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悪役令嬢の手下Aだけど何か質問ある?  作者: 松島 雄二郎
竜の谷 死竜の迷宮 編
388/713

復讐鬼の真実

 なんとあのクソ長え番外編がたった一晩の出来事だったんだ……!

 いやー、世の中には不思議なこともあるものだなー。


 シェーファから昔話を聞いた翌日の朝、ホテルのフロントから再始動します。

 王の都アノンテンでも一番という超高級ホテルで迎える爽やかな朝である。

 みんな揃ってフロントに集合。面倒くせえイベントは全部終えたからみんなやる気満々な顔つきだぜ。


 相変わらずリーダーの俺を差し置いて仕切りたがるカトリさんが叫ぶ。


「行こう! 竜の谷へ!」

「ああ、行こう!」


 みんなめっちゃやる気じゃん。言い出しにくいなあ……


「あのぅ」


 みんなが一斉に俺の方へと振り向いた。

 すげえ言い出しにくい雰囲気だなあ。


「ちょこっと用事があるんで一旦ローゼンパームに帰らない?」

「用事って?」


「マジで大した用事じゃないんだけど、どうしても届けたい手紙があるというか……」

「ふーん」


 カトリさんの目が冷える。

 無断外泊のいいわけをする旦那を見る目くらい冷たいぜ。


「手紙ねえ。誰に?」

「じ…地元の友達のアレクセイ君に……」


 俺は反射的に手紙を隠している尻ポケットを触ってしまった。

 その瞬間には俺の手紙はカトリの手にあったのである。どんな手品だよ! 神の手を持つスリ師なの!?


 カトリさんが手紙をひっくり返して宛名を……


「さてさて今度はどんな女の子を引っかけたのかな~~~っと。ってファラちゃんじゃん!」


 この名前に反応したのは意外や意外アルテナ神である。


「どなたですの?」

「リリウス君の彼女」

「? 交際女性という意味での彼女でして? てっきりカトリ様とお付き合いをなされているものかと勘違いしておりましたわ」


 勘違いではないですよ。


「あははは、あたし二号さんなの」

「まあ!」


 アルテナ様がご驚愕なされている。しかし咎める様子はない。

 この空気でお尋ねするのもアレだけどこの際だしお尋ねしてみよう。


「ちなみにアルテナ様の教えで二股は……」

「アリです」


 アリだー!


 どうもアルテナの教えによれば男性の仕事は妻子を養うことであり複数人の妻を養うことはむしろ甲斐性のある男性として尊ばれているらしい。

 すげえ、すげえよアルテナ神殿! 男女平等の動きから逸脱した超フリーダム宗教だったんですね!

 ……むしろ何を禁じてるのか気になってきたわ。


「リリース様ほどのソルジャーであれば妻の五人や六人いても当然かと。どんどんお作りなさい」


 にっこり微笑む少女の姿をした処女神がそう言った。見た目が少女のままなので今まで少女に接するようにしてきたけど違和感しかない。言ったらあれだけど価値観が古代のまま停止してそう。


 よし、そろそろ現実と向き合おう。カトリさん怒ってるよね?


 しかしカトリはケラケラ笑っている。……怒ってない…だと?


「なぁんだ、愛しのファラちゃんへのラブレターかあ。だったら隠すことなんてなかったのにぃ!」

「え…えええぇぇぇ……」


 なぜか許されてしまった不思議である。ルーデット公爵家のご息女だけあって側室系には大らかな女だけど、相手が嫌がりそうな浮気には厳しいほうなのになあ。


 このあと俺らは各自適当に別れてアノンテンで買い物をした後、お昼頃にローゼンパームに帰る。


 ティト神殿でのあれこれは割愛。魔族に間違われてベルクス君と戦っただけだ。髪型変えただけでわからなくなるとかあの馬鹿野郎ほんま馬鹿。


 その足でギルドに行ってティト神殿は俺の物になったから勝手に調査しないでと言い含めておいた。権利やらの関係で役所に届け出をしないといけないらしい。あとでまとめてやるわ。


