ローゼンパームの異変③
みんなとお手々つないで仲良く透明化。このままクランホームに行くと誰もいないのである。
おっと、フェイの置き手紙発見。
「レテがウルド様のところにいるから向かうって書いてあるな」
「フェイ君ってそういう普通な人だよね」
ベティがかなり失礼な発言である。でもわかる。フェイって根っこが生真面目だからエキセントリックな解決法とか驚きの一発逆転プランは出さないよね。
リザ姉貴が解決法を求めてくる。
「どうするわけ?」
「まずはユイちゃんと合流しよう」
フェイをディスっておいてこの普通案である。
透明化したまま一般道に出てユイちゃんちに向かう。何者もステルスコート先生を見破ることはできないのである。……ムハンマド王子が異常なだけだわ。
そして到着したユイちゃんの家である。騎士団がいねえな。
中を覗くとユイちゃんがスヤスヤ寝ているのである。何の危険も迫ってないな。
「もしかしてユイちゃんは俺の仲間だと認識されていないのでは……?」
「安全だからよくね?」
完全にそれ。
一番安全なのはこのまま置いてく事だ。しかし後で怒られそうなので巻き込むか。
起こして事情説明する。第一声から文句いわれた。
「完全にとばっちりじゃないですかあ」
「返す言葉もないね。このまま別れると合流は難しいっつーか、最悪もう会えないけど、どうする?」
「やです。ついていきます」
ユイちゃんゲット。
で、ユイちゃんが素朴な疑問を口にする。
「バトラは大丈夫でしょうか」
「本気で忘れてたよ」
そういやバトラ兄貴もいたわ。すっかり忘れてたわ。
兄貴の所在は姉貴も知らないらしい。姉貴もそれなりの魔導師だけど一応パンピー枠だから自分の身を守るので精一杯だったんだ。これを聞いたユイちゃんが唖然としてる。
「二人ってほんとにバトラの兄弟なんですか? ぞんざいすぎませんか?」
「男兄弟ってのはこんなもんだよ。家を出たら最悪死ぬまで会わないなんてよくあるって」
「……ですかねぇ」
納得がいかない模様。
次はウルド様のマンションの予定だ!
「ばっ、バトラを助けないんですか!?」
「兄貴は立派なお星さまになって俺らを見守ってくれるさ」
バトラよ俺らを見守っていてくれ。俺も80年後くらいにそっち行くから。
俺と姉貴とベティは青空に浮かんだバトラの微笑みに敬礼する。
「惜しい奴を亡くしましたまる」
「まだ死んでません!」
冗談はここまでだ。
兄貴が捕まってるなら冒険者ギルドが把握できていないはずがない。アビーがそういう緊急性の高い話をしなかった時点で兄貴は無事なはずだ。
こういう推測を並べるとユイは安心したようだ。ユイはバトラを尊敬している。その尊敬のうち何割かはラブだと思うし、ラトファがいなかったら告白してたんじゃないかと思うこともある。
よし、ぶっこもう。
「兄貴は無事さ。ただし今朝の時点まではね。騎士団が一斉に動き出しているなら今頃グランナイツのハウスも襲われているはずだ」
「じゃっ、じゃあ助けに行かないと!」
「大丈夫大丈夫、ラトファもいるし兄貴も無理せず捕まるよ。あとで太陽宮を破壊しながらのんびり助けにいこうぜ」
「えええ~~~~……今日のリリウス強気なのかのんびり屋さんなのかわからないです、変です」
「超強気さ」
本日の俺は何だってできるぜ。
もうこの国には二度と来ないと確信している時にだけ可能なストレスフリーな手段を解禁だ。冒険者活動の拠点だから大人しくしてやってたけど俺もうフェスタ行くから!
まぁバトラも気になるので予定を前倒し。確認のためにギルドに向かう。
午後二時の冒険者ギルドに特に不穏な動きはない。がらっがらなので受付嬢も暇そうだ。微笑みを浮かべるアビーとハイ……
パイタッチである。エフタッチかもしれない。
「こんな時でもブレない男ねー」
「うるせえ、こういうややこしい問題があるなら事前説明してほしかったわい」
「騎士団にやられるパターンなんて考えもしなかったわよ」
それもそうだ。
俺の正しい脅威を知る者なら簡単にわかる話だ。リリウス・マクローエンは最強だ。冒険者ギルドは俺をドラゴンに例え、まさしくその様に扱ってきた。
俺を侮るのは特権階級こそが民衆を率いる特別な存在だと思い込んでる馬鹿どもだけだ。
実際よく侮れたもんだよ。姿の見えない男を敵に回そうなんてすげえ勇気だと感心するよ。
俺なら俺だけは絶対に敵に回さない。
ルーデット卿もライアードも賢い人はきちんと理解していたぜ。あのイルドシャーンでさえ学習して俺への二度目の手出しを控えた。俺が本気になれば身を守れるのは英雄クラスの強者だけだ。家族に友人その他諸々は餌食になるって想像力が及んだからだ。
ステルスコートの能力は非戦闘員の蹂躙に適している。
俺を倒したいなら一撃で決めなきゃいけなかった。俺が姿を消す前にな。
「教えてくれ、いったい何がどうなっているんだ?」
「シュテル王子が失脚したの」
おっさん王子が失脚!?
