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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
竜の谷 死竜の迷宮 編
395/713

ウェンドール805年 聖ファティマの鐘と共に

 何やら色々あっての大晦日。ウェンドール804年最後の一日が終わろうとしている。


 長々と王都に居座っていた獣の王侯どもが帰国したりと色々あったし、昼間にはトロル・ゴーストが乗り込んだ機械巨人がローゼンパームに攻めてきたりもしたが、これから向かう竜の谷の危険性と比較すれば些細な出来事さ。


 新年を告げる聖ファティマの鐘の音色はこのティト神殿まで届いている。

 微かに聞こえる鐘の音色を聞き、古びた石の階段から立ち上がる。


「行こう」


 竜の谷へと向かう面子が揃って頷く。

 これより向かう魔境は世界でも指折りの危険度だ。加えて人間に対して敵対的な太陽竜ストラまでいる。


 向かうのは考えうる限りの最強のパーティー。フェイ、カトリ、ベティ、クロノス、アルルカン、ルピンさん、アルテナ神。これに俺を加えた八名。シェーファとサリフとはジベールで落ち合う予定だ。


「アルルカン、ジベールの首都イス・ファルカにつながる扉は?」

「これだ」


 扉の間の一つを開けて、静止した風景の中へと飛び込む。


 真っ暗闇の中にランプが浮いている。よく目を凝らせばシェーファとサリフともう一人見知らぬ男だ。額から眼へと落ちる竜の入れ墨を入れた堂々たる美丈夫、彼が真竜バルバネスかもな。


 俺に続いてフェイらが続々扉から吐き出されていく。紫電を散らす扉の光が消えそうになる頃、もう一人出てきた。なんでコッパゲ先生?


「ふぅ、間に合ったか」

「先生どうして?」

「君を放っておけるわけないじゃないか。それに竜の谷には以前から興味があってね」


 おまけのように付け足した感じの最後の理由がかなりのウエイトを占めてそうな気もする。ラサイラも冬休みだしな。


 真竜バルバネスが一歩進み出る。見た目はただの青年だ。怜悧な雰囲気こそあるがドラゴンの化身だなんて見分けられるわけがない。武器も持っていない。

 それでもただそこにいるだけで肌が泡立ち、叫びながら逃げたくなる。誰も彼から目を離せない。強大な死がそこにあるからだ。


 まったく笑ってしまうくらいに次元がちがう。勝てるなんて欠片も思えない。こんな存在に挑むなんて考えたくもない。

 もし仮に彼が襲い掛かってきたなら俺らは何もできずに一瞬で粉砕される。アルトドラゴンとはまさしく神のごとき存在のようだ。


「これで全員か。まだ増えるというのなら待つが?」


 おいお前たち返事を俺に任せるんじゃない。


「いえ、これで全員です」

「そうか。……そう怯えるな、俺とてこいつの友を食うほど見境がないわけではない」

「髪が乱れる、触るな」

「ふっ」


 シェーファが犬の尻尾のように一本にまとめた髪をわしゃわしゃやられて不機嫌になってる。仲良さそう。


 この雰囲気ならいけるか? 世界最大の危険生物を危険なまま同行させるのは怖い。つまり親睦を深める必要がある。ちょこっとだけでもいいんだ。逆鱗に触れて瞬殺されるの危険度を下げる程度でいい。


 渾身の勇気を出して、両手をもみもみすり寄ってみるぜ!


「えー、今回は俺たちの頼みを聞いていただき誠に感謝感激雨あられにございます。えへへへ、道中何かとご迷惑をかけるかもしれませんが……」


「お前がレウ・アルテナ・クランディーバか?」


 華麗に無視された!

 俺を無視したバルバネスはアルテナ様に一直線だったぜ。アルルカンがやや警戒して立ち塞がってる。……そして俺を責める仲間達の囁きよ。


「なんだあいつへりくだっておいて無視されてやがる」

「ハゲだっさ」

「ま、まぁ相手が悪いよね。しょーじきあたしもあのレベルの怪物は怖いし」


 カトリだけそこはかとなくフォローしてくれた。でも仕方ないじゃん。相手レジェンダリードラゴンじゃん。セルトゥーラ王や魔王レザードとか古代神と真正面からぶつかりあって何百年も戦争やってたマジモンの怪物じゃん。