 とりあえず旧交を温める意味でベルクス君たちに一杯おごる。迷惑料も込みだ。


「洗礼の夏、試練の秋ねえ……新人どもも大変だな」

「なんだよ先輩面しやがって」

「だって俺一年先輩だし」

「ゴミランに一年いたくせにー」


 レイラが超痛い急所を刺してきた。一般的にゴミラン卒業は一ヵ月以内だ。かなり遅くても二ヵ月で卒業している。一年もゴミランやってる奴は才能ないってレベルじゃない。ニートだ。


 お、ベルクス君から質問があるらしいな。


「冒険者登録したのはいつなんだよ」

「去年の九月かな」


 返答のあとで冒険者証を確認する。俺のIDはSRGG80309280012だ。このSRはサン・イルスローゼのローゼンパームを意味し、GGはギルド本部だ。


 あとはウェンドール803年の9月28日に12番目に登録したギルド会員って意味さ。


「一年も何してたんだよ」

「ふっ、ウェルゲート海一周俺より強いやつに会いに行く旅さ」


「さすがだね。男の中の男って感じ。馬鹿おにぃは見習うよーに」

「っせーな。でもやっぱお前には敵わねえよ、さすがだな」

「すごいなあ」


 適当こいた結果尊敬されてしまうのであった。すまんかなり嘘ついたわ。じつはコッパゲ先生に騙されての絶対に帰国できない苦難の旅だったんだ。

 あとでこっそりさらっと否定しとこう。


 このあとすぐいつもの流れになった。


「まだ日も出てるし軽くクエストにでも行くか?」

「すぐにバテバテになってたベルクス君がクエストのはしごをしようってか。成長したな」

「試練の秋だからな。試練ってことは淘汰じゃねえ、この秋を乗り越えれば少しはマシな男になれるってんなら燃えるのが男だろうが」


 驚愕のお前だれだよ感である。

 男子三日あわざればとはいうが少年の成長は早い。俺も負けてられないな。


「悪いがこれから用事があってね」

「へえ、付き合ってやろうか? ……何だよその不満そうな顔は!」


 女子ならともかくベルクス君と街歩きしてもな……


「大事な用事ってやつでな。わるいがクエストは今度な」

「ぜってえ女だぜ」

「よくやるよねー」

「ほんと。何人囲ってるんだろ……」


 お前らの直感どうなってんだよ!



◇◇◇◇◇◇



 そしてイース海運本社ビルである。

 この世にある物なら何でもここで買えると噂の本社ビルである。これは誇大広告である。……胃がキリキリするぜ。


 本社ビル一階フロアは大きな応接室だ。顧客一人に付き商人一人がコンシェルジュとして付くV.I.P.商売だ。馴染みの商人を指名して外商に来てもらう事も可能なんだ。さすがイース海運。


 王都の空中都市は太陽でもハイクラスの金持ちしか住んでないし、出入りするだけでもコネが必要だから本社ビルに来れるってだけで優良顧客の証なんだ。


 ハンス君の店で仕立ててもらったスーツに着替えた俺が鏡に映り込んでいる。貴公子……は無理でもハンサムな執事くらいには見えるかもな。ざわつくな警備ども。


 そのうちコンシェルジュがやってきた。なんで顔が引きつってんだよ!


「ほ…本日はどのようなご用件で……」

「ファラ・イース様にお会いしたいのですが」


「……アポイントメントはございますか?」


 無い。

 世界を股にかける海運王ファラ・イースにアポなしで突撃するのは無理すぎたな。


「あのぅ、リリウス・マクローエンが来たと伝えてもらえますか?」

「しょ…少々お待ちください……」


 コンシェルジュが慌てて去っていった……警備員に直通すんな馬鹿。

 リリウスイヤーは地獄耳。さてさてどんな会話をしているやら……


「そいつか、第一級危険人物だぞ」

「やはりそうでしたか……」

「室長からは絶対に通すなと命令が出ている。出たら呼べとも命令されたが室長は留守だ」

「まいったな。どうしましょうか?」

「総帥はお留守になされていると言え。居留守で乗り切るんだ」


 五秒後、コンシェルジュが走ってきた。全部聴こえてましたよ?