じゃあ俺はただの巻き添え!?
「なんで他人事みたいな顔してるのよ」
「だって他人事だし」
クッソどうでもいい事態な気がしてきたぜ……
◇◇◇◇◇◇
グランドマスター・ブラスト調べによると太陽の王家全員参加の新年の食事会で太陽王アルビオンが毒で倒れたらしい。
治療の甲斐なく王はそのままお亡くなりになられた。その後すぐに犯人の追及が行われ、黄金騎士団の厳重な警備の中でいとも容易く行われた毒の混入を理由にシュテルが逮捕された。
「ざつ」
「犯人なんてどうでもいいんでしょうね」
それどころかシュテルを逮捕した連中が毒を盛った可能性が高い。
シュテルは太陽でも十指に入る大物のはずだ。これを即日逮捕できるだけの根回しが完了していたっていうのがおかしい。
「ずばり黒幕は?」
「アルシェイス王子派閥よ」
「情報部統括グローセル王子の息子か。クロだな」
俺を襲ったやつも情報部だった、っていう考え方は早計か。
情報源の騎士は中々手強そうなやつだった。かく乱目的の欺瞞情報かもしれない。
「ええ、クロよ」
「クロなんだ」
推理小説とちがって真実は案外単純なもんですねえ。
話の続きだ。おっさん王子の家族も捕まったらしい。
「あのナルシスが大人しく捕まったってのか?」
「それよそれ、今あなたが追われてる理由がそれよ」
ナルシス君は太陽宮の書庫から煙のように姿をくらましたようだ。それがいつかっていうと大晦日の話だ。つまり俺らが竜の谷に出発した日だ。
「もしかして俺がナルシス君を連れてった疑惑?」
「それよ。アルシェイス派からしたらナルシスは王位を争う脅威だから早めに捕まえたいの」
「なんだそりゃ、とんだとばっちりだなあ……」
しかし違和感はある。森で俺を殺しにきた騎士はナルシス君の居場所を聞こうともしなかった……
「実際の話ナルシスはどこに消えたんだろうな」
「新年一発目の大騒動を起こしにいったら暗殺騒ぎが起きて帰るに帰れなくなったに一票」
「ベティ、マジで当てにいくのはやめろ」
「本気で当てにいってそのトンデモ回答なの?」
「ナルシス君ならやりかねないよ」
二十歳越えても悪戯心は忘れない。悪戯には常に本気で向き合い、記念日は特に大事にするハプニング男だ。案外伯爵あたりとバトルしながら新年を迎えてたりして。
そういう冗談を言うとアビーが首を振る。
「アルステルム伯爵も行方不明よ」
「え、マジで?」
「アルステルム家も隠れシュテル・ナルシス派閥だもの。シュテル王子の投獄から派閥の切り崩しが始まって、もうけっこうな数の貴族が難癖つけられてバルジ監獄に収監されているらしいの。王国宰相エドゥアルド・アルステルム議長も逮捕されたわ」
「伯爵のおじいちゃんまでか。シュテル派閥は随分と旗色が悪そうだな」
「わるいなんてもんじゃないわよ。派閥狩りが始まったのが新年でもう三月よ。壊滅よ」
「世は無常だねい」
「なによ、他人事みたいに」
「実際他人事だし。ゆっくりとお話を聞きたいところだけど長くなりそうだ。ギルドで待っててよ、俺は先に仲間を集めてくる」
「ええ、夕飯はみんな揃ってって方針ね」
アビーもだいぶ豪胆になってきたもんだ。俺が負けるはずがないっていう信頼の証だな。
さあ指示出しだ。
「姉貴はオーヴのトゥールちゃんたちとギルドに匿ってもらってて」
「ま、そっちの方がいいわね。あんたたちの速さについていけないもの」
「ユイも不本意だと思うけど今は身軽さとスピードを重視したいからギルド待機でお願いするよ。姉貴とアビーを守ってやってくれ」
「わかりました」
「ベティは俺と来い」
俺の本気についてこれるのはこの中だとベティだけだ。
潜入工作に必要な技能を全部持ってて俺の超スピードについてこれるベティはもう義賊七つ道具なんじゃないかと思ってる。カトリは大切な恋人だけど、ベティは人生の一部になっている。胃袋を独占されてるせいもある。
ベティ級のデザート作れるやつがこの世に他にいねえんだよな……
