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今はこのぬるま湯のような喪失感を抱いて

 目覚めればそこは知らない天井で、俺は人生で一度は言ってみたいセリフを一つクリアしたのだった。……いや度々言ってたけども。


 なーんか平凡な天井だな。天井画もないし魔よけの像もない。これまで数々の貴族の屋敷に侵入してきた経験から言わせてもらえば貧乏くさい天井だ。ふっつーの民家だ。

 だって大きな梁が二本でーんと通ってるだけの三角屋根だぜ。やっすい宿と変わらねえよ。

 個室っつーかただのパーテーションだし。


 状況がさっぱりわからない。俺なにしてたっけ?

 とりあえず住人を探そう。どうもここは二階か三階らしい。他に部屋が二つある。


 第一お部屋に侵入である。


「ここは子供部屋か」


 だいぶ前に子供が巣立っていった子供部屋だ。知育玩具や絵本がきちんと整理整頓されている。子供向けの魔導入門書もある。裕福なご家庭であるようだ。


 写真立て発見。年代物の色あせた写真の中で二人の少年と母親らしき女性が微笑んでいる。バイオとかなら真相に迫る重要なアイテムなんだがな。


 写真立てから外して写真をひっくり返してみる。


「WD768、ヨナス・ガランスウィードとジェイド・ラムの十歳の洗礼式。二人の永遠の友情を誓って…か」


 驚愕の誰こいつら感である。せめてテレサとかグレイド翁とか知ってるガランスウィードで来いよ。


 不満を想いながら次の部屋へ。 


「こっちはマダム部屋か。教育関連の書籍が多いな」


 表彰状なんかも見かける。どうやらマダムはラサイラで先生をしていた方のようだ。……こっそり官能小説を隠しているなどのサプライズはなしか。この一家まじめそう。


 一階に降りるとやっぱり普通の民家だったわ。そして誰もいない。あれれ、リリウス君を放置してお出かけですのん?

 俺なんでこんな家で寝てたの? まったく思い出せないぞ?


 とりあえずステルスコートに袖を通し、身支度を整えよう。ポマードがないからいつもの鳥の巣頭でお出かけだ。

 お出かけ先は冒険者ギルドだ。困った時はシシリーにご相談申し上げる俺であるが、シシリーはフェスタなのでアビーに相談だ。


 大時計塔を見れば午前の九時だった。道中は何にもない。いつもローゼンパームだ。

 しかし言葉にできない大きな不安のようなものが、町全体を圧し潰している。住民の様子はそんなふうに見て取れる。


 途中でサラダクレープの買い食いを挟みつつ、のんびり歩いてギルドに到着……到着?


 ギルドがあるべき場所がガレキの山になっていた。

 ランセル伯爵家の砦とも呼ぶべき巨大建築物が崩れ落ち、今は騎士団がガレキをひっくり返しているところだ。


 歩哨に立つ騎士に聞いてみる。


「何があったんですか?」

「お前は?」


 冷たい目線を飛ばしてくる騎士の様子に本能的に感じるものがある。

 名乗るのはまずい。そういう予感だ。


「Eランク冒険者のベルクスです」

「ベルクスね」


 騎士は脳内のリストに照合をかけて危険人物ではないと判断したようだ。警戒の色が瞬時に失せた。


「見ての通りの有り様だ。詳しいことは我らも調査中だが大方酔っ払いの喧嘩でも起きたんじゃないか」


「ギルドが吹き飛ぶまでの大喧嘩なんて見た事もないんですが……」

「だろうな、俺もない。そして俺達は共に大げんかの痕跡だけ目撃したレアな目撃者ってわけだ。しばらく自慢できるぞ」


「自慢する相手が心配ですね」

「ま、そうだな。吹き飛んだ中にはお前の友人だって居たかもしれん。死体が見つかれば共同墓地の広場に運び入れる予定だ。三日ほど照合を行う予定だから気が向いたら来なさい」


 騎士はそれだけ言って目線を外した。俺はもう警備に戻るからお前もどっか行けだ。

 俺の話術のダメさがこういう時に浮き彫りになる。警戒心を抱かせずに聞きたい事を聞き出すのはシシリーとかうまいよね。でも俺こういうの苦手だ。ビジュアルの時点で警戒させちまうってのも大きい。


 しかし困ったな。何がどうなっているんだ?


 次は何となく空中都市に向かう。天の梯子と呼ばれるローゼンパームの直上をぐるりと回る巨大スロープを歩いていく。

 空中都市に向かう馬車。空中都市から下る馬車。多くのものが俺を追い越していく。


 空中都市の正門は大行列ができていた。行列に並ぶも遅々と進まぬ有り様で、先頭の方ではやいのやいのと商人と騎士が口論をしている。あ、商人が押し負けて戻ってきたわ。


 山盛り商品を積載した馬車で引き返してきた商人に声をかけてみる。


「何があったんですか?」

「何があったもクソもないよ。私には入る資格がないんだとさ。せっかくミスティルからシルクを積んできたというのに……」


 やっべえ、長い愚痴が始まりそうだ! 誘導しなきゃ!


