最終試練へと挑む者達⑤
18部屋目の雷霊竜の正体は、瘴気の闇に潜む、殺意を持つ稲妻だ。
ベティの機械巨人の重粒子サークルブラスターがビームを発射する。ほうき星のように直進する破壊ビームが大伽藍に満ちる瘴気を切り裂いていったが命中したかどうかは謎。
キラリと何かが光った。そう思った瞬間にはサークルブラスターが火を噴いて炎上していた。機械巨人が帯電し溶解する重粒子砲を捨てるまでの間に機械巨人が七度電光に包まれる。
七度分の軌跡が俺の目にチカチカと残っているが本体はもうそこにはいない。また瘴気の闇の奥がピカリと光ったと思えば機械巨人のマニピュレータアームの関節部から火が噴く。
「やばいやばいやばい! 逃げなきゃやばい!」
「落ち着けベティ!」
ベティが集中攻撃を受けている。小さな俺よりも的がでかいから目立つってのもあるんだろうがサークルブラスターの威力を脅威に感じたのかもしれない。
雷霊竜による稲妻の体当たりを浴び続ける機械巨人はいまにもぶっ壊れそうに見えて……
大丈夫そうだな。
「ベティ、お前自身にダメージはないんだな!?」
「ないわけないじゃん! 右腕部はもう動かないし背部スラスターはぶっ壊れたし制御パネルは沈黙したしやばいってば!」
「焦るな!」
やべえ、怒鳴ってる俺も焦ってるわこれ!
「お前自身へのダメージは大丈夫かって聞いてるんだ!」
「……ないけども」
「よし、的になってくれ」
「えええええぇぇぇ……」
「絶対に生身で外に出るなよ! 出た瞬間黒焦げにされるからな!」
ベティは最高のタンクだ。
当初泥の死竜にも使った夜の刃による鋼斬糸結界陣で対処しようとした。しかし大伽藍を飛び回る稲妻がこれに当たった手ごたえは皆無。歪曲空間の罠も張ってあるんだが手応えがない。
脅威には回避を選択。徹底的なヒット&アウェイ。これを落雷の速さでやられると本当に手がつけられない。アンデッドの最大の弱点である知能の欠落を闘争本能で補っているのか……
瘴気の闇の中へとワンダリングブレードを飛ばしているがやはり手応えはない。俺の目では雷霊竜の現在位置すら掴めないせいだ。トリガーハッピーからのまぐれ当たりは期待できそうもない。
やはりハードエレメンタルは強すぎる。特に稲妻が意識を持ったタイプは本気で勝ち目がない。……そういやガーランド閣下が帝国最強の騎士と呼ばれるようになったのは黄金の獅子と呼ばれた雷精獣を倒したからだったか。
攻撃が当たらない。その特性だけでこれほど苦戦するとはな……
『馬鹿が、無茶をする時は私を誘え』
思念の声が聞こえた瞬間、大伽藍が一瞬で凍りつく。
瘴気の雲溜まりが消え去り、凍りついた大地からそびえる牙のような氷柱は帯電しながらも溶ける様子はない。
気づけば俺の隣に巨大な銀色の狼が立っていた。雄々しいその狼が一声の遠吠えを放つと大伽藍が一瞬で水に満たされ、ドームを形成するように急速に大伽藍の中心へと縮んでいく。
『純水の伝導率はゼロだ。熱で蒸発させることはできても私の無限の魔力が生成し続ける純水すべてを蒸発し切ることはできん。詰みだ』
大伽藍の中心に一個の巨大な水球が生まれた。水球の内部でバチバチとスパークする矮小な稲光になり果てた雷霊竜は何もできない。
『ふっ、昔とある男から聞いた黄金の獅子の殺し方だ』
「シェーファ、お前……」
『君の水くささにも慣れたつもりだったが無茶をするものだ。今回は間に合ったからいいが次回からは私を頼れ、死んでからじゃ後悔もできない』
「すまねえ、助かったよ」
『それが口だけじゃないといいんだがな』
銀狼シェーファが大口を開く。その口内に出現した光は純白とも真青とも呼べる不思議な物質だ。乙女の涙のような物質はちからを注ぎ込まれるごとに大きくなり、最終的に俺の目玉ほどの大きさになった。
