修業中③ 英雄が泣いた日
「で、悔しくなったフェイが夜中にこっそり世界樹の果実の密猟に行ってさ」
「ふんふん、どうなったの?」
「ワイバーンの大群に襲われて枝から落ちてた」
俺とカトリが思い描いたのは世界樹の標高何千っつー高さの枝から海面に落下するフェイの姿だ。
「うわー、死にそー……でも彼が死ぬ姿が想像できないね?」
「あいつタフガイだもんな。落下途中に真竜の守護番に助けられたよ。その後すげえ怒られたけど」
「そんなにたくさん成ってるなら少しくらい良さそうなもんだけどねえ」
「ケチだよな。シェーファと一緒で真竜ってケチなんだよ」
誰かに聞かれるとまずいので周りを確認してから言ったら笑われた。本日一番の爆笑ポイントがここですか?
「相変わらず小市民だなあ」
「いやいや、この町ででかい態度とれる方がおかしいって。戦竜戦隊のお姉さんとか怒らせると本気でやばいから」
例え話じゃなくて本物のラグナロクの神兵が部隊単位でいる町だ。隅っこでこそこそ生きてる分には文句も言われないしコソ充しておくが吉。
楽しい楽しい本日の出来事を話していると、カトリが貫き手を繰り出してきた。
どんなテストだよと思いながら首を傾けて避ける。じゃれ合いの速度だったから特に意味はねえんだろうな。
「これをかわすか。強くなったね?」
「おい、俺をどんな雑魚だと思ってたんだよ」
「雑魚だなんて思ってないよ。ほんとにさ、強くなっちゃったなあって思っただけ」
「訓練相手がえげつねえからだな。銀狼化したシェーファなんて本当に手がつけられねえんだ、今は訓練用に魔法なしでやってるけど使われると無理すぎるね」
俺は楽しくしゃべってるだけだった。
だからカトリが笑顔の裏に隠した感情を見逃してしまった。
◇◇◇◇◇◇
リリウスが本日のお話を終えて帰ってった。
自分が強くなっていくのが目に見えてわかるようで楽しくて仕方ないようだ。元々そういう子ではあった。目の前の出来事にしか目がいかない気質だから、目の前にきっかけだけ放り投げればそっちに向かって進む子だ。
そういう気質を利用してあちこち振り回してきたけれど、今になって思えば彼に必要だったのは姉の代わりの恋人なんかじゃなくて、きちんとした指導者だったんだ。
「まいったな、あれをかわしちゃうか。本気でやったんだけどなあ……」
さっきの貫き手は本気でやった。ベッドに座りこんだ態勢ではあったけど、予備動作抜きの最短距離で首を目をつぶしにいったのに軽く避けられた。
彼は元々目がよかったけどそれだけじゃない。最近の訓練相手の速度に対応した結果、カトリーエイル程度の速度では遅く見えてしまうようだ。
「スキル・エクリプスを一日で使えるようになるのか。あたしこの十年なにやってたんだろ?」
ルーデット家とは距離をとってきた。祖国への凱旋を夢見る父と兄の姿が破滅の道を突き進んでいるように見えて、巻き込まれないように距離を置いた。
父は彼女の姿勢を責めなかった。祖国を取り戻す復讐鬼の道と太陽に骨を埋める道、ルキアとカトリのどちらかが生き残ればルーデットの道は続いていく。
彼女も父兄の説得はしなかった。ルーデットは一度決めたら止まれない一族だから、死ぬのがわかっていても復讐をやめたりしない。結果論で語れば父と兄は正しかった。執念が破滅の未来を覆し、祖国の奪還は成ったのかもしれない。
戦後のルーデットの扱いはどうなるだろう? 兄が今更帝位を望むはずはない。ひっそりと消えるようにフェスタを去るかもしれない。父とて汚しに汚しまくった総艦長の座への復帰を願うはずがない。どんな理由があれ一度は国を追われた身だ。
弟は…レイシスはどうなっただろうか? 生き残っていればルーデット選帝公爵だ。これは順当にいけばの話で、ライアードなら弟の後見人に立つかもしれないが、彼の生死も未だ不明だ。
三度ほどこっそり相談に行ったリアナ・ラザイラも今更フェスタに関わる気はないらしい。彼女にとってのフェスタは仲間たちの生きていた頃を指し、己の血脈が途絶えると同時に国を去った女性だ。
いいわけが欲しかった。ローゼンパームに残るいいわけが欲しかった。
世界を救う神兵ならば誰に恥じることもなく寄り添えたのに……
「あたしがリリウス君にしてあげられることって、何が残っているんだろ」
夜の病室で、英雄がひっそりと泣いた。
◇◇◇◇◇◇
すべての準備を整えた。そう言い切れるだけの確信がある。
ベティはギガントナイトに搭乗。シェーファは銀狼化。アルルカンに鍛えられたおかげでダイエットに成功したクロノスもいる。俺とフェイもルピンさんとコッパゲ先生の指導を受けてかなり強くなった。スキル・エクリプスだって使える。
ユイちゃんの祝福がこのメンバーを強化するんだ。死竜の迷宮といえど攻略できないはずがない!
俺は手斧の振り上げ、号令をかける!
「往くぞ、迷宮を攻略する!」
「「おおー!」」
と勇ましい雄たけびをあげて乗り込んだ七度目の迷宮攻略であったが……
「「うあああああああああああああ!」」
俺らは十分で逃げ帰ってきてしまうのであった。
お…おそろしいものを見た。以前倒した泥の死竜が復活してやがったんだ。そういや迷宮のボスってリポップするもんな。忘れてたよ! え、誰も気づかなかったの!? ちょっハゲ先生!?
「……うかつだった。迷宮ならば当然再誕もするはずなのに思考から抜け落ちていた……」
「先生のやらかすポカっていつも大きすぎるので勘弁してくださいよ」
「君だって気づいていなかったじゃないか」
えへ♪
マジな話ボスが復活するパターンを全然想定していなかったぜ。この迷宮が何部屋あるか知らんけど、死竜あいてに一気に攻略できるとか欠片も考えてない。日を置いて休み休み攻略する気満々だったんだ。
みんなの視線を感じる。お前リーダーだから決断しろよなって目線だ。……こいつら普段は俺をリーダーとも思ってないくせにこんな時だけ責任をぶん投げやがって……
「とりあえず泥の死竜だけ倒して再誕時間を計測してみます?」
「普通だな」
うるせえフェイ!
頭をがしがし掻いてる態度のわるいフェイだが文句はなさそうだ。
「それしかないか。……二時間とかだったら最悪だな」
それは本当に最悪のパターンだ。進むだけ進んで攻略を諦めた時、ボロボロの状態で倒してきた死竜とかち合うパターンが一番まずい。本当の意味で詰みになる。
ここでシェーファが名乗り出る。
「ちから試しをしてみたい。あの泥の死竜は任せてくれ」
このあと銀狼シェーファが泥の死竜を単独撃破した。
すごいすごいと大はしゃぎするサリフが安全策なんて要らないからさっさと攻略しようと言い出したが、この次にどんな死竜がいるか知ってる俺らは一様に腕を組んで渋い表情である。
たしかに銀狼シェーファは強いぜ。だが次のボスでは出番なしなんだ。
次の水霊竜はよぉ、物理と氷系魔法無効すんだよ。