ガランスウィードの屋敷で①
真田ナントカとかいうサムライ警備は決して弱くはない。技量も性能も超一流だし闘争心もある。だからこういう表現になる。
相手が悪かったな。
「九式―――幻竜連牙斬!」
幻影身二つを用いた四方撃でサムライ警備を切り刻む。
サムライ警備の超剣術技能を速度で圧倒する。目算でサムライ警備の敏捷性は6000前後。これがどんくらいの速さかっていうと竜の谷以前のフェイの全力戦闘と同レベル。
今更そんなやつが俺の前に立てるか! と言いたいが硬すぎてまともなダメージ入らねえ! 俺の斬撃が皮膚一枚、肉僅かで留まるとか。アビスナーガ級の防御力は反則だわ。
「オラオラぁ、そんなもんかサムライ警備ぃ!」
「威勢のわりにショボい打ち方しおってぇぇぇええええ!」
一撃の威力に振ると足が止まるからそこは仕方ない。小刻みにダメージ入れて出血多量や戦意喪失的な何かで勝利したい。
サムライ警備が足を大股に開いて、背負い投げでもするかのように刀を肩で留める。大技の気配だ。
「ステ子ッ、いい感じに壊せ!」
ステルスコートから噴出したどぎつい夜の圧力レーザーがサムライ警備の出足を両断する。はい大技使用不能。
移動能力を奪われたサムライ警備の眼に憤怒が灯る。
「俺をッ、そこまで舐めるのかぁあああ!」
サムライ警備が失った片足を手で補い、獣のような突進からの上段斬りを放つ! 剣聖マルディークの星喰らいに似た超斬撃だが片腕じゃあ威力も半減だ。
舐めるなはこっちのセリフだ。そんな舐めた技なら出さないほうがよかった。焦りすぎだ馬鹿が。
完成度二割未満の大技を放った体勢のサムライ警備の背中に拳で触れる。最大威力の浸透剄で心臓を狙い撃ちだ。
「カウンターだ、素直に貰っとけ」
背後からの一撃が完全に決まり、心臓を破壊した手応えだ。
まぁ強かったよ。英雄の領域には充分に届いている。でも急上昇する戦いの舞台においては中級兵士って感じだ。
崩れ落ちていくサムライ警備から視線を外し、階段をあがって二階へと向かう瞬間だ。
死んだはずの男が動いた。死体が刀を振り、俺の首を狙ってきた。……驚きはしたがな。
跳躍で距離を取ると同時に魔力刃を飛ばして―――避けやがった。サムライ警備がワンダリングブレードを紙一重で避け、必死の形相で距離を詰めに来る。この一瞬に懸けてるって感じだ。
「驚きはしたが……」
「獲ったぞ!」
空間に細工を仕掛ける。サムライ警備の放った必殺の斬撃が歪曲空間でねじ曲がり自らの首をはね落とす。
「自分の首を獲ったぞってか。わりいがお前なんかじゃ―――」
首のないサムライ警備が当たり前のように攻勢をかけてくる。気づかなかったがアンデッドだったのか? わからねえな。女神の兵隊だし謎原理なんだろ。
手品のタネが不明なので接近戦を避け、慌てず大急ぎで浄化の属性を付与したワンダリングブレードで止めを刺す。
ティトの白炎をまとった魔力斬撃を浴びたサムライ警備が炎上する。真っ白に燃えていく動く死体が雄たけびをあげる。安らかにおねむり。
しかし哀れなやつだ。死竜の迷宮を攻略した対アンデッドの専門家であるリリウス君が相手とはな。あらゆる要素において勝ち目がなさすぎる。格好いいセリフを決める余裕すらあるわ。
動く死体は焼いてしまえば勝ち確だ。こいつらの正体は自らの死体に寄生する魔法生物だから、触媒である死体を失えば何もできない。
「サムライ警備お前は強かった。だが間違った強さだった」
『本当に名前を思い出せないのか?』
おどろおどろしい思念の声だ。
燃え尽きたサムライ警備の死体からドス黒い霊体が出てきた。……下等なリビングデッドではなくリッチー以上のアンデッドってわけだ。
『冷静さを失わせる策ではなく本当に忘れているのか。ふざけたやつだ、こんな奴がどうしてここまでの強さを……』
「名前を憶えてもらえるぐらいの努力をしろ。三下ふぜいがいっちょ前の文句を言うな」
黙り込むゴースト警備である。痛いところをクリティカルしたせいだ。
何の脅威も感じない。やつの霊体が保有する魔法的強度は明らかに俺のレジスト値を下回っているせいだ。つまり肉体を失った時点でこいつの勝ち目は消えたのさ。