『氷竜さえも凍りつかせ、アイスコフィンのまどろみの中で滅する我が秘術のお代は安くはないぞ! その偽りの生命を搾取する!』
不思議な涙滴が雷霊竜を囲む水球へとレーザービームのように放たれ、衝突と同時に水球が凍りつく。……その瞬間に俺が感じていた雷霊竜の気配が消滅した。
なんだこのイカレ魔法。死竜を一撃で食い殺しやがった……
「シェーファ君よ」
『なんだい?』
「奥の手隠してたの?」
『誰だって一つや二つ隠しておくものだろ』
悪びれもしねえでやんの。
『私の見立てでは他の連中も色々と隠している』
「マジで?」
『フェイはあのオレンジ色の双剣だ、あれは太陽の双剣リコラスと見た。私には効かないがアロンダイクの盾をも溶かす強力な熱攻撃魔法が封じられているらしい』
「フェイあの野郎……」
この後もシェーファの目利きが炸裂する、必殺奥の手鑑定団が続く。
あいつら隠しすぎだろ。何も隠してねえのユイちゃんとベティくらいだったよ。
『君は馬鹿だ。どうしても攻略したいから協力してくれと頭を下げればあいつらだって協力したはずだ。もし君が帰らなかったら私達はどれほど後悔したかよく考えろ馬鹿』
「バカバカ言うなよ……」
『いいや必要だから言っておく。君は馬鹿だ、大馬鹿野郎だ、切り札を隠したままの私達がどれだけ苦悩するか想像して反省しろ』
すまなかった。反省するよ。
そうだよな、切り札を隠したまま攻略に失敗してさ、俺が無茶をして死んだら……
俺だけが悪いわけじゃなくね?
「おい、まず仲間内で切り札を隠すなよ」
『ちっ、気づいたか』
卑劣な理屈のすり替えが行われていたな。
非は己にありながら堂々と批判していたな。このディベート力はさすがホテル王と言うべきか。
経済的強者は安易に非を認めないものだ。非を認めれば訴訟で慰謝料をもぎ取りに来る奴が現れるからだ。さすがだよ訴訟大国サン・イルスローゼ……
でもまぁ俺も悪かったな。俺も非は認める。でもあいつら後で殴るわ。
「特にフェイは後でマジで殴るわ」
「やってみろよ」
!?
!?
おそるおそる振り返ったらフェイがいたわ。部屋に入らず通路のところからこっち見てたわ。めっちゃ怒ってるやんけ。
「僕が警戒しているのはアルルカンやバルバネスだ。敵対する可能性がある以上手の内は隠すに決まっている。お前も気づいていると思っていたんだけどな」
めっちゃ怒ってるじゃん。額に青筋立ってるじゃん。俺やばいじゃん。
「で、誰を殴るって?」
「ルピンさんを殴る!」
「ルピンならいいぞ」
悲報、後でルピンさんが俺に殴られるようだ。
どうやらシェーファとフェイは俺の様子がおかしかったから一旦みんなを帰してから戻ってきたようだ。なんでだ?
「俺の行動を見抜いていたならどうしてみんなを帰したんだ。その場で指摘してりゃ俺もこんなボロボロには……」
「何人か警戒している奴がいるんでな。帰したほうが都合がよかった。……ベティに関してはもう警戒しなくてもよさそうだけどな」
『ああ、君のためにあえて囮を買って出たんだ。ベティはもう私たちの仲間だ。銀狼団withベティだ』
「ちがう……」
膝を着いている機械巨人から弱弱しい声が漏れてきた。
「ハゲに無理やり囮にされただけ……」
「……」
「……」
フェイとシェーファが苦悩してそうな顔になったな。
『結果的には庇っているしいいんじゃないか?』
「お前そう言ってサリフからも根に持たれていたじゃないか。でもまぁ、結果的に問題ないしいいか」
そういうことになったようだ。
機械巨人から怨嗟のような声が……
「あいつら絶対地獄に落ちると思う……」
ベティにもリリウス肩たたきが必要だな。快楽のちからで無理やりご機嫌になってもらおう。
どうやらフェイとシェーファもここからは本気モードでやってくれるようだ。
懐中時計を確認する。タイムリミットまで3時間17分。残るは二頭。根拠はないが負ける気だけはしねえぜ。




