ガレリアの娘①
WD805 3/4記
報告者 WD-BVD905514(ベティ・アルザイン)
ターゲット『E級冒険者リリウス・マクローエン』
クラン『ゴッドイーター』のリーダー。構成員はフェイ・リン(戦闘評価S-)、レテ・ユークリッド(戦闘評価B+)、わたしベティ・アルザインの計四名。冒険者ギルド上級職員アビゲイルも気持ちの上では在籍している。(補足 アビゲイルはターゲットの恋人である)
クラン外の交友関係に緋のアルルカン(調査中)、銀狼シェーファ(戦闘評価SSS)、氷柱竜バルバネス(打倒不可)などの超常存在が多く、これら交友関係がターゲットの暗殺を困難にしている。
性格を例えるならモラルの低い聖職者。根本的には真面目で頑固だけど金や女にすぐ転ぶ。賄賂で左遷されるタイプ。
戦闘面では慎重を極め、勝てない敵との戦闘は確実に回避していた。でも最近は心境に変化があり、迂闊な行動が増えて困っている。
日常生活においては趣味を重視。勤勉なサラリーマンではなく偶に働いて高額報酬を稼ぐフリーランスが信条であり、そのように活動している。
料理を趣味と放言しているけど志は低くて本当に趣味止まり。
女性関係はだらしないの一言に尽きる。本人は本命は一人だと言い張ってるけど数名の交際女性がいる。
金銭面においては死角なし。収入の半分までは浪費してよしを信条に、20万ユーベル金貨ほどの貯金がある。
落ち着いたら飲料水配給会社リリウス・ミラクルフレーバー・ドリンクを作る予定らしい。どうやら副工場長にしてくれるらしい。
戦闘者としては高い次元にある。SPD・RST偏重タイプの高火力魔導師が近接戦闘能力も持ち合わせていると考えた方がよい。
近接戦闘においてはヴォーパルアクスを用いた準質量攻撃と得意の速度を用いたかく乱を得意とする。フィニッシャーとしての能力は三段階は落ちる
中距離においては夜の魔王の秘術を用いた強力な対生物魔術を用いる。この距離での戦闘が避けられないのなら撤退を勧める。近接戦闘においてこの能力を発揮できないのは自身のスピードに魔術技能が追いついていないためだ。
近接戦闘能力A 中距離S+ 遠距離A-
総合評価S-
暗殺最適案:ターゲットの思考には武勇に優れた仲間を頼るというロジックが定着しているため単独で戦える場を構築するのが望ましい。逃走を防止する必要もあるため特殊な空間での戦闘か、または人質を推奨する。この場合最適だと思われるのはアビゲイル・バランシュナイル(恋人)かリザレア・マクローエン(義姉)の両名。
ウィールドドラゴン型の殺人人形23体編成の一個小隊で問題なく処理可能。
ガレリアの殺人人形六人との室内戦闘という最初から不利な状況を覆すすべは攻勢にしかない。
少対多の戦闘において数が少ない方が取るべき手段は逃走か、早めに敵の数を減らすのどちらかだ。俺は後者を選んだ。殺人人形に見えないところで暗躍されると勝ち目がないからだ。
空間を切断するワンダリングブレードによる牽制をしつつ、古銀の片手斧で仕留めにいく! 最初に落とすと決めたベティによく似た少女人形は戦闘に応じず後退する。
「ははっ、遅いよ!」
「くっそ!」
追撃をかけた瞬間にフリーの五人が稲妻のような一斉攻撃を仕掛けてきた。
当然想定済みなのでモルダラを起動して迎撃の構え―――外れた! マジか! 五人同時に動いたくせに誰も仕掛けてこなかった。これだから機眼ホルダーは!