 無理無理、魔王初心者の俺なんか相手にもならねえよ。


 だがさすがアルテナ様だ。世界で最も高名な処女神は真竜相手でも堂々としておられる。


「その呼び名はあなた方が勝手におつけになられたものでしょう? 前にも後にも何も付けずのアルテナならわたくしがそうですわ」


「口伝に聞く悪夢の歌姫に相違ないと。お前の話は我らが王母ニーヴァより伝え聞いていた。では問おう、正気か? 悪魔どもの薬箱アルテナよ、これより向かう我らが聖地にはお前を殺しても飽き足りない者どもが山ほども多くいるのだぞ?」


「無策というわけではございません。話し合いの席さえ取りなしていただけるのであれば……」

「席を設けたならどうする? 口先で上手く丸め込むか?」

「誠意をもって友好を説くつもりです」

「その戯言、俺が信じるとでも思うたか?」

「最初の難関であると心得ております。ですが怨嗟が紡ぐ終わりなき闘争の円環を砕くために参りました。わたくしごとき何のちからがございましょう。皆様を害するちからもなき無力な娘一人ならお連れ願えるものと愚行いたしました」


 一人……?

 竜と神のステージにおいてどうやら俺やカトリやフェイでは戦士にも数えられないらしい。召使い枠だな。


「ハゲなんで泣いてるの?」

「この果てしなき闘争のフィールドの天井が高すぎてな。天井が見えない」

「……このレベルの怪物と張り合うのは間違いだと思う」


 ベティよお前は召使い枠でいいのか。って思ったけどこいつお世話人形だったわ。生まれながらのエリート召使いだわ。暗殺技能持ってるけど。


 普段は強そうなやつ見かけると反射的に喧嘩を売るフェイが静かだ。カトリも静かだ。みんなしてこっそり息を潜めている。神竜と相対した人間の正しい反応はこれなんだろうな。俺も見習おう。


 バルバネスとアルテナ様が剣呑な空気で見つめあっていると、暗闇の奥から少女がやってきた。とことこ小走りでやってきた女をなんとなく闇のような少女だと思った。


 しっとりと濡れたような黒髪と明るい黒瞳。全体的にほっそりとしたシルエットで、走るのに邪魔だからたくしあげた長いスカートから覗く足も細い。まとめる物を用いぬ乱れ髪が闇のように重々しい色合いなのに、彼女自身の気質から明るさがこぼれている。そんな少女だ。


 見た目は本当にただの一般人で、運悪く迷い込んでしまったふうに見える。

 バルバネスに対等な口を利くまではそう見えていた。闇の少女が見た目とは裏腹に意外にババアなしゃべり方でバルバネスへとこうしゃべりかける。


「あーあ怯えちゃって可哀そうに。意地悪はおよしよ」

「意地悪? 我らが栄光の王国を滅ぼした悪魔どもに対する姿勢としては極めて理性的だと思うがな。身を千片に引き裂いて食らってやっても亡き同胞の怒りは収まらんというのにだ」


「もっとも意見だと思うけどあんたもあの戦争を知らない世代だろ。あの地獄のような最終戦争でこの子らと戦ったのはもっと上の世代だ。あんたじゃない」

「戦後生まれには何の意見も許さぬと?」

「あたしだって大戦を知らないよ。でもあんたの怒りは人伝に聞いたものじゃないか、そんなもの向けだしたらキリがないよ」

「キリならある」

「こいつらを根絶やしにしてかい? 冗談はおよしよ、今更そんな真似をして何になるってんだい。栄枯盛衰は世のならいさ、成熟した文明は滅びを待つのみ。この子ら侵略者が来なくてもパカは滅びていたかもしれないよ」

「厭世家め」

「なんとでもお言い」


 バルバネスと対等に言い合っている。いったい何者なんだあの子?

