ネピリムの炎上①
解体した素材の販売は王都でやる。ラシャナ市で売ってもロクな金にならないので、オークションに掛けて盛大に販売する。この商品にはそれだけの価値がある。客層に恵まれれば金貨が七桁、そう考えるとステ子のやらかしが心にクルね。
少し遅い朝にラシャナ市を発った俺らはネピリムの森へと飛んでいる。
ベティさんは本当に働き者やで。
「これからも色々あると思うけどベティとは末永く一緒にいたいもんだな」
『やめろ、恐ろしいドロドロハーレムに巻き込むな!』
「そういうな、死ぬ時は一緒だぞ」
『勘弁してよ、十代で、しかもハゲの巻き添えで死ぬなんて御免だぞ』
まぁ口では何と言ってもフォローしてくれるだろ。この終わりのない綱渡りを共に往こうじゃないか。
ようやく森が見えてきた。
森の様子が変だ。上空を旋回するのはワイバーン……
「竜騎兵ッッ、黄金騎士団だ!」
『そんなさも深刻な事態であるかのような大声をあげられても困るぞ』
「だな」
ベティのつっこみに賛同するシェーファ。
慌ててるのは俺とユイちゃんくらいだ。まぁ冷静に考えてみると問題ないな。とりあえずベティ竜ごと透明化しておくだけでいいわ。
「な…なんでみんな落ち着いているんですか? シェーファまで!」
「ユイはイルスローゼの地図を見たことはないのか?」
「地図くらいはありますけどぉ、何の話です?」
「この森はイルスローゼの領土ではない独立国ってことさ。太陽の広大な国土の中で幾つかの土地が自治独立を認められているが、そいつは自治州であって独立国じゃない」
ホテル王はさすがだな。観光名所の知識もばっちりだ。
「理由はいくつかあるだろうがこの森の連中はハイエルフ以外の王を戴くことを認めなかったんだ。だから戦い続けて、独立を認めさせた。つまりこの森に住んでる連中は太陽の侵略に抗いきれる勇猛な戦士たちなんだ」
「じゃあラトファの森のエルフは太陽と同じくらい強いってことですか?」
俺なら誇張するがシェーファは正直者だ。もちろんそれはお金のかかっていない時だけという注釈付きだがね。正直に答える。
「いや、戦力という意味なら十分の一もないと思う」
「???」
「シェーファよ、正直すぎてユイちゃんが迷子になってるぞ。まぁなんだ、この森に手を出すのは割に合わないって判断させるまで暴れたってことだね」
「どのくらい暴れたんでしょうか?」
「さあねえ、太陽が世界樹のある森を諦めるとなると相当暴れたんだと思うけど」
プライドの高い狩猟民族が森に住みついて、領主家が何年かけても森を取り戻せずに仕方なく手打ちにするってのはよく聞く話だ。娘を送り合ったりして親戚関係を持ったりするね。
血の贖いをさらなる血で望まない時は、血を混ぜちまうわけだ。
ネピリムの森の上空は竜騎兵が抑え、地上には騎兵が押し寄せている。
「方陣の組み方から判断して8000、竜騎兵が1000の一個旅団か。あの森を征服するには足りないな」
「シェーファなら幾ら動員する?」
「机上の空論でいいなら……私なら争いそのものを回避する」
「無制限に兵を使っていいと仮定しながら回避か?」
「森林戦でハイエルフに敵うわけがない。やつらは精霊を使役する精霊術師の側面もあるのだぞ」
ネピリムの森から騎士団の歩兵が逃げてきた。威力偵察って感じの百名足らずだ。
続いて森の奥から一斉射が飛んできて、逃げてきた偵察部隊は残らず射殺された。バタバタと倒れる騎士団を嘲笑うかのように、白仮面のエルフと親衛隊が揃い踏みで出てきた。
たった二十人だ。だがそれは竜さえも殺し得る二十人だ。
クルーゼ族長が居丈高に命令する。
「ピクニックなら他所へ行け。ここは我らが森だ!」
「貴殿が里長か!」
騎兵隊長が馬上から一喝! ……どっかで見たことあんな。
お顔立ちは悪そうなのに大した悪事はできなそうな、町のチンピラふうの騎兵隊長さんに見覚えがあるぞ。
「あいつドコカで……」
『カルザスール君じゃね?』
ああああああ! ソイツダ! 小悪党なのに何度も向かってくるから一時期俺らのオモチャになってたカルザスール君だ! ベティなんて見かける度にケツを叩いてて「やつのケツはいい音が鳴るぜ」とか言ってたアイツだ! 騎士サー元気かな!?