 このあとコンシェルジュは警備と相談した内容そのままの居留守を使いやがった。エルロンの野郎とんでもない置き土産をしていきやがったな。


 不本意ではあるがステルス起動。何が不本意って元カノに未練たらたらストーカーに見えてしまうからだ。


 本社ビルをスイスイ進んで最上階から三つ下の総帥室へ。はい到着。以前も来たことあるから場所は覚えてるんだよね。


 総帥室の前には警備員が二名いる。普通に騎士団長や国家英雄クラスが警備員をしている。


 イースの本当に恐ろしいところはここだ。世界的な有名人であるレグルス・イースのブランド力と莫大な報酬で世界中の猛者を集められる。大金が欲しい奴。宝剣が欲しい奴。レグルス・イースに憧れている奴。その誰にだって膝をつかせる事のできる権力こそが恐ろしい。

 亡国の将軍クラスや王侯に仕える騎士がいてもおかしくないんだ。


 お、何かしゃべってるぞ?


「ムネノリ、何か感じない?」

「気づいていたか。邪悪な気配だ、これはハイエルフのにおいだ」

「あんたはそう読んだかー。殺っちゃう?」

「任せろ」


 着流しの警備員が刀の柄に手を添える。居合いだな。この首を賭けてもいい。


 閃光の居合い斬りがすべてを切り裂いていった。壁も階段の手すりもこのフロアにある物すべてを水平に薙いでいく。居合い斬りは居合い斬りでも鞘の中で増幅したオーラブレードか! 予想の数十倍えげつないのが飛んできたな!


 床にぴったり張り付いて居合い斬りを回避した俺が―――

 渾身の―――


「スプーン一輪刺しじゃああああ! ってよけるんかいな!?」


 直感かな? 戦闘本能かもしれない。


 跳躍したサムライ警備が逆さまになって天井に立ちながら、逆落としの剣戟を放ってきた。下の階には一般客もいますけど!?


「ステ子ッ、トランスフォームだ!」


 変身シーンは割愛さ。美少女ならともかくリリウス君の変身シーンなんて誰も興味ないと思うからね!


 咄嗟にアーマード・リリウスとなって夜の装甲を纏う右腕で剣戟を受ける!


 鋭くも重い斬撃は不可解な衝撃ともいえるが耐えたぜ。パワードコートは強固な防御能力を誇る。しかしパワードコートに変形させるとステルス機能がなくなるんだよね。


「ルシア!」

「はいほい!」


 THE水の剣士って感じの青髪の姉ちゃんが背後から襲ってきた。しかしステ子さんによる夜の刃の連射に押し負けて後退していく。追撃も頼むぜ?


「自動防御! それも投擲ホルダー級の威力か!」


 ルシアさんはステ子に任せよう。

 俺は目の前のサムライ警備に集中する。こいつの斬撃は目で追えない。全神経を注力して予兆を掴むしか避けるすべがない。……ってのは野良犬思考なんだろうな。


 目的は生還。あらゆる行動の結末に必ず自己保身を置くのは英雄の考え方じゃない。そんな考え方でこの先の舞台に進めるはずがない。


 目指すはウェルゲート海最高の英雄アルトリウス・ルーデット。掲げた目標はリップサービスじゃない。目指すからには相応しい自分へとアップグレードをしなければならない。


「何者か? 何を目的としてファラ様の執務室へ来た?」


 いつもの俺なら郵便のお届けでーす、とでも言ったんだろうぜ。

 だが英雄を目指すなら相応しい名乗りってもんがあるのさ。


「名乗れば通してくれるってか?」

「いや」

「ならば押し通る他にねえ。そうだろ?」

「おぬしには不可能だ」


 術理不明の東方剣士。技は達人の領域。速度でかく乱しようにも速度は敵の方がだいぶ上で、ここは狭い廊下だ。ついでに背後には超剣士の姉ちゃんもいる。

 完璧だな。さすが財団総帥の警備だ。


「神狩りリリウス・マクローエン、参る」

「藤堂夢幻流、真田宗矩」


 互いに一瞬あれば殺せる距離だ。一瞬の静寂の後―――


「九式、竜翼打」

「斬鉄!」


 最大の威力の打撃を交錯させて乱戦が始まる。

 俺は拳を固め、奴は刀にすべてを懸けて戦い合う。この戦いは命を互いの命を取るまで終わらない!


「終わったー!」


 総帥の執務室から両手を挙げてガッツポーズをするファラが出てきちゃった! 本日のお仕事終了ですか!?