 俺の疑問に答えるのはシェーファだ。


「君が推測したとおりの人物だ」

「俺なにか言ったっけ?」

「魔女の尻尾の話をしたろ。彼女が沼地の魔女ベルカ、かつてイルスローゼを建国した竜人の一人だ」


 改めて沼地の魔女を見つめる。気配は人並み、普通の魔導士程度の魔力反応でしかない。バルバネスから感じる圧倒的な畏れは感じない。人の世で生きる竜が身に着けた擬態能力ってところか。


「色々新しい情報も入ってそうだな。共有してくれないか?」

「そういうのは後でまとめてだ。……ここには長居したくない」


 そういえばここはどこなんだろう。

 ジベールの首都イス・ファルカではあるんだろうな。だが地下特有の砂っぽい空気と体の奥から冷えていく冷気はたしかに長居したくない。これはアンデッドの気配。不浄の空気だ。


「ここは?」

「ジベール王家の地下墓所だ。まったく、なんだってこんなところに扉があるんだ」

「俺に言われても困るんだが……」


 真竜の言い争いが続いている。見た感じバルバネスの旗色が悪い。


「……聖地の守護番として変な者を連れ帰るわけにはいかんのだ」

「利はあると思うけどねえ。ねえアルテナさんや、こっちは大事な巣穴まで案内するんだ、それ相応の誠意は期待してもいいんだろ?」

「覚悟を決めて参りました。あなた方が望む誠意がこの身を引き裂くことであれ、受け入れるつもりです」


「この娘はあたしたち滅び去った民の聖地に往く意味を知っている。それでも拒絶しようってのは誇り高きパカの末裔にあるまじき狭量さだよ」

「……よかろう。ただしおかしなマネをすれば即刻潰すぞ」


 バルバネスが折れた。

 沼地の魔女ベルカが音頭をとるふうに宣言する。


「話はついた。さ、こんな辛気臭いところはとっととおさらばさ」

「待ってくださいぃぃぃい!」


 緊迫感のない大声が響いたと思えば光の消えかけた扉からユイちゃんが出てきた。……突き放したつもりなんだけどな。


 かなりの距離走ってきたのか息を切らせるユイちゃんに袖を掴まれた。

 目が合う。うわめづかいに俺を見上げる瞳に宿る感情はひたむきな愛情。それ以外の何かだなんて勘違いもできないほどにまっすぐな想いだ。……また突き放さなければならないのか。


 こんなにも俺を想ってくれる子にひどいことを言い、帰れと言わなければいけないのか。


「来るなって言ったよな」

「……」

「これからどこに行くのか知らないってわけじゃないよな?」


 自分でも驚くほど冷たい声が彼女をたたいた。傷ついたように涙を浮かべる彼女から、懸命に目を離さないようにした。


 俺が甘さを見せたらユイちゃんも諦められなくなる。情けに引きずられて彼女を死なせるなんてごめんだ。


「ユイちゃんを死なせたくない。わかってくれ」

「そう思うなら守ってやれ」


 シェーファが俺の肩をたたく。

 まるで正しい道はこちらだと示すふうにフェイもカトリも頷いている。


「私もかつては通った過ちだ。悪い予感ばかり気にして人を遠ざけていたら君の周りには誰もいなくなってしまう。失うことを恐れるなら守ってやれ。君にはそのちからがあるはずだ」

「……だが」


 だが俺は誰も守れたことがない。

 いつだって失ってばかりだった。俺のちからは誰かを傷つけることはできても、守れはしなかった。


「最悪を想定できるのは賢明さの証だが悪いものばかりに囚われてはならない。君がへまをしたら私が代わりにユイを守ろう。私が及ばずともフェイがやる。そして傷ついた私達を癒してくれるのは彼女だ」


 シェーファがユイちゃんの肩を抱いて押し出す。

 進み出てきた彼女の目に宿る強いひかりを見て、俺はようやく自らの過ちに気づいた。危険から遠ざけ幸せを願う事ではなく、傍に居て守る道もあるのだ。


「ユイ、仲間として共に戦ってくれるか」

「遅いですよ。ずっとそう言ってくれるのを待っていたんですよ、なのに……」

「すまない、本当に遅くなった」

「ほんとですよ……えーん、うれしいよぉ」


 泣きじゃくるユイを抱き寄せると―――ハッ、視線が!?

 バルバネスが困ってるぞ! なんで!?


「まだ増えるようなら待つが……早く出たいのだがな」


 すんません。もう増えないと思います。

 ちょっとだけ思ったけどあの真竜ひとがよさそう。人界で暮らすうちに丸くなりましたか?



