リターナー・リベリオン①
時間を越えてこの時代に戻ってきたファトラ君は今年の初夏に王都入りらしい。
俺がローゼンパームに戻ってくるちょうど一か月前くらいだってさ。それからはずっとこの民家に潜伏しながら、王家の動向を探っていたらしい。
「ここは父の乳母が暮らしていた家なのだ。無人をいいことに仮宿にしていたらいつの間にか売りに出されてな、仕方なくドレイク師と接触を持ち代理購入してもらったのだ」
「代理?」
「この顔は目立ちすぎる。王都守護結界の主であるあの男に目をつけられたら、何がどう転ぶか予想がつかなくなる」
空中都市の出入りに関してはかなり厳正に見られている。
誰がいつ入市したか?までは見ていないだろうが大きな魔力を持つ者の出入りは必ずチェックされているらしい。
あー、強そうな奴が入ったらナルシス君が遊びに来ちゃうのか。恐ろしいな。何なのそのボス・エンカウントシステム。クソすぎる。
「事が起こるまで静観に努めるつもりだったが、まさか同士リリウスが家を買いに来るとは思わなくてな。あの時は本当に焦った」
まさかのニアミスか。そういえばこの民家って一度内見に来たかもしれない。
やべー気配がするので玄関入る前に引き返したけど、入っていればファトラ君がいたのか。断然入るべきだったな。
そろそろ本題を入ろう。
「ファトラ君はどうして過去に戻ってきたかったの? 何をするんだ?」
「アルシェイス王の戴冠と共に失われた多くのものを守るため。失われた大勢の罪無き命、断罪されるべき不浄の命、太陽の天秤を正し、まだ見ぬ正道を敷くためにやってきた」
すげえ! ループ物の主人公みたいな事を言い出した!
「当時の僕は幼く大人達の動静に無関心だったが今回に備えて僕の時代から証言を集めてきた。この手帳には太陽の王位継承にまつわるすべてが書かれている」
すげえ、準備も万端だ!
ファトラ君にお任せすればすべてはいい感じになりそうだな! 未来ファトラ君なら安心して任せられる。太陽でも最強の魔導師だし権力欲もない。
だって彼の目的は大衆に大空を与えることだもん。むしろ王になっても工業化が進むだけなので万々歳まである。
ファトラ君に手帳を見せてもらう。
太陽の王位継承の流れはこうだ。太陽王アルビオン暗殺を契機に次代の王を決める争いが表層化。暗殺犯は不明。
ガランスウィード家とスターヴェイク家を味方につけたナルシス君が他の候補者を蹴散らして玉座にのぼりつめるも、その背後に大悪魔ディアンマの存在があると冒険者の王レグルス・イースが立ち上がる。あのクソジジイが元凶かよ。
レグルス・イース率いる救世の団が立ち上がり、神狩りの一団を率いるドレイク・ルーターと合流。どっから突っ込めばいいのかわからねえわ。
ナルシスの異変に勘づいたシュテル団長もナルシス君を討つ覚悟を決めて救世の団に合流。彼らはアルシェイスを旗頭に据えてラサイラ魔導学院を拠点に武装蜂起したようだ。
なんでアルシェイス? シュテルが王になればいいじゃんって思ったけど次のページに書いてあったわ。レグルス・イースからの強い要請があり仕方なく折れたって。
王都ローゼンパームを半壊させる激戦の末に太陽神化したナルシスを討ち取る。激戦の最中にレグルスやシュテルが命を落とし……
違和感がすごすぎてこれ以上先に進めないよ!
「あのあの、ナルシス君行方不明だしガランスウィードはアルシェイスについてるし、レグルス・イースもアルシェイス推してるんだけど? この手帳ほんとに大丈夫?」
「うむ、僕もあまりの違いに戸惑っている」
ファトラ君正直者すぎて可愛い。
俺らの言うファトラ君可愛いの大部分は可愛いから怖くないぞっていう自己暗示だけど、今回に限って言えばポンコツ可愛いだ。あー、未来変わっちゃったから未来の確定情報が役立たずになったパターンかー。
ループのお約束の通じない最低のパターンだな。誰だ変えたやつ?
