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追放者たちの凱歌25

 ―――辿る香りは微かに、郷愁と思慕と古い記憶。


 竜の谷へと潜ったサリフは銀狼の香りを辿って暗闇を往く。

 暗闇は静かで優しくどこか懐かしい。ともすれば魔境であることを忘れてしまいそうなほどだ。……来たこともないのに、不思議と懐かしさに涙が出てきそうになる。


 ゴツゴツした手触りの岩肌を垂直懸垂で降りていく。頼りないロープに身をあずけながら小一時間かけて難所を降りればまた断崖絶壁。


(まったく人の住める場所じゃないね。あいつも何だってこんなルートを通ったんだか……)


 今しがた苦労して降りてきた崖を、エルダードラゴンに追われるシェーファが五秒で走り抜けていった事実など知る由もない。


 サリフでは谷が要求する身体能力に足りない。ここは竜の住処。翼持つ大空の覇者の魔窟。

 なのに、どうして……


 どうしてか懐かしいと感じてしまう。


(まるで始祖の森だね。胸を満たす冷たい空気も、静けさも、何でかひどく居心地がいい)


 まだ足を踏み入れたこともない魂の故郷に想いを馳せる時は長くない。

 ここは竜の谷。欠片ほどの油断が死を招く恐ろしい土地。

 愛しい彼の残り香を追う旅はまだ途中だ。微かに続く残り香は、まるで彼が暗闇に呑み込まれていくようにも見える。


(あんたが心配なんだ。いつも一人で死にたがってるみたいに見えてさ。誰にも心を許さず生きたって辛いだけだろ……)


 どすん!

 何か落ちてきたぞ?


 落石かと思いたくて振り返ったサリフの顔面に竜の生暖かい吐息が吹きかけられる。何か落ちてきたと思ったら立派なエルダードラゴンだった。この魔境本当に頭がおかしい。


 鎧や外骨格のような真っ白い装甲に覆われた金属竜だ。こいつがでんと聳え立っている。


「あわわわっ!」


 慌てるサリフは身振り手振りで対話を試みている。完全に混乱している。20階建てのビルのような竜が突然出てくれば誰だって混乱する。


「敵意はないよ。頼むからどっか行っておくれよ!」

「ゴア!」


 通じた。


 竜がふんすふんす鼻を鳴らしながら鼻先をこすりつけてくる。追い払うのには失敗したが驚愕の異種族間コミュニケーションの成立である。成功したサリフが一番驚いている。


 おそるおそる鼻先を掻いてやる。ランスのように尖った鼻先はミスリルやオリハルコンの質感だ。サリフが触れたくらいでは何の感覚もなさそうなのに、嬉しそうにのどを鳴らしている。


「人を襲わないなんてヘンテコな竜だねえ。気持ちいいのかい?」

「ゴア!」


 とりあえず危険はなさそうだね。そう思った瞬間だ。

 ぱくん! 一瞬で食われてしまった。


 火口のような黒ずんだ口内はゼリー質の唾液でヌメヌメしている。竜の口の中を滑り落ちる。どこかを掴んで留まることもできない。ヌメヌメしているせいだ。


 あっという間に胃袋まで滑り落ちたサリフは胃袋をどんどん叩いている。


「出しな! このサリフ様を食っちまおうなんざ、そんな大それたマネ―――すんな! ぶっ殺すよ!?」


 どんなに暴れても出られない。言うことも聞いてくれない。

 所詮ドラゴンはドラゴン。意思疎通などはかれるはずもなかったのだ。


「出せっつってんだよ。目ん玉ほじくってムシュフシュの餌にするよ!」


 神話の大怪獣ムシュフシュを用いた慣用句など竜に通じるはずがない。そもそも胃袋から声がしたって聴こえるわけがない。


 それでもサリフは諦めない。偉大なる父にしてライカンの大戦士ナバールの教えは潔いは馬鹿野郎、きちんと帰ってくるのが良い傭兵。これである。


 竜が飛び始めたのか天地がグルグルする胃袋の中で暴れていると……

 やがて……


 ぺっ! 吐き出されてしまった。


 唾液でべったべたになったが生き延びた。生き延びたんだ! 久しぶりの固い地面に頬ずりしながら快哉を叫ぶ。感涙だ。


「やったよ! 竜に勝ったよ!」


 別に勝ってはいない。


 サリフを吐き出した竜がゴアゴア鳴きながら去っていく。食われなくて本当によかったけど、食ったり吐き出されたりと散々な目に遭った……


「何だったんだい……? それにここは?」


 吐き出された場所は変な場所だ。


 これまで見てきた竜の谷の風景は岩と崖と時々花が咲いている、荒野のようなものだった。しかしここは機械的だ。

 金属の床と壁。港にあるようなクレーン。動くタイルの上に乗せられた何かの部品がどこかへと流れていく。……ベルトコンベアを知らないサリフがそれを正確に認識できるはずもなかった。


