クロノスは余計な事をした
みんながシェーファの神竜化について話し合っている時、俺は孤独に焚火を見つめている。舞い踊る炎を眺めながら思い出すのは時の大神について。
悪い奴だとは思わなかった。親しみ易いとさえ感じた。無条件に信じられる絆が俺とあいつの間にはあった。
「はずなんだよなぁ……」
信頼の基礎には俺の息子だって部分があった。それが前提から崩れると、あいつを信じていいのかわからなくなる。
家族に心を許せなかった俺が家族だから信じるってのもおかしな話だ。
だが俺が求めていた物はそういう絆なのかもしれない。ダセえ……
「まるでガキじゃねえか……」
「余をガキと言うたか?」
いつの間にか起きたクロノスが過敏な反応。お前じゃねえよ俺の事だよ、ってのは妙ないいわけになるな。
たまには親子の語り合いでもしてみるか。キャンプっぽいな。
「なあクロノスよ、無条件で信じられる人っているか?」
「哲学か?」
親父の知らん間にも息子は育つ。哲学かって生後一年未満で聞いてくるかね。
「もっと気軽でたしかな答えが知りたいのさ。例えばアシェルとかそういう感じで」
「無論母は信じている。リンダもだな。ハースも、グリードリーも」
この後息子は十五人ほど名前を挙げた。意外なことにアシェルの兄貴のセト前フェニキア王の名前も挙がった。
「そこは嘘でも俺の名前を入れとけよ」
「貴様が信頼を築くほどの何かしたか?」
鋭い返しだ。やはりアシェルの子だよお前は。最高神の地位は危ぶまれてきたけど将来は相当な切れ者になるな。
「ははは、いんや、そういや何もしてこなかったな」
「何を笑っておる……?」
「すまない、お前には笑い事じゃなかった。父ちゃんはロクデナシだけどこれからはきちんと時間を作るからさ、許してくれよ」
「……」
疑う反応。微かに期待する眼差し。俺はひどい親父だ。息子が無条件に信じられない親父なんて最低だ。
でも俺はクロノスにもできるような、当たり前の反発もしてこなかった。親父殿には最初から何も期待していないから詰りもしなければ責めもしなかった。本心を明かさずに同じ家の住んでるだけの他人として接してきた。
思い返してみればどうだろうか? あの男は悪い親父だっただろうか?
『リリウス、何か悩みはないか? 父ちゃんに相談したくないか?』
『お前は本当に俺を責めないよな……』
『俺はそんなに頼りないか……?』
親父殿の顔を思い出そうとしても、もはや過ぎ去ったどうでもいい過去みたいに曖昧だ。思い返してみれば、歩み寄らなかったのは俺のほうだ。
何も築かぬままに家を出た。何の絆も作らぬまま、引き留める声に固く耳を閉ざして……
「これからはきちんとする。アシェルにも会いに行ってこれからの事を話し合おうと思う」
「余は寛大だ、過ちを認めるというのならそれでよい」
「ありがとな」
俺には時間がないけれど、やることは山ほどある。
一つ一つ片づけていこう。後に続くこいつのために、少しはマシな男だったと思ってもらえるように……
「何を焦っておる」
「俺には時間がないんだ。残された時間で可能な限りお前と一緒にいるよ、だから見ていてくれ、父の背中ってやつを」
クロノスよ、だからさ、その何言ってんだこの愚物はって目はやめてくれよな……
