聖地での日々 天国と地獄
聖地リーンスタップ二日目。
俺はクロノスを連れての早朝ランニングだ。日課の訓練と息子のダイエットである。霧の町をゆっくり一周している途中でシェーファに遭遇。ランニングウェアだ。
どうやらあっちも日課のランニングらしいな。一流の戦士は訓練を欠かさない。訓練を怠る戦士は二流に成り下がるからだ。
「訓練かい?」
「おう、息子のダイエットと市内の地形も頭に入れてるところ」
「ふっ、ドケチらしいな」
俺はドケチではない。ただの横着者だ。
シェーファの中ではドケチは尊ばれるべき男の生き様みたいなところがある。ドケチは強い。ドケチはモテる。ドケチはみんなのあこがれ。こういう勘違いも全部ガーランド閣下のせいだ。……ドケチは閣下の唯一の欠点だよ。
みんなが頭を抱える、あの完璧超人の唯一の汚点だよ。
並走しながら近況報告をする。
「そっちは何してるんだ?」
「神器の封印を段階的に解いているところだ。しばらくはかかりきりになりそうだ」
やはり神竜のちからの封印を解きにきたのか。
封印ってのがどういう形で、どう始末をつけるってのは知らないがシェーファなら必ずやり遂げる。確固たる信念があるからだ。
「そっちは?」
「ストラからの依頼にかかりきりさ」
「謎の穴だったか?」
「迷宮化していたよ。中身はレジェンダリードラゴンのアンデッドの巣窟さ」
「楽しそうだな」
楽しかねえよ!
若干一名ウキウキしてる馬鹿がいるけど。フェイ君とかいう戦闘狂だ。奴はホテルで瞑想しているんだがすげえよ、十時からの迷宮リベンジに向けて気を練りこんでやがるんだ。
「ま、こっちもだいぶかかりそうだ」
「封印解除を終えるまでモタついてくれるとありがたいな。今日はもう観光に切り替えてしまえよ」
「へん、そっこー攻略してきてやる」
「いい威勢だ。……心配はいらなそうだな」
もしかして気遣われたのか?
「権能だけは先に把握しておけ」
「権能?」
「真竜には其々が司る権能がある。私やバルバネスが有する不滅のようなちからを、真竜ならば必ず一つないしは二つは有しているはずだ。うわべの能力だけを見ていては足元をすくわれるぞ」
「貴重な情報提供ありがとよ。攻略が捗っちまうがいいのか?」
「試し斬りの相手がいなくなるのは困るな。その時は君らに手伝ってもらおう」
「おーけい、フェイを貸すよ」
俺は無傷。シェーファもフェイも大喜び。最高の図式ができちまったな。
準備を終えて十時を迎え、第二回死竜の迷宮に出かけ、これに失敗する。
実質的な戦闘時間は三分と少し。超速度による見境のない突進によって陣形を崩されて失敗した前回の反省を生かしたつもりだが、今度は泥の死竜の防御力を抜けないという事実に直面した。
迷宮から命からがら脱出してきた俺の脳裏をよぎる言葉がある。
「虫けら…か……」
ひどい言葉だと思った。選民的思想に染まり切った貴族の吐きそうな言葉だと思った。でも真実なのかもしれない。
真竜にとって人間は、少しばかり足を動かせば勝手に踏み潰れる虫けらなのかもしれない……
◇◇◇◇◇◇
あれからもう二度挑んでみたが泥の死竜には敵わなかった。奴が隠し持つ権能すら見えぬままに敗走を強いられた翌日、カトリの二回目の手術が始まり、午前中一杯で終わったという連絡を受けた俺は病院まで走る。
涼風の吹き込む病室で、ぼんやり外を見つめているカトリの儚さが不安すぎる。
「カトリ……」
「このまま風になれたらな、って思うの……」
「手術は順調だって聞いてるけど?」
カトリが……
さっきまで余命宣告された深窓の令嬢みたいな雰囲気出してたカトリが……
てへペロしやがった! 死ね!
「なんだ知ってたんだ。てゆーか恋人の見舞いより先にアルテナ様と会うとかひどくない?」
「見舞いより先に主治医から話を聞くのはわりと普通だと思う」
「それ主治医が美少女の場合はちがうと思う。あたし知ってるんだよ?」
ふっ、カトリ必殺のあたし知ってるんだよが来たな―――
だが俺の無罪は確定的に明らかさ。今回に限っては完全に潔白! 何一つ恥じることなく堂々と断言してやる。
「ふっ、潔白」
「やるじゃん。リリウス君も成長したねー」
俺に後ろ暗さがないと見切るやすぐに持ち上げる方向に移動するカトリさんなのでした。すげえよ、何をやろうと絶対に優位に立てるんだもん。年増関連のキーワードにはすぐ敗北するけど。
カトリへの処置は順調。最初は何から手をつければわからないレベルだったらしいけど、地道に損傷個所を縫合していったらどうにか目途が見えてきたらしい。……再生力が高すぎて気持ち悪いって言われてたわ。
カトリほんとに人間なの? メス入れた端から傷口がふさがっていくってアルテナ様がビビってたよ?
「謎の穴の調査だっけ? けっこう大変だったりする?」
「チョロイ依頼だよ。丁度いいヒマつぶしになるから、のんびりやってるだけさ」
「ふぅ~~~ん、そっかぁ。さすがリリウス君だね」
くししと笑うカトリに口づけをして、席を立つ。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
「うん。あんまり無理しないでね」
あんまり無理する…か。これは見抜かれてるな。カトリもまだまだだな。心配かけたくない時についた嘘を見破られるのって、けっこう恥ずかしいんだぜ?
完全な女がこんな時に弱いところを見せるなよ。不安になるじゃんか。
病室を出た俺が向かうのは太陽ビルだ。ストラから食事に招かれている。用件はたぶん三日後に放り投げた答えだ。
豪華ランチの席で太陽竜ストラの発言は開口一番から閉口するものだ。
「やあ元気にしていたかい」
元気なわけあるか馬鹿。死竜の迷宮に放り込まれた人間が元気だったらそいつは人間じゃない、カトリかラストだ。やっべ俺の恋人にんげんじゃなかった!
しかし俺も弱音は吐きたくない。
「そりゃあもう元気にしているさ」
「じゃあ調査もそろそろ終わった頃だろう。報告書をくれるかい?」
ぐぅ、報告書ときたか……
「まだ調査中だ」
「へえ、そいつはまたのんびり構えているもんだ。あれだけの大口をたたいたんだ、てっきりその日の内に終わらせているもんだと思っていたよ!」
この太陽竜マジむかつくのである。
怒りを堪えて豪華ランチに気を向ける。合間合間に放ってくるストラの陰湿な会話には広い心で受け答えをする。
ふと気になった事だけは質問する。
「ストラ、あんたはあの迷宮に入ったのか?」
「迷宮…あれは迷宮というのか……。いや、ないよ、それがどうしたんだい?」
無いのか? 反応は入ったことのある反応だったがわからないな。
「内部で泥の死竜と戦った。手ごわい相手なんでね、知っていることがあれば教えてほしい」
「さて何か知っているなら教えてやりたいところだが……」
ストラが背後に立つ侍女へと振り返る。
「何か知ってる?」
「いいえ、ストラ様の知らぬ事をどうしてわたくしごときが知り得ましょう」
「だってさ、わるいね!」
わーお、教える気ゼロ~~~。
わかっていたけど性格が腐りきっている。苦労知らずのボンボンによくいるタイプのクズ野郎だ。こいつの下で働く真竜さんたちも苦労してそうだぜ。転職しよ? うちのクランで大活躍しよ?
情報収集は失敗。さっさと用件だけ済ませて出ていこう。
不愉快な奴と食う美食よりも、気心知れた奴と食べる粗食の方がはるかにうまいもんだ。
「あー、それで前回の会談で三日後に聞くといった答えだけどな」
「……!?」
なんだ、ストラの奴が妙に焦り始めたぞ?
「答え…答え…何の話だったかな?」
「あんたを動かすために俺が用意した切り札の話だ。三日間のあいだに考えておけと言ったと思ったが……」
「ああ! それか!」
なんか不自然に身振り手振りが大きいな?
「いや~~~何か忘れていると思ったんだよ。そうか、それだったんだ! いやぁ、すっかり忘れていて何も考えて置かなかったよ。わるいがもう三日くれるかい?」
「……いいけど」
俺もなんも考えてなかったからいいけど。
どうも釈然としないまま、俺はランチの席を立った。何だあの反応?
◇◇◇◇◇◇
シェーファは市内の球戯場で特訓しているらしい。
スターボールなる球技があって、当時はそいつが大人気だったらしい。簡単にルールも聞いてみたけど潜水水球だったわ。完全にFF10で見たことあるやつだったわ。
スポーツカーでSBスタジアムまで往くと……
何だ!? 真竜女子がスタジアムに群がってキャーキャー言ってるぞ!?
俺の前を横切ったバスからシェーファが下りてくると真竜女子が総鼻血吹き出した!
「きゃぁあああああ! シェーファ!」
「こっち向いてぇぇ!」
「すまない、これから特訓なんだ」
「はいはいどいてどいてー、おさわりは禁止だよー!」
アイドルかよ! サリフなんかボディガードになってんじゃん! 警備員までいるしあいつら何なの、まさかあいつらも真竜なの!?
マジで最低な事実としてあのキャーキャー騒いでるモブ女子どもの魔法力がバルバネス・ベルカ級だという恐ろしい事実である。いやあのレベルの魔法力なんか計り切れないけど。ふもとから山を見上げているような威圧感しかないけど。
ちなみに真竜女子にシェーファの魅力についてお尋ねしたところ、ちっちゃいのに一生懸命がんばってて可愛いだそうだ。若い演歌歌手おうえんするおばちゃんかな?
シェーファの入っていったスタジアムから恐ろしい怪獣の叫び声が聞こえてきた。
スタジアムの中央で見たこともないほど荘厳で美しい竜が暴れている。青みがかった銀色の装甲をまとう聖銀竜だ。帯状の呪術式で手足を拘束されているのに聖銀竜が大暴れ、バルバネスの呪術式を引きちぎるほどの膂力を兼ね備えているのか……
聖銀竜を呪術式で拘束するバルバネスが叫ぶ。
「これ以上はもたない。やれ!」
そしてファンの皆様が金貨を投げる。……おひねりかな?
ちゃりんちゃりんちゃりーん! 金貨の雨が地面を叩くと聖銀竜の動きが止まった。止まるのか。
そして聖銀竜が……
シェーファの姿へと戻り……
あ、金貨を集めだしやがった。
ファンの皆さんまで一緒に金貨を集めてやって渡しているな。金貨を渡してもらったシェーファがどんな女性をもうっとりさせる魅惑の微笑を浮かべているぜ。
「ありがとう」
「いいのよ、がんばってね!」
真竜女子もお礼を言われたり手を握ったりで嬉しそうだし誰も損してねえな。
俺の想像してた特訓とだいぶちがう。俺が暗いトンネルの先でアンデッドと戦ってるのにこいつ女子にキャーキャー言われながら特訓してんの? 格差社会ひどくね?
金貨をたっぷり貰ったシェーファが気合い一声!
「バルバネス、もう一度だ!」
「わかった!」
もうなんかわざと失敗して金貨稼いでるふうにしか見えないわ。
シェーファなら確実にやる。ドケチだからだ。
俺は声をかけることもなくそっとスタジアムを去った。