 高度にオートメーション化された生産工場の一角に、随分と身なりの良い連中がタムロしている。


 獣の耳と尻尾を持つ連中だ。トールマンでもない。ビーストマンでもない。其々の特徴が混ざったような半端もの。……ライカンスロープによく似た連中だ。


 サリフを指差すライカンどもが近寄ってくる。遠くで見ていた時はわからなかったが近くに来るとかなり小さな連中だ。ドワーフくらい背が低い。大人でも平均値で120cmだ。


「―――?」

「―――? ―――。――――?」


 知らない言葉だ。ライカンどもはサリフに通じないとわかるとジェスチャーを交えてきた。しかし文化のちがいか、仕草にまで理解し合えないものが横たわっている。


 困り切った彼らはこんな事を話している。


「(まいったな、彼女何語使っているんだ?)」

「(古き巨人の言葉とか?)」

「(馬鹿を言え、そこまで大きくはないだろ)」

「(けっこう可愛いしな)」

「(とにかくここはまずい! ドローンどもが来る前に移動するぞ!)」


 ライカンの男がサリフの腕を掴んで引き始めた。焦っている様子を見れば逆らう気も起きない。ここは危険だと言っているのだと判断できる。


 続きの交流は走りながらとなる。少年のような背丈の、でも顔立ちは青年期にある男が何かとしゃべりかけてくる。


 しかし互いに何を言っているのかわからない。サリフは思念話による意思疎通を試みる。この種の魔法は苦手だが時間をかければ使えない事もない。


『これで通じるかい。あたしが何を言ってるかわかるなら右手をあげて』

『頭の中で声がする! あんた不思議なものを使うんだな』


 この程度で驚かれても困る。


『どこに行こうってんだい。まるで逃げてるみたいじゃないか』

『ああそうさ、逃げてるんだ! ドローンどもが戻ってくる前に退散しなきゃ!』

『ドローン?』

『あんたを吐き出したでかい竜のことさ。あんたどこから来た人なんだ、ドローンを知らないなんてさ!』


『逃げないとまずいのかい?』

『俺達を踏み潰しても何とも思わない連中に見つかりたいと思うかい?』


 ライカンの青年とその友人に連れて行かれたのは市街地ともいうべき地区だ。アパルトマンのような集合住宅が乱立する団地では、大勢のライカンどもが窓からこちらを見下ろしている。


 全体的に低身長な種族のようだ。ライカンというよりもハーフコボルトと呼ぶべきだ。

 少年のような背丈の青年よりも小さなガキどもがワァーとやってきて、大量のリュックを抱えている青年から一つ一つを貰って大喜びで帰っていった。


『プレゼントかい?』

『本日の配給って奴さ。ドローンどもがうようよするファクトリーに、あのちっこいのを出入りさせたらどうなるかはわかるだろ』

『優しいんだ』

『そんなんじゃねえって。ガキンチョが帰って来ないと寂しくなるからさ』


 軽く推測した感じ、彼らはファクトリーエリアから製品を盗み出したところだったようだ。そう考えれば彼らの焦り方もわかる。


(逆にあの竜はあたしをこいつらの仲間だと思って連れてきたのかねえ。だとしたら散々暴れて悪いことしたね)


 青年がアパルトマンの一室に入る。サリフには年季の入ったベッドに腰かけるように言い、彼はリュックから盗んだ品を広げ始める。その中から一つ包装紙に包まれたチョコバーを投げよこしてきた。