◇◇◇◇◇◇



 ジベール王家の墓所は大半が砂の浸食を受け、目に見える通路のほとんどが砂に埋まっている。屈まねば進めないような通路もあれば積りに積もった砂の丘を足場に天井の穴から上の階にあがる場面もあった。墓所というか迷宮だな。さすがに魔物はいないけど。


 そう言うとシェーファが嫌そうな顔になった。


「いるぞ」

「いるのか」

「使役されたアンデッドだがな。ここはアスコット家が管理しているんだ」


 デス教団の重鎮アスコット家が管理する墓所とかやべー場所だな。話を聞くに最初ジベール行きの扉を潜ったシェーファ達はこの暗闇の中アンデッドと戦いながら必死の思いで地上を目指し、ようやく地上に出たと思った頃にエレノアのババアに襲われたらしい。

 顔見知りじゃなかったら詰んでたような状況だったらしい。さすが王家の墓。


 現在俺らが無事に墓所を移動できているのはシェーファが王家の者が持つ通行証を借りているからだ。やはりピラミッド系の場所は罠がたくさんあるんだなぁ。


「アルルカン王、そういう場所だというのは事前に教えてほしかった」

「すまんな、何分昔のことゆえ失念していた」


 くつくつと笑うアルルカンは絶対に悪いとは思っていなそう。伝説のヴァンパイアロードからすれば警告するまでもない些事なんだろうな。


 やがて空気に新鮮な夜気が混ざり始めた。地上が近いな。


 長いのぼり階段の果てにようやくたどり着いたのは神殿のように開けた場所だ。一本の長い橋と左右には水路。橋の端には巨大な神々の像が立ち並んでいる。ゲームなんかだとそろそろボス戦だな。


 砂色レンガの橋の途中にランタンの明かりが浮いている。

 フードをおろした薄気味悪い連中を従えるのはデス教団の大司祭エレノアだ。墓所の管理者としての責務ってわけだ。


「これで全員かい?」

「うむ」


 シェーファが徽章のようなメダルを返却している。そいつを受け取ったエレノアのババアがため息。


「まさかあたしの管理する墓所にゲート・オブ・トワイライトを仕込んでいるとはね。アルルカン王、ゲートは封印させてもらうがいいかい?」

「当時のアスコット家当主とは話がついているのだがな」

「当代はあたしさ。可愛い殿下のおられる王宮街の地下にこんな物騒なもんがあるなんて許容できないね」

「好きにしろ」

「そうさせてもらうよ」


 会話はこれで終わりだ。

 俺はフードをおろしてこそこそ逃げ出そうとしたが……


「おや、そこにいるのはリリウス坊やかい」

「人違いです」

「そんな強烈な邪気を誰と間違うってんだい。大層腕を上げたようだね、見違えたよ」

「イイエ人違いデス」

「ま、そう言い張るってんならそれでもいいさ。出国は早めにしなよ。イルドシャーン殿下に砂をかけたお前さんらを殺したい連中がここにはウジャウジャいるからね」


 だろうな。英雄の兵団に所属するトロルやヴェノム、レイファを殺した俺を殺したい奴は多いはずだ。さっさと逃げよう。


 地下墓所から出た先はジベール王宮の中庭だった。夜中だってのに松明を掲げる奴隷兵士に囲まれているぜ。


「じゃあこのまま竜の谷へ?」

「それがいいだろうな。長居した分だけ危険だ、このまま徒歩で首都の外に出ることさえ不安なくらいだ」


 懐かしのイス・ファルカを少しは歩いてみたかったんだが仕方ないな。

 毎日うるさいくらい混雑していた市の様子や大闘技場の歓声。驚くべきほどに大きな外壁と緻密な細工の施された街並みをもう一度とは思ったが……

 もう二度と訪れることはないだろう。さらばイス・ファルカ。


 ベティに竜化を頼もうと思ったらバルバネスが先に竜化した。全長20メートル級の大きめのワイバーンサイズの氷竜に変化すると王宮兵からどよめきが聞こえる。


 仲間達の顔を見渡し、声を張り上げる。


「今度もとびきりの大冒険だ! 危険度は最大、太陽竜ストラのテリトリーだ。生きて帰れる可能性はかなり低いぞ。覚悟はできてるか!?」


 仲間たちに臆する者はいない。

 勇気と覚悟を秘めた顔つきで頷いている。


「カトリが失った未来を取り戻すために! 行こう、竜の谷へ!」


 真竜バルバネスの背に飛び乗る。翼を一打ちするだけで浮いた真竜はもう一つ打って王宮街の上空にあがる。


 暗灰色の夜。朝はまだ遠い。

 竜はまだ見ぬ朝日とは正反対の方角へと、真なる太陽を目指して飛翔する。

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