魔王術使いリリウス VS 泥の死竜
コッパゲ先生から教わった夜の魔術は九つ。使い物になるレベルまで達したのが二つ。
夜の魔王が自らのために生み出した夜の魔術は生物を死に至らしめる効果に特化している。何より極めて扱いづらい。
空間支配の権能を持つ魔王が編み出した自分だけの術だ。他人が使うことなんて考えちゃいない最低の命中性能。コスパだって最低だ、対費用効果においては現代の上級魔法の方が優れている。
殺害に特化したピーキーな魔術への理解を深める毎に俺は魔王の苦悩を知った。
どれだけの魔力を使ってでも威力が欲しかった。汎用性を捨てても敵を滅するちからを追い求め続けた。ここまでやらなければ生き延びられなかった時代に、彼は生きていたのだ。
神々の手先となって古代魔法王国を相手に戦い続け、今度は横暴な神々を相手に一族の未来を勝ち取るために戦い続け、ようやく未来を勝ち得たと思えば一族は呪いに侵されて未来を絶たれた。
術式への理解を深める度に垣間見る魔王の苦悩と絶望が、俺へと起きた出来事みたいに強い怒りと共に湧き上がる。
「この胸を貫く哀惜はなんだ……?」
同情? まさかな、古代の魔王の身に起きた出来事などどうでもいいはずだ。
義憤か? ありえないな。義賊なんて呼ばれちゃいるが俺は義侠ではない。
じゃあこの感情の高ぶりはなんだ? この怒りはなんだ? 顔も知らぬ造物主への憎悪は?
「ステ子、お前を信じてもいいのか?」
ステルスコートが波打つ。振動が発した怨嗟のごとき唸り声は、俺に信じろと言うふうに聞こえなくもない。いや聞こえない。
聞こえないけど、俺の相棒なら信じろって言ってるはずだ。
「ま、信じるから頼むよ。ここから先の戦いはお前なしじゃ勝ち抜けそうもない」
「ぼお♪」
谷を出たら早急に伯爵に依頼してロリボイス変声機を作ってもらおう。
コッパゲ先生から教わった夜の魔術は九つ。使い物になるレベルまで達したのが二つ。対死竜用の魔術の上等に絞った結果だ。
彷徨える剣。空間裁断の能力を持つマジックブレードの長所は高い切断力と無限射程だ。空間の権能を持つ夜の魔王なら千里眼のごとき知覚範囲を対象にできるが俺では目視圏内までだ。
喪失弦モルダラ。あらゆるバッドステータスの塊を剣の形にして射出する魔術だ。魔法による状態異常の多くは肉体への効果だが、モルダラは霊体への攻撃だ。アンデッドにも有効なので死竜の迷宮では強い武器になる。
これらの魔術はリバイブエナジーと呼ばれる高密度魔力を燃料に発動する。このちからを用いた魔術は事実上ディスペル不可能。死竜の干渉結界による減衰の影響は受けるが、それを越えるエナジーを注ぎ込めば魔法防御力を通せる。
みんなとの話し合いで迷宮攻略は七日後となった。一度始めれば72時間以内にダンジョンコアを破壊しなければならない。充分に休息を取った上で挑もうって話だ。
話し合いを終えた夜、俺は一人でこっそりと死竜の迷宮へと向かう。
別に抜け駆けをしようってわけじゃない。ただ新しい技を試してみたかっただけだ。炎をまといて突進するしか能のない泥の死竜をサンドバッグにしよう。
溶岩の腐肉に沈む赤骨が餌を求めて浮遊を始める……
「まずはセオリー通り泥を削り落とすか……いやモルダラで状態異常を試してみよう」
突進してくる泥の死竜。俺は回避と同時に喪失弦モルダラを六本まとめてぶちかます。モルダラは六つのバッドステータスの塊だ。意識混濁、自我崩壊、神経麻痺、魔力不全、存在消失、心喪失。
どれか一つでも決まればそいつは生きたカカシも同然になる。
だが泥の死竜は回避した俺を追って即座に突進を再開する。バステにレジストしたか……?