『食いなよ、ソイレントだけどけっこうイケるんだぜ』

『ソイレ…大豆? なんで大豆で?』

『ソイレントを知らないってか。まいったな、いったいどこの地区から来た姉さんなんだ』


 呆れる青年。サリフは包装紙をビリビリに破いてチョコバーにかぶりつく。パサついた触感ながら品のいい味だと思った。


 一つ二つとチョコバーをもしゃる間は無言。サリフも相当に空腹だった。食後に握手を持ち掛けたら文化のちがいか理解されなかった。


『どうすりゃいいんだ?』

『手を握るんだよ。対等な関係の証…それかどうぞよろしくって奴だね』

『手を? そいつはハレンチだ』


 照れ臭そうにする青年と握手を交わす。


『サリフさ』

『ユパ・パ・パレだ。ユパって呼んでくれ。ただしスン・パパレはやめてくれよ、そこまで評価されたら礼をしないといけなくなる』


 ライカンの青年ユパが笑い出す。ジョークだったらしいがさっぱりだ。ここは手本を見せてやらないといけない。


『さてそろそろやるかい?』

『なにを』

『決まってるだろ、腹を満たした男女がやることは一つきりさ。情報交換といこうじゃないか』


 サリフのジョークは通じた。たしかにそれしかねえなって苦笑でだ。

 好奇心に瞳を輝かせるユパが言う。


『ここはカッセル地区だ。ヤギン・ファクトリーから目と鼻の先なんで色々と便利なのさ。住処に困ったらおすすめだぜ、ちょうど隣の部屋が空いている』

『地区……ね? あんたらはいつから住んでいるんだい?』

『昔ってほどじゃねえがヴィーク地区の方から越してきた口だ。親父があっちの区長と揉めて居られなくなった』


 質問の仕方を間違えた。そんな気がした。

 どこの地区かなんて聞いちゃいない。竜の谷にいつから住んでいると尋ねたつもりだ。


『……ここはドラゴンズバレーだ。そうだろ?』

『竜の谷? なんで谷?』

『真面目な話をしているんだ。ここが竜の谷じゃないってんならどこなんだい。あんた達はどこに住んでいるんだい?』


『俺には姉さんが何を言ってるのかわからねえよ。まさか町の外から来たとか言い出しやしないよな? 姉さんも知らないわけじゃないだろ、外の世界はとっくの昔に滅びちまったんだぞ』


 ユパは正常だ。酔っぱらってるわけでも寝ぼけているわけでもない。もしそうなら軽くぶん殴って目を覚まさしてやればいいだけだ。


 ユパは正気だ。正気のまま、さも当たり前の事実のように、ワケのわからないことを言っている。


『ここはリーンスタップ市さ。太陽竜ストラがおわす黒い太陽の都だ』


 サリフは其の御名を口の中で反芻する。

 其の御名の舌触りは驚くほど滑らかで、ひどく気持ち悪いものであった。



◇◇◇◇◇◇



 暗黒の太陽が偽りの炎を吐いている。星雲のように渦巻く黒い輝きは紛れもなくこの地で太陽と呼ばれるものだ。太陽炉ストラこそがこの地下都市リーンスタップを照らす唯一の輝きなのだ。


 黒き太陽炉を据えた祭壇の縁に立つ、太陽神ストラの御名を持つ竜が、少年の姿のまま散歩の気軽さで昔語りをする。聴衆はクラリス様だ。


「大昔の事だ」

「どのくらいかしら?」

「現在より過去は昔さ。暦なんて便利なものはだいぶ前に捨てたんだ。僕らの暮らしには今日と思い出だけがあればいい」


「余分なものを切り捨てた生活はどう?」

「意外にも快適さ。君も俗世に飽きたらここに住むといい、歓迎するよ」


 竜王女クラリスの問いかけに太陽竜が相好を崩す。その表情に警戒の色はない。この短い時間にどれだけの親愛を勝ち得たというのか。

 クラリス様のコミュ力はんぱねえのだった。


「これはまだ僕らが暦を使っていた頃の話だ。カトラ聖王暦4212年学園都市ハミルタンの大学である実験が行われたんだ。ワールドストリング仮説に基づいた実証実験だ。この仮説は世界を一つの盤面に見立てて異なる無数の世界がストリングの海を漂っているのではないとするものだ」


「異世界を探す実験? 有名な次元渡航者でいえば暗闇の王レスタトや緋の魔女ルクレッツィアなんていますわね」


「当時は平面世界の考え方が主流だったから画期的な考えだったのさ。宇宙という広大な海を往き新たなフロンティアを探すのは物質的コストが大きすぎる。そこで代替案のように出てきた次元渡航はコストパフォーマンスの面で注目されていたんだ」


「物質的コストが大きいと何か問題が?」

「試算では33光年先にあるスーパーワールド、この星と同じく水と大気に恵まれた星にたどり着くまでに必要なリソースを投じると深刻な資源枯渇が起きるとされていたんだ」


「資源枯渇ってどの程度の?」

「二万人の移民者を送り込むだけでこの星から鉱物資源が消えてなくなるっていうレベルの」


(星、星ね。殿方ってどうしてこう高所に立とうとするのかしら。星とか世界とかそんな事ばかり考えているからエラそうになるのよね)