奇しくもここにいる面子はみんな知ってるやつじゃん。ベティからの指摘でシェーファも思い出したらしい。
「あ、彼か。下町の無頼漢からずいぶんと出世したな」
『あれ夏頃だっけ?』
「そうそうユイちゃんが騎士サーにはまってた頃」
「えぇぇぇ……誰です?」
『ユイちゃんマジ? ほらカルザスール君だよ、ケツドラムで有名なみんなのアイドルの!』
「そ…そういえばそうでしたね。はい、カルザスール君でしたね!」
「今のはベティの捏造だよ。全然有名じゃないから」
「もうっ、ベティったら」
まぁやつに関する記憶の掘り出しとかどうでもいいだろ。
問題はなぜ奴が騎士団を率いて森まで来たかだ。自分からくっちゃべってくれるまで様子見だな。
「貴殿らには犯罪者隠避の容疑が掛かっている! 当然心当たりがあるだろうな!」
「ある!」
「ふふん、と言っても大人しく罪を認めるはずがないか。だが事情は知らぬものであり、大人しく犯罪者を引き渡すのなら貴殿らまで罪に問おうとは思わん」
何言ってんだあの馬鹿。寒々しい風が吹き抜けていったぞ。
副官らしき武将さんがカルザスールに耳打ち。
「あのぅ分析官殿、エルフの族長殿は今罪を認めたようなのですが……」
「なんだと!?」
いま驚くな馬鹿。
「犯罪者ならたしかに隠避している。大人しく引き渡すつもりもない。さあ来るがいい! 全軍を以て立ち向かってくるのだ!」
「ま…待て! 我々は犯罪者さえ捕らえることができればそれでよい。無理に争うつもりは―――」
「さあ来い、早く来い! 来るんだ、君はそれでも男か!? ごちゃごちゃ抜かす暇があれば剣を抜け! 戦え、私の口を武力で黙らせてみせろ!」
身振り手振りで全力で戦おうとするクルーゼ族長である。
仮面の奥にある、妖しげに光る真っ赤な瞳が好戦的すぎる。騎士団がマジビビリしてますやん。
「た…隊長! 挑発に乗ってはなりません。あれは罠です、絶対罠です!」
「罠などない! このクルーゼの名に誓って罠は一つたりとも仕掛けていない! 純粋にちからとちからの勝負をしようじゃないか! さあ来いイルスローゼッ、私達を楽しませてくれ!」
撤退しろと泣きついてくる部下と好戦的な敵の板挟みに合うカルザスール君がプッツンする。
「あんた頭がおかしいんじゃないのか! どうしてそこまで戦おうとする!」
「正気で戦闘民族レスバ族の族長など務まるものか! じゃあこうしよう、うちは一人だけを出す! 君達はその一人に勝てばいいんだ!? どうだ、簡単だろう? 戦ってくれるよな!?」
この森の近辺に集落がない理由よぉ~~~く分かったわ。
何なんだよこの戦闘民族。ここまで煽られて武器を取らない男なんて味方にすら軽蔑されるぞ。絶対戦えるじゃん。
カルザスール君の剣柄に掛けた指にちからがこもる。
「確認する。そちらは一人だけだな?」
「素晴らしい! あぁそうだ一人だけだ、君達全軍の相手をしよう!」
男カルザスールが剣を抜き放ち、切っ先をレスバ族めがけて号令をかける! 馬鹿、逃げろ!
ちがう! レスバ族が逃げた! 完全に森の中に罠がある動きだぞ!?
「くだらないコケ脅しだったか! 全軍突撃、あの道化者を引きずり出してこい!」
逃げるレスバ族を追って騎兵が森の中に突入していく。あいつ本物馬鹿なの!?
俺らは竜上でポカーンとしてる。
『あれは挑発に乗っちゃったのかな?』
「秒で前言撤回してくるクルーゼの卑怯さを知らないのなら森に罠はないって思ったのかもな」
一つだけ確かな事がある。慣用句では役者がちがうと表現することもあるが、この場合はレスバぢからが違いすぎる。完全に遊ばれているカルザスール君の勇ましい姿に合掌する。
森の上空を旋回する竜騎兵から集団詠唱『干渉結界』が解き放たれる。
一個大隊が増幅した干渉結界の範囲は広大だ。風魔法で飛んでいるベティが翼を傾けて旋回する。森に近づくと落ちるからだ。
こうなると竜騎兵は無敵だ。手の出しようがない。
「魔術なら貫通できそうだな。竜騎兵はこっちで処理したほうがいいかな?」
「戦力差はレスバ族に傾いているゆえ不要だ。我らはまだ出てきていない別動隊を探して叩くべきだ」
「別動隊いるかな?」
「必ずいる。子供程度の頭がついていれば必ず少数精鋭の別動隊を用いる」
森の外で騒いで里の戦士団の注意を惹き、その隙に里を襲うわけだ。戦術の基本は弱い部分から狙うべし。この場合の弱い部分は非戦闘員を抱え込むレスバの里だ。
「別動隊が来るならすでに森の中に入っていると考えたほうがいいか。どうやって探す?」
「私を誰だと思っている。千里を見通す眼が森一つに及ばないわけがあるか。……見つけた、あちらだ」
千里眼による視界の共有か!
騎兵旅団とは逆の方角から、六つ小隊が六方から森に侵入している。森を風のような速度で疾走する技能だけでわかる。全員が準国家英雄クラスの使い手だ。
「一人で一隊ずつ潰そうなんて舐めたマネをすれば返り討ちに遭うな。干渉結界は?」
「規模は小さいが構築している」
「となると必然的に近接戦闘になるな。ユイちゃんは祝福の用意を、ベティは直掩、アタッカーは俺ら二人だな」
「いや、ベティは里への連絡に使え。レスバ族が奇襲を食らうとは考えにくいが一応な」
『はいよ』
ベティが即座に竜化を解除! 早い、早いよ! こっちにも心の準備ってものがある。まぁ空中落下中に整ったわ。
広葉樹のてっぺんほどの高さからの落下して、着地すると同時に二つの方向に分かれて森を駆ける。俺らの役割は別動隊の撃破だ。