「なに遊んでるわけ?」


 ファラがものすごく冷めた目つきで殺し合いをしていた俺らを見つめてくる。

 遊んではないけどなあ。


「総帥お下がりを。曲者です」

「たしかに癖は強いわね」


 苦笑するファラさんの態度に真田君が戸惑っている。


「お知り合いで?」

「ええ、そんなところね」


 ファラさんがかなり適当に誤解を解いてくれた。


 場所を執務室に移して本日の用事を済ませよう。


「お手紙です、どうぞ」

「目の前まで来たなら口頭で言いなさいよ」


 それもそうだな。

 本社ビルまで来て気づいたけど手紙だけ渡して帰ったら怒ったと思うんだよね。


「ちょっと教えてほしいことがあるっていうか。ブラウン・ホーンっていう商人がイース商会にいたはずなんだ。彼についてね」

「いた?」

「今もいるかも。ほとんど何も知らないから聞きに来たんだ」


 俺の知っているブラウン・ホーンはシェーファから聞いた昔話の登場人物でしかない。


 数年前はイース商会フォルノーク支店にいた兵器担当。外見やら特徴は聞いていない。詳しく聞けば勘づかれる可能性があった。


「帝都支部ねえ。ローゼンパーム本社で聞かれても困るわ」

「本社に人事書類とかは?」

「各地の支店は独立しているの。どこで誰が雇われているなんて本社は把握していないわ」


 そんな感じなんだ。こりゃダメかなー。

 そんな時だ、決済書類の確認をしていた女性の秘書が口を開く。


「ブラウン・ホーン氏なら数年前まで本社に在籍しておりました」

「え、本社に?」

「ええ、支社から栄転してきたブラウン氏ですので間違いないかと」


 秘書さんのメガネがキラリ。有能な香りしてるぜ。

 ブラウン・ホーンは支社で功績をあげて王都本社へ栄転してきたらしい。


「こちらに来たのはいつの話ですか?」

「ウェンドール800年の冬ごろでした」


 ちょうどシェーファが帝国を出た頃か。


「功績とは?」

「支店長からの推薦状には売り上げに大きく貢献したとありますが実際の理由は将来を嘱望してという所でしょう。彼は若く優秀な商人でした。ですが鼻もちならないエリート思想の塊で、気質のわりに上昇志向の薄い若者でした。荒療治の意味もあったのでしょうね」


「能力的には申し分はないけど性格的に行き詰りそうな若手を王都の荒波に放り込んだと?」

「まさに」


 にこりと微笑む美人秘書さんである。シェーファが五歳やそこいらの年から働いてたブラウンを若者呼ばわり。いったい何歳なんだろう……?


「その功績を詳しく知りたいんです。例えばユノ・ザリッガーを持ち込んだ、とかではないですよね?」

「それほどに大きな成果を出したなら推薦状にも記載されていてしかるべきでしょう」


「書いていない可能性もある?」

「可能性の話をする時は運命のダーナの御心を覗かねばなりません。遠いフォルノークの出来事について私が知り得たのは三枚の書類のみなのです」


 尋ね方が悪かったな。

 総帥のお友達という事で親切に答えてくれているだけで、秘書さんは本来俺の質問に応じる必要はない。財団の体制に落ち度があるような言い方をして不愉快にさせてしまうのはアカンわ。


「ブラウンさんは数年前に退職したという話ですが、彼と接触する方法を教えてもらえませんか?」

「申し訳ございません」


 怪しい人物から退職した社員の個人情報を守る優良企業イース海運!

 普段なら感心するところですよ!


「彼の身の安全にもつながる重要な確認をするだけです。ご懸念があるようなら書面でのやり取りでも構わないんです」


 嘘です、お手紙を届けに行くところをステルス尾行します。


「先の謝罪はその意味ではございません。デスの御許へと旅立った者と接触する方法は当方にはございません」

「え、死んでるんですか?」

「その扱いで間違いはございません」


 はっきりしない言い方だ。やっぱり怒らせちゃったかなあ。


 黙って聞いていたファラさんが眉を吊り上げる。怒った意味に関しては考えないでおく。


「はっきりしないわね。イシス、それは行方不明って解釈でいいのかしら?」

「社はそう判断いたしました」


「何があったか詳細になさい」

「彼はある日突然けむりのように消えてしまったのです。本社でのブラウン・ホーンは評判の良い男ではございませんでした。理由は彼のエリート気質によるもので、他人を刺激する発言を繰り返しては同僚と度々衝突しておりました。私生活の面では金遣いが荒く、不思議な事に彼の身代からは到底捻出できない金額を毎晩のように浪費していたようです」