俺は拳を振りかぶり、ゴースト警備を粉々に打ち砕いてやった。
◇◇◇◇◇◇
3/27日という日付けに意味はない。記念日でもないしバースデーでもない、ただシュテルの処刑日&アルシェイスの戴冠式という大きなイベントに合わせただけの日だ。
この日に向けて様々なイベントを連鎖させるために奔走していた魔導官ルーザーは真実を映す鏡に映り込んだ王都の光景に……
「彼は本気かい!? 日付けを指定して猶予をくれてやったら即日でここまでやるか!」
ルーザーは心底おかしそうに腹を抱えて笑っている。
炎の道を行進するシュテルと民衆。深夜のガランスウィード邸で行われる魔王と死操兵のバトル。この光景の持つリアリティを目の当たりにした策士たちは己の賢さを恥じるしかない。
馬鹿に策なんて効かねえ。それが事実だ。
「あぁこれこそがリアルだ。これこそが生命の輝きだ。机上の空論など何百回弄んだところで彼には追いつけまい。サファよ見るがいい、この愚かしさこそが人の本性であり我らが絶対に勝てない理由だ」
「勝てない?」
中々聞き捨てならない言葉だ。未だ術理空間には彼の仲間の人質を確保している。勝利はこの手の中にある。例えばユイを瀕死にし、彼の前に投げ込むだけで彼の足は止まる。
リリウスはどうあってもサファの操り人形にならざるを得ないのだ。……それだけに理解し難い、あの伝言をどう解釈したらこんな行動に出られる? 誰がどう読んだって期日まで大人しくしていろではないか! 彼は人質の命が惜しくないのか!?
「勝利はすでに我が手にあります。この愚かな行動のどこを見て勝てないと……」
「歴史を知らないな、賢者では愚者には勝てないのだよ! 勝者面をして人質を突きつけてみるかい? やってみるといい、彼は人質を見捨てるよ。この首を賭けてもいい」
「……」
「納得がいかない顔だな。彼をネズミに例えたのは君じゃないか! そうさ彼らはネズミなんだ。あのスカスカの頭に詰まったおがクズだらけの脳は何も考えちゃいないんだ! 彼らは状況に流される生き物だ。一時の感情で決定する生き物だ。正義や友愛なんて何の価値もない言葉に惑わされるだけの、何も考えていない生き物なのさ! だから我らは勝てない。彼はきっとこう言うはずだ。大勢の人々のために必要な犠牲だって何千年も前から私を失望させてきた連中と同じ言葉を!」
「楽しそうですね?」
「楽しいさ。せっかくのお膳立てを台無しにされたんだ、最低にハイな気分だ! 地方に飛ばされたシュテル派に怪文書を送りつけ、情報封鎖をするなどの苦労をしてようやく27日にパーティの目途が立ったと思ったらこれだ! 一発でひっくり返しやがった!」
やけくそ宣言にはサファもびっくり。
ルーザーは思ったより真面目なやつなのかもしれない。というのはサファの誤解で、ルーザーはサファには伝えていない事情込みで、策を破られていて、これに感心している。
(盤面を読む策士では突如天から降る流星に敵うわけがない。……手札はすべて捨てさせたはずなのに次のターンには黄金の切り札を放ってくるとはな)
強い敵は怖くない。強さでは策にも暗殺にも勝てない。
この敵は勘がいいだけだ。直感的に勝利にチェックを掛けてくる。こちらが防戦にちからを割けば最悪だ。一気に押しつぶしにくる。なぜなら彼は盤面なんか見ちゃいない、勝利の気配だけに反応する獣だからだ。
犬だネズミだ獣だ馬鹿だと賢いだけの策士が千の言葉を用いて罵倒したところで現実はひっくり返らない。認めるしかないのだ。彼らには勝てないのだ。世界のルールであるかのように残酷なまでに勝てない。
馬鹿は強い! 特に正義に酔いしれてる時の馬鹿は無敵だ!
(まったく嫌になるほど効果的だな。人質は殺せない、特にウルドは終局の盤面において最も価値ある手札だ。最後にディアンマを倒してもらう必要がある限り人質は万全の状態で保護せねばならない。……惜しいが切り札の使い時か)
ルーザーが一枚の切り札を切る。
大切に温存し続けてきた、魔王を殺しうる最高のカードだ。