家族の絆は一日や一言でどうにかなるものじゃない。重ねた時間が絆を育むのなら、俺とクロノスにはそいつが大幅に欠けている。
「大病を患うようには見えぬが……」
「魔王の呪具の副作用ってやつだ」
説明する。俺のステ子が魔王の呪具で俺がやばいだ。するとクロノスがステルスコートと話し始めた。
クロノスはステ子とおしゃべりができるらしい。しかも仲良しらしい。気づいたら物干し竿の前でブツブツ独り言いってるしな。ステ子が怨霊のうなり声みたいな返事をしてなかったら息子を病院に連れて行ってたところだ。
「愚物よ」
「いいかげんパパと言いなさい」
しかしこの息子、なぜか説教の口調である。
「先に信じられる者はいるかと問うたな? 問いを返し、貴様は何者を信じられるというのだ?」
「どんな流れだよ。まずアシェルとお前は信じてるさ。あとはフェイにカトリにリザ姉貴にバトラ兄貴もまぁ入るか……」
本音を言えば誰も彼もに状況次第の文字が入る。姉貴はイケメンに加勢するはずだ。兄貴も譲れぬ信義だけは覆さない。フェイだって面白そうな強敵を見つけたらダッシュで向かう。カトリは……
名前を挙げるたびにクロノスの苛立ちが増していく。
「どうしてステルスコートの名前がない」
「どうしてって……」
信じようともした。だから裏切られた気分にもなった。時の大神の目論見さえ不明なのにどうして手先であるこいつを信じられるんだ。
「どうして余を信じられる? 貴様と余の間には何もないのに、どうして?」
「か…家族を信じるのに理由は要らない」
「余は貴様を信じられん。だが仕方ないのだ、余と貴様の間には何もないのだ」
傷つけあう家族なんていやだ。俺が口にしたのは温かな家族を願った子供の愚かな願望で、そいつは息子の正論に打ち砕かれた。
いやただの因果応報だ。己が為した因果がいかようにも応じ報ずる。善き行いの結果が必ず善きものとなるのではなく、悪しき行いの結果もまた同じ。だが俺の為した因果は必ず俺の下へと帰ってくる。
クロノスが俺をきらうのも当然だ。俺が父らしい事を何もしてこなかったからだ。
「だが争点はここではない。貴様はどうしてステルスコートを信じられぬ? こやつはずっと昔から貴様と一緒におった一番の友ではないのか?」
「それは……」
「以前にも言ってやったがステルスコートは貴様に悪い影響など及ぼさぬ」
「じゃあハイエルフ化は?」
「強さを願った貴様に応じたのであろ。……おい、そこのところはどうなっておるのだ?」
俺の着てるステルスコートとこそこそナイショ話を始めたね。息子よ、ナイショ話は俺のいないところでしてね。
「ぼぉぼぉ」
「なんと!」
「ぼーぉ」
「ふ~~~む、そなたも苦労しておるな。そんなものどう説明すればいいのだ?」
「ぼぉぉぉ……」
「諦めるでない!」
「ぼっぼっ」
「丸投げもやめよ!」
ステルスコートが何言ってるかわかんねえけどイイ性格してそう。息子よ、どうして嘘つきの顔をしているんだ?
「ともかく! ステルスコートは誓って何もしておらぬ。むしろひどくならないように抑えているのだ!」
勢いでごまかそうとするところ俺そっくり。
「じゃあ俺の意識魔王に食われたりしない?」
「うむ、魔王の意識なら食ったから平気だと言うておる」
「え……」
ステ子が魔王食ったの?
もしかしてこいつが一番やべーんじゃね?
