答えは時の闇の中
「神竜化がうまくいく方法かね……」
コッパゲ先生は午前三時にも関わらずフロントでコーヒーを飲んでいた。町の異変が気になりつつも危険には近づかない、そういう賢明な大人ムーブである。
無料自販機の使い方覚えましたね? ボタン押すだけだからね。
「聞いた感じではイメージを間違えているのだと思うがね」
「イメージ?」
シェーファが食いつく。
「君は竜になろうとしているがそれは致命的な間違いだ。君が欲しいのは神竜の加護から得られる魔法力だろ、どうして竜になろうとする必要がある、加護に宿る想念に我が身を食わせるような自殺行為だ」
たまに有能なハゲ先生。やればできる人なんですねえ。
「だいたい竜変化など使いだす前はきちんと使えていたんだろ?」
「う…うん、そうだな、そういえばあの頃は……」
シェーファが言いよどむ。クラリスという制御装置を神竜化のトリガーとしていたから、どうやって安全に使っていたか説明できないんだろ。
「大きなちからを引き出す手法として特定のイメージへの変化をする、私には理解できないやり方だ。おそらくは太陽竜の末裔ではなくハーフフット族の固有魔法『変身』の性質によるものかもしれない」
「先生、そいつはどういう意味ですかね?」
「変身魔法の用途とは何だろうね。強力な魔物と戦うために己の身を強靭な物へと変化させるためではないだろうか、私はそう推測している」
ハーフフットは戦う時に強い怪物になろうとする。この性質が受け継がれ、シェーファも強さを求める時に無意識に竜になろうとしてしまう。遺伝子の罠ってやつだな。
そして先生がまとめる。
「君が始めるべきはまず己は竜ではないと竜化の本能に抗う事だな。これを結論としてもよいが先人にも話を聞くべきだろう」
「先人?」
みんなで一斉にバルバネスを見る。
しかしバルバネスは役立たずだ。彼は生まれついてのアルトドラゴンだ。加護ではなく己のちからを使って戦う怪物に、半竜の悩みは解決できなかった。だからここまで苦戦しているんだ。
「彼ではない。アルルカン王だ、彼もストラの末裔だろ? きっと彼も同じ悩みに苦しみ、何らかの解決法を編み出してきたはずだ」
「先生大活躍ですね」
「私は教師だよ。戦いについてゆけずとも知恵を貸すのは得意なんだ」
若者は体力を持て余し、老人は知恵を持て余す、互いに助け合えれば完全な人間になれるんだな。
アルルカンの居場所はバルバネスが把握していた。聖地の外で竜を相手に激戦を繰り広げているようだ。あんまり被害が大きいものだから真竜の戦闘部隊が出動したらしい。
あいつ俺の息子鍛えるとかいって竜と戦わせてるの?
現場に行くと無数の竜が倒れるキリングゾーンで、アルルカンとクロノスが焚火をしている。香ばしい香りがするぞ?
「いけるではないか(もぐもぐ)」
「下品な食い方をするな。ほら、これで口を拭え」
「あとでな」
「まったく、しつけがなっとらん奴だ……」
見た目キャンプしてる親子なんですけど?
あ、こいつら竜の肉食ってやがる。俺もちょっと気になる。強い魔物ほどまずいという定説は知っているが竜の肉はロマンだ。一度くらいが食べてみたい。
「うまいのか?」
「なんだ愚物か。悪くはないが貴様にはやらぬぞ」
「ふっ、まぁ一口いってみろ」
息子がくれなかったのにアルルカンがくれる不思議である。育児放棄したせいだ。
初めての竜肉のあぶり焼きはワイルドな香りこそするものの、味わいは……嚙み切れねえ!
こいつらこんな物普通に食ってるの!? タイヤじゃん!
「食えるか!」
「知見が広がったな。左様竜の肉を食せばヴァナルガンドでも歯が折れる。だが食えるなら食っておくべきだ」
アルルカンがローストビーフのような半生肉をガブリ。ヴァンパイアロードの顎のちからすげえ。こいつ冥府の亜神みたいだけど。
「ひと口食せば魔力が全身に満ちていく。我ら神聖存在にとっては至高の食事よ」
アルルカンが戦場を前にした戦士のような凶相で言った。ちょっと気になってバルバネスを見るといやそうな顔をしている。
二人にこれまでの事情を説明する。
クロノスは食うだけ食ったら寝ちゃったわ。赤ちゃんのあるべき姿だ。夜泣きしないぶん手のかからない我が子である。
「そっちは長くなりそうだな。先にこちらの話をしたいがよいか?」
「クロノス関連?」
「うむ、時の権能の詳細について知りたい。というのもこやつの覚醒が遅れていてな、時の権能とやらは本当に間違いないのか?」
「間違いないはずなんだが……」
「はずとは曖昧ではないか。詳しく話してみろ」
掻い摘んで話してみる。時の大神へと成長した未来のクロノスが現代にあれやこれやと干渉してきているっていうお話だ。
このままだとあまり信憑性がないからユイちゃんのグレイドランス・レインがクロノスの教えた技って言ったら嫌そうな顔をされた。
あの魔法はコッパゲ先生にも術式の解明ができなかった。異世界の法則に準拠するレスタト・ダークネスと似た不思議魔法なのである。
ユイちゃんに宿る正体不明の謎の加護。おそらくは時の加護が魔法に大きく関わっている。ユイちゃんが前から使える得意のブライトランスを使おうとすると時の加護が術式にインターセプトをかけて術式を改変し、グレイドランス・レインに変換されるのだ。
彼女もあれこれ試してみた結果、400アテーゼを超える魔力を注ぎ込んだ時だけこの改変が行われる事に気づいたらしい。この魔法の異常なところは400アテーゼで発動したにも関わらず3000アテーゼ相当の神話級魔法と同等の威力がある点だ。
ユイちゃんを精霊種へと魔改造して魔力器官をトロンエナジー対応に進化させ、対応した神聖法術を埋め込んだ。こう考えなきゃ納得のいかない不思議な魔法だ。
「根拠というほど根拠にはならん話だ。私が見た限りではこいつの権能は消去だ。恐ろしく強力な権能に振り切っているゆえ第二権能を持つとは思えん」
あ、そういえば。
「以前女神アシェラとやり合った時の話だけど、クロノスはアシェラからお前の権能は消去だって言われたみたいなんだ」
「あの御方が? じゃあクロノス君の権能は消去だよ、あの御方が消去と言ったなら間違いない」
「しかし先生それだと……」
それだとあの大きい方のクロノスは何者になるんだ?
クロノスの目的はすでに理解したものだと考えていた。でも繋がっていった点と点を結び合わせたら、答えはより深い謎へと向かっていった。