カトリと交わした約束を②
竜の谷では色々あって最後は観光って感じじゃなかったからデートの約束を果たせなかった。
何が原因かと言えば俺が無茶をした件でコッパゲ先生がブチギレて丸二日説教されたせいだ。説教の内容は納得のいくものだった。
迷宮のボスってリポップしてすぐは弱い状態なんだってさ。だから一旦退いてから再チャレンジすればよかったって奴だ。
『こんな基本的な事も知らないとは思わなかった!』
先生の怒った理由はここだ。迷宮攻略のプロまで名乗っておいてこの様だ、おかげで迷宮の仕組みについて基礎から教えてもらえたぜ。つまり説教時間のほとんどが授業だったんだ。先生には頭があがらないぜ。
しかし結果的によかったのかもしれない。竜の谷の物価を考えると俺の財布じゃカトリの欲望を満足させられないよ。
デートを始める、前に俺から訓示である。傾聴!
「では本日のデートプランを説明する。脳みその端から端までクソが詰まった貴様らにもわかるように簡単な説明を心掛けるが、もしわからなかったら申告したまえ。俺の前で腕立て伏せをする名誉を与えてやろう」
「サー・イエス・サー!」
カトリがびしっと敬礼。軍隊式だから何の違和感もないね。
「今回のプランの資金は20ユーベルまでだ。無論追加はない。よいね?」
「教官殿、かなり少ないのではないでしょうか!」
「甘えは許さん! 貴様は俺がいいと言うまで腕立て伏せをしていろ!」
カトリが腕立て伏せを始める。
俺達の姿に疑問を持つ連中がいるようだ。庭でイノシシの解体をしているドンの息子たちだ。全員俺より図体がでかいのにまだ六歳と五歳なんだってさ。
「なんで軍隊式なんだ?」
「知らねえ。文化のちがいだろ」
「相容れねえなあ」
あいつら本当に五歳と六歳? ドンより落ち着いてるんだけど?
「ではデートプランを説明する。まずは市場に行き適当にぶらぶら、次に市内をぶらぶら、最後に湖畔をぶらぶら、本日はドンの家でご飯なので夕方に帰投である」
「教官殿、ノープランと解釈してよろしいでしょうか!」
「ノープランです!」
というわけで首都レイクバードのぶらり旅である。
首都の市場だけあって中々盛況だ。主な産地はダージェイル大陸っていうパイナップルもあるね。合格。
「パイン見つけると必ず買うよねー」
「うまいじゃん」
「あたしアボカドのほうが好きー」
「森のバターに砂糖水入れて混ぜる神経がわからない。うまいけどさー」
アボカドに砂糖は意外にイケる。興味ある方はお試しあれ。
市場で軽く食べ歩き。のんびり歩いてみて確信した。この町にはトールマン・エルフ・ドワーフという人界の三覇者がほとんど存在しない。その代わりにリザードマンやドラゴニュート、ビーストマンのような珍しい連中が多くを占める。ジャバ・ザ・ハットみたいなの発見! 新種かな!?
珍しい種族を見かける度にカトリに教えてもらう。普段は町の隅っこやスラムでこそこそしてる連中が大手を振って歩いてる光景は中々に面白い。逆に俺の肩身が狭いもんな。
市場通りを出ると大橋があって、そこに冒険者ギルドを見つけたから入店する。冒険者やってると移籍する気はなくても他の町のギルドが気になるもんだ。……可愛い受付嬢いるかなーって確認だ。
ちなみに冒険者が他の町に移る理由第四位は受付嬢だ。意外に侮れない男性心理だね。
中はまぁ普通のギルドだ。小さな町のショボいギルドって感じだ。受付嬢は……ケモ度70%を越えるラビットフットか。
「なしだな」
「可愛いじゃん」
「可愛いの方向性がメルヘンじゃん」
不思議の国のアリスに出てくる白うさぎを可愛いと思う事と、抱きたいと思う事はまったく異なる感覚だ。つかあいつ可愛くもねえや。
肝心の依頼は……
護衛ばかりだな。しかも長期の護衛契約ばかりだ。ランクも不問だ。なんで?