その時、なぜかこの場に平然と存在する、森で別れたベルクス君たちが声をかけてきた。
「俺は何をすればいい?」
「俺の関係者だと思われないようにギルドの隅でディーフェンスって連呼してろ」
「なんだよそれ!」
フェスタに移籍してもこいつらがついてきそうな不思議な予感がしている。
なつかれてるせいだ。
「さあいくぞ!」
「風になるぜ!」
だいぶあとで気づくのだがベティを連れて意気揚々とギルドを立つ俺の頭からは、すっかりバトラ兄貴の心配が抜け落ちていたのである。
本当にだいぶ後になって気づくのだがすまんなバトラ。本当にすまん。
◇◇◇◇◇◇
一方その頃、バトラたちグランナイツの住むクランハウスは騎士団の包囲を受けていた。
冒険者ふうの扮装をした黄金騎士団20名による包囲は慎重で、まだ直接的な手出しこそないものの、隙を見つけ次第突入してくる種類の不穏な気配を醸し出している。
下ろした板窓の隙間から周囲の気配を探るバトラは反撃の芽を探っているが、魔導官による高度潜伏魔法を破る手段もなく、狂奔の魔法を自らにかけての目視で対応している。
ラトファが水の入ったグラスを差し出してきた。
「どう?」
「まったく嫌になるくらいの手練れ揃いだ。黄金騎士団、敵に回すとここまで厄介か……」
黄金騎士団の団員のパラメータ平均は1000程度。これはバトラ個人の性能の七割程度であるが騎士団の恐ろしさは集団戦能力にある。
いかな風の魔剣士といえど集団のちからに抗えるものではない。
ラトファもトキムネも一階のリビングに集まり武器を抱いている。徹底抗戦の意思表示に見えなくもないが、実際は自衛程度の心づもりだ。
交渉の余地があるなら降伏する。逃げられそうなら逃げる。問題はどちらの可能性も薄そうだという嫌な状況であることだ。
ラトファなどは先ほどからウルドに救援を求める思念を送り続けているが反応はない。王都守護結界のアカウントが戦時下まで強化されているせいで、ローゼンパーム内での魔法行使がうまくいかないのだ。
「ダメだわ、やっぱり民間への魔法行使権限そのものがブロックされてる。これ相当な被害が出てるわよ」
「だろうな。ここまで強固に権限を絞れば商業活動や民間の生活にまで支障が出ているはずだ。今頃各種ギルドからの猛抗議が殺到しているだろ」
市内の魔法権限を絞れば製鉄や金属加工にも不具合が出る。事前の説明もなくこんな横暴なまねすれば相当な被害が出る。ミスリルを加工する魔導高温炉なんかも壊れているはずだ。
それを押してもこれだけの無茶をしてきた。騎士団の動きは不可解にすぎる。
「バトラよぉ、どう見る?」
「監視から強行手段への切り替えだ。状況に何らかの動きがあったと見るべきだな」
「例えば?」
「例えばうちの弟が王都に戻ってきたとかだよ奥さん」
二人の表情が明るくなる。
年齢でいえばグランナイツ組のほうが上だが実力はあちらの方がだいぶ上だ。リリウスにはフェイやカトリーエイルという強力な仲間もいる。
騎士団という恐るべき戦力に対しても見劣りのしない一騎当千のつわもの揃いだ。
「リリウスなら必ず来る。あいつが来るまで持ち堪えるぞ、いいな!」
「おう!」
「ええ、グランナイツのちからを見せてやりましょ!」
騎士団と戦いながらこっちに向かっているリリウスの姿を思い描きながら決意を固めた。
可哀想に。
◇◇◇◇◇◇
ギルドを出ると待ち構えていたかのように冒険者に扮する騎士団が襲い掛かってきたので一蹴する。俺はワンダリングブレードで騎士どもの首を切り落とし、ベティは両腕だけを竜の頭に部分変化させてのダブルドラゴンブレスだ。
戦っていて感じるのは魔法行使がひどく難しくなっている。神気を使う術法への負荷はないが通常の魔法行使には制限が掛けられている。王都守護結界の管理者はナルシス君だったはずだが管理者に変更があったようだ。
襲撃者をものの数秒で全滅させる。特に強い敵はいなかった。そろそろ国家英雄の一人や二人出てくると思ったが腰が重いな。
