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王都地下迷宮 深層90層 階層主

 愛と嫉妬の女神ディアンマはテレサ・ガランスウィードの器の中で夢を見続けている。時折目覚めては甘い感情に浸り、満足して眠りにつく。

 ディアンマを起こしてはならない。テレサを殺せば必ずディアンマが目覚める、その身に異変が起きても目覚める。


 ディアンマとの対決は最後であり、今はそのための準備期間。


「まとめるとこんなところか」


 ファトラ君が帰った後、残った仲間達と作戦会議してる。

 先の話し合いは、仲間達の間にファトラ君に対する不信感が残る物になってしまった。時の秘術を使って過去へと戻ってきた男だなんて聞いて信じるほうがどうかしてる。


 ここで意外にもニーヴァちゃんの知識が炸裂する。


「時間遡行実験の話なら聞いたことがあるわ」

「古代魔法王国パカの時代の話ですかね?」

「ええ、娯楽小説ではなくきちんとしたニュースの話よ。カトラ聖王歴1428年、インゲルタム州の商都にアンデッドとゴーストの中間のような存在が現れたの。その男は通行人を掴まえて『今は何年のどこだ?』って質問をしたわ」


「その男はどうなりました?」

「質問をした次の瞬間には風に吹き散らかされて砂になってしまったらしいの。この乾粒男事件はある時まで謎のままで、ネットワーク内の都市伝説の一つでしかなかったわ。それから300年後の国立研究所のチームが時間遡行実験をやって人が三人消えたわ。過去へと消えた被験者を文献を使って探している時に発掘されたのが乾粒男事件。遺留品の中に穴だらけで中身がすかすかのドッグタグがあったのだけど、これをよく見ると消えた被験者のドッグタグに似ていたの」


「似ていた?」

「本物なんてもう廃棄されていたもの。ネット上に転がってる一枚の写真から似ているって思っただけよ。オーパーツ系の逸話なんて幾らでもあるけど、案外時間遡行は成功していて、遥かな未来から来た人々の遺品だったりするのかもね」


 まさかの雑学系女子の暗黒竜である。

 ネタを一つ披露したニーヴァちゃんがクールにバルバネスの袖を引っ張る。


「ねえもういいかしら? そろそろ市内の見物に行きたいのだけど?」

「はぁ……わかった、俺も同行しよう」


「いいわよ。わたくしもこちらの世にだいぶ慣れてきたし」

「まだまだ危なっかしくて敵わん。親孝行だと思って俺に案内させてくれ」

「へ?」

「うん?」

「親子…親孝行……?」


 今の発言に大勢の驚愕の声が漏れる。


「言ってなかったか? この者は俺の母だ」


 親子関係が複雑すぎる。じゃあ何か、ニーヴァちゃんはストラのママでありストラと子作りしてバルバネスを産み、バルバネスの妹がシェーファの祖先で……

 長命種の家族観は遠大だなあ。


 年齢を聞くのが怖い親子がローゼンパーム観光に出ていく。俺らは不思議なものを見る目で見送った。みんな宇宙の神秘を見るような不思議な顔してるわ。


 で、事情を知らない姉貴には俺らの表情が不思議に見えて仕方ないらしい。


「なんでそんなに驚いてるわけ? 不老長寿の長命種なら母親が若く見えることもあるでしょ」

「姉貴、あのニーヴァちゃんはね、太陽神ストラのお母さんなんだよ」


 ありえねえビッグネームに姉貴の頬がひきつる。


「そ…そうなの」

「それでね、バルバネスは太陽神ストラの息子なんだよ」

「えらい人じゃないの。呼び捨てにしちゃダメじゃない……あ」


 姉貴もようやく俺らの戸惑いに気づいたようだ。

 キョドりながら言う。


「ま…まぁ血を濃くするみたいな近親結婚は貴族間だとわりとあるし……」

「あるんだ」

「あるのよ。その辺は紳士名鑑なんか見ればわかるわよ、けっこうドロドロしてるから」


 この後姉貴による貴族ドロドロ小話が披露される。

 血統スキル持ちの家系では兄と妹の結婚くらいは平気である。じつの父と娘や逆もある。世の中ってのは俺の知らないところでドロドロしているもんだ。


 姉貴がため息。そういう話をしている時に誰の顔がチラついたのか、何となくは察するが触れたりはしない。


「いい出会いあった?」

「ないわねー。貴族とはいわなくても寄ってくるのはチャラそうなのが多くて」

「姉貴ってば硬派でストイックな男の方が好きだもんね。使命に命燃やす的な」

「別に好きってわけじゃないけど、でもお茶らけてる男よりはマシね」


 姉貴が耳打ちしてくる。


「誰かいい人いないの? 紹介しなさいよ」

「いいけど俺の周りロクなのいねえよ。修業中と守銭奴とFランの兄貴くらいだ」

「あたし弱い男きらいよ」


 地味にハードル高いんだよな。

 姉貴のチャージ必殺魔法のスケリトル・ガゼットってオーガでも弱い個体なら倒せるし。……俺とか普通に倒してるけどさ、オーガ族って魔王の配下でも軍団長レベルなんだよ。下級戦士でも大国の騎士相当だし。


