ネピリムの炎上⑥ 珠玉の英雄譚
「本当に残るんだな?」
「ああ、行ってくれ」
最後にフェイが転移していった。
その姿は光となって祭事場の魔法陣を潜って地中へと吸い込まれていった。ハイエルフの使う転移術は俺の夜渡りと似てる。夜の魔王がセルトゥーラ王の弟であることを考えれば、似た系統の術なのかもしれない。
フェイくらいは駄々こねて残るって言い出しそうなもんだと思ったがやけに素直にいったもんだ。信頼か、王都地下迷宮というメインディッシュか、信頼だと思いたいね。
この場に残ってくれたベティと拳をごっつんこ。
「貧乏くじ引かせてわるかったな」
「いいって。帰りの足は必要でしょ?」
足だけが目的ってわけじゃない。ベティは最高位階の暗殺者だ。暗殺者の迎撃ならこれほど頼りになる相棒はいない。
分子分解の秘術で祭事場を破壊し、豪雨の森で敵を待ち構える。
「リリウス・マクローエン一世一代の大勝負だ。さあ来い、何者だろうがこの先には通しはしない!」
敵を待つ。
待ち続けた。
◇◇◇◇◇◇
十五分後~~~
まだ来ない。遅え。
「敵来ねえな」
「これだけ堂々と待ち構えてるもんだから警戒してるのかも。私だって警戒するし」
「もしかして怠けて油断してるフリしたほうがいいか?」
「手遅れでは?」
だよね。
◇◇◇◇◇◇
一時間後。
敵はまだ来ない。早く来いマジで。
「冷えてきたな」
「お茶でも飲む?」
「おう、紅茶セット出すから頼むわ」
冷えてる時のお茶は最高だぜ。敵よ早く来い、そろそろ風邪ひくぞこの野郎。
◇◇◇◇◇◇
三時間後。
敵が来ない。影も形もない。
「だいぶ慎重な敵だな。だがそろそろのはずだ」
「うん、わたしもそう思う」
俺らはもう族長の家の軒下で雨宿りをしている。森を包んでいた火の手もすっかり鎮火した。自然鎮火だ。
さっきまで敵を探して森の中をうろうろしていたけど、かなり慎重な敵だ。俺らの知覚範囲に寄ってくる気配すらなかった。
十二時間後。
敵はまだ来ない。凄まじく慎重かつ根気のある敵だ。まだ気配一つ感じ取れない。
「本日の夕飯は?」
「シチューだぞ」
「今夜は冷えるからなあ……食材はまともなもの使えよ」
「わかってるって。ハゲ、アビスナーガ出して」
「出すか馬鹿!」
もう普通にクルーゼの家でゴロゴロしてる。雨全然やまないんだ。
あー、敵早く来ねえかなあ。
24時間後。
敵? 来なかったよ。
夜通し警戒してたのに奇襲も何もなかった。ここまで慎重な敵は初めてだ。きっと恐ろしく用意周到で鋼の忍耐を持つゴ〇ゴ13みたいな暗殺者にちがいない。
朝食のスープパスタを並べるベティがぽつりと言う。
「ねえハゲ、私的にはもう来ないんじゃないかと……」
「いいや、来る」
「根拠は?」
「だって俺さ、今生の別れみたいな空気だしてみんなと別れたんだぜ」
「うん、……うん?」
「このまま一戦もせずに帰ってみろ、怖くなって逃げたって言われかねない」
「誰も言わないよ、被害妄想だよ」
「いいや、フェイなら言う」
「逆に一番言いそうにないじゃん。素直に無事を喜んでくれるよ」
「じゃあユイが言う」
「……リアルに言いそうで怖いな。ユイちゃんそういうところあるよね」
ある。ナチュラルに毒を吐くよねあの子。
あの呆れ系脱力つっこみの切れ味たるや名刀だよ。ユイちゃんはあの才能を伸ばしていくべきだ。
まいったな、このままじゃマジで無血籠城成功だぞ。思った十倍雑魚でもいいから頼むから来てくれよ、このままじゃマジで語り継がれる伝説のネタになっちまうぞ。
「戦おう。未来のために。こんな俺と一緒に過ごしてくれたみんなのために!」
「ぐうううおおおおおおおお!」
「死んでいった人々のためにもリターナー・リベリオンは完遂されなきゃならない。ここにいる戦力は全部必要なちからだ。このちからを欠かすことなく最後の戦いまで持っていかなきゃいけない!」
「……なーんであんな格好つけちまったかなあ」
「バトラ君並みにやらかしたね」
「っせーな」
まずい、マジでいい朝だ。
森の朝は心地いいよね。小鳥は鳴いてるし空はからっと晴れてるし、マジでいい朝だわ。敵いねーし。
放火も完全鎮火してるし。結局マジのボヤ騒ぎでやんの。
どうしよ?
「口裏を合わせてくれないか?」
「いいけど……どんなふうに?」
「敵は来た」
「なるほど」
「敵は黄金騎士団の精鋭部隊だったんだ。なんとその数六万! 俺は六万の軍勢にも怯まずバッタバッタと切り倒し続け、ようやく朝を迎えたのがナウ」
「六万は盛りすぎじゃね? 60にしときなよ」
「三桁はないと盛り上がりに欠ける」
「じゃあ100だ。キリがいいし」
「100人如きに朝までかかるとか格好わるくね?」
「朝までドラブレで時間潰してた現実よりはマシだろ」
マシだけど。
話を詰める。敵はなんと120人の精鋭部隊。国家英雄もいたね。名前は名乗らなかったから知らんわってことにする。
リリウス君は朝まで激闘し続けてようやく勝利したのでしたまる。
「ハゲ、大問題だ!」
「敵か!?」
ちがうらしい。なにが大問題だよ、敵が来なかった以上の大問題なんてねーよ。
「戦闘の痕跡が一切ないからすぐバレるぞ!」
「適当に魔法でそのへん壊しとくか」
「最低すぎる。バレたらレスバ族につるされるぞ」
「敵が来なかった以上の大問題に発展するな。やめよう」
敵が来なかった。
スープパスタをもぐもぐしながら俺は、この後に待ち受ける最低の現実をどう上手く調理するか考え続けた。
食後、未練がましく森を探索したが敵のての字も見つからなかった。暗殺者とか言い出した馬鹿だれだよ。