と一緒にしないで。あいつ五百の寡兵で五十万の大軍を半月足止めできる本物の化け物だからね」
「そーゆーお話は聞いた事ないけどぉ、おにーさまならできそうね」
できちゃうんです。死ぬけど。
春のマリア最大の見せ場で、大量の屍の上で弁慶の立ち往生するスチル絵は第二王子様の名セリフもあって涙なしには見れない名場面だぜ。
「そろそろ元気出た?」
「まだ無理ですー!」
「じゃ、休憩しましょっか」
お嬢様がごろんと転がって俺の隣に寝転ぶ。
ん~!と手足を伸ばして空を見上げる。
眼下に広がるマクローエンの森と平原しかない光景も、この澄み切った青空の前では見るにも値しないね。
あれあれ、もしかして屋敷の屋根でゴロゴロしてた方が大正解なのでは?
「リリウスはさ、わたくしのこと嫌い?」
「好きですよ」
「ほんとう? 避けられてるような気がするんだけど?」
鋭いな。
「本当ですよ」
「よかった。わたくしもリリウスのこと好きよ、一目見てピーンときたの、お友達になれそうって」
そりゃあ運命の手下Aですから。
「俺も運命感じてますよ、俺はきっとロザリアお嬢様のために死ぬんだろうって」
強い言葉を使ったからかお嬢様が黙り込んでしまった。
「…………」
「…………」
「わたくしの騎士になるのは嫌?」
「そういうつもりで引き合わされたってのは薄々感じてました。ロザリアお嬢様の私的なボディガードにするというのは大人達の間で密かに決定しているんでしょうね。ガーランド様のは完全な横やりですが」
屋敷に居場所のない俺のために親父殿が一策練ったわけだ。
もしかしたらバートランド公爵から打診があったのかもしれない。
将来的に帝国騎士になるロザリアお嬢様を学院・騎士団の内外を問わずにお守りする私的なボディーガードとして、同い年の俺とデブは打ってつけだったわけだ。どこかの馬の骨を雇うよりも友達の息子というこれ以上ない信用がある。
「俺とお嬢様は友達です。それだけではいけませんか?」
「そーゆー言い方はずるいと思うの」
本当だ、詭弁を弄して幼い子供の心を攻撃する汚い大人のやり方だ。
「ごめんなさい。でも俺は運命に抗いたいんです」
「……わたくしの騎士にはなれないってこと?」
「約束しましょう。俺はいつか必ずお嬢様の下へ戻ります、どれだけ掛かるかわかりませんが必ず運命を覆すだけのちからを得てお嬢様の立派な騎士になります。だから待っていてください」
「信じて…いいの?」
「任せてください」
「春節……春節の約束やぶったくせに」
そ、そういえば約束やぶってたな。廃棄教会からパレード見るって約束してたよ。閣下から逃げるのに必死なせいで忘れてたぜ。
「春節は……延期ってことにしませんか。今度こそ絶対にお嬢様とデブと三人で、いつかあの教会の上からお祭りを見物しましょう。貴女を愛する騎士の言葉を信じてください」
「リリウスはやっぱりずるいわ。だってそんなのことわれないもの」
クスリと笑ったお嬢様と小指を絡めて約束をする。
え、お嬢様!? 嘘ついたらバーストフレアで焼き殺すってどんだけ!? 将来のお嬢様が得意とする火属性魔法じゃないの本気すぎる!?
「さーて、今日は日が暮れるまで遊びましょう!」
「うん!」
俺達は本当に日が暮れるまで遊び倒した。
数日はお泊りする予定だったバートランド兄妹は翌朝には帝都へ戻っていった。
ロザリアお嬢様が帝都へと帰った日の晩、俺は日課である魔導書をベッドでごろごろしながら読んでいた。
せっかくの剣と魔法のファンタジーなので、魔法だけは絶対に使いたいって一年近く頑張っているものの魔法に目覚める気配はない。
なんかこう読むだけで覚えられるすごい魔導書とかないじゃろか?
猿でもわかる魔導書ってないじゃろか?
ダメくせえなー、ゲームの俺も魔法使ってなかったしなー。馬鹿でけえ斧振り回すだけの脳筋だったしなー。これ間違いなく見えている無駄な努力ってやつだな。神様スキルください。
コンコンとノックの音が聴こえてきた。
さてはファウストだな、今夜もスプーンねじ込まれたいのか、欲しがり屋さんめ。
「誰もいないよ」
「いるじゃないの」
リザ姉貴が入ってきた。寝間着でもメガネを外さないとはポイント高いぞ。
ごろごろしてるのは失礼だと思って座り直すと、姉貴は正面を避けて背後に回り込み、俺の背中に寄りかかるみたいにベッドに腰を下ろした。
これはブサイクな面は見たくないという強気の意思表示ですか?
「あんたさ、なんで行かなかったの?」
何の話だろうか。
「あんたはさ、ここに居るしかない可哀想な子だと思ってた。でも違うんだね、あんたには何か強いちからがある。最近馬鹿どもに色々悪戯してるのあんたでしょ?」
バレていたか。そりゃ俺を目の敵にする連中ばかり襲ってれば犯人は丸わかりだ。
姉貴が背後から抱き締めてきた。
なぜ震えているのか、なぜ涙するのか、本当になぜだろうか……
ふと気づいた。姉貴はもしかして俺ではない本当のリリウスとも何かの形で交友があったのではないだろうか? 大人の俺でさえかなりきつい悪意の坩堝のような実家でもリリウスが壊れなかったのは姉貴の存在があったからではないだろうか?
無理筋かなー、この一年接触なかったし……もしかして記憶喪失とか言い張ったせいですか?
「もしかして姉貴ってさ、前から俺を心配してくれてた?」
「当たり前でしょ」
えー、当たり前って態度ではなかったけどなー。
「マジで? いっつもあんな凶悪な目つきで睨んでおいて?」
「目つきが悪いのは生まれつきよ! あんただって人のこと言えない目つきしてるじゃない!」
そ、そうだったのか。あの殺すぞって目つきは生まれつきなのか。
考えてみればマクローエン家はみんなして目つきが凶悪だな。どんだけ俺を憎んでるんだよって思ってたけどもしかして素の目つきだったの?
「ガーランド様もロザリア様もあんたを気に入ってる。帝都に行けばちゃんと教育も受けられるし誰かにいじめられもしない。こんなとこ早く出ていきなよ、立派な騎士になってさ、パパなんかより偉くなってさ、こんな家忘れちゃうくらい幸せになりなよ」
「でも姉貴は帝都にはいないよ」
「馬鹿。あたしは何もできないよ」
「うん」
「本当に何も覚えてないの?」
「うん?」
「あのヤブ医者は一時的な記憶喪失だろうって言ってた、低体温症での一時的な記憶の混濁だからすぐに治るって。でもあんたはこの一年あたしに近寄りもしなかったね」
「…………」
「あんたは本当にリリウスなの? あの愚図で泣き虫だったあんたがこんなふうになるなんてまるで人が変わったみたい」
「変な姉貴、俺は俺だよ」
「そう…だよね。人が変わるなんてあるはずないわ」
「あたし今度は逃げないから、もし思い出したら言ってね?」
「何を?」
「あたしとあんたの、二人だけの合言葉」
あれ、これ絶対わからないやつじゃないの?
そのうちすぅすぅと寝息を立て始めた姉貴と一緒に眠る。エロい意味ではない。
次回いわゆる年代ジャンプします、五年くらいです