「汚職していたって事かしら?」

「いえ、疑いがあり警備部のエキセドル課長が調査しておりましたがそちらはございませんでした」


「そちらね。何が見つかったのかしら?」

「その答えは後にいたした方がよいと判断します。流れを考えるに先に警備部の調査結果からお伝えいたします。犯行は手口こそ定かではないもののブラウン・ホーンの失踪は彼をよく思わない何者かによるもの。おそらくは超級の魔法能力を有する者ではないかと推測に到る。彼の持ち得る情報の重要度や調査継続の費用面を鑑み、これ以上の調査に意味はないと判断し、これを結論とする」


「アシェル・アル・シェラドには頼らなかったんですか?」


「不良従業員とはいえ不自然な失踪を遂げたなら過去視の費え程度を惜しみはしません。ですが当時はS鑑定が不在の時期ゆえ、頼れなかったのです」


 過去視があればどんな難事件も一発解決なんだが間の悪い人だなあ。あの後フェニキアの女王になったって聞いてるけど元気にしてっかな?


「そのあと調査は?」

「調査は打ち切りました。仮にその後当社の従業員が失踪する等の事件が起きていたら報復措置を行ったでしょうがあれ一度きりでしたので」


 評判の悪い田舎者が一人消えただけ。利益優先のイース商会なら妥当な判断なのかもな。

 どうにも嫌な予感がしている。警備部が調査して出した結論にあるおそらくは超級の魔法能力者って部分が、何の異論も挟めないほど自然にシェーファを指している気がする。


 この時俺はすっかり忘れていたが、ファラは忘れていなかった。


「ねえ、先ほどの後に回したほうがいい話を忘れていない?」

「失念しておりました」


「くだらない。貴女が抜けてしまうなんてあるわけがないじゃない。わたくしは彼への協力を惜しまぬように再度命令しなくてはならないの?」


「いえ、推測に寄る部分の多い話になりますので。……ブラウンにはアンセリウムに出入りしているという噂がございました」


「トライデントの闇オークションよね?」

「はい。かなりの上客だったと調べがついております。ここからは推測なのですが、当時アンセリウムに二本のユノ・ザリッガーが流れてきたと大変な噂になっておりました。彼の古代武装を落札するためにウェルゲート海の名だたる武門の長が王都に詰めかけたほどです」


「物が物ですものね。あぁそっか、リリウスの言っていたユノ・ザリッガーで関連付けたと」

「仰いますとおりにございます」


「ねえリリウス、本数は?」

「二本、ぴったしだ」


 黒幕…ね。黒幕なんて大層な呼び名だ。一人のチンケな男が欲に目が眩んで一人の少女を死に追いやった。言葉にしてしまえばそれだけさ。


 でも当事者はそうじゃない。彼女を愛していた男達にとっては『それだけ』なんかじゃ絶対にない。


 二本のユノ・ザリッガーはウェルゲート海中の噂になったようだ。あいつの耳に入らないはずがない。その噂を聞いたあいつが調べたなら犯人まで一直線だっただろうぜ。

 からのじつはオークション成金のブラウンに目をつけた誰かの犯行って線もある。一応シェーファにもイースから見た結論ってのを教えてやるか。


「ユノ・ザリッガーねえ。うちも当然落札に動いたのよね?」

「まことに残念ながら一手及ばず」

「あらら。貴女が負けたの? 嘘でしょ?」


 ファラの反応を見るに秘書さんただの秘書じゃねえな。総帥のお仕事手伝ってる人だし本社の重役クラスだな。


「転売による利益を求める私どもとちがい利益度外視で狙いに来る方が相手では降りざるを得ませんでした。若いながらに大した方でしたよあのホテル王は」


 ホテル王!?

 あいつしかいねーじゃん!