「苦楽を共にしたこやつを信じずして誰を信じる。余を信じると抜かすならステルスコートはその倍は信じてやれ。……む、五倍か、五倍信じてやれ」
ステルスコートからの要望により五倍信じなきゃいけないようだ。
「ルールズに貸している20ギルダを忘れておるであろ。先月はベルクスにも10ギルダ貸したままになっておる。クトリには150ユーべルだ。忘れるでないぞ」
手帳みたいなこと言い出した……
あいつらは返す余裕がなさそうだから放置してるんだ。ほっといてやってくれ。
「それとコンラッドに変声機を作らせよ。技術的には簡単なはずだから……あぁこれは余がやるのか。金だけ出させればよいのだな、うむ、わかった」
機能拡張まで要求してきた。
「乱れに乱れた女関係は清算せよ。だがカトリは良い女だ、大事にしてやれ」
「お…おう」
女性関係にまで口出ししてきた。
「それとカトリが冬物のコートを欲しがっていたから買ってやれ」
「ステルスコートッ、お前あの女からなにで買収された!?」
このあとも大量の要求があった。通訳がいるからここぞとばかりに要求してきている。手入れ用の油の香りがきついから別のブランド物に替えろときたか。メルダース化粧品ちょう高いんですけど……
「こやつは言葉こそしゃべれぬが物言わぬ器物ではない。心があるのだ。わかったな?」
「わかったよ」
「……愚物め、貴様のは病気だ」
わかったって言ってるじゃないか。
でも俺は本当にわかっているんだろうか?
ステルスコートは七つの頃から苦楽を共にしてきた相棒だ。いろんな奴が並べるたくさんの助言とたくさんの警句があったって思い出だけは覆せない。
だけど俺はステルスコートを、本当に信じられるんだろうか……
◇◇◇◇◇◇
ホテルの一室でリリウスがぐーすか眠っている。
明け方に起きだしたクロノスが父の寝顔を見下ろしながら、何とも複雑そうな顔をしている。これは禁じ手だ。以前母アシェルへと施してリリウスから怒られた技だ。
母には様々な未来があった。鑑定師の未来。神殿長の未来。いろんな未来の可能性を奪い、フェニキア女王としての道に限定してしまった。
政務に追われる母の姿を見つめ続けたクロノスは自分が余計な事をしたのではないかと、いつも悩んできた。
「馬鹿につける薬はないというが、薬では魂魄にまで届かぬのであろうな……」
薬では治らぬ病が魂魄に張り付いている。他者を疑う病のちから『人間不信A』がリリウスの心を惑わせている。
心の奥底からやってくる疑う声を己の物と信じて疑えぬ、そういう黒いちからだ。
取り出すのはけして易い技ではない。暗黒の魂から泥を拭い去るだけだが、指先を誤れば他のちからも消してしまう。魂魄を消し飛ばす恐れはない。できるならとっくにやっている。……まぁ母と和解する気はあるようだし、消す理由もなくなったが。
「やるだけやってみるか」
リリウスの胸に手を入れ、魂魄にこびりついたスキルを剝がしていく。
途中で面倒くさくなったが根気を出してがんばってみる……
クロノスは人間不信Aを消した。
0経験値をてにいれた。スキル消去の熟練度が28あがった。Lv1 83/1000
「これでよし。残るは……」
リリウスには真っ白いちからが張り付いている。見覚えのあるちからだ、最近父に張り付いている真っ白い女のちからだ。
「苦界に生きながら汚れをまとわぬ純白か。闇を理解できぬ永遠の白痴か、薄気味悪い女だ」
クロノスはアルテナが大嫌いだ。父が自分よりも大切にしてそうな感じがするから大嫌いだ。
「あの偽善女のちからなど良からぬ影響をもたらすにちがいない。これも外しておこう」
クロノスの指がリリウスの魂魄をぐるぐる掻きまわす。綿飴みたいに集めたアルテナ神の恩寵フルスキルを消し飛ばそうとしたが……
見ていると飴玉のように見えてきた。
「うまそうだな(ぱくっ)」
クロノスはアルテナ神の恩寵フルスキルをたおした。
16500000経験値をてにいれた。クロノスはレベルがあがった。Lv66→Lv84
クロノスは神衣霊装<アルテナ>をてにいれた。癒しの術法をコピーした。冥府の術法をコピーした。消去の権能の進化条件を達成、進化を拒絶、消去の権能はLvMAXのままだ。
クロノスの神格があがった。竜神第七位→竜神第六位。
「ふんっ、思ったよりうまかったな」
仕事を終えたクロノスが父の隣でごろんと横になる。二度寝である。