 また大きな話よねってクラリス様も呆れ返っている。

 一族の宿業に解決策を見出すためにやってきたのに、世界規模の話をされても困るのである。


「どうしてそこまでして別の世界に行こうとしたのかしら?」

「さあてね。惑星統一国家が目指すべきわかりやすい目標ではあっただろうし、もっと単純に行きたいという願望が原動力だったのかもしれない。見たい知りたい行きたいってのは文明を発展させる大きなちからになるだろ?」


 太陽竜ストラの言い種は当事者のようでもあり他人事のようでもある。

 責任の所在だけを棚上げした言い方はともすれば貴族的だ。とても悪い意味においてだが。


「ギーベ・ポポ・ラマ教授が主導するストリングゲート開放実験は成功した。多鏡面世界観測球の投影孔に次元の隙間が僅か22シェタック開いた。装置は力場を保持して次元の隙間をさらに拡大して固着したんだ」


「22シェタックとはどれくらい?」


「君の人差し指と親指の間くらいの距離さ。固着された力場は2204シェダール。実験チームは次元ゲート内に四機の観測機を投入した。ゲート内の様子は宇宙空間に酷似しながらも明確に異なるもので、座標認識が不可能だった。通信こそ可能だったが観測機は帰還せず。送られてくる計測データーも移動できているのかできていないのか不明なものばかり。スタッフは昼夜を問わず計測器に張り付いていたけど目ぼしい成果はなかった」


 なかったんかいって感じだ。

 無駄話だと思った。でも本題はここからだった。


「72hに及ぶ観測実験は空振り、スタッフも気を抜いて仮眠を回し始めた頃だ。固着した次元ゲートから一体の悪魔が迷い込んできた」

「悪魔……」

「悪魔はストリングゲートを監視する三名の学生を捕食して姿形を奪い、何食わぬ顔をしてラボラトリー内を探検し始めた。悪魔の存在に最初に気づいたのは監視モニターだ。学内を悠然と歩きながら暗がりで学生を捕食する姿を何台ものカメラが捉えた。警備室は即座に都市警察に通報。これがハミルタンの災厄と呼ばれる七日間の都市内戦争の始まりとなった。最初にゲートから現れた、長らく世界を騒がせる悪魔の名称はコードDと名付けられた。大悪魔ディアンマだ」


(ディアンマ? ディアンマって天を追われた悪しき女神ディアンマのこと? やっぱり悪い女神なのねえ)


 大悪魔ディアンマを捕縛するために急行した警察の呪術災害対策部隊は全滅。これにより危険度認定が上昇。管轄が州軍に移る。出動に要する2hの時間が構内からの学生の避難誘導に費やされ、大悪魔ディアンマに戦力増強の暇を与えることになる。


 大悪魔ディアンマは次元ゲートの向こう側から次々と仲間を引き入れて瞬く間にハミルタン・セントラル・ユニバーシティを占拠。遅れて出動した州軍のDOCタスクフォースも壊滅。


 七日間にも及ぶ都市戦争によりハミルタン市は陥落する。

 これが始まりの事件。後に数百年も続く最終戦争の引き金。


 古代の最終戦争は泥沼化の一途を辿る。悪魔どもが引き入れた眷族が版図を広げ、燃え広がる戦火は後方の概念を忘れて市民たちを燃やし始めた。


 首都エイジアの陥落と同時に政府機能はマヒし、我こそはパカ政府代表と自称する高官どもの主権争いが始まる。各地を転戦する戦竜部隊ドレイクフォースに届く指令書の信憑性まで怪しくなる。明らかにこちら側の都市を攻撃しろという指令が届き始めたからだ。高官の中には悪魔におもねる者までいた。


 中でも最悪なのは人体実験によって生み出された生体兵器の暴走とこれの処理命令だ。何度倒しても無限に再生するザナルガンドだ。あれを作り出した連中のイイワケを聞くに耐えず、悪魔を討つために世界を滅ぼす気かと思ったほどだ。


 同士討ちを始めた政府高官に嫌気が差した戦竜部隊第四師団の隊長ニーヴァは独自の考えでリーンスタップ市堅守に回る。


 公的には市の壊滅と放棄を装う誤認情報を流し、入り口を土砂で隠して通信設備の一切を破壊した。ここまで徹底的な処置が可能だったのは当時の市民がすこぶる協力的だったおかげだ。