「入市資格って?」

「オーシル商業組合のパスじゃダメ、あの町の住人以外はお断りなんだとさ。まったく横暴な話だよ。こんな高いところに住んでいると神様みたいに気分になっちまうのかねえ、だいたいさあ!」


 どうあっても愚痴に流れ込む商人さんである。

 相当怒ってるな。下まで送るから乗っていけと言われたが固辞する。理由は愚痴に付き合わされた方が疲れそうだからだ。


 天の梯子を下り切った時に気づいたけど検問は透明化して突破すればよかったな。

 しかし今更戻るのも面倒くさい。完全に失敗こいた。……何ともため息ばかり出ちゃうぜ。


 不思議なくらいやる気が起きない。感情が死んでいる。賢者タイムならぬニートタイムだ。まったく何なんだろうね。……何か大切な事を忘れているような不安だけが妙に胸を騒がせるのに、俺はそいつと向き合いたくないようだ。


 特に理由もなく戻ってきた民家で昼食を取る。帰路の定食屋で包んでもらったキドニーパイと花酒だ。


 キドニーと言えば腎臓の事だ。内蔵や野菜に香辛料をたっぷり詰め込んだパイをオーブンで焼き上げたもので、大味ながら……俺は好きだよ。世間では微妙な料理だと認識されてるけど。


 花酒は各種果実を樽に詰め込んで発酵させ、最後にルベントとルージーの花びらを浮かべて香りつけしたイルスローゼ伝統の酒だ。甘い香りと強い酒精が苦手って人も多いね。


 食欲も湧かないが無理やり口に詰め込むような食事をしていると誰かが戻ってきた。


 野菜やら何やら食材をこんもり詰め込んだ紙袋を抱えて戻ってきたのは、甘いマスクなのに馬鹿が顔に出ている大空の勇者だった。


「よう、目が覚めたか!」

「ドレイク? ドレイク、ドレイクじゃないか!」


 ドレイクだ。オルトス魔導学院生なのに魔法否定派なる馬鹿サークルを主催し、人力で空を飛ぶことに情熱を燃やす馬鹿野郎のドレイクこの野郎だ。


「秋頃までは制作費を稼ぐために週末冒険者やってたんだが追試を契機に勉学に専念しないとまずいと言い出してさっぱり見なくなったドレイクじゃないか!」

「誰に説明してんだよ! つーか一晩であの大怪我からこの元気かよ、どういう体してんだ?」


 ドレイクが紙袋からビワのような小粒の果実を放ってきた。

 世界樹の実を投げて寄こすな。……いやいや何で世界樹の実持ってるの? 一般的に流通してない超貴重品のはずだぜ。


「お前これが何かわかってて投げたの? つかどうやって手に入れたんだよ」

「貴重品なのはたしかだがそこまでの品じゃねえよ。東方移民街の闇市には定期的に流れてくるぞ」

「マジかよ。儲かりそうな商売してるやつもいるもんだな」

「だな。大富豪の銀狼様にあやかりてえもんだぜ」


 王都発の巨額の儲け話にはだいたい登場する謎のホテル王。いったい何者なんだ……

 あいつマジでふざけんなよ。あれだけ儲けてて俺のおごりじゃないと酒に行かないとかドケチすぎだろ。


「あー、色々説明してもらっていいか? 俺なんでこの家で寝てたの?」

「記憶飛んでんのかよ。あー、待て待て、もう少ししたらファトラが戻るはずだ」

「ファトラ君も来るのかよ」


 なんだ? ドレイクが悪い面でニヤリしているぞ? どういう表情だよ。


「まぁ驚くと思うぜ。とりあえずコーヒーでも飲むか?」

「頼むよ」


 待つ事数分。玄関の扉からガチャリと音がする。

 ファトラ君かと思ったが別人だった。一瞬ナルシスと見間違えた。


 珍しいフレームのない眼鏡と左目の上下に走る刀傷。闇のような黒髪を適当に切り、ワックスで撫で上げている青年だ。


 身震いがする。彼はシェーファのような完成した戦闘者だ。ただドアを開き、入室するという行為に恐ろしく隙がない。俺と彼の間には誤魔化しの通じない純然たるちからの差だけがある。


 彼は背中に一人の女性を背負っていた。


「起きていたか」


 彼はそれだけを言い、背負っていた女性をソファに下ろす。

 オーヴハンマーのルナリアちゃんだった。瑠璃色の三つ編みを垂らす隙のない美人さんはぐったりとしている。衣類の様子を見ればかなりの大怪我を負っていそうなものだが、よく見れば怪我らしい怪我はない。治療済みって感じだ。


「隙を突いて森の探索に出ていたが彼女しか見つけられなかった。夜にもう一度見に行くつもりだが期待はするな、まぼろしのアーティファクト内に長居はしたくないゆえどうしても非積極的な探索になる。……どうした、キョトンとしておるが?」

「ファトラ、こいつ記憶飛んでるんだよ」


 コーヒーを淹れたドレイクが戻ってきて彼をそう呼んだ。


 ファトラ……?

 俺は記憶の中のファトラ君との照合を試みる。無理だよファトラ君は十歳だぞ、彼どう見ても俺より年上じゃん。


「まぼろしのフィールドでよほどの悪夢を見せられたか。だが取り乱されるよりはマシなのであろうな」


「すでに理解が追いついていないんですがね。え~~~~っと、あなたはファトラ?」

「当然の疑問であるな。同士リリウスよ、いやこの世界ではまだ同士ではないのだったな。どうせ長い話になるのだ、落ち着ける場を作ってから説明しよう」


 揚げパン(完全にピロシキだこれ!)とコーヒーをもしゃりながら自称ファトラが一身上の都合を語りだす。


 時は今から九年後まで進むらしい。進む!?

 過去じゃなくて未来ってことですか!?

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 毎回、あんまり語彙力が無くて申し訳ないのですが、ストレスなく文面が身体に入ってくる感じで楽しませてもらってます。 次回も楽しみにしていますね。
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