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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
砂の魔獣ザナルガンド 編
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砂の魔獣を討て②

 三月九日深夜。

 ジベールの首都イス・ファルカを臨む砂丘の上で超格好いいポーズをしてる俺らは盗賊ふうの衣装さ。


 潜入だけなら世界有数のアサシン・ベティ。

 万が一潜入がバレた時にいいわけをしてくれるシェーファ。


 この愛すべき仲間たちを優しく包むステルスコート&リリウス君の三名で潜入してイルドキア君を連れだす作戦なのである。


「じゃあ潜入作戦を開始したいと思いまーす!」

「うん、やろう」

「任せて」


 なんて頼もしい奴らなんだ。とりあえず定番なのでボケときますね。


「でも先に夕飯食べたいと思いますがどうでしょうか!」

「古来腹が減っては戦いにならないという。イレギュラーに備えて体調を整えておくのも大切だ。この辺りを理解していない冒険者は多いがさすがだな」

「ハゲのいいところはこういう慎重さだよね」


 ボケたのに褒めるのやめてもらえる?


 しかしフェニキアからジベールまでベティ竜で飛んできて、帰りもベティががんばるのだ。疲労を考えたら休憩を入れるべきだな。

 時刻はすでに深夜零時半。この時間までやってる飲食店なんて大都会イス・ファルカでもさすがにあるかどうか……


「とりあえず町をぶらつきながら考えよう」


 透明化ベティ虎に跨ってのっしのっしと街中を練り歩く。イス・ファルカは大通りは壮麗で清潔な印象を受けるが一つ横道にそれるとゴミゴミした町になる。家と家の間にできた隙間みたいな小さな道は行き止まりも多い。迷路のようなものだ。


 そして目当ての飲食店は大抵そっちの小さな道にある。このまま大通りを往けば王宮街まで一直線だ。しかし……


「ベティ、あっちだ、たしかうまい飯屋があったはずだ」

「しまってるね」

「じゃあコーチ飯店にいってみるか、あっちだ」

「その名前の飯店いきたくない……」

「いいから。私も腹が減ってきたんだ」


 シェーファの指示であっちこっちと引き回され、気づけば午前二時になっていた。

 やべえ、このままだと夜が明けるぞ。


「なあ、もうメシはいいからイルドキア君さらいにいこうぜ」

「ダメだ、さっきから腹が鳴りっぱなしなんだ。食わないと途中で倒れる」

「ハゲも建設的な意見だしてよ」


 そうはいうが俺も腹減って目が回りそうだ。

 王宮街まですぐに行けて、こんな深夜にもやってる飲食店……?


 このあと俺は名案を出した。


「で、うちに来たと。なんとも無謀なまねをするね」

 ってイルドキア君が呆れまじりに言った。


 夜食をガツガツ食べてる俺らは何も言い返さない。腹ペコだからだ。

 色々考えた結果イルドキア君のおうちでご飯貰った方が早いことに気づいたのさ。隠密性とか証拠を残さないとか、そういうのはもうどうでもよくなった。腹ペコは正気を侵食するんだ。


 イルドキア君は半年前に会った頃と比べてだいぶ痩せている。顔色も悪く、家の中だってのに杖を突いているような状態だ。以前も咳が多かったがこれほどではなかった。

 死期が近づいているのは誰の目にも明らかだ。


「俺も延命手段を色々と探っていたんだがどれも効果が薄くてね。そろそろ諦めるかって時に希望を持ち込むんだからシェーファ、君はやりてだね」

「大儲けさせてもらってるからな。勝率は最大だ、これを逃す手はないぞ!」


 シェーファがスープチャーハンを掻きこみながら言った。ほっぺにおべんと付いてるぞ。


「友情価格で5000ダイヤにしてやる。安いだろ!」

「安いね、命が買えるなら安いもんだ」


 5000ダイヤっつーと25万ユーベルか。安いか?

 彼には匿ってもらったり魔導飛行機借りパクしたりと色々恩があるしなあ。


「いや、金はいいよ」

「おいリリウス、親しき仲にも金銭ありだぞ」

「その格言ぜったいお前案だろ」


 ダメだこいつ、目が金貨みたいになってんもん。


「イルドキア君は魔獣の加護から解放されたら何をしたい?」

「まだ見た事のないものを見に行きたいね。名前だけしか知らない太陽や豊国にも行ってみたい。名前も知らない土地にも行ってみたい。自由になりたい」


 いい夢だな。故郷を飛び出した頃の俺もそういうワクワクを胸に旅をしていたもんだ。大雨に降られて何日も荒野を彷徨ったり、馬に逃げられたり、フェイからご飯カツアゲしたのもいい思い出だ。