 誰もがあの無間地獄のような戦争に恐怖していて、逃げ隠れるためなら何を捨てても構わないと考えていたのだ。


 あの最終戦争から幾星霜の月日が流れた。当時を知る者は真竜といえど多くない。

 クラリス様は昔話にあんまり興味ないけど、聞き逃せない単語があった。


「戦竜部隊とは?」

「政府は悪魔どもを退治するために最強の怪物を作ったんだ。原生種であるナクトドラゴンに戦闘呪術プログラムを仕込んだ品種改良種ドローンドラゴン。ただこいつらだけじゃ悪魔には勝てない。指揮官機が必要だったんだ。ドローンと同じ戦場に立てる竜の強靭な肉体を持ち、狡猾な悪魔どもの姦計を突破できる知性を持つ存在だ。これを欲しがった連中は人間を竜に改造することで解決したんだ。それが僕らアルトドラゴンさ。キネマファンも驚いたんじゃないかな、まるで彼らがありがたがるB級ホラーだ。僕らはこう言われたんだ。美しくも可哀想な怪物になって世界を救えと!」


「でも世界は救わなかった?」

「救う価値もない連中だ。それに解釈の認識のちがいだね。僕らはたしかに世界を守り抜いたよ。都市一つ分というとても小さな箱庭の世界をね!」


 太陽竜が一つ吐息を市内へと吹きかける。灼熱の吐息が真っ暗な町の一所を爆散させ、小さく矮小な半獣人どもが這う這うのていで逃げていく。


「ご覧よあの哀れな連中を。あれらが愚か者どもの成れの果てさ」

「彼らが古代人の末裔?」

「何割かはね。今じゃあ純粋なパカ民なんていないよ、あれは労働用に連れてきた悪魔の眷族との混血さ。愚かな彼らは戦火から逃れてきたにも関わらずこの箱庭の中で身分制度を敷き、互いに蔑み合い混ざり合い殺し合ったんだ。本当は彼らだって排除してもいいんだけど、箱庭の片隅でこそこそ生きてる間は見逃してやるさ。どうでもいい連中なんだ」


「今のはご自身の手で古代人を排除したと聴こえたのだけど?」

「おっと口が滑ったか。……そろそろ本題に入ろう。外界との接触を断って長い僕らアルトドラゴンだが最近の動静には違和感を感じている。ここ最近になって始まった眷族どもの遠征をある種の予兆のように感じているんだ」


「ここ最近になって始まった……? 竜の谷遠征軍ってたしか五百年くらい昔からやっているような?」

「そのくらいの時間僕らにとっては最近さ」


 驚くほど気の長い真竜どもにさすがのクラリス様も大口を開けて呆れるのであった。改めて考えると真竜の言う大昔が怖すぎる。


「いつまでもこのままではいけない、レスカが外に出ていった時から運命のようなものを感じていた。あの子の子孫である君達姉弟になら任せてもいいかもしれない」


 太陽竜ストラが夜明けの海を写し取った瞳を輝かせ、命じる!


「竜の長ストラの名において命じる。僕らパカの仇敵である悪魔どもの動向を探り、奴らの野望を打ち砕くんだ!」

「え、やだ」


 そっこー拒否るクラリス様であった。


「…………」

「やだ」

「…………」


 長い沈黙が場を支配する。困ったぞ。


「理由を聞いてもいいかな?」

「ストラ様、わたくしは食人衝動をどーにかする方法を尋ねていたのです。こちらの質問にも答えぬ内から使命をお命じになるなど殿方としてどーかと思いますの」


「……内在魔素の枯渇が原因で起きる魂の捕食行動なら飢餓状態を解決すればいいよ。竜王樹になる果実を食べることでエナジー不足は解決するはずだ」

「竜王樹はどこに?」

「そこらへんの海底から生えてる大きな樹さ」

「ありがとうございます。帰りにでも戴いていきますわ」


「それで使命なんだけど……」

「先にティータイムになさいません?」

「え?」


「竜王樹を教えていただけるまでにものすごく長いお話を挟みましたわね。わたくしすっかり疲れてしまいました。このままでは何を聞いても上の空になってしまいます」

「それはよくないね。じゃあどこかで休憩しようか」


 王族にはあらゆる技能が求められる。中でも必須なのは絶対に言質を取らせず、適当に解釈させてあとで……

「あら、わたくしそんな事を言ったかしら?」

 と煙に巻く話術だ。


 己にとって利益あれば是。不利益ならば否定するのがクラリス様だ。

 他人をいいように扱う手管にかけては銀河系最強を自負するクラリス様は今回もいいように切り抜けてしまう。だってクラリス様だし。

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この世界で異世界に実験で繋がる→ディアンマがくる→他の神もくる→パカ滅ぶ→未来が本編? ディアンマさん元凶だけど根本原因がよくある実験ミスっていうのが面白いですね。この実験なければイザールもただの芸術…
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