なぜか笑い出したファトラ君である。
「世界というものは視点のちがいで幾通りもの真実があるのだな。この世界は僕の世界と比べてあまりにも多くの変化がある。例えばドレイク師の代わりに同士リリウスが神狩りの任につき、邪悪の女神はアルシェイスの側につく。フェスタ大戦など僕の世界で起こらなかった出来事なのだ。この運命の変容の中心にいるのはおそらくあなただ。リリウス・マクローエンこそが変化の中心なのだと思うよ」
「何だか邪魔してしまったようだ。ごめんよファトラ君」
「いや、あなたは希望だ。未来は変えられる、あなたの存在はその証左であり、だから僕も全力を尽くせる」
ファトラ君がニヒルに微笑む。前向きでいい子だわ。ツンツンクールなのに誰からも愛されるファトラ君はそういえばこういう子なのである。
そういえば?
「ファトラ君が自分の影響を極力抑えていたのはわかるけど俺と接触しなかったのは何で? この隠れ家をドレイクに買わせるなら俺でもよかったんじゃね」
「同士の立ち位置がイマイチ掴めなかったのが理由だ」
俺の立ち位置?
「ガレリアの殺人人形を連れているのを見れば二の足も踏む。ガレリアの手先となっている疑惑があったのだ」
「ひでえ疑惑だ。ファトラ君ってガレリアと戦ったことある?」
「幾度かは」
「イザールは倒せた?」
「あれはしぶとい男でな。何度倒しても平気な顔をして出てくるから困っている」
わお、史実バリアーがイザールを守っている。
とんでもねえ化け物に目をつけられている俺の未来が真っ暗だ。
「改めて問い質そう。ガレリアとの関係はないのだな?」
「そっちの世界の神狩りと同じく敵対関係だよ。ファトラ君ともドレイクとも、たぶん俺達はどんな世界でも敵になったりしないよ」
「僕らの友情は世界を越える…と?」
「信じられないか?」
「いえ、他の何はともあれそれだけは信じられます」
俺とファトラ君で腕をがっしり組む。
それまで黙って聞いてたドレイクがコーヒーをズズズしながら言う。
「この世界の俺らはまだ友情なんてほどのもんは持ち合わせてねえが、そいつを言うのは野暮なんだろうな」
「色々とまだこれからな話だからな。だが俺らに協力しろよ、見返りは最強だぜ」
「おいおい、このドレイク様を物で釣ろうってか。言ったらわるいが俺もまともな男じゃないんでな、大金以外は通じないぜ」
大金なら通じるようだ。おかね様最強だな。でもドレイクを動かすのに最適なものはそれじゃない。
「このファトラ君の頭脳には未来のお前自身が設計し続けてきた飛行機の設計図がある。うまくやれば十年近く技術進歩できるぞ」
「……!(すかしてたドレイクが立ち上がる図)」
これだけでも良さそうだが追撃するぜ。
ペンと紙を借りてササっとお絵描きする。ヘリコプターだ!
「さらに俺の脳内にはお前の汗と努力の結晶を上回る、大航空時代が百年の先に生み出す新機軸飛行機の設計図がある」
「何という飛びそうもない不思議フォルムだ。せっ、性能は!?」
「最高時速は控えめの時速200キロ。長所は空中待機で難所における救助活動で大活躍」
「翼が、大衆の翼が人助けでも大活躍するというのか。すげえ、そんなのお上も大衆も無視できないじゃないか」
「世界中で大活躍だ。お前の工房から世界が飛び立つんだ」
「俺が世界の翼になるのか……」
途中からノリだけの意味不明な会話になるがドレイクと話すといつもこうだ。
頭はいいけど馬鹿なんだよこいつ。ただし世界を変える可能性を持つ馬鹿だ。そして俺は何もしない馬鹿より行動する馬鹿のほうが好きなのさ。
ドレイクの説得完了。さあファトラ君決めてくれ!
「この手帳に書いた情報はもう役に立たない。大きく異なる二つの世界、この世界を変えたからといって僕の世界まで変わるはずがない」
「物わかりのいい発言はいらねえぞ! ファトラ、言え!」
「うむ。大人しく諦めてやるつもりもない。一つくらいは救われた世界があってもよいはずだ。太陽に正道を敷くため、お二方にも協力願いたい!」
「やろう、友情のために!」
「おっし、ファトラのためにやってやるか!」
あとでお尋ねしたところ、男三人ががっしり腕を交わしている最中に目を覚ましたルナリアちゃんはこう思ったらしい。
(ど…どうしましょ。目覚めたら皆様が未来の話をしていたのです。こわー)
たぬき寝入りを続けるルナちゃんが起きたのはこの30分後で、理由は尿意だった。
正直何か大きな不安から目を逸らしている気はするけど、ファトラ君が主導するリターナー・リベリオン計画に参加することになった。
何を忘れているんだ?