「やはり腐肉をそぎ落とさないとダメか。ワンダリングブレード、いけ!」
空間を切り裂いて飛翔する六つの剣が燕のように泥の死竜めがけて飛ぶ。六つって数字に意味はない。ただ俺が同時制御できるのが六本までだからだ。
泥の死竜に衝突する空間裁断の剣が泥をこそぎ取る。しかし微量なダメージだ。これは時間がかかるかもしれない……
20分かけて泥をそぎ落とし、赤い骨だけになった死竜にモルダラを叩きこんで動きを止め、最後にティト神のスキル・エクリプスがもたらす浄化の炎を込めた大戦斧を六発叩きこんで泥の死竜が消滅した。
さすがに疲労困憊だが成長を感じるにあまりある戦果だ。アンデッド化によって弱体化しているとはいえレジェンダリードラゴンの打倒に成功。しかも単独でだ。これはもう竜殺しを名乗ってもいいな。
たしかに実感を拳に握りしめ、小さくガッツポーズする。
帰り道。死竜の迷宮のトンネルを抜けた時だ、なぜかストラと出遭ってしまった。放棄された工業地帯の開けた道路に、ぽつんと佇む太陽竜の顔にはいつもの陽気なバカ息子感がない。
「まさかとは思うが俺を殺しに来たのか?」
「君にそこまでの価値はない。虫けらのわりに知恵が回るのは認めてあげるけどね」
俺が目的ではないと。
じゃあ死竜の迷宮か。ここは本当にそれだけしかないからな。
「迷宮に入ったことがあるんだな?」
「ああ」
予想通りの返答だ。だからおかしい。太陽竜ストラともあろう怪物が迷宮に入り、他人に調査を命じる理由はなんだ?
お前なら死竜ごとき敵ではないはずだ。アルトドラゴンの王が臣下の亡霊ごときに敗北するはずがない。太陽竜はこの町の王だ。最強の軍団を引き連れて堂々と潰せばよかったじゃないか。
そうできない何かがあるのか?
「ストラ、迷宮で何を見た?」
「覚えてない」
「答えと相殺してやってもいい」
悩むなよ。マジでプライド高すぎだろこいつ。
知性の証明というでかい物を賭けているってのもあるんだろうな。古代魔法文明の王が虫けら相手に知恵比べで負けたってのは、古代文明人すべての知能が現代人に劣るという証明にもなる。
普通の奴ならそこまで思わないけど、ストラのプライドを考えれば負けられない戦いなのだ。
「僕も幾つかは思いついているが例え一度であれ間違えるのは不愉快だし応じてやろう。僕の寛大さに感謝するんだね」
高い高い高い。あれだけ逃げ回っておいてまだ天空に居られるプライドには驚いたよ。逆にプライドが低く見えるわ。
「で、君が用意した僕を動かし得る手札って何なんだよ」
「じつは三つある」
「三つもだと!?」
ストラが驚愕から恐れおののく顔になったぜ。
手札はゼロだがハッタリだけは無限にあるのがリリウス君だ。ストラを調子に乗らせないために俺は架空の手札を見せつけるのだ。
「一つだけ明かしてやる、面白い手札と真面目な手札と悪魔的な手札のどれがいい?」
「一番気になるのは悪魔的な手札だが聞かなかったら後悔しそうなのは面白い手札だね。なにしろ高貴なる僕には虫けらの考えなど想像もつかない」
高い高い高い。
「面白いのでいいか?」
「う~~~~~ん……やはり面白いのでいこう」
「では僭越ながら。俺達に協力して悪神ダーナを討つのなら天界をプレゼントしてやる」
「なに? 天界だって?」
「古代文明はこの星を見限って移民をしようとしていたんだろ。念願の次元移民先をプレゼントしようってわけだ」
やべえ反応が悪いぞ。追撃だ。
「聖地に留まり永遠に地底暮らしを望むわけじゃないんだろ。外の情報収集に乗り出したからには動く気があるはずだ。戦いを終えたアルトドラゴン達には誰にも脅かされない安息の地が必要で、そいつを提供しようってわけだ」
「そこは安息の地なのかい?」
「ダーナのすべてを殺しつくせば安息の地になるはずだ」
「野蛮な虫けらだ。それとあんまり面白くない」
「そうか? 俺ならヒーヒー笑いながら快諾してるんだがな」
どうやらお気に召さなかったらしい。適当に用意した答えだからな。ちなみに真面目・悪魔的を選んでも同じ答えを言ったのである。
ストラがつまらなそうな顔でしばし考えてから口を開く。
「面白くはなかった。だが一考には値する」
ストラがそれだけを言い捨てて去っていく。
その少年のような小さな体が夜陰に消えようとした頃、きつく閉じた記憶の蓋を開くように俺へと告げる。
「20室だ。僕が確認したのは20室までだ」
「迷宮の最深部まで20部屋ってことか?」
「さあね、あそこで引き返したから最深部かどうかなんてわからないな。アタックはいつから?」
「七日後、もう日付は回っているから六日後だ」
「健闘を祈るよ。僕から散々巻き上げてきたんだ、その程度の成果は期待させてくれ」
まるで迷宮を破壊してほしいから俺らに投資してきた、そう聞こえなくもない言い方だな。
迷宮の奥に何が潜む。ストラは迷宮の奥で何を見た。俺達はそいつに勝てるのか?
様々な疑問を押し殺して死竜の迷宮を見上げる。願わくばここが俺らの墓になりませんように、って言ったらギャグになるか?
20連戦の文字はあまりにも重い、不可能だと叫び散らして逃げたくなるほどだ。




