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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
竜の谷 死竜の迷宮 編
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修業中②

 バルバネスから聞いた氷竜レスカの印象は寡黙。想いを心に秘めながら、瞳は常に遠くに向かっていたという。退屈な聖地の暮らしに飽きていた。そういう感覚を得た。


 最近はだいぶ賑やかになったが当時の聖地は戦時厳戒態勢下にあり、竜人の多くは冷凍睡眠につき、守護番と呼ばれる待機戦力だけが稼働しているような状態だった。


 レスカはこの広い都で、守護番の百年をバルバネスと二人きりで過ごした。

 谷にふらりと現れたドルジアについていったのはその最中だったという。バルバネスは行かせたことを後悔してきた。


『レスカが何を考えていたかは今となってはわからん。不満があったのか、それとも別の理由か。なあシェーファよ、想いは言葉にせねば届かぬのだ。想っているだけでは何も伝わらんのだ。お前は言えよ、黙っていなくなるのだけはやめてくれよ……』


 スキル・エクリプスが開いたゲートの向こうに広がる闇に、銀氷の少女が立ち尽くしている。その姿はまるで救い出される日を待ち願う姫君のようだ。


「また来てくれたんだ」

「……」


 会話に応じる必要はない。これはスキルに残った残留思念。ゴーストのような魂の残りカスだ。

 ゴーストと会話は成立しない。仮に意思疎通がはかれたとすれば、それは奇跡的な偶然と勘違いなのだ。


「どうして黙っているの?」

「意味がないからだ」


 銀氷のレスカが笑い出す。いやに癇に障る笑い方なのは記憶に残るあの腐肉の園の魔女とよく似ているからか。


「可愛げがなくなっちゃったね。可愛いシェーファ、昔はあんなに可愛かったのに……地獄みたいな貧民窟でも失わなかった輝きが、今はもう消えちゃったね」

「想念が人らしい口を利くものだ。さあお得意の同化現象をやってみろよ、逆に食い殺してやる」


「……無理だよ。拒絶の意思を示した術者と同化できるほどのちからはないんだ」


 ゲートの向こうから私の魂へとちからが流入する。

 現実の時間にしてコンマ0.00からコンマ0.01へとカウントを刻む間は、こいつのおしゃべりに付き合わなければならない。


「今まで色んな子にちからを貸してきたけど、ここまで来れる子は珍しいんだ。残念だよ、君には期待していたんだけどね」

「……」


 口をつぐむ。感情を消す。同情はならない。微かにも同情を持ち想いを示せば食い殺しに来るのが竜化の罠だ。心に刻んで否定せよ、これは少女の姿をしたミミックだ。


「君の強さに期待していた。でも否定に回れば覆せないのもわかっていたから、残念だよ。君と会えるのもこれが最後。……残る接触先はクラリスだけになっちゃったな」


「なんだと、いま何者の名を口にした?」

「気が向いたら殺しに来てよ。極北のユースハウルにいるからさ、気が向いたらでいいんだ」


 銀氷のレスカが闇の向こうへと歩き去っていく。

 追うことは死を意味する。ゲートの向こうに踏み入れば私はもう戻ってこれない。そうわかっていても追って問い質さなければならないと、警報のように強い予感がする。この予感はなんだ? 遺伝子の罠か、それとも私の正常な感覚が発する声なのか?


 こいつはちがう気がする。これまで見てきたレスカの想念とは別物のような……


「……待ってるからさ、私を殺しに来てね」


 集めたちからが輝きだした。遠ざかるゲートを見つめながら、思い描くのは最強の銀狼の姿。


 邪念を捨てろ。すべてを忘れてイメージせよ。

 願いも、復讐も、ちから無くしては為せぬのだ。無限の魔力を束ね、銀狼は最強へと至るのだ。



◇◇◇◇◇◇



 光に包まれたシェーファの肉体が光の粒子へと解けていく。

 閃光が辺りを覆った。


 一瞬の閃光が過ぎていった時、そこにいたのは……


『これがッ、銀狼シェーファだ!』


 勇ましい思念と共にちっこいわんこがキャンって鳴いた。


 なんやねんこの子犬。見ろよみんなの顔を、期待外れ通り越して感情が死んでるじゃん。シェーファが変身したのは銀色の柴犬だ。


『……君達、どうして急に巨大化しているんだ?』

「お前がちいさくなったんだよ!」


 怒鳴られたシェーファは何もわかってない顔でくぅんくぅんって鳴いてる。子犬化してるサリフが飛びついてってじゃれ合ってるぜ。可愛さだけは最強だな。


「おい、どうなってんだ?」

「わからないな。だがサリフ君に任せたのが間違いだったんだろうね」


 フェイがシェーファを摘まみ上げ、先生がサリフを抱きかかえる。子犬と触れ合えるパークかな?