俺の右足首が吹き飛ぶ。遅れて聞こえてきたターンという発砲音。……外に狙撃手までいるのか。
狙撃が厄介なので壁を蹴破って華麗に退室&隣の部屋への突撃だ。足がクソ痛え。
殺人人形が追ってくる。窓の外に二人。背後から二人。廊下には二人。クスクス笑ってて腹立つことマジガッデム。
「ハゲ、遊んでくれるの?」
「あははは!」
「ハゲが逃げたー」
「どこへ行くのー?」
「くっそ、俺はまだハゲてねえぞラァ!」
一旦撒こう。夜渡りで地下室へ逃げる。
空間跳躍で逃げた場所はガランスウィード邸の地下……倉庫のようだ。食材庫だ。棚に瓶詰めの食品が並び、ワイン樽がずらりと置かれている。
むせ返るほどの死臭がする。食材庫の奥に使用人の死体が積み上げられていた。死後数時間って感じではない。もっと長い間ここに放置されている腐り方だ。
ガレリアの殺人人形には変身能力がある。その真の使い方はこれだ。家財に化けて屋敷内の人間関係や人格を調査し、時が来れば殺してそっくり成り代わる。
俺が劣勢の理由もこれだ! 完全に癖を見抜かれていた。
少対多において俺が必ず数を減らしに行くと。多人数に囲まれた俺が必ず速攻を掛けると。だから狙撃を選んだ。俺が必ず追撃をかけると知っていたからだ。……俺の戦闘行動を俺の傍でずっと観察してきたやつから教えられたとしか思えない。
「ベティ…どうして……」
ステルス収納から出したスペシャルポーションで足首の欠損を修復する。
回復に要する数分間の間に決めねばならない。
見失ったテレサを追うかベティを追うか。どう考えたってテレサしかないが……
棚の一か所に違和感を感じる。あそこに瓶詰めのオリーブなんてあったか?
擬態しながら近づいてきたってわけだ。好機かもな。
片手斧をぶん投げるとオリーブの瓶詰めが擬態を解いてクールロリに変身だ。
「やったねリリウス君ロリが増えたよ! 仕留める!」
金髪のロリ人形を押し倒して手足を拘束する。こいつらに斬突打のような物理攻撃は無意味だ。殺人人形の正体はスライムのような粘性生物。制御コアは存在しても心臓も頸動脈もない。
つまりコッパゲ先生直伝の対物破壊最効率の分子分解の魔術の出番だ。
「ディスインテグレーション起動!」
「ハゲッ……!」
殺人人形の顔が変化する。目元に泣きほくろのある、ショートボブの愛らしい少女の顔……
ベティの顔だ。
俺は分子分解のちからを宿した右腕を振り上げたまま下ろせず。ベティ人形が俺の腹を蹴って拘束から逃れていった。
視線が交差する。殺人人形の顔は自分がどうして逃れられたのか理解できない表情で。殺人人形の眼に映り込んだ俺は自分がどうして必殺のタイミングを逸したのか理解できない顔をしていた。
俺はッ、この期に及んで必殺の右腕を振り下ろせない。
「……行け! 俺の前から失せろ!」
「馬鹿だよ、絶対好機だったじゃん。甘すぎるよ……」
わかっている。そんなのはわかっているんだ!
お前がベティじゃないのなんて初めからわかっていてこの様だ。
「クソが! ハーレム要因のロリ枠を見捨てられるか。俺はポリコレへの配慮を優先するぞ!」
呆然とする殺人人形を置いて貯蔵庫を出る。
地下通路に出るなり襲い掛かってきた三人の殺人人形を切り抜けながら、ベティを求めた。
◇◇◇◇◇◇
時はフェニキアでの離散の翌日まで戻りタルジャンジーの山中。
ヴァンパイアロード・アルルカンとアルテナ神が静かな夜の森を歩いている。会話は弾んでいる。というよりも怒っている。アルテナ神からすればミニティトを破壊したリリウスの行いは不敬も甚だしいものであり、それはもうプンスカ怒っている。
ここに逆ギレを噛ますのがアルルカンである。
「元を正せばそなたらが悪い」
「ディーはリリース様の味方なの?」
「どうせクロノスのちからに目をつけて有効利用しようだのと相談していたのであろうが」
「何が悪いの。有用なちからは正しく使ってこそ有用なの。あの者のちからを正しく使えるのはわたくしどもよ。そうでしょ?」
「ちがう」
アルルカンが恫喝の口調で断言するとアルテナ神は怯んだ。
アルルカンは寛容な男だが逆鱗と呼べるものが唯一つある。友を侮辱されれば彼はどんな狂戦士よりも苛烈に牙を剥く。緋のアルルカンは最優の神狩りだ。本気で敵対されればアルテナだとて恐ろしい消耗を強いられる。
「クロノスのちからはクロノスが意思にて振るわれるものだ。高い所から命じようなど思い上がりも甚だしい」
「思い上がりだなんて……」
「墓所籠りの長さに忘れたか? 神狩りは名誉職だ、我らは自由意志にて神を殺す使命を誇りとする。居丈高に命じるつもりなら私とてこう言ってやる他にないぞ。自らの手を汚せ!」
「……」
処女神が沈黙する。彼女とて戦っていないわけではない。墓所守の責務は重大だ。万が一にも何者かの手に落ちてはならない神の墓所を守るのは、外で戦うティトからの請願だからだ。
「……あれなるはまだ幼い。誰かが導かねば」
「それは御身の役割ではない」
「では誰が導くの? ディー、貴方がおやりになるのであれば」
「古来より息子を導くのは父の背中とゲンコツだ」
冗談かと思ったアルテナ神がちらりとアルルカンを見上げて冗談ではないと知る。クソほどキレてる暗黒微笑を浮かべているではないか!