「雑魚しか来ないね。なんでだろ?」
「俺らより優先度の高い標的に戦力を回してるのかもな」
言葉を口にしてから気づくことってのは割とある。国家英雄はフェイ辺りを標的に動いているのかもしれない。
「どう動くにしてもフェイの戦闘力は必要だ、さっさと合流しよう。ベティ竜頼むぜ?」
「それなんだけど」
ベティから一言あるようだ。なんじゃろな。
「竜化しても飛べないから徒歩オンリーだぞ」
「飛べないの? なんで?」
「竜の飛行能力って風系統魔法によるものだから」
そういや昔誰かから習った気がする。
一般的な考えとして空を飛ぶ怪物は強い。鳥とかは別に強くないんだ、あいつら素早いだけだから。
でもこういう考え方が一般的になってるのはワイバーンのような風の魔法を操るタイプの魔物のせいだ。だから本質的な考えとして空を飛ぶ怪物が強いではなく、空飛ぶ大型の魔物で強いやつは例外なく魔法を操るっていう考え方が正しい。
南の方角に浮いてる空中都市を見上げる。300メーター400メーターっていう空に浮く町まで空渡りは無理だ。フェイじゃねえんだよ、まともな人間には不可能だ。
「じゃあベティ虎で頼むわ」
「おっけー」
竜がダメなら虎になる。まさに竜虎相乗りだな。ちがうか。
ベティ虎に跨り王都を進軍する。おい子供たち手を振るんじゃない。
「ごあ!(わたし大人気じゃね?)」
「子供に大人気のアサシンとは新しいな」
『すごいだろ』
「すごいけども」
ちなみに王都ジャーナル調べによると子供のなりたい職業ナンバースリーにベティがランクインしている不思議である。いったいどこでアンケートを取ったのか甚だ不思議な事態である。ちなみに義賊は第九位。第八位のサムは誰なんだ?
そしてやや速度の落ちるベティ虎である。子供たちへのサービスもやめろ。
北区から中央区に入り、妨害のために出てきた騎士団を突進で蹴散らしながら空中都市へとつながる天の梯子を目指す。
その途中だ。裏通りからサッと出てきた黒い影が大ジャンプからの華麗なるムーンサルトを決めて、ベティ虎の頭に着地する。……ベティが困ったふうにゴアと鳴いた。
『彼行方不明だったはずじゃね?』
「行方不明ってある意味無事の証ではあるよな」
ベティ虎の頭に着地し、今もなお乙女の脳天踏みつけながら超格好よく強者のポーズを取ってる伯爵に声をかけてみよう。
「何か用ですかね?」
「用がなければわざわざ出てきたりしませんよ」
追われる身ですもんねっ。
「依頼をお願いしたく参りました。報酬は―――」
「わるいんですが今回はお断りさせていただいてもいいですかね?」
伯爵の表情が険しくなる。いつも優雅な微笑みを浮かべるドS執事のこんな顔は初めて見る。相当余裕がないってわけだ。
「相変わらず短慮な方だ。わたくしの話を聞かなければ後悔しますよ?」
「不思議なことに聞いた方が後悔しそうだ。わるいがこっちも余裕はないんだ、自分のケツは自分で拭いてくれ」
「アシェル・アル・シェラドの行方を捜しているんじゃありませんか?」
誓っていう、忘れていたわけではない。
属国とはいえ一国の女王にまで手が及んでいるはずがない。そう思い込んでいただけだ。
「アシェルの身に何が起きたのですか?」
「それを知りたければわたくしへの協力を確約なさい」
話に乗る以外の選択肢はないか。
伯爵の指示に従ってベティ虎は水路に降り、王都地下迷宮へ潜る。
なるほど、潜伏先は迷宮内か。頭の良い隠れ家というかそこしかないというか、わかっていても中々手を出せない場所というか……
「やっぱり伯爵さんはキレ者だね」
「おほめにあずかり……とは申せませんね」
「追い込まれてますもんね!」
「はっきりと言いますね……」
おま言である。お前の言い分は正しいが言い方は気に食わないってやつだ。
こんな事をしている場合ではない。それはわかっている。だがアシェルの名を聞けば放置は絶対にできない。
やっぱり伯爵は優秀だよ。でも優しくはないよね……