 そういやその後黒幕を見つけたかなんて話は出なかったが復讐はきっちり終えていたわけだ。さすがシェーファ。


 ちなみに落札価格をお尋ねしたところ二本とも70万ユーベルらしい。さすがの太陽の大貴族たちも歯ぎしりしながら屈するしかなかったようだ。


 あいつはすげえ男だ。よし、何年遅れになるか知らんが今夜は俺がおごってやるか。



◇◇◇◇◇◇



 そしてやってきた銀狼団のお屋敷である。今夜はマジモードなので冒険者ギルドで火酒を買った。もちろんタルだ。金貨40枚とは我ながら恐ろしい散財だぜ。

 ここは顔パスなんで門から普通に入る。


 久しぶりに見かけたエストヴェルタ大佐にシェーファの居場所を尋ねると……

 何だか深刻そうなお顔してるぜ。


「シェーファならあそこだろう」

「どこ?」

「……お前も知らなかったのか。秘密の場所さ、帰ってからずっとこもり切りだ」


 エロ本部屋だろうか?

 男には誰しも一人きりになれる空間が必要だ。というと女にも必要だと言われる気がする。ま、誰にでも必要なのさ。パラダイスってやつがな。


 しかし大佐はマジで深刻そうな顔つきをしている。


「私も、おそらくはお前も闇を抱えている」


 勝手に俺に闇を足さないでくれ。


「だがあいつの闇の深さには恐怖するよ。あいつに何があったんだ……? 何があればあれだけの闇を抱え込めるんだ?」

「大佐……?」

「何を言っているのか分からないならそれでもいい。本当は私が呼び出しに行ってやるのが正しいに決まっている。だがあいつとこれからも関わるというのなら、お前も真実を見ておいたほうがいい」


 何の話だろうか。闇? 闇って何だ?


 大佐の案内で屋敷の地下に往く。地下は座敷牢だ。以前ここを使っていたという剣聖マルディークの息子の時代からあるものだろう。


 延々と続くというほどでもない地下牢の奥は一枚の扉。頑丈そうな聖銀の扉だ。大佐がノックする。


「私だ、入るぞ」

「一人にしてくれないか?」


 という返答だったが押し入る。

 扉の向こうは魔導師の工房といった風景だ。乱雑に積まれた魔導書の数々、清潔に並ぶ調合機器、そういう魔道具の合間にシェーファがいる。


 あいつは椅子に座り込み、疲れたふうに肩を落としている。

 あいつが向き合っているのは奇妙なガラス瓶だ。


「殺してくれ」

 ガラス瓶がしゃべった。

 正確に表現するならガラス瓶に浮かぶ頭部と臓器だけの奇怪な生き物がしゃべっている。


「ややや約束のはずずだ。殺してくれ、お願いします殺してください」


「わかった。さあもう一度最初から話してくれ、そうしたら殺してあげよう」

「わがった」


 首から下が血管と臓器だけになってガラス瓶に浮かんでいる誰かが語り出す。俺はいったい何を見せられているんだ……?


「あの娘っごにはずっと目をつけていたんだ。だからさらった。わわわたしは、どうしてもあのナイフが欲しかった」


「何年も何年もしつように刺客を送り失敗してきたんだよな。それで? それでレティシアをさらってどうした?」


「さっ、最初は小汚い小娘だと思っていた。でも久しぶりに見るといい女に育っててなぁ」

「どうした?」

「輪姦してやった」


 聞くに堪えない内容だ。俺でさえ吐き気が込み上げてくる最低の罪の告白だ。これは懺悔ではない。良い想いをしたと隠しもしない狂人の告白だった。


 シェーファはそいつを淡々と聞いている。たまに合いの手を入れながら平素に聞いている。でも俺の目に映るシェーファの背中は震えていた。


「あいつはっ、あの女はずっとあんたの名前を呼んでいたぞ! あれは興奮したなあ。あれはよかった」

「そうか。そいつはよかったな」


 シェーファが振り返る。俺を見つめる眼は、燃え盛る憎悪を凍らせたような怖気のするものだ。


「そいつがブラウン・ホーンか?」

「ククククク……」


 シェーファが悪鬼のように笑い出す。恐ろしい人食い竜の笑みだ。それなのに俺はなぜだか切ない気分になる。


「昨日の今日で真実にたどり着いたか。やはり優秀だよ君は」

「アンデッド化させてあるのか……」

「すぐに死なれてはつまらないだろう?」

「長続きしたって苦しいだけだろ……」


「見解の相違だな。彼はいつだって私に火を入れてくれる」

「火だって?」


「彼は語り部なんだ。凄惨な罪を語り私の心の消え入りそうな復讐心を再燃させてくれる愛すべき邪悪なんだ。私は弱い人間でね、こういう存在がいないと楽な方に逃げてしまいそうになるんだ」