「教えてカトリ先生」
「レイクバードってアトラクタ・エレメントとかヴァナルガンドとかフェザーテイルとか住んでるじゃん」
「あ、なるほど」
「そうそう。あの辺の強いのを通常ルートで雇えるの世界でも聖域だけだからね。彼らも外に遊びに行きたい時にこういう依頼を受けるってわけ」
物理のヴァナルガンド。
魔法のフェザーテイル。
両方とも最強クラスのアトラクタ・エレメント。人界でも屈指の強種族が雇えるのか。俺もクラメン募集しなきゃ!
すげえ話だ。アトラクタ・エレメントの護衛なんて安心な上に自慢までできるぜ。何しろ長年にわたって人界を脅かしてきた魔の血族だ。……商人さんの魂あぶなくね?
「これ商人の安全は? 具体的には護衛が最大の危険人物になるのでは?」
「色んなやつがいるからねえ」
魂を食べて生きてる怪物が金を払うだけの下等生物に忠誠を抱くだろうか。
天翼人の美少女ならともかく、まともな神経してたらアトラクタ・エレメントなんて雇わないよな。アトラクタ・エレメント募集の文字列は忘れよう。
ギルドを出る。
「クラメン募集はしないの?」
「やべー奴が来そうだからやめとく」
「銀狼くんよりやばい人がいるかなあ」
俺は愛想笑いで誤魔化す。一番やべーのはカトリ君きみだよ。自覚ないね?
次はメインイベントの大橋さ。のどかだね。
大きな石橋の欄干に腰掛けてのんびり湖畔を見つめる。のどかだね。
「こーゆーのも嫌いじゃないけどぉ」
「わかってる、でも他に見るべきスポットもねえしなあ」
「魔水晶の居住区に行ってみる?」
「それはやめよう!」
魂食って生きてる怪物の住処に飛び込むなんて肝試しのレベルですらない。
「フェザーテイルの居住区にいこうよ」
「部外者は立ち入り禁止だよ」
「なんで?」
「絶対に捕まえに来るやつが来ちゃうから」
「フェザーテイルは高値で売れるもんね」
天翼人は奴隷商人が本気になる超高額商品だ。一発逆転狙いで捕獲に来る馬鹿がいないとも限らないよね。
「しかしあの空飛ぶ魔法攻撃特化種族の怒りを買ってアヴァロン島から出られるの?」
「たま~に商船が燃えてるの見るよ?」
「恐れ知らずの馬鹿ってどこにでもいるんだねえ。こらこら俺をそんな目で見ないの」
大橋から眼下の川を見つめていると、たまに大きな魚影が映る。
どうやら人魚であるらしい。何ともファンタジーな光景だねえ。街中も平穏そのもので、騒ぎらしい騒ぎもあんまり見ない。平和な土地だ。
「獣の聖域ってもっと野蛮な土地だと思ってたよ」
「矜持のある町だからね」
「矜持かい?」
「そ、多種族国家だから対等に振舞うように律するの。馬鹿をやらかせば種族の恥になっちゃうから控える。問題もなるべく起こさない。仁義にもとる行いもしない。大衆が自らを律することで手に入る平穏って感じだね」
「簡単なようで難しそうだね」
「難しいと思うよ、聖域もこの形が浸透するまでけっこうな抗争を重ねてきたし。十三王会議っていう緩衝材だけだと弱い種族が割を食うし……じゃあ問題だ」
「なんと問題ですか」
「はい問題です。聖域の平和は何がために保たれているのでしょうか?」
わりと難しい問題だな。
即ギブ待ったなし、と言いたいところだがよい時間つぶしになりそうだ。真面目に考えよう。
「カフェでのんびり考えようよ」
「じゃあ答えは~~~」
「待つんだ! きちんと考えるから待ってくれ!」
カトリたんは太陽竜より手強いのである。
神殿のある北側からだいぶ南下して首都中央区へ。ここからはフェザーテイルの居住区なので坂道の途中にあるカフェでテラス席で三時のおやつだ。
レイクバードは別名を百塔の都という。なんでそんなに塔ばかりあるんだ?ってなると天翼人の住処が塔だからだ。歩くより飛ぶ方が楽な種族だから塔に住んでいるんだな。
そんな感じの感想を言ったらカトリがにへらと笑った。小馬鹿にしてる時の顔だ。
「防犯対策で高いとこに住んでるんだって」
「あぁそっちか」
「迫害の歴史が長いからねー。あのへんの塔も階段なんてない十階から上のみに部屋がある感じなんだ」
「ふぅん、……ジャンプで余裕であがれるんじゃね?」
「リリウス君基準で考えないの。リリウス君が誘拐に来たらフェザーテイルでもお手上げだよ」
「カトリだってできるでしょー」
「できるけどー」
天翼人の給仕娘が怯えてる!