 とりあえず現状を認識させるために手鏡を見せてやるわ。ショック受けてるんじゃないよ。


『すごい可愛いじゃないか』

「そこは同意するけども」


 本人はそこそこ気に入ったらしい。こいつけっこう可愛い動物好きだしな。家で猫飼ってるし。昔は旅先で拾った猫つれて各地を回っていたらしいし。


 しかしどうしてこんな失敗が起きたのか謎らしい。


『どうしてこんな事が起きたんだ?』

「そいつは俺のセリフだと言いたいが、お前とっさにサリフをイメージしたろ、そうじゃないとこんな失敗起きねえよ」


『……そんなはずはないのだが』


 じゃあ集中できなくなるような考え事をしていた線だ。

 これを尋ねてみると反応が渋い。


「おい、俺にも秘密の考え事か? 致命的なやつじゃないよな?」

『時間をくれ、調査が必要な事柄だ』


「スキル・エクリプスに関する問題ではないんだな?」

『そちらは問題ない』


 わんこシェーファが閃光に包まれ、光の過ぎ去った後に一頭の雄々しい銀狼が立っていた。全高2m程度の大きさに留めたのはこれから模擬戦やるからだな。


 見た目は美麗なダイアーウルフハウンドだが圧力は桁違いだ。


『神竜のちからを我が物とした。何の問題もない』


 さすがシェーファだ。多少の不安はあったが終わってしまえば当然のように使いこなしているな。


 しかしこの面子おそろしいものがある。

 平均習得年数5・6年っていう秘術を小一時間で最低限使える段階まで持っていったフェイとルピンさん。

 さらに習得難易度の高い複数の加護ホルダーでありながらほぼ一日で使えるようになった俺。

 足掛け数年とはいえ強大な神竜のちからを使いこなすに至ったシェーファ。


 神の戦士とはこういう桁違いの才覚を有する者達なんだな。……ユイちゃんはもう少し頑張ってね。


 銀狼が遠吠え!


『ここは狭い。フィールドを移すぞ、ついてこい!』


 銀狼シェーファが目にも留まらぬ速度で跳躍し、空を踏んですさまじい速度で太陽炉の頭上に空いた大穴へと駆け上がっていった。……あの距離を一瞬で埋める速度とはおそれいる。

 フェイがキョロキョロしてるんだけど?


 空の一点を見つめる俺に気づいたフェイが、憤死しそうなくらい悔しそうな表情でこう言う。


「見えたか?」

「一瞬見失ったが方角はわかっていたからな」

「そうか……」


 フェイが何か大きな屈辱を飲み込もうとしている。


「僕もまだまだってわけだ。まずはあの速度に目を慣らさないとな」


 俺らもシェーファを追って空渡りで地上を目指す。

 神竜ならぬ銀狼シェーファは戦いの舞台を地上に選んだ。理由は一つ、賠償が怖いからだ……


 最強に至ってなおドケチは治らないのか。知ってたけど。


 この日から銀狼シェーファを相手にする模擬戦を主軸に据えた訓練を始めた。特に意外でもなかったが銀狼の動きに一番ついていけたのがルピンさんだ。Sランクまで至った40代の冒険者が有する戦闘経験は圧倒的なフィジカル差を覆す時もある。たまに。

 シェーファが魔法まで使い始めたら手に負えないってのが本音だ。


 疲れたら世界樹の実を食いながら休憩&コッパゲ座学だ。その際にアルルカンがアシェラの秘儀を明かせと要求していた。


「出し惜しみなどしませんよ。世界樹の実には高密度魔素が含まれているのだ。神殿ではこれをリバイブエナジーと呼んでいるが適応できる人間は限られている。まずは食すのだ、適性のある者なら百も齧れば精霊種に進化できるかもしれない」


 という話だがあまり派手に食べると太陽竜が怒るかもしれないので、バルバネスが許可できる範囲で食べることになった。


 精霊種になればリバイブエナジーを使った神聖法術も使えるらしいので、なれたら教えてくれるらしい。言い方が完全になれないやつだな。


「すでにハイエルフ化している俺には無縁な悩みだな」

「太陽竜の末裔たる私にも関係のない悩みだ」

「くっ、こいつら……!」


 この直後の模擬戦で本気だしたフェイが俺とシェーファの打倒に成功する。そんなに悔しかったのか。


 日が暮れたら訓練はおひらき。各自寝床に散っていく。俺は一日の締めくくりにカトリのところに行き、今日の出来事なんて笑い話をするのさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] リリウス君…?まさかあなた自分の息子にフルスキルの恩恵消され(食べられ)たの気づいてない…?
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