「忘却は人間の本能だ。つらい過去から逃げるのは正しいことのはずだ」


「君は失ったことがないからわからないんだ」


 俺の声は届かない。俺の想いは届かない。

 シェーファはとっくに壊れていたんだ。


 かつてブラウン・ホーンと呼ばれていたアンデッドが罪を語り続ける。時に楽しそうに、時に苦しそうに、気持ち悪いにも程がある。おそらくは興奮剤のようなものを投与されている。だからあんなにも邪悪な告白ができる。


 俺はシェーファの過去を聞いて違和感を感じていた。

 こいつの中にある心の底からの貴族への嫌悪感の意味が理解できなかったせいだ。あまりにも辛い部分であり意図的に省いた、そう思っていた。


 だがちがった。シェーファの貴族身分への憎悪はブラウン・ホーンという一個人から波及したものだ。彼という個人が為した罪業が彼という個人を破壊するだけでは留まらず、貴族のすべてへと向けられている。


「……貴族のすべてがブラウンではないはずだ」

「君も貴族だからそんな事が言えるんだ」


 シェーファが語り始めるのはその目で見てきた貴族の真実だ。だが貴族を邪悪な存在だと断定した上で、憎悪に燃える眼で見た真実は本当に真実なのか?

 お前はただ怒りをぶつける相手が欲しいだけじゃないのか?


「そうそう。昨夜の話だがな、黒幕はやはりクラリス様だったよ」

「ブラウンから聞いた?」

「断片をつなぎ合わせて確信に到った。あの御方の事だ、どうせくだらない考えでくだらない思いつきで実行なされたのだろうよ」


 クラリス様。レーフ・クラリス・ブレイド・ザ・ドルジア。こいつの姉が黒幕か。

 仔細を尋ねるつもりはないが話の印象からして相当に残酷な女性なんだろうな。神のごとき魔法力と童女の残酷さを併せ持つ最低の魔女だ。


「クラリスをどうする気だ?」

「しぶとい方だからブラウンのようにはいくまい。名残惜しくなるが隙を見て消してやるさ」


「……あ」

 それまで、おしゃべりする鳥みたいに最悪の告白をし続けていたブラウンの目に正気の光が戻る。


 きょろきょろと彷徨う眼は恐れと恐怖に染まり切り、俺は心底からこんなふうには成りたくないと感じた。シェーファの敵にだけは成りたくない。そう思ったんだ。


「殺して…ください。私はきちんとしゃべったはずだ、殺して! 殺して! もう楽にさせてください! お願いですシェーファ様!」

「わかった。殺してあげよう」


 首だけのブラウンが喜ぶ。喜びと共に躍動するはずの腕も足もない奇怪なアンデッドに成り果てた男の喜色は一瞬だけだ。


「もう一度だけしゃべってくれ。詳細に、克明に、情景が浮かぶほどに鮮明に話してくれたら今度こそ殺してあげよう」


 シェーファにはブラウンを楽にしてやるつもりなどない。

 哀れなあの男はシェーファに罪を語るだけの器物に成り果てたのだ。ある日目覚まし時計がもう働きたくないと言ったとして持ち主は時計の意思を尊重するだろうか?


 ドケチのシェーファは何度でもブラウンを修理して本当に壊れてしまうまで使い続けるはずだ。


 俺はそっと地下牢を出た。

 最後に振り返ったシェーファの背中に「もう行くよ」と声をかけたが返答はなかった。俺はふと思った。


 青の薔薇の革命が成功した時、次のブラウンは誰になる?

 答えなど知りたくもない。そんな未来など来なければいい。

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― 新着の感想 ―
[一言] クラリスに対しての行いがあまりに甘いと思っていたので、きちんと落とし前をつけるつもりでいたみたいで良かった
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