怖くないよ! 誘拐しないよ! 友好的をアピールするためにニコリと微笑んでやったら腰を抜かされてしまった。ちがうんです俺は無罪です。
カフェの客が何事かと詰め寄ってきたのでニコリを微笑んでやったら回れ右して帰ってしまった。
「やっぱり目つきが悪いのがいけないのか……」
「あたしはもう慣れちゃったけどねえ。サングラスで隠したら?」
「根本的な解決にならなくね?」
「じゃあ整形する?」
「サングラスにしよう」
この後はサングラスを見に行こうって話になった。
何か問題が出されてカフェに入ったはずだけど忘れちゃったぜ。答えもわからないしどうでもいいや!
「サングラスってなるとガラス職人の工房だよね」
「ないよ」
え?
「聖域ではガラス使う文化がないんだ」
「じゃあ眼鏡もないの。目が悪くなったらどーすんの?」
「若いのに代わりに見てもらえばいいもん」
うわー、未開文明だー。
「ブロンターレ商会なら扱ってるかもね。いってみよっか」
「おう」
ちなみにブロンターレ商会とはトライデントのフロント企業の一つだ。ウェルゲート海を中心に海運業を営んでいて、海賊はブロンターレの旗を見ると全速力で逃げ出すと噂だ。無敵艦隊の兵隊が乗り込んでる商船なんて襲うやついねえわ。
商会はレイクバードの湖から南へと流れていく運河の傍にある。……イース海運がねえな?
「アハハハ、獣の聖域はルーデットの縄張りだからイースも手を出してこないよ」
「もし手を出して来たら?」
「潰しちゃうよ♪」
カトリが即答した。何の迷いもなかった。
元カノがイース海運総帥で、今カノがウェルゲート海の覇王の娘って俺なにやってんの? 完全に敵対組織のトップ同士じゃん。
商会に表から入店すると店長が音速で飛んできた。比喩ではない。三十代半ばながらまだ青年で通る金髪の王子様系ハンサムだ。つけ加えてると細マッチョ。俺より主人公みたいな見た目してやがる。
「お嬢ッ! おめでとうございます!」
何がおめでたいんだろ?
カトリを見ると、何かを諦めたみたいに目を閉じている。
「ルーデット卿に我らクライスラーの悲願を委ねて良かった! クライスラーの忠誠は永遠にルーデットの物です。フェスタ皇帝ライアードとアルトリウス・ルーデット総艦長万歳!」
フェスタ皇帝ライアード……?
え……?
何が…どうなってるの? カトリ?
深く息を吐きだしたカトリが彼の名を呼ぶ。
「クレバス、こちらのリリウス君にもわかるように詳しく教えてくれる?」
「ハッ。憎き簒奪皇帝ストレリアの崩御と共にフェスタ皇帝に即位したライアード・バーネットはルーデット卿を外交大使とし四大国へと停戦を条件付きで呼びかけ、四大国はこれに同意しました。新皇帝はルーデット・クライスラー両派へと正式に謝罪をし、本国への帰還を呼び掛けております。我らの名誉は回復されたのです!」
「そっか……」
カトリが他人事みたいにそう言った。
まるで最悪の予想が当たったみたいな顔つきで、ゆっくりと俺を見る眼は潤んでいる。
「現在十三王会議に出席しておられるルーデット卿もじきお戻りになるはずです!」
え、ルーデット卿が今レイクバードにいるの?
待って待って待って、理解が追いつかない……
クレバス店長がなおも滅茶苦茶しゃべってる。どれも重要な情報のはずなのに何も頭に入ってこない。
沈痛な面持ちで全部聞き終えたカトリが店長さんにお礼を言い、ぼそっと言う。
「ちょこっと散歩しよっか」
「……」
俺は返事ができただろうか?
頭の中をグルグル回る情報の渦に翻弄された俺はきっと何も言えなかったはずだ。