 イルドキア君の前にもそんな未来が広がっている。人生という名の旅は、これから始まるんだ。


「それ全部叶うぜ」

「嬉しいな、本当に…嬉しいよ……」


 すすり泣くイルドキアの肩に触れ、なんだか俺まで涙が出てきた。


 彼は俺のようにちからを願ったわけじゃない。生まれた時から変なちからと運命を背負わされ、挙句にちからに食いつぶされて死ぬなんてひどい運命じゃないか。

 俺はもう手遅れかもしれないけど。彼は俺じゃない。運命から解放されたいと願ったなら、解放されていいはずなんだ。



◇◇◇◇◇◇



 出発の前に相談しなければいけない人物がいる。

 国防の要である砂の魔獣を消すんだ。それなりの人物に話をつけなければならない。……ほんとはこっそりやるつもりだったけど、もう屋敷の使用人とかに見られちゃったしね。


 相談相手ってのはイルドキア君の兄貴のムハンマド王子だ。基本的に頭のおかしいイカレ野郎らしいが、イルドシャーンと双璧を為す次代の砂の君主候補なので……

 イルドキア君がため息。


「こういう話をするならイルドシャーンが適切なんだけど、ほら、以前揉めているだろ?」

「だよね」


 俺のせいだ。イルドシャーンは狭量な男ではないらしいが部下数名を殺した挙句イルドシャーンの砂の人形に鼻くそ付けてるからな。接触は控えるべきだ。


 そろそろ明け方だってのに屋敷に行くと普通に起きてたムハンマドが透明化してる俺らを見つめながら。


「来たか。用件はわかっているつもりだよ」

「よくわかりましたね?」


 透明化を解くとムハンマドがニヤニヤしながら言う。


「破り方は以前青の賢者殿から教わっていたからね」


 五大国会議の時に太陽宮に潜入した際に複合探査魔法で位置を特定された事があった。どうやらマグレ当たりってわけじゃなかったようだ。まぁルルにも見破られたし青の賢者サルマンなら可能か。


「腕が落ちているんじゃないか? それとも増した妖気を隠せなくなったのか。以前よりもだいぶ特定しやすくなっているぞ?」

「ご助言ありがたく」


 心中で舌を出しながら恭しく頭を下げる。

 俺のちからが上がったからか、ステルスコートが完全体と呼べるほどに機能を回復したせいか。


 砂の王子ムハンマド、どうにもやりにくい男だ。

 イルドシャーンは王気を備えた、大将軍の威風を持つ男だ。見た目も言動もスペシャル感にあふれていた。だがムハンマドがどんな男なのかはまるで読めない。こうして目の前でしゃべっているのに正しい情報が何も得られない。


 わからない。未知なのだ。

 轟々と吹き荒れる砂嵐の向こうに潜む怪物の影だけを見つめている気分だ。


「イルドキアよ、ザナルガンドの加護を消し去るのは確定、僕に任せたいのは事後処理でいいんだな?」

「やってくれるのなら」

「別に構わないだろ。保って一年という余命の弟が最後の希望にすがろうっていうんだ、父上もご納得くださる。ただ諸侯の反応を考えれば急死したとするほうがいい。構わないかい?」


 もうジベールにはいられない。

 もう砂の王家として扱えない。もう家族ではない。それを呑めと言われたイルドキアがしばし黙考する。


「兄上、感謝します」

「初めてそう呼んでくれたな」


「普段からそうしていれば敬愛を込めて呼んでいたよ」

「そういうものか」


 ムハンマドがシェーファを見、俺へと視線を移す。キーマンを俺だと見たか。


「使うのは件のフェニキア王太子クロノスのスキル消去の術法だな。どういう形に収まるのか明かしてもらえれば事後処理もしやすいな」


「今回はイルドキア君の魂魄に張り付いているザナルガンドとのゲートを消し去る手法を取ります。これは封印された砂のザナルガンドの本体にダメージを与えるものではありません。宿主をロストした砂のザナルガンドは新たな寄生先を探し始めるでしょう」


「ふむ、候補は?」

「まず成人は選ばれません。適合力の高い幼児か子供、六歳までが選ばれると思われます」

「その辺りは変わりないんだな」


 先代の砂のザナルガンドはルーデット卿が討ち取ったと聞く。

 魂魄まで切り裂く超長距離斬撃で洋上から仕留めた。宿主を失ったザナルガンドは良質な宿主を求めて当時まだ母体の腹にあったイルドキアへと寄生したようだ。


 赤子への寄生はかなり珍しいケースだ。ザナルガンドのちからは宿主が幼いほど強いちからとして顕現するとアシェラ神殿の記録にある。これは砂の王家も既知であるはずだ。


「はい、ただイルドキア王子のみが砂の運命から解放されるだけです。何も変わらないのです」


「変わらない…ね。我が国はとことんまでそういう気風であるようだ。封印と言ったな、砂のザナルガンドの本体が封印されている場所も知っているか?」

「……」

「知っている反応だな」


 黙ってるのにバレた。なんで?


「明かせとは言わない。手に負えないのだろ?」

「はい」


「仮に、砂のジベールが総力を挙げて加担すると言っても不可能か?」


 ムハンマドがニヤニヤしながら言った。

 欠片も信用ならない顔だ。そして俺には判断ができない。


「砂のザナルガンドが封印措置に至るまで古代神は七柱の神王級と数十の属神を失い、神兵たるオリジナルナインを三種族絶やしたそうです。五大国の総力を以て当たっても頷けぬでしょう」

「真実っぽいから困るな。わかった、欲張りはすまい」


 ムハンマドが部屋の隅にある小さな旅行鞄を指さす。


「それを持っていけ。中身は色々だが仮の身分を示すものが一式揃っている。当分生活には困らないはずだ」

 これはイルドキアへ。


 次はシェーファに向けてだ。一抱えはある宝箱を指さす。


「お前達にはこれをやる。5000ダイヤはあるはずだ」


 何なのこいつ!?

 ムハンマドの底の知れなさは異常だがここまで来ると予言者の域だ。予言……まさかハイクラスの未来予知ホルダーか?


「弟は王宮の外の暮らしを知らない。筋道をつけてやってくれ」

「心得た」


 俺へは……

 何もないらしい。シェーファから半分貰おう。


「砂のザナルガンドの死は王家の伝統に則り次のザナルガンドが使い物になるまで伏せる必要がある。僕も最大の努力をするがお前達にも口外を禁じる。この約束が守られたと判断した時は追加で10000ダイヤをくれてやる」

「絶対に言わない!」

「神に誓う!」


 時が来れば使者を通じて報酬をくれるそうな。

 いつになるかわからないけど数年後に50万ユーベル手に入るなら俺は絶対に言わない。だってどこに売っても50万ユーベルもの大金払ってくれるはずないよね。

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