ビビったアルテナ神の歩幅は小さくなり、大股でズンズカ歩いていくアルルカンと距離が開いていく。このまま逃げたそうな顔だ。
「あの者が何故ティトの分霊を破壊したかまだ思い至らぬか。父たるものが息子をかどわかそうと密談する者どもの存在を許すはずがないのだ。だいたいそなたらは長き時を生きるわりに精神が幼すぎるのだ。だから父母の気持ちがわからない。だから他者の想いを踏みにじる」
「母の気持ちならわかり……」
「己が信徒は我が子ではないのだ! 我が子とは血を分け、己が切り開いた運命を継いでくれる掛け替えなき存在よ! そなたの信徒がどれだけの愛と祈りをくれようとそれはそなたの子ではなく、そなたもまた信徒の母ではないのだ。このロジックを理解できぬ時点でそなたには真の愛を理解できぬのだ!」
アルルカンのガチ説教が始まる。
タルジャンジー本山を往くおよそ三時間もの間一切途切れることなく怒鳴り続けた。時を追うごとにアルテナが疲弊していくが剣を抜かないだけマシだ。ティトが相手ならアルルカンは戦いを挑んでいる。彼は温厚な分キレると誰よりも苛烈な男だ。
……すっかりすねちゃったアルテナが小言を聞き流しつつ、ぼそりと言う。
「リリース様なのだけど、あのベティというガレリアの娘はどうなの?」
「危険だ」
「それがわかっているならどうして排除しないの」
「我らは愚かな生き物なのだ」
アルルカンの遠い眼差しには何者かの姿を思い浮かべようとして、思い出せなかった苦しみがある。
遥かな昔、彼がまだ人であった頃の話だ。あの頃はまだ冒険者なんて存在しなかった時代に、炎の大魔導師ダルタニアンとして活動していた彼の傍にもガレリアの娘がいた。新しいものが好きな娘だった。知らない光景と知らない町と人を愛し、新しい町に行けば必ず夕方まで散策に引き回されたのは覚えている。
市場が立てば必ず顔を出し、露店を回ってくだらない道具や書を集めていた。そんな娘だ。……たくさんの思い出があるのに、どうしても姿だけは思い出せない。
彼の現役時代はもう何百年も前で、一度眠りにつけば数十年の時を飛び越えるヴァンパイアロードであっても記憶がおぼろげになるほどの時間だ。かつて彼が仲間と呼んだ殺人人形の姿もいまはもう夢の彼方に消え去った。
我が手で殺した後も無残に残っていた愛の残骸さえ失って、残っているのは記号のような名前だけ。カティア、愛おしい娘だった。
「私の忠告に意味はない。ベティを切り捨てろと言っても情を取る。例えその口から裏切りを告げられてもリリウスはそれを信じない。そんなのは嘘だ、そんなはずがない、誰かに脅されているんだろうと無様に泣き喚くのだ」
「かつてのディーのように?」
「さて、私にそんな可愛げがあったかな」
「そうね。あなたがそんなふうになるなんて想像もできないから、もっと澄ました顔で泣いていたかもしれないわね……」
会話はここで途切れた。
アルルカンが再び口を開いたのは墓所の前に到着した時だ。長々と外に出ていたものだから墓所の前まで出てきたイリス神のえらそうな仁王立ちを無視して、アルルカンが未来を見たように言う。もっとも彼にとってはそれは過去の出来事だ。
「我らは愚かな生き物だ。痛みを伴わねばけして学ばぬし、繰り返す。これもまたあの者への試練。苦しみに耐え練磨され己が慟哭で作り上げた血の色をした魂こそが救世主の御心となるのだ」
「あなたが一番厳しいわ」
癒しの女神の呟きは彼の心にさざ波一つ起こせない。
アルルカンは刀鍛冶が鋼を鍛えるがごとく試練を与え、救世主という一振りの最強剣を作ろうとしているのだ。