 まぁこの話はやめておこう。


「とりあえずできる事からコツコツやろう。まずは王都地下迷宮を攻略しよう」


 一番の懸念も解消されたこともあり、俺らは迷宮攻略をコツコツ進める日々である。


 80~90層は空間ループ系の謎解きの階層だ。俺の直感やシェーファの千里眼で次々と踏破していき、二日で90層までのマッピングを終えた。


 下り階段が途中でのぼり階段になる不思議な仕掛けを突破して到着した90層のボス部屋は周囲を大穴に囲まれた丸い台座の上だ。


「第一印象は魔界暗黒闘技場だな」

「やるな、同士はそんなところでも戦ったことがあるのか」


 ちがうよファトラ君、イメージの話だよ。

 おいみんな超戦士を見る感心の眼差しはやめろ。否定しにくいだろ。


 俺と背中合わせで警戒の構えをする、レスバ族族長のクルーゼが鼻を鳴らす。


「ふっ、少年もあそこに行ったか。中々楽しめるところだったろう?」


 実在したのか魔界暗黒闘技場……

 いったいどこにあるんだろうって魔界か。この感心してるエルフどもは魔界に行った事があるのか。詳しくはヒマな時に聞いてみよう。


 暗黒闘技場を囲む大穴からアビスナーガが飛んでくる。選りすぐりの精鋭エルフによる射撃と魔法で接近される前に仕留めていく。割と必死だ。


 アビスナーガは名前からわかるとおりクソ強い魔物だ。接近されたらフェイでも苦戦する。二頭同時なら対処しきれない。

 さらに高等魔法並みの破壊力を持つファイヤーボールまで使うんだ。


 迷宮の外なら確実に災害級認定される。地方の冒険者や兵隊で対処できるわけがねえ。こいつの魔物の格は明らかに王の位にある。一つの土地を支配して無人地帯を作れるレベルの亜竜だ。


 クルーゼ族長が指示を出している。ウルド様の優秀な副官って感じだ。


「戦い慣れてきた相手のはずだ、万が一にも失策は許さん。接近を許したものはあとでカンバル薬草水を飲んでもらう!」


 失敗してもクソ苦いお茶が待ってるだけだ。なにしろ接近されてもレスバ族の精鋭近接戦士団がフォローしてくれる。ちなみにフェイはここに参加してる。


 アビスナーガの飛んでくる数が一向に減らない。


「無限湧きですかね?」

「本当に無限なら撤退の判断も必要になるな。剣折れ矢尽きるまで戦うほど青い戦いはしない主義でね。まぁ我らが女王の洞察力に期待しよう」


 ウルド様相手でも平気で毒を吐くクルーゼはいつもどおりだ。


 当のウルド様は大穴の上をタンタンと軽やかに空渡りで歩いている。あのレベルまで洗練された空渡りは見たことない。俺やフェイやルピンさんの空渡りは脚力と感覚に任せた強引なものだが、ウルド様のは空中を歩ける性質を持つ生き物が自然とするような歩法だ。


 以前ウルド様はフェイにこう言ったらしい。


『軽く撫でても死なぬ程度まで強くなれば稽古をつけてやる』


 この大言が何の自慢も気負いもない事実というわけだ。

 以前一緒に迷宮攻略した時には何をやってもハイエルフだから済ませられたが、今ならちがう。天に浮かぶ星のごとき超越者どもが何をやっているかわかりそうなフィールドまで昇ってきた。

 ウルド様のちからを見て盗み、俺はさらなる高みにいってやる!


「向上心はけっこうだが目の前に敵にも集中してくれ。一番二番三番は任せる」

「おう!」


 空中に引かれた炎の区分け線の中で右から三つまでが俺の担当になった。

 そいつらに向けて喪失弦モルダラを叩き込む。空いてる両手で抱え込んだサークルブラスターの出番はまだない。竜の谷でニーヴァちゃんを拝み倒した買ってもらったこいつは接近された時の緊急用だ。


 大穴をお散歩していたウルド様が矢を番える。何を見つけたか?


「そこじゃ!」


 光が―――大穴の底めがけて解き放たれた。

 階層そのものが揺れるほどの衝撃がやってくる。何が起きた?


 無限に続く大穴の遥か下方で、空間に亀裂が入っている。亀裂はガラスが割れるみたいに大きく開いていき、やがて眼を開くように広がり、そこから一際巨大でグロテスクなアビスナーガが出てきた。

 50…60m超か? エルダードラゴン級の大きさはあるな。


「さしづめアビスナーガ・クイーンといったところじゃな。異なる空間に潜んでおったわ。集中砲火じゃ、奴を仕留めるぞ!」


 種さえ割れてしまえばこの面子だ。さしたる苦労もなく遠距離攻撃だけで倒せた。


 90層の階層主攻略。このすぐ後に暗黒闘技場からどこかへとつながる石橋が出現した。これが91層への入り口であることは誰の目にも明らかな事実だ。


「どうする? ワシはまだ余力があるが安全をとるか?」

「我らも問題はないな。このまま百層まで落とそうと思うが?」


 すごい、すごい張り合ってる。ウルド様とクルーゼ族長がクールに張り合ってる。

 そこに割って入るファトラ君である。


「僕も問題はない。依頼人としてはその熱意はありがたいものだ」

「私達も全然平気だ。むしろ調子が出てきたところでね、休憩など挟めば眠ってしまうぞ」

「さっさといこうぜ。僕も不完全燃焼だ」

「フェイは本当にお仕事少なかっただけでしょー。もうっ」


 すごい、みんなやる気だ。

 でも小一時間の休息を提案しておく。91層攻略はそれからだ。……これがひどい強行軍となった。


 こちとら実力派のティーンエイジャー戦士だ。意地の張り合い、疲労の隠し合い、少しでも疲れた素振りを見せれば即座に飛んでくるマウント合戦。


 こいつらに負けるわけにはいかない。この想いだけが俺らの足を突き動かし続けた。時折クルーゼ隊長から「これが若さか……」という皮肉が飛んできたが気にしない。


 その甲斐もあり、この複雑で面倒くさい王都地下迷宮91から100層までのマッピングがたった一日で完了した。

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