クエスト『謎のトンネルを調査せよ』
ソル=イキューズ不凍液で満たされたガラス筒の中で浮かぶカトリは永遠に眠り続けるお姫様に見える。
「黙ってればお姫様に見えるぜ」
「……! ……!」
俺の失礼発言が聞こえたらしくガラス筒をどんどん叩き始めた。
医療ポッドのタッチパネルを操作して人工知能診断の項目から不必要な検査項目を削除しているベティから苦情が飛ぶ。
「ものすごく高価な機材だから壊さないでほしい」
「……」
カトリの大暴れがピタリと止まる。しかし不満そうだ。口を開かなきゃ美人って言われたからだな。
「ところで……なんでしゃべらないの?」
「?」
「ベティ、たぶんカトリは声を出せるのに気づいてないんだよ」
「なんでそう思うんだろ。最初に不凍液を肺まで吸い込んだじゃん」
イキューズ不凍液はいわゆる代理水だ。医療用の用途としては人体がため込んだ液体との置換にある。というのも通常固体への相転移が行われた水は体積が膨張するからだ。そうなると体内の水分も膨張して色々ひどいことになるのさ。
古代文明ではその時の医療技術で治せない患者を可能性未来にぶん投げるコールドスリープが行われていたらしい。カトリにそれが必要って決まったわけじゃないけどね。
「……普通しゃべれるとは思わないし」
「すねるなよ。抜けたところがあるくらいが可愛いもんだぜ」
「やだ、あたし完全な女でいたいの」
思わず吹き出してしまった。どういう自信だよ。
強くてお綺麗で完全無欠のカトリーエイル・ルーデットも好きだけどね。
「どんな感じ?」
「温いプールで潜水してる感じ。でも息はできるんだよね、なんでだろ?」
「その代理水には空気と同じくらい酸素が含まれてるってだけだろ。……だけだよな?」
「知らないから聞いてんじゃん」
「俺も詳しいわけじゃないし。ベティ子さん?」
「だいたい合ってる」
ベティとアルテナ様が難しい顔でモニターをにらんでいる。問題発生かな?
モニターには赤黒ライン付きの警告文がポップアップされている。
「え~~~っと、専門医のアドバイスを推奨します。特定指定難病の場合80%の医療費が政府負担となる可能性もあります」
人工知能だけでは判断し切れない、もしくは法的な問題で専門医でなければ判断できない特定指定難病ね。やはり一筋縄じゃいかないな。
「一応再検査もできるけどやってみる?」
「その必要もないでしょう。カトリ様の病状は明らかに魂の外膜に損傷を受けているもの。すぐに治療にかかりましょう」
アルテナ様がやる気だ。ほんの数時間前まで完全に打ちのめされていた姿から完全に立ち直っている。
「カトリ様の回復はお任せください。再生を司る医神の名に懸けて成し遂げてみせます」
「そのやる気が逆に不安をあおってると思う」
ベティが超クール。医療の神様が名前を懸けて成し遂げるってすごい病気ってことだもんね。
「お任せします。ベティ、アルテナ様のサポート頼んだぞ」
「もち」
この場は二人に任せよう。
「じゃあカトリ、俺は行くから」
「うん、いってらっしゃい」
カトリが医療ポッドの中で不安そうな顔つきで小さく手を振っている。これは怖いから一緒にいてって顔だな。
付き添ってやりたいのはやまやまだがストラから出された交換条件を先にこなさないといけない。
先のストラとの会談は平和的に終わり、締めくくりはこんな言葉だった。
「君のことは本当に気に食わない」
バルバネスとベルカとシェーファとサリフはまだ話があるのかストラの下に残った。
太陽ビル(これは俺が勝手に呼んでる)を出た俺らは病院に直行。で今でていくところだ。
施術室の外で待っていた連中と合流する。エレベーターはもう使いたくないというので地下一階から階段であがるわ。
この時になってフェイ君がもっともな発言をした。たぶんアルテナ様と別れるのを待ってたな。
「おまえあんな約束して大丈夫なのかよ」
「闘争を終わらせる的なやつ?」
「それだ」
フェイの疑問はもっともだ。俺にそんな大それたことができないのは確定的に明らかだ。しかし俺は何一つとして嘘はついてない。
「フェイ君俺の話きちんと聞いてた? 俺は第一歩でいいんだぜ?」
「???」
「とりあえずディアンマとかいう女神をぶっ倒せば明るい未来への第一歩にはなるだろ。あとのことは俺の息子に任せるよ」
「息子が可哀想だな」
「それはネグレクトではないかね?」
「リリウス君のことだ、どうせそんな適当な考えじゃないかと思っていたよ……」
フェイ・先生・ルピンさんの順で文句を言ってきた。
だが俺には確信があるんだ。俺の背中で寝息を立ててる俺の息子になら、どれだけの期待をかけたって潰れやしない。何しろ未来の最高神さまだ。
なあ大きいほうのクロノスよ、お前の不可思議な行動はそうだと思っていいんだろ? 俺のはじめる救世の道に続くお前を信じていいんだろ?
だから俺は胸を張って言える。
「ただの息子にならそんなひどい期待はかけないさ。クロノスだから任せられるんだ」
「そういや息子ってこいつになるんだったな。こいつも大変だな」
フェイに頬つんされたクロノスが最高に嫌そうな顔になった。面白いから俺もつついとこ。
じつは俺らには仕事がある。カトリの治療のために病院を貸してくれとお願いしたところ妙な条件をつけられたのだ。
これをクエストふうに直すとこうなる。
「謎の穴を調査しろ、か。変な条件をつけられたもんだな」
俺の運転するスポーツカーで現場まで行ってみる。カーナビがあるから場所もばっちりさ。
岩石に覆われたリーンスタップ市の南の果てに問題の穴がある。この辺りはもう使われていない工業地帯で人影はない。
実際に見てみれば穴というよりもトンネルだ。大きなトンネルが延々と広がっている。ぐーすか眠るクロノスを車に置いて、とりあえず行ってみるか。
「ユイちゃんはクロノスを診てて」
「わたしもいきたいです」
ぷっくり頬を膨らませたユイちゃんが可愛いのである。女子だから子供の世話を任せようってのは考え方が古いんだろうな。
そこに手をあげるルピンさんである。さすが子持ちのアラフォー。
「クロノス君の世話は僕がみているよ」
「なんかげっそりしてません?」
「カルチャーショックがね。今日は本当にとんでもない事ばかりが起きておじさん呼吸が苦しいよ。リリウス君はいつもこんな大冒険しているのかい?」
戦闘にならなかった分だいぶマシですよ、なんて脅しにしかならないよね。俺らは苦笑いを返すしかなかった。
そして問題の大穴である。フェイが灯した灯火の魔法光を頼りに奥へと進む。
けっこう深いな……
「そういえばコッパゲ先生、さっき俺の身に起きた異変についてお尋ねしたいんですが」
「見ていたよ。いやはや驚いたものだ、あれほど凄まじい恩寵の付与は初めて目撃した。アルテナ神から授けられた恩寵はフルスキルと呼ぶにふさわしいものだよ」
「恩寵っていうと加護の一つ上の?」
「そういう理解で問題ないよ。あそこまでのちからはアルテナ神殿の神殿長でも授けられはいないはずだ。……ただね」
なんです?
「教えると約束していたスキルエクリプスの習得難易度が……」
あ!
たしか加護が二つを超えると習得難易度が激ムズになるとかなんとか……
「大丈夫、実らない努力はないよ」
「っけ、羨ましい問題じゃねえか」
嫉妬マンかましたフェイ君はスキルエクリプスが使えない。こいつ加護もってねえもん。引き出すべきちからの引き出しが存在しない問題だ。
「あとでアルテナ様にお前の分も頼んどこうか?」
「いいのか!?」
パァっと輝くフェイの顔。超うれしそう。
「よし、こんな穴の調査さっさと終わらせて加護を手に入れにいくぞ!」
「リリウス、わたしの分もお願いできますか!?」
「任せな!」
ユイちゃんも大喜びだぜ。
「アルルカンは?」
「私はすでに戴いている。お前のものと比べれば幾らか下がるだろうがな」
「神狩りなら加護は全員貰えるとか?」
アルルカンが笑い出す。聞く者の心胆を凍らせて絶望に染め上げるような魔王の笑いだ。
「私は歴代の神狩りの中でも特別な存在だと自負しているよ。ティトが掌中の珠のごとく大事にするアルテナと引き合わされ、神狩りの真の目的まで教えられるのは信頼を勝ち得た極一部の者のみだ」
「へえー……基準は?」
「悪魔の誘いに乗らない強靭な精神力だ」
俺に教えたら絶対ダメじゃん。
「そう卑下するな。お前のこれまでの戦果を考えれば当然の結果だ」
「俺に何ができたんだよ……」
ジベールでは到底勝利とは言えない消化不良な形で出国し、フェスタでは何もできずにカトリだけ連れて逃げかえり、イルスローゼで暴れる大罪教徒をみすみす逃がしてしまった。
唯一勝利と呼べるのはベイグラントにおける戦術兵器運用艦レリアーズの撃破くらいのものだ。ガレリアのリサイクルソルジャーを倒したから何だってんだ。あいつらは文字通り何度でも蘇る不滅の怪物だ。
救世主なんて笑わせる。俺はいつだって負け続きだ。
俯いた俺の肩を触れるやつがいた。フェイだ。
「胸を張れ、ベルカ達の仇は討っただろ。死にかけていた姉御も救い出せた。お前がどう思っていようが僕は最善の結果だと考えている。そうとでも考えなきゃやりきれないだろ……」
「フェイ」
「わたしはリリウスに救われましたよ。大勢の人が亡くなって、もうどうしようもないって時に現れたあなたの姿が本物の救世主に見えました」
「ユイ……」
「モンスターパレードは忌むべき災厄だ。たしかに大勢の人が亡くなったね。だが墓石を数えて俯くのではなく救った人々を見上げてほしい。イルスローゼはリリウス君の行動に感謝しているよ。君の戦果は誰に恥じる必要もない立派なものだ」
「先生まで……」
「くべられた祈りを何に変えるかはお前次第だ。だがお前を見てきた者どもの想いだけは無為にするな。胸を張れ、元救世の御手から見てもお前はよくやっている」
「アルルカン……あんまり持ち上げられるとオチが怖いんだけど?」
なんだ、なんでみんなそんな冷たい目になるんだ?
「オチなどない」
「こいつのは病気だな」
「あははは……リリウスは必ずオチを求めちゃうなあ」
「では私から一つオチを用意しよう」
先生!? オチが無いなら無いでいいんですよ!?
余計なことをする事に関しては定評のあるコッパゲ先生がトンネルの先を指さす。不安をあおる系はやめろ。
「強大な魔力反応だ。おそらくは真竜クラス」
「……」
「……」
「……」
「この穴、じつは厄介者をひそかに始末する処刑場という可能性も」
やめてアルルカン! 本気でありそうだから!
俺別れる前のストラに君のことは本当に気に食わないって言われてるんだよね……
コッパゲ先生が首を振る。どうも謀殺方面ではないらしい。
「魔境の濃密な魔素のせいで感じ取りにくいがこれは迷宮のにおいだ。この先にあるのは迷宮だよ」
「なぁんだ」
驚いて損したぜ。
迷宮攻略なら得意中の得意だ。ステルスコート先生で楽ちん突破してやるぜ。しかし大人二人の顔色が優れない。よく聞こえないけど立ち止まって何かしゃべってるな。
「コッパゲ、撤退の準備はしておけ」
「コパですよアルルカン王。ええ、最悪の状況は想定しておくべきでしょう」
「なにしてんだよ二人とも! 迷宮なんてさっさと突破するぞ!」
「まったく頼もしい奴らだな! すぐに追いつく!」
迷宮に向けて意気揚々と走っていく。
普通に歩けば二時間。俺らの小走りで六分ちょいってところで大部屋にたどり着いた。……大部屋ってのは語弊がある。
大伽藍だ。東京ドーム一個分どころか後楽園遊園地と公園込みという大きさの大伽藍に行き着いた。真っ暗闇だったトンネルと比べて室内は薄ら明るい。ガラスの天窓のような天井から海色の明かりがこぼれている。その天井にしたって高さが判別できないほどの高さだ。
シェーファのような千里眼ホルダーは空間把握能力が突出しているからあいつならすぐに言い当てられるんだろうが、俺にはこの暗さでは無理だ。何よりのんきに大きさを計っている場合じゃない。
俺らの目は眼前の異変に吸い付けられている。
泥沼の中に巨竜の赤い骨が沈んでいる。ただの死骸なら恐れたりはしない。身の毛もよだつ禍つ念を放つから恐れるのだ。一瞬たりとも目を離せないほどに!
目視可能なほどの不浄の念を放ち続ける巨竜の骨の正体などわざわざ口にするまでもない。
「アンデッド、それもレジェンダリードラゴンの!」
やはりあの太陽神は最低のクズ野郎だ! 仲間の治療と引き換えにこんな大仕事をよこすのか!
調査などとは言っていたが攻略せねば完遂とは認めまい。失敗すれば高笑いと共にカトリの治療を中止するつもりだ。ストラならば必ずやる。あいつはそういう性根の腐ったクズ野郎だ。
巨竜の死骸骨の沈んだ泥に波紋が起きる。あれは泥なんかではなかった。腐肉だったのだ。腐肉をまとった巨竜のアンデッドが起き上がる。生者を憎む炎の眼で俺達をにらんでいる。
「先生、アンデッドはブレスが吐けないはずでしたね?」
「やる気なのかい!? 無茶だ、あんなもの敵うはずがない。あれは太陽竜ストラの眷属だ、ターンアンデッドは効かないんだよ!?」
先生の言い分は正しいと思うぜ。
だが退けないんだ。カトリの命が懸かっている。無茶でも何でも倒すしか道がないんだ!
「倒せないのは理解しています。こちらには準備が足りない」
五人では戦力が足りない。武装も足りない。心の準備もしてこなかった。だが何よりも情報が足りない。
どれだけの準備を整えれば勝てる相手なのか、一戦もやらずにわかるはずがない。
「ひと当てして戦力差を計ります。先生はフォローをお願いします」
「無茶だよ……」
「フェイとアルルカンは俺に合わせろ、まずは奴の行動パターンの洗い出しだ!」
「承知」
「ま、やるしかねえだろうな」
アルルカンがディンクライシールの細剣を十字架のように構え、フェイはアロンダイクの手甲を嵌めての戦闘態勢。この二人に関しちゃ心配はいらねえな。
問題は俺だ。仮にも魔王の端くれだ、トカゲなんぞに負けてたら恥ずかしくて表を歩けなくなるぜ。
「夜よ俺を包め」
パワードステルススーツの剛力が通じるか